3話 棺桶図書館



 棺桶図書館コフィンライブラリ自体は形としての建造物は無く、棺桶図書館に『遺品カタチ』を納める手続きはシンダンデス教団本部でしなければならない。


 教団本部が雲の上を漂う浮遊島にあるところなんかは、いかにも異世界っぽい。

 浮遊島には年中枯れる事のない白菊が咲き乱れ、すり鉢状に螺旋になった島の中央に教団本部『白菊の塔』はあった。


「おーい、あたしが来たさね」


 まぁ、そんな常人が辿り着けない立地など棺桶図書館の司書には関係ないのだが。

 司書は階級に応じて本部の許可された場所直通の扉を開く事ができる。

 特級司書の光ともなれば、本部のほとんどの場所へ自宅の扉を開くだけで行くことができるのだ。


 黒樫の扉を開くと広いロビーだった。

 ここは教団の最深部。花火もまだ数えるほどしか来たことがない場所だ。


 床は光沢のある黒曜石に象牙を思わせるようなアイボリーの太い柱が等間隔で配置されている。

 床も壁も全てが黒いが、星石ホシイシと呼ばれる天然石が部屋中にちりばめられており、仄かな銀色の灯りが夜空を照らす星のように瞬き、その景色は非常に幻想的だ。


「やっぱりここは綺麗ですね。プラネタリウムを見ているみたいですよ、光ばーちゃん」

「また頭ぶつけんじゃないよ。それに、今は仕事中。教官だ、ボケ孫」


 死は待ってくれない。なので、『遺品カタチ』を棺桶図書館に納める手続きは24時間受け付けている。納品対応するために、専用の司書も交代で本部に常駐しているのだ。


「お待ちしておりました」

「げ。迎えはあんたかよ……クロロ・フィル」


 緑髪のミディアムボブに、青空を思わせる碧眼は女の花火が見とれるほど美しい。尖った耳は、どの物語でも度々登場する有名種族エルフだ。朗らかな笑顔をもって光と花火を出迎えてくれた。


「げ、とは久しぶりなのに随分な挨拶ですね。それに、愛称でクロフィーとお呼びくださいといつもいってるのですが、ヒカリん」

「は、絶対御免だね。あとそのヒカリんってのも止めてくれ。あんたにそう呼ばれるとぞわぞわして仕方ないさね」


 瑞々しいお肌は、どう見ても20代にしか見えないがこう見えて光より年上。

 司書の等級も光と同じ特級司書で、この異世界にも100人といない有能な人物だ。

 花火が光の助手になってから色々と面倒を見てくれる優しいお姉さん的存在だが……年齢に触れる事だけはご法度とされている。


「こんにちは、クロフィーさん」

「あら、花火ちゃんまた綺麗になりましたね。そして、逞しく。逞しく?ちょっと……ステータスを見ても?」

「はいどうぞ。オープンステータス」


 この世界では人の能力が数値化され、見ることができる。胸の辺りに青く半透明の四角い枠が表示され、花火のステータスが現れた。

 ステータスはこの異世界でもプライバシーに当たる個人情報だが、クロフィーになら見られても問題ない。


「……なんですか、これは?」

「はっ、育ちまくって驚いたか?」


 光の言葉を受けてピクリと尖った耳をクロフィーが動かし、片眉がつり上がる。


「この筋力数値だけがAの異常に成長した状況をどう誉めろと?いいですか、ヒカリん。花火ちゃんは女の子なんですよ?」

「うるせぇ、人の孫にケチつけてくださんなよ」

「確かに他の数値もビックリするくらい成長していますが、この育ち方は、キチガイじみた訓練でもしなくてはこうはなりません」


 うん、キチガイじみた訓練してます。

 だが、花火も大人の会話に首を突っ込まない程度には処世術を身につけている。

 特にこのふたりの会話には。


「うるせぇって。死んじまってから後悔するんじゃ意味ねぇさね――ごほっ、か」

「全くあなたは……大丈夫ですか?」


 花火が光の背をさする。


「最近、光ばーちゃん調子が悪そうで」

「あらあら、そうなんですか? もうババアですからね。こんな可愛いお孫さんがいるんだから無理しちゃダメですよ?」

「コイツに余計な事言うんじゃないよ、バカ花火。それにあたしがババアなら、クロロ・フィル、年上のあんたは超クソババアさね」

「あらあら、あらあらあら、ぶっ殺してさし上げましょうか?」

「おう、上等さ」


 クロフィーの雰囲気が一気に剣呑なものへと変貌を遂げる。女子としてはしたないと思うが、その気に当てられて花火は怖くてチビりそうだ。

 何やら二人とも両手に黒い光がバチバチさせてガンつけ合っている。


「こんなところでいい歳して喧嘩しないでくださいよぅ!?」

「喧嘩なんか生温い事しねぇよな?」

「えぇ、これは戦争です」

「それもっとアカンやつです!」


 特級司書がわざわざ出迎えに現れる事自体来ビップ待遇なのだが、他の棺桶図書館の司書でも知っているくらいクロフィーと光は犬猿の仲なのだ。きっと、シンダンデスの仕業に違いない。

 くそ、あのおちゃめ死神め余計な事を。


「いい歳とか言われていますよ、ババア?」

「花火はあんたの事言ったんだよ、超クソババア?」


 なんか空間が軋んでる。

 だから、嫌なんです。


「はいは~い、二人ともそこまでだよ☆」


 花火が死を覚悟した絶妙のタイミングで、まるで見計らったように、可愛いリボンを付けた骸骨が空を飛んでやってきた。

 棺桶図書館の司書の最高責任者でもあるシンダンデスだ。


「花火ちゃんをいじめない。ボクのお気に入りなんだからさ」


 ホッと胸を撫でおろす。

 キュートな髑髏が片目をウインクすると、昂った二人の魔力が霧散した。流石腐っても神様だ。これで争いは終結だろう。


「シンダンデス、あんただろう。クロロ・フィルをあたしの所によこしたのはさ?」

「いや~、光ちゃんもそろそろ寿命が近いからね~。死ぬ前に仲直りした方がいいとボクは思ったんだけど……無理そうかなぁ?」

「「無理」です」


 ぴしゃりと声がハモリ、犬の糞でも踏んだように顔をしかめる二人。本当は息ピッタリなんじゃね? そう思ったが花火は黙する。

 これ以上火に油を注ぐわけにはいかない。


「はぁ、気分悪ぃからさっさと帰るさね。クロロ・フィル、ほらよ」

「はい、とっととお帰りくださいな」

「何でまた喧嘩するかなぁ? 二人とも、まだ40年も前の事をまだ根にもっているの? 頼みたい大きな仕事もあるし、そろそろ和解してよ」 


 花火がクロフィーに、この前扱った獣人狼族男性の『遺品カタチ』を手渡す。

 オスゴブリンの時は本になったが、獣人狼族男性の場合は飾りのない無骨な槍の『遺品カタチ』になった。


 儀式を受けてどんな形になるかはその者次第。故郷に残してきた弟子が彼の未練。

 家族を持たない彼は、自分の技と心を弟子へ知らせるために槍の『遺品カタチ』を残した。


 司書は、棺桶図書館に『遺品カタチ』を納める前にどの司書でも探せるように個別の整理番号を付与する。

 特級司書のクロフィーさんがやる事ではないにしろ『遺品カタチ』管理も棺桶図書館の司書の大切な仕事だ。


「大きな仕事?」

「うん、ちょっと特級司書、それもベテランの君らにしか任せられない仕事かな」

「聞こうじゃないか」

「まだ、その時じゃないんだけどね。追って連絡するよ。覚悟だけはしておいてって話」


 シンダンデスとクロフィーが花火にチラリと視線を送る。


「あぁ……そういうことかい。分かった。連絡を待つとするさね。いくよ、花火」

「あ、待ってください。シンダンデス様、クロフィーさん、またなのです!」


 踵を返し、すたすた来た道を歩く光。花火が慌ててお辞儀をして光に並ぶ。

 いつもお約束の「教官だ、バカ花火」を口にする事もなく、思い詰めた表情をしている。少し恐い。


「どうしたんですか、光ばーちゃん?」


 不安を覚え、花火が尋ねる。


「ん、なんでもないさ。あと、教官だ。帰ったら……みっちり口上と儀式の練習だ」

「え、筋トレじゃないんですか?」


 むしろ、口上と儀式を教えてくれるなら願ったり叶ったりだ。

 花火がこれまでやり方を教わろうとしても、ちゃんと教えてくれたことはなかったのだから。


「楽できると思ったら大間違いさ。いいね、私がいいと言うまで続けるから覚悟しな?」

「う、うん。じゃなくて、はい!」


 なんだか光が認めてくれたみたいで嬉しかった。扉から自宅に帰るまで、にまにまが止められない花火。

 だが、宣言どおり光は鬼教官っぷりを遺憾なく発揮し、修行の中断が言い渡されたのは午前2時を回ってのことだった。


 修行を終えると体重が3キロも減ったが、ベッドに倒れこんだ花火の顔は晴れ晴れとしている。

 また少し憧れの光に近づけた、そう思いながら笑顔で眠りにつくのであった。


「まったく……本当に可愛いバカ花火さね」


 スピー、と気持ち良さそうに寝息を立てる花火の寝顔を見て、光は部屋の扉をそっと閉めた。

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