2話 花火の灰色高校生活
国立神奈川大学付属高校医学部。
ここは、夜空野花火が通う高校だ。
偏差値は全国トップクラス。
熾烈な受験戦争を勝ち抜いてきたいいとこ出のエリートさんばかりが通う、名の知れた有名国立大学の付属高校だったりする。
異世界に棺桶図書館の司書として光と修行に行けばポンコツに見えてしまうが、実は花火は優秀なのだ。
ゆくゆくは兄の
何より文武両道を維持できなければ、光は花火に異世界への同行を許してくれないのだ。
「花火さん、これ受け取って下さい!」
「や、あの、困ります」
「放課後、来てくれるまで待ってる」
地味でもいいから、少女漫画のような青春と恋の甘酸っぱい高校生活をエンジョイしたい。それが花火の高校で切望するささやかな夢だ。
そう、普通の、願わくばティーンズ向けの恋愛漫画のような青春がしたいだけ。
「果たし状なんて……いらないよぅ」
だから、花火は、こんな
「はじめ!」
「やぁあああああ!」
「ひぅ、もうこんな高校生活嫌ぁああああ!?」
だからと言って負けていい理由にはならない。負ければ鬼教官に勝つまで鍛練させられる。きっと自衛隊の訓練など子供の遊戯に感じてしまうほどの地獄を味わうに違いない。
異世界には危険がつきもの。
送り人である棺桶図書館の司書が、殺されては死にゆく者を『
なので花火は光に武術を含めた訓練の手解き……いや、正に生き地獄の修行の日々を高校生になるまでの今日まで生き抜いてきたのだ。
「いっ……一本それまで!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、帰りますできればあのような手紙もうご勘弁して頂けると助かります、さようなら!」
脱兎の如く柔道場を後にした。
ちなみに、今花火が背負い投げしたのは今年全国大会に出場した、オリンピック候補生にも選ばれている猪熊君だ。
まぁ、乙女に瞬殺される相手の名前など花火は知るよしもないのだが。
「花火お姉さま、流石です凄いですわ!」
「止めて下さい、空ちゃん。うぅ、羞恥で死んでしまいそうなのですよ」
「成績は入学以来トップ。剣道、柔道、ボクシング。おまけに、水泳、バスケ、新体操。現在に至るまで無敗。無冠の女帝の渾名は伊達じゃありませんわね」
「……その渾名止めて、空ちゃん」
花火をお姉さまと慕うのは、
そうは言っても、彼女もまた女帝の噂を聞きつけ、挑んだフェンシングで花火に完膚なくぼろ負けした口なのだが。
負けて以来、空は花火にこうして付きまとい友人にまで昇華した。
「うぅ、体が痛いよぅ」
「お姉さま、投げた時にどこか痛めましたか?」
「鬼教官が……いや、何でもない。あっはは、全然大丈夫だよゲンキゲンキ!」
流石の花火も先日の筋トレメニュー500回は筋肉痛になった。
腕立て伏せ、腹筋、ヒンズースクワット各500回は流石に冗談かと思っていたが……マジでした。
えぇ、マラソンもしましたが何か?
「三つ編み眼鏡も止めたら絶対可愛いですのに勿体ない。でも、どうやったらお姉さまのように完璧なレディになれるんですの?」
ファンクラブがあるほど美形な空。
天使の輪のキューティクルが長く艶やかな黒髪に輝く彼女は、正に大和撫子という言葉がぴったりのお嬢様だ。
空に可愛いなど言われても普通は嫌味になるのだが、それを本心から言ってくれているのが分かるからこそ、花火も空と友人を続けている。
花火が髪を三つ編みにするのは仕事に邪魔だから。眼鏡は勉強のしすぎで単純に近眼。コンタクト……怖い。
裏家業の事を、ましてや異世界に行ける戯れ言をべらべらと喋れる訳もない。
「憧れ、かなぁ」
当たり障りのない答えを返す。
だが、嘘ではない。大切にして唯一の友人の空に嘘はつきたくなかった。
花火は、棺桶図書館の司書として、白菊の意味する『誠実』で『真実』のある答えを考えながら空に尋ねられた質問の答えを説明していく。
「花火お姉さまが、憧れ、ですか?」
「うん、そう。私のおばーちゃんは、本当の完璧超人なんです。凄く口が悪くて自信家ですけど、いつだって最高に素敵な私の憧れですね」
「最高に素敵、ですか」
「うん、そして最強で不敵」
「ぷっ、なんです、それ?」
はにかんで空に向く。
その笑顔をうっとりと見つめられているのは、気のせいではないだろう。
「だからね。私も頑張ろうっていつも思えるんだ。いつか、恩返しができる私になるために」
「……素敵です。憧れの君に近づくため努力し続ける。それは、正に愛。私がお姉さまに抱く感情はまだまだ未熟と知りました、――お姉さま!」
「は、はひ!?」
なんか、後輩の目が怖い。
これを狂気というのだろうか?
鼻息も荒いし、なにやら求めていない覚悟も感じる。
花火はベンチを後退する。
その分空が距離を詰め寄ってくる。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
「あ、もうこんな時間帰らなきゃですね、じゃあ!」
「あぁ、花火お姉さま!?」
クラスでは女帝の渾名が邪魔をして、気安く話しかけてくれる友はいない。
素敵な後輩がいて、部活にいそしむ猛者たちから
だが、先に述べたように花火は普通の青春ラブストーリーは泣きたくなるほど超無縁なのだ。
「でもさ、絶対なるんです。立派な棺桶図書館の司書に」
土日だけとはいえ、異世界に行くのは得難い経験だ。
祖母から技を盗む機会があるなら、勉強や学校の勝負事の成績を下げ自分の怠慢で同行を却下されては本末転倒。
だから、花火は努力する。
強く正しく誰にも負けないように。
女帝と呼ばれ、切望する花色の高校生活が遠のいたとしても。
憧れである光を追い続ける花火であり続けるために、必死に努力を重ねているのだ。
「あぁ、普通の青春はいずこでしょうか」
まだまだ、花火にその日は訪れそうにない。いや、光を追い続ける限り諦めなければならないだろう。
だが、花火には、恋よりも、青春よりも大切な目標がある。
「帰ったら、次の司書業の準備しなきゃ」
憧れ。そう空に話した祖母の顔を思い出し、少し胸が弾む。同時に訓練の事を考えて胃が痛んだが、心は軽い。
「いつか、誉めさせてやるんです!」
当面の目標を口にする。
家路につく帰路でオレンジ色の夕焼け空に少しせっかちな星を見つけ、誰かさんのようだと花火は微笑んだ。
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