第3話
数日前になる最初のボス戦のあと、もう一回、ボスと思しきものと戦った。それは大きなトカゲだった。討伐記録ではサラマンダーとなっている、火の精の名を冠したモンスターだった。
そうして、私たちが<世界樹>へ向けて冒険を続けていると、目の前から黄色く光る不思議な球体が飛んできた。私たちは襲撃かと身構えるが、その正体に気づいて、構えを解いた。
それは十センチほどの人型で、背中に昆虫のような透明な二対の羽を持ったもの――そう、妖精だ。黄緑色を基調としたワンピースに身を包んだ可愛らしい金髪の妖精さん。
けれど、私たちにとってはあまり喜ばしい出会いではなかった。というのも、この妖精さん。とんでもないことをしでかすのだ。ことの次第では、私たちは喜びもするし、泣きもする。そして、それに対して、私たちに拒否権はない。
~~~♪
妖精さんは私たちの周囲を飛び回る。そして、何周かすると、私たちの足元に光る魔法陣が浮かび上がった。その瞬間、景色が切り替わった。
***
妖精さんに出遭った結果、私たちは泣いた。正確には心の中で、だけど。実際に泣く暇なんてなかったので仕方がない。
妖精がしたことは転移だ。ある場所から別のある場所へ強制的に移動させる強力な魔法。飛ばされた先はどこかの部屋の一室だった。周囲は石造りで石が剥き出し。今までに人工物の存在は確認されていなかったので、ここは今までに誰も来たことのない場所だということ。つまり、それだけ奥の<世界樹>に近い場所に飛ばされた可能性が高いということだった。
私たちは途方に暮れつつも取り敢えず進むことに決めた。というのも、ここには帰りのドアがないからだ。ドアを見つければもとの世界から再出発することができる。ここまでの日数が無駄になってしまうが、それも過ぎればいい思い出になる。そのためには、なにより帰りのドアを見つけなければいけなかった。
そうして、両開きの大きなドアを開き、それを潜る――と、どこからか声が聞こえた。
「お前たち、どうやってここまできた」
「え?」
私たちが周囲を確認する前に聞こえた声に驚く。が、その声の主は正面にいた。
「りゅ、竜!?」
薄暗い部屋の闇に紛れるような暗い灰色をしたそれは、巨大なトカゲかワニか。武骨で大きな鱗に覆われたそれを例えられるものを、私たちは他に知らなかった。
「是。我は死龍。<起源樹>を守る古龍のひとつだ」
死龍。古龍。なかなか、やばいところに飛ばされたようだ。そして、
「きげんじゅ?」
聞き慣れない言葉を聞いた。
「……お前たちは他の階を見たことがあるか。大体の階では天高く聳える大樹が見えるはずだ。あれはこの世界で最初に生まれたもの。それゆえに<起源樹>と呼ぶ」
なるほど。私たちが<世界樹>と呼んでいたあれは<起源樹>というのか。そして、それにはそんなエピソードがあったなんて。
「さあ。お前たちの質問には答えてやった。今度は我の質問に答えてもらおう。お前たちはどうやってここまできた」
あ。そういえば、そんなこと訊かれてたっけ。
「妖精に飛ばされてきました」
ミユキがきびきびと答えた。こういう時でもしっかりと対応できるから、頼れるリーダーなのだ。
「妖精……なるほど。あいつか。それでここを選んだということか」
何か心当たりがあるようだ。
「何か心当たりでも?」
ミユキがしっかりとつっこむ。
「……まあな。あいつの転移魔法は魔法陣を使っているのは見ているな。それは地の上でなければ使えぬ。この階で地があるのは我の城だけだ。加えて、上下の区別がある平らなところとなれば、ここの外にはない。余所はすべてトラップだからな。ゆえに転移先はここを選ぶよりなかったというわけだ」
それは運が良かったのかどうなのか。まあ、死龍にとっては良くなかったらしいけど。忌々しいとか言ってたし。
「さて。名残惜しいが話は終わりだ」
死龍はそう言って、殺気を放つ。<起源樹>を守る、と言っていたので、その役目を果たすということだろう。聞きたいことはすべて聞けたということか。切り替えの速いことで。
ナオの盾に私とサホの剣、ミユキの魔法。いつもの連携で戦闘は進む……のだが、なかなか厳しい。ナオの盾はさすがのもので死龍の魔法を防いでいる。が、どうにも重たいらしく、今までに見たことないほどの苦痛の色が浮かんでいた。
ミユキの魔法は死龍に効いているらしく、表面に傷を負わせられている。が、ミユキの全力で浅い傷しか負わせられないことを考えると前途多難……というか、勝てる気がしない。
私とサホに至っては、刃が弾かれて硬い鱗に傷一つ付けることができずにいた。なので、私とサホもすでに攻撃を魔法に切り替えている。
けれど、魔法だって無限に撃てるわけではない。剣を振るうのとなんら変わらない疲労が溜まっていくのだ。決定的に火力が不足していた。
それを向こうは十分に承知していて、防御の要のナオが力尽きるのを待っているようだ。ナオが壁を出せなくなれば、私たちに死龍の攻撃を防ぐ手段がなくなる。そして、確実にナオが疲弊する方が死龍のスタミナ切れよりも先に来る。私たちの敗色は濃厚だった。
そんな時、声が響いた。
「祓ひ給へ。清め給へ。守り給へ。幸ひ給へ――」
シオリの祝詞が響く。一言ずつ、言の葉が紡がれていくたびに、それは強く、鮮やかに、空間を飾っていく。
それに反応した死龍が一際大きな気配を纏った――その瞬間、死龍が動きを止めた。
~~~♪
妖精が死龍の前に現れたのだ。
「……お前か。何の用だ」
~~~♪
妖精は死龍の言葉に答えているのか何なのかは分からないけれど、死龍の周りをクルクルと飛んでいる。
「……早く立ち去らんか。巻き込むぞ」
死龍は強い口調で脅すけれど、妖精は一向に死龍の周りから離れようとしない。そして、妖精を追い払うことをあきらめた死龍が再び大きな気配を纏った――と同時、死龍の足元に魔法陣が現れる。
「な! ふざけるな――」
その声を最後に、死龍の姿が掻き消え、魔法陣も消失した。あまりのことに、私たちは呆然と立ち尽くす。
~~~♪
窮地から救ってくれた妖精はただただ楽しそうに踊っているだけ。私たちはそれを何とも言えない表情で見守る。普通なら感謝するべきなのだろうが、命の危機に陥らせたそもそもの原因はこの妖精。どう受け止めればいいのか、分からなかった。
だが、どうもその妖精。まだ何か私たちに用があるらしい。私たちの前から立ち去ることなく、目の前でフラフラと踊っていた。
「この先に何かあるみたいだね」
ナオが妖精の意図に気づいたらしい。ナオの言葉に視線を動かしてみれば、妖精が踊っている先に、ぽっかりと空いた穴がある。おそらくその先に道があるのだろう。
「何かって……。この先って言うと、<世界樹>……じゃなかった、<起源樹>があるはずよね」
ミユキが冷静に、ナオの言葉に答えた。
ミユキの言葉に、私はハッとする。<起源樹>を守っていた古龍のひとつ、死龍がいなくなった今、<起源樹>までの道中を遮るものは何もない。当初に立てた「<世界樹>まで辿り着く」という目標が達せられることになる……のだが、心境は何とも言い表し難い。まだ何か、おそろしいことが待っているような気がしてならなかった。
しかし、行くしかないのが現状だった。なぜなら、ここには帰るためのドアがない。だから、進むか戻るかしなければならないのだが、後ろはトラップがある死龍の城。それを無事に抜けても、そこは黒色のドアの上下の区別がない闇だという。戻るという選択肢は選べるはずもなかった。
そうして、妖精に導かれて先へ進んでいくと、建物の外、大きな壁の前に出た。
「ようこそ<起源樹>へ」
そう言うのは、壁の前に立つひとりの女性。私たちが来るのを待っていたようだ。
「えっと……あなたは?」
ミユキが誰何する。
「私がこの世界を創った、と言えば伝わるかしら」
女性はいたずらっぽく言った。
「……神さま、でしたか」
ミユキは、動揺を隠せない様子。それでも、きちんと対応はしてみせる。私は完全に傍観の構え。おそらく、他の三人……いや、ナオがサポートに加わるかもしれないので、少なくとも二人は任せっぱなしにするだろう。
「ええ、強い祈りの言葉が聞こえて、思わずね」
神さまって信じる気持ちに敏感だから、と付け足した。
シオリの祝詞が、もうひとつの世界の神さまの耳に届き、助けてくれたということだった。
「えっと、神さまはなぜ、もうひと……ああ、この世界を創ろうと考えたのですか」
ミユキが、もうひとつの世界と言いかけて慌てて訂正するが、
「ふふ。もうひとつの世界、で合ってるわよ」
「え?」
あろうことか、神さまがそれを肯定した。
「私は何の神さまだと思う?」
私たちは顔を見合わせる。普通なら唯一神とか全知全能の神、とかって言いたくなる。なぜなら、この世界を創ったと初めに言っていたのだ。創造神以外にないと思うだろう。けれど、神さまはそれを否定した。
「わからないかしら。そのままよ。『もうひとつの世界の神』なの」
この世界の神ということなら、創造神ということになりそうなものだが、どうにもそう単純ではないらしい。
「もとからある世界に住む人間たち……つまり、あなたたちのことね。彼らは、もうひとつの世界を夢見ていたの。魔法がある幻想の世界。皆が英雄になれる冒険の世界。命を狩って気ままに生きられる自由な世界。そんな世界を想像して言葉に書き連ねた。夢想して仮想の世界を創り上げた。そうして、人々は『もうひとつの世界』を求め続けた。あると信じ続けた。その結果が私。信仰が神を生んだの」
そう言って、そっと微笑んだ。
だから、「もうひとつの世界の神」なのか。創造神でも唯一神でもなく。もとある世界があって、その中にある神さま。もとになる世界があるからこその「もうひとつ」なのだから。
「でも、生まれたばかりの私は弱くて不安定で。だから、安定した信者が欲しかった。それで、こんな感じの世界を創ったの。ゲームだと思ってくれれば『もうひとつのまま』でいられるし、機械が必要だから、もとある世界に軸足が残るものね」
なかなかの策士だ。
「けれど、この世界を維持するのに魂が必要だった。世界のために、私のために、多くの人間の生命を奪った。それはこれからも変わることはないわ。それでも、あなたたちは来てくれる?」
女神さまはおそらく、このまま帰していいのか見極めようとしているのだろう。私たちはいろいろと知ってしまった。死龍からも、女神さまからも、たくさんの情報をもらっている。それを拡散、共有したらどんな結果が生じるかわからない。それならば、ここで殺してしまって、不安の芽を摘んでしまえばいい。
それでも、そうしないのは、おそらく初めてだからだろう。ここに来て、こういう話をして、他者との繋がりを得た。それに何らかの期待を寄せているのだと思う。
でも、私の……いや、私たちの答えは決まっていた。
「はい。もちろんです」
私たちは笑顔で頷く。だって、知っていたのだから。ここは、もうひとつの世界は、命を懸けた戦場なんだって。少しの気の緩みが死に繋がる、危険な場所なんだって。それが嫌なら、そもそもここまで来てはいないだろう。だから、今更の話だった。
「……そう」
女神さまは目を瞑り、しばし思案した。そして、目を開けると、
「あなたたちにお願いがあるの」
そう切り出した。
***
「今日は水色かー」
私はスマホのカメラ越しに見えるドアを見つめて呟いた。画面に映る景色は住宅街の狭い路地。しかし、その景色は少々奇妙だった。通りの真ん中にポツンと一枚のドアだけが存在し、隔てるべき空間がそこにはない。ただ、ドアだけが道を塞ぐように立っているのだった。
その時、自転車に乗ったおばあちゃんが私の前を横切って、ドアへとまっすぐに向かっていった。そして、おばあちゃんは奇妙なドアを気にする素振りもなく、悠々とドアをすり抜けて、去っていく。
私は一度、スマホを下げる。と、同時に、ドアは見えなくなった。
ドアはスマホのAR機能で追加された情報なのだった。だから、スマホを持たないおばあちゃんはドアのことを知る由はないのだ。
ふいにスマホが鳴った。テキストの着信だ。
――みんな<起源樹>にいるよ。まだ時間かかりそう?
ミユキからの催促だった。私はドアの前にいるので、それに返事を出さないことに決めた。
私はスマホを操作しドアの色を変えた。これはわずかに五台のスマホにしかついていない機能だった。これでドアの向こうは神さまのいる<起源樹>のエリアに繋がったはずだ。
私はドアがあるはずの場所の周囲を確認し、問題がないことを確かめる。そして、私はドアに手を伸ばし、それを開けた――。
-END-
異界の門 -Another World- 天下原なばら @nabara
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