第2話
長期休暇。私たちは遠征することにした。遠征で最も重要なことは、スマホの充電が切れないようにすること。スマホがないと帰るにも帰れない事態に陥りかねないうえに、水や食糧も手に入らなくなる。スマホは紛れもなく生命線だった。
そんな私たちが選んだのは火山エリア。大地はまだ冷え固まっておらず、粘土の高い溶岩が広がっているようなフィールドだ。もとの世界であれば耐熱服という本気の防護で臨まなくてはいけないエリア……なのだが、そこはファンタジー。首から真っ赤なルビーのような宝石のお守りを掛ければ服や身体が燃え上がる心配はなくなるのだった。
なぜ、そんな場所を選んだのか。それは、草原エリアを始めとした長期遠征向きのエリアは軒並みなくなっていたからだ。皆考えることは同じということなのだろう。それでも、私たちに遠征を諦めるという選択肢は存在しなかった。
出遭うモンスターは専らファンタジーなものばかり。火を吐くトカゲや炎でできたチョウ、マグマを泳ぐ魚など。およそ私たちの持つ常識では計り知れない生態系がそこにはあった。
「ナオ!」
「ああ! シールド!」
ミユキの指示にナオが半透明の壁を作り出す。と、そこにソフトボールくらいの炎の塊がぶつかり爆ぜた。ナオはみんなの壁役。用途に応じて様々な種類の壁を作り、敵の攻撃からみんなを守るのが役目だった。
今回の敵はマグマを泳ぐテッポウウオ。水鉄砲の代わりに炎の塊を放つトンデモ生命体だ。正直、マグマの中に潜られてしまうと剣が主体の私では攻撃を加えるのはなかなか難しい。
となると、ここはミユキの出番。多彩な魔法を行使することができる根っからの魔法使いだ。
「冷却」
ミユキが魔法を行使する。と、マグマの大地が凍り付いた。
「……………………」
私たちも凍りついた。マグマと違い、こちらはあくまでも比喩だけど。
「……はっ! 何やってんの! てか、どういうこと!」
一瞬の間の後、サホが叫んだ。みんなの心の内も同じだ。
「見ての通りよ」
見ての通り、では分からなかったので説明を求めた結果、大気の膨張がキーだったということがわかった。
原理は大気を一気に膨張させて気圧を下げたことにある。山を登ると気温が下がるというのも気圧の低下が原因だ。それを目の前で魔法で実践したということ。魔法はイメージ次第とはいうものの、本当に自在なんだなって思い知った。
その後もモンスターの討伐は続けられる。陸を動き回るモンスターは主に私とサホが相手をした。サホは主に短剣、というか、刃渡りの長いダガーを使う。他には投げナイフや苦無、手裏剣などの飛び道具に複数の毒を塗って使ったり、といったこともする。また、気配に敏感で、モンスターの察知もかなり速くて正確だ。普段のボケる姿に似合わず、かなりの切れ者だった。
陽が落ちる頃、私たちは一日の討伐を終え、野営を始めた。もちろん、普通のテントでは燃え上がってしまうため、相応のものを用意していた。それは――シェルターだ。耐熱性はもちろん耐寒、耐衝撃等々、中に居れば絶対安全な性能を誇る。そんな建物もスマホにデータとしてしまうことができるため、持ち運びに苦はなかった。
これを用意するためにみんなで<討伐ポイント>を持ち寄って引き換えていた。お蔭でみんな、貯めに貯めたポイントがすっからかんになってしまったけれど、悔いはない。なぜなら、これがなければ、冒険ができないからだ。
そんな無理を私たちに強いた火山エリアだったが、夜になると、このフィールドのすごさを改めて教えられる。
「うわー。外、すごいよー」
サホが外を見に行くなりそんな声を上げた。私も、シェルターの出入り口にいたサホのそばまで行き、外を見る。と、そこには幻想的な光景が広がっていた。
地面はまだ冷え固まっていないマグマなので、赤熱していて、周囲一帯が赤く光って見える。そんなマグマの大地に自生する植物たちは様々な色の炎の花を揺らめかせ、その周囲を全身炎でできたチョウが飛び交う。
「……はあ。本当にファンタジーよね」
隣に来たミユキが感嘆の溜息を吐く。もうひとつの世界に来たからこそ見られた景色だった。その向こうには星明りの下でも見える<世界樹>が聳えていた。
「<世界樹>。辿り着けるといいよね」
私はそっと呟いた。それにミユキが反応する。
「そうよね。絶対、辿りついてみせましょう」
十中八九、九割九分、叶うことのない目標を掲げ、私たちはもうひとつの世界を謳歌する。
***
強敵。それは<世界樹>へと近づく者の前に現れ、行く手を阻むもの。<世界樹>に近づけば近づくほどに、強くなるそれは、確かな壁となって、私たちの前にも現れた。
「ナオ!」
「ああ! シールド!」
ナオは、ミユキの指示に反応して魔法で作る半透明の壁を出現させる――と、そこに火炎放射器を何本も同時に放ったかのような炎の奔流がぶつかって爆ぜた。
現実の火炎放射器など目にならないほどの強力な炎を撃ち出したそいつは犬だった。見た目には普通の大型犬といった具合。
とはいえ、犬と言っても、そんな形をしているだけで、本質的に別物。忘れてはいけないのは、ここはマグマの大地だということ。溶岩があちらこちらで湧水の如く噴き出し、炎を花のように咲かせる植物が自生するような場所にいる犬が普通であるはずがなかった。
「あ、燃えだした」
例に漏れずこの犬も、エリアの特徴である炎をその身に宿し始めた。シオリが間の抜けたような声を上げるが、犬の方は待ったなし。全身を炎で包み終えると、遠吠えをする――と、空気が振るえ、肌が痺れるような、大きな気配を纏い始めた。
「……これが、ボスか」
ナオが呟いた。今までも多くのモンスターを相手にしてきていたが、今回は格が違う。その迫力に押されたのか、ナオの声は少し硬かった。
ボス。それは層の境にいる強敵たちのこと。もうひとつの世界は中心にある<世界樹>から階層構造をとっていると推測されていて、<世界樹>までいくには、いくつもの層を越えないといけないらしい。この各層を抜ける度にその都度、ボスと呼ばれる強敵たちと戦うリスクを負う。
必ず戦わないといけないわけではないが、出遭えば無視することはできない。外周より内周の方が狭いことを考えれば、<世界樹>に近づくほどに出遭う可能性は増す。ゆえに、<世界樹>まで辿り着くことは強敵と戦って勝利を収めるということであり、誰一人としてまだ為し得ていない偉業であるということだった。
けれど、ここはまだ一番の外周。設定されている討伐ポイントはまだ小さめで、油断せずにきちんと対応すれば十分に勝てる相手だった。
私たちは前もって得ていた情報を基に、慣れた連携と長い付き合いからくる信頼関係で攻略する。やはり生身で対峙する怖さはあるけれど、それは百も承知。それが嫌ならそもそもここになんて通ってはいない。
ナオが再度、半透明の壁を作り、炎の洪水を受け止める。そして、それが止んだら、今度は私とサホの番。二手に分かれて犬に突撃していく。私とサホの役割は遊撃。離れたところにいるミユキとシオリに注意が向かないようにするのが仕事だ。
ミユキの役割は離れたところからの魔法攻撃と全体指揮。シオリは魔法によるけがの手当てと周囲警戒。その二人がいるから私たちは目の前の敵に集中できる。
私はナオの鉄壁の守りに助けられながらも懸命に剣を振り、最後はミユキが全力で魔法を放って決着となった。
「なかなか大変だったね」
粗いドットになり、崩れて破片と姿を変える犬を眺めながら、私たちは互いに労いの言葉を掛け合う。
「あ、まだ、けがしてるね。ちょっと待ってて」
シオリが私のやけど跡を見て引き留めた。これは接近した時に犬と接触して負ったものだった。他のけがの治癒の影響を受けて半端に治っていたようだ。
彼女は魔法を行使するために集中を始めた。すると、やけど跡を包むように淡い光が現れ、みるみるうちに皮膚がきれいに再生されていく。
こういう治癒や回復などと呼ばれる魔法は使える人が少ない。もちろん、軽い切り傷を塞ぐ程度なら私でもできる。が、折れた骨を接合したり、傷ややけどなどを跡も残さずきれいに治したりとなると、途端に少なくなる。
というのも、魔法はイメージが重要で、けがを治癒するイメージを鮮明に描くというのは難しい。骨が折れたら骨組織が繋がるイメージを、やけどしたら皮膚や皮下組織の細胞たちが再生して組織を修復するというイメージを描かなければならない。
このイメージが描けなくても治したいという強い慈愛の心で発現させる人もいるらしいが、なんにせよ片手間にできるような類のものではなかった。
「はあ……。何度見ても、シオリの治癒魔法はすごいわよね」
ミユキが感嘆の溜息を吐いた。
このやけど跡は、もとの世界ならば完全には消えなかっただろう。もうひとつの世界でシオリが魔法を行使してくれたからこその結果だった。もっとも、もうひとつの世界に来なければ負うことのなかった傷ではあるのだけど。
「ふふ。そうかなー。あ、みーちゃんもけががあったら言ってね。わたしが治してあげよー!」
「え、うん。ありがとうね。また、その時になったらお願いね」
「うん! 万事、任せてねー」
シオリの暴走気味な発言を、ミユキは躱すことに成功する。シオリが悪意をもって言っているわけではないのは、みんな分かっているので、とりあえず巻き込まれないように沈黙を守る。単に頼ってもらえるのがうれしいだけ。ただ、治癒魔法というものの性。使わないに越したことはないというのが本音なのだ。
「じゃあ、これからの旅の無事を祈るね」
シオリが言った。シオリは神社の娘。こうして何かある毎に、祈りを捧げるということをする。
「高天原に神留り坐す――」
禊祓詞を奏上し始めた。要は祝詞だ。こうして祝詞を捧げ、私たちの旅の無事を今までも祈願してくれていた。
そうして、祝詞を唱え終えると私たちは再び冒険へと繰り出すのだった。
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