闇夜、放たれる月矢。西の剣、セブリ・スニル
1
セブリが現れると、事が終わり始めた。馬上の彼が群衆に解散を命じ、村の警官を呼び出す。
「まったく、こんな揉め事を眺めているだけなんて。僕が上官ならもっと『めっ』てするところですよ、『めっ』て」
呼び出されて出てきた警官はまさに渋々という感じで、その態度にセブリは不満をこぼしながらも仕事をしていた。
「で、そこの男の人が『そういう理由』で金銭を要求したと。これはより話を聞かないといけないですね」
ベルナが簡単に事情を説明すると、彼はうんうん頷いて話を聞いていた。エクセルは少し離れ、彼には一言も口を開かずにフードを深く被ったままじいっとその場で動かないでいた。
「わかりました。とにかく二人とも話を聞きます。まあすぐに終わりますから、安心してください」
コランと男が事情聴取に警官に連れていかれることになった。コランは無許可で「仕事」をしていたこと。男は知っていてコランの客になった疑いと、認められない理由で金銭を要求したこと。
男は抵抗しようとしたが、セブリの伝言を受けた警官に何か言われるとおとなしくなって従い始めた。
コランは最初から素直に従い、そしてベルナと小さなやり取りをして誘導されるまま歩いていった。
二人は警官とともに円形広場から消えていく。それをエクセル、ベルナ、セブリは見えなくなるところまで見守っていた。
「嫌(や)ですね、こういうのは」
群衆たちもようやくそれぞれ散り散りになり、まるで何もなかったかのように円形広場は先ほどまでの賑やかさに戻っていた。彼らにとってただの娯楽の一つだったように。
終わったところでセブリがエクセルとベルナを見、一つため息を吐いた。
「本当は乱闘騒ぎというところで、お二人にも同じようにお話きかなきゃいけないところなんですけど」
それに対しベルナは素直に反省の仕草をするが、エクセルは彼に近づいて己がしようとしていたことを話す。
「俺が顔を出して、こっちに火を移そうと思った」
もう一度彼がため息、より深く大きいものを。制帽のつばを指でかく。
「確かにあの女性は守れるでしょうけど、それだともっと燃えます。騎士警察の立場から言わせてもらうと、間に入らなくて良かったんです」
しかし彼はすぐに。
「でもそういうところ、あなたらしいですね。僕の知っている。ベルナさんはちょっと意外でしたけど」
馬を下り、制帽、手袋を取ってまずはベルナに手を差し出す。髪は短く爽やかに整えられ、そして彼もまた背が伸びていた。今のさらに背が伸びたエクセルよりも高く、もしかすればライドと同じくらいかもしれない。出された手もジャマダハルのリータークを得物としていた頃よりも立派になっていた。
さらに身長差が生まれ、ベルナは大きく見上げる形になりながらも手を握った。
「ライドの手紙で?」
「手紙? いえ、戻らないとそういうのは読めないんです。こういう仕事なので。ごめんなさい。どういう手紙だったんです?」
「んー、同窓会?」
「同窓会? ああ、なるほどそれでご一緒なんですね。あれ、なら送り主のオーロさんは?」
一瞬彼女はエクセルのことを見、
「あいつが置いてった」
「ははは、それはかわいそうですね」
どう受け取ったのか、彼は声を出し場を温めるようにした。
次はエクセル。フードを深く被りながら、マントの下から右手を出す。先ほどのベルナの一撃を受け止めた痛みがまだある。
ぎゅっと握られる。彼の手は三年前よりも頼もしいものになっていた。
「久しぶり。よく俺だってわかったな」
「すぐわかりますよ。今も変わらず僕の憧れですから」
「それは嬉しいな。しかし、まさか騎士警察になっているなんてな」
するとマントをばさっと見せつけ、帽子を指差し褒めて欲しいように歯を見せた。
ハリエスタから始まりレメリスに伝わる、馬によく似た姿を持つ幻獣ナルィルィス。それを中心に意匠を凝らした帽章がついている。同じものがマントの左胸辺りにも。それが彼の所属する組織の証。
「ええ、だからこうやってレメリスのあちこち周ってます。戦争は終わりましたけど、まだまだ終わってませんから。縁もあってお手伝いしています」
「それはいいことだな。さすがセブリだ」
「ああ、でも会ったなんてことは報告しませんから」
「すまない、助かる」
するとそのやり取りを見ていたベルナがやや頬を膨らませていた。
「あたしは憧れじゃないってことか」
年上の意地悪に、立派な大人にしか見えない顔立ちが年相応の少年のように崩れた。
「そ、そんなわけじゃないですよー」
咳払い。
「まあそれはともかく。次から仲裁に入るなら、もうちょっとうまくやってくださいね。こういう自分を犠牲にしたり、相手に力を振るったりすると大きな騒ぎになって、もしかすれば軍隊が出てくることだってあるんですから」
帽子をかぶり直し、馬にまたがる。その立派な体躯の鹿毛馬に負けないくらいの蔵、鐙、頭絡が着けられている。
「今回のは僕がうまくごまかしますから。では、ちょっとあのお二人のお話聞きにいってきます。今晩はここに泊まっていくんでしょう?」
揉め事が起きてしまったのでエクセルは考えを変えていて、
「もう出ようかと思う」
ベルナは驚きを隠さず、さらに不満そうに飛ばす。
「宿どうすんのよ?」
「そこらで眠れる」
「そういうことじゃない。コランさんが、主人さんが今晩はまだ帰れないんだから、あたしたちがいて宿を空けないようにしないと。周りからの目が辛いものになってるんだから、何かあったときはなんとかしないと。そう約束したから」
コランとしていた話の内容はそういうことだった。コランとベルナの間の約束だったが、エクセルに無関係なことではない。先ほどのことでエクセルだと疑う者がいると考えられるが、拒否することはできなかった。
「その通りだな、わかった。じゃあそうしよう」
「僕がいることはここのみなさんわかったでしょうから、『いきなり燃やしてきたり』とかそんな派手なことはしてこないと思いますけど、用心するのに越したことはないですね」
驚かせるようでもなく、彼は物騒なことを口にする。ベルナがややぎょっとしていたのは、それが冗談とは思えないからだ。そんなことが起こってくれるなと願っているのだろう。
騎士警察は国を超えたレメリスすべての警察。各国にも警察組織は存在するが、それとはまた別に存在する。各国に渡る犯罪行為を取り締まるのが主な仕事だ。
異人との戦いをしていた頃からもそういう犯罪は存在していたが、目の前のより大きな脅威に怯えていたためにしっかりと取り締まりが行われているわけではなかった。しかし戦後の今では目立つようになり、そのために新たに組織されたのだ。
セブリはこの三年間で騎士警察として色々なものを見てきたのだろう。先ほどのことも経験の一つなのだ。そしてそれはあまり珍しいものではないから、ああいう風に言える。
エクセルもこの旅の途中で騎士警察を何度も見てきている。各国から選り抜きで集められ、発足して日が浅いこの組織に所属する者は総じて仕事熱心であるように感じていた。
先ほどのこの村に駐在する警官と違い、揉め事が起こって見て見ぬふりをするということはなかった。だからこそエクセルにとって相手がセブリだからといって、特に正体を明かせない存在ではあるのだが。
ライド、ベルナと再開してきてどこか変わったのかもしれない。何も言わずに仲間たちの前から去った三年前には、もう二度と会えることはないだろうと覚悟していた。
仲間のために一人旅に出たと言えば聞こえは良いが、要は裏切ったのだ。過酷な旅をともに乗り越えてきた仲間たちを捨てたのだ。それが最善だったと今でも信じてはいるが、みんなひどく傷ついたに違いない。
しかしそれでもこうして会いに来てくれ、会えている。
気づいた感情を、色々とそして長く表すことができるだろうが、もう面倒になる。
嬉しい。
自分で関係を断っておいてそう思うなど破廉恥なことであるとは思うが、心から湧いてくるこの感情を否定はできなかった。そして表に出すことも。
「じゃあ、僕も今晩はそこに泊まらせていただきますよ。もちろん主人の方にきいて、お金も払って。こうすればより良い感じですし、僕、話してちょっと褒めてもらいたいので」
「なんだか前より明るくなったな、セブリ」
すると彼は照れくさそうに鼻をかき、
「嬉しいんです、こうして会えて。もう二度と会えないと思っていましたから」
軽く蹴り、馬を促す。指示が与えられてすぐゆっくりだが鹿毛の馬体がきびきびと歩き始め、よく調教されていることがわかる。なかなか手に入るものではない。
「ではすぐまた」
月明かりを真正面から受け去っていく彼の背中はとても立派に見えた。より大きくなった体や格好だからではない。
ライド、ベルナ、そしてセブリ。再会できたのは嬉しいが、やはりみんなのこれからのため、自分は離れておくべきだと彼はその思いを強くしたのだった。
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