第15話 合流

「すいません! 先ほど来た客が今どこにいるかわかりませんか!?」


 二人に連絡を終え、即座にエステの中に入った俺は受付でアルべリックの行方を聞いた。だが、


「申し訳ございませんが、そのような問いにはお答えしかねます。ご理解の程よろしくお願い申し上げます」


 あくまで個人の事情は話せないというわけか。こうしている間にもアルべリックが密談を終えているかもしれないと思うと気が逸る。もし密談相手を逃がしてしまえばアルべリックは何とでも言い逃れすることが出来るのだ。奴を黒と証明するには直接現場を取り押さえるしかない。


「私の同僚がどこにいるか教えて欲しい。これは任意ではなく強制だ」


 と、焦る俺の背後から聞きなれた声がした。俺が振り返るとそこにいたのは、


「アース!?」


 何故こいつがこんなところにいる? 本部にいたんじゃないのか?


「話はあとだ。それよりも」


 言いながら受付の女性を一瞥する。この男の着ている服は警備兵のものであり、しかも胸に狼の紋章をつけているため大抵の人間なら一目でアースが聖騎士だとわかる。目の前の女性も例外ではないようで、彼女は急ぎ名簿を確認し、


「す、少しお待ちを! ええ……、南棟3階にあるVIPルームに行かれたようですね……。あ、あの! 案内等はお必要でしょうか……?」


 するとアースは手をひらひらと振り、


「大丈夫、仕事の邪魔して悪かった。それでは失礼!」


 そう言って南棟3階まで駆け出した。俺も受付の人に一礼し、アースの後を追った。


「ルドルフから聞いたぞ! 全く相変わらず勝手に行動する!!」


 先を行くアースから先ほどの問いに対する答えが返ってきた。我ながら勝手なことをしたとは思うが、


「仕方ねぇだろ! 不確実でもこの機会を逃せば雲隠れされるかもしれねぇんだ!! それにもし今回間違えていたらアイツはほぼ白だってわかるだろ!!」


 白であればこれ以上の尾行は無意味になる。が、俺にはどうしても奴が黒だとしか思えない。


 言い争っているうちにどうやら三階まで来ていたらしい。後はvipルームを探すだけだが如何せん捜索範囲が広すぎる。やはり多少遅くなっても受付の人についてきてもらった方が良かったかもしれない。だが、


「ごきげんよう、お二方。お待ちしておりましたよ?」


 その必要はなかったらしい。アルべリックはありがたいことに自分から出向いてきてくれたのだから。


「お待ちしていた、ってことは俺の尾行に気づいてたってわけか?」


 俺がそう聞くとアルべリックは目を閉じ口元に笑みを浮かべながら、


「いえ、お恥ずかしいことに全く。イザベラが尾行していることと、彼女の制服を身にまとった何者かが私の周りを嗅ぎまわっていたことは知っていましたが、もう一人追跡者がいるとは夢にも思いませんでしたよ。先ほど彼女から手紙を読んでようやく知ったくらいですし」


「彼女からの手紙?」


 俺が言葉尻を拾うとアルべリックは少しだけ苦い顔をし、


「ああ、余計なことを言ってしまいましたね。油断すると口が軽くなるのはいけませんね」


 しかしまずいことを言ったという割には妙に落ち着いている。今の発言さえなければしらばっくれることも出来たかもしれないのに。


「ん? 私が焦っていないのが不思議みたいですね。いやそりゃそうですよ。だってお二方には……」


 アルべリックの雰囲気が変わる。まずいと思った瞬間にはもう遅い。


「ここで死んでもらうんですから」


 無数の火の玉が前方から飛んでくる。全てを回避することはまず不可能、ならば、


「アースこっちだ!」


 言いながらアイスウォールを展開、こちらめがけて飛んできた火の玉を全て防ぎきることに成功。が、当然それ以外のものは打ち消すことが出来ずエステの中に爆発音が鳴り響いた。


「ぐっ! てめぇ一般人まで巻き添えにする気か!?」


 階下からはパニックからか悲鳴が聞こえてくる。このままここで戦い続ければ間違いなく死傷者が出るだろう。しかしアルべリックは相変わらずにやにやと笑ったまま、


「ここまで追いかけてきたのはあなた方でしょう? まさかとは思いますが聖騎士である以上私が一般人だけは巻き沿いにしないとでも? だとしたらあなた相当甘い考えをお持ちのようですねぇ」


 クソ! せめて戦う場所くらいは変えたいところだがそれは叶わなさそうだ。出会って戦闘になる可能性は視野に入れていたがまさか出向いてくるとは想定外もいいところだ。


「ミスト! 一気に決める! 奴に反撃の暇を与えるな!!」


 一般人への被害を最小限に抑えるにはやはりそれしかないか。それに尾行初日から思っていた通り、奴の動きは素人そのもの。戦闘に特化した俺とアースが組めばそう難しい話ではない。


「話している暇などありませんよ!」


 気づくと奴が放った濁流は既にこちらの眼前まで来ていた。


「フロスト!」


 瞬時に水を凍結させた俺は左に、それを見たアースは右に飛び出しそのままアルべリックに向かって駆け出す。


「ウィンドスラスト!」


 俺は身をかがめることでこれをやり過ごし、そのまま懐に飛び込む。


「ぐっ!?」


 手ごたえあり。俺の右ストレートは完全に奴の顔面をとらえ、アースの左ストレートは腹部に突き刺さっていた。たまらず後方に飛んだようだが遅い。俺は追撃を仕掛けようとし、


「待てミスト!」


 予想外にもアースに腕を引っ張られた俺はそのまま尻もちをついた。


「お、おい! せっかくのチャンスだっ……」


 抗議しようとしたが前を見た瞬間言葉を失った。


「お、い……。アース……?」


 前を見ると三本の真紅の剣がアースに突き刺さっているのが見えた。そしてそのまま崩れ落ちた。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 突如として響き渡る狂ったような笑い声。再びアルべリックの方を向くと、次の瞬間奴は腰に差していた剣をかかげ、そのまま自分の右腕に突き刺した。


 血しぶきが飛ぶ。しかし奴は狂ったように笑い続けたまま自分の腕を滅多刺しにしていく。そして右が血まみれになったと思ったら、今度は左腕に剣を突き立てる。明らかな隙絶好のチャンスであるはずなのに、あまりの奇行に理解が追い付かず、体がまるで動かない。


「ああ……、いいよ……。相変わらずこの感覚は最高だぁ……」


 奴は自身が作り出した血だまりの中に立ち尽くしたまま恍惚とした笑みを浮かべる。そして奴はそのまま腕を振り上げこちらに向かって振り下ろした。


「くっ!?」


 反射的にアースを突き飛ばし血しぶきをかわす。そして後ろを振り返ると、


「そういうことかよ……!」


 そこにはアースを刺したものと全く同じ剣が数本地面に突き刺さっていた。つまり奴の能力は、


「んーやっぱりキミ感いいなぁ。みんな油断して当たってくれるのにさぁ」


 やはりそうだ。コイツの能力は血を剣に変えるもの。だが厄介なことに、奴の血は空中に浮いている間は剣になることはなく、何かに付着した途端その形状を剣に変化させる。大理石でできたフローリングに突き刺さっている以上間違いなくその貫通力は高い。アースが強いと言っていた以上間違いなく何かあるとは思っていたがこれほどとは……!


「それじゃあ始めようか!! キミがどこまで生き残れるか楽しみだよ!!」


 アルべリックがこちらに向かって走ってくるのが見える。第2ラウンドの幕開けだった。

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