第14話 アルべリックという男
アルべリックの尾行を始めてから既に一週間経とうとしていた。だが、
「裏の顔が見えねぇ……」
あの男全くと言っていいほど動きを見せないのだ。まるでプログラムされているかのように同じ行動しかしない以上白と判断するしかない。後は泊まり込みで探っていたバニラが何か情報を入手していることを願うばかりだが、魂が口から出そうなくらい放心している時点でまず期待できない。はぁ、と俺が一人ため息をついていると、
「すまない遅れた」
入り口からルドルフが入ってきた。本日俺たちは尾行、潜入を休んでこの喫茶店に来るようにあらかじめルドルフから言われていた。恐らく今日までの進展を聞くためだろう。何もないと言わなければならないのが本当に心苦しい。
「あのな、ルドルフ……」
意を決して俺が報告しようとすると、
「皆まで言わなくていい。大方何も進展がないのだろう? だがそれでいい、イザベラを尾行に付けた時点でそんなことは分かっていたことだ。ミスト、お前顔剥ぎの一件でどうやってネリアを助けた?」
どうやって、と言われてもただ服から位置情報を割り出しただけだ。警備兵の制服には特殊な細工が施されており、それらは着用した人間に特有の魔力反応を付加する。この時反応は目に見えない物であり、かつ魔力の質の違いによって微妙に反応に違いが出てくることから、違う服から全く同じ反応が出てくることはまずありえない。だからそれぞれの位置情報を割り出すことが出来る。
ネリアを奪還する際、俺を見かけたと言った警備兵こそが顔剥ぎであると看破した俺は、このシステムを使って顔剥ぎの場所を割り出すことに成功した。どこかに
俺が倉庫まで言うとルドルフは満足そうにうなずき、
「そう、お前がその時利用した位置情報の割り出しは聖十騎士のみに与えられた特権だ。だからネリア救出の際にアースがまだ本部にいたのは僥倖といえるだろう。が、今回注目して欲しいのはその一件ではなく、聖十騎士ならば誰でもこの機能を使えるという点だ」
聖十騎士ならば誰でも使える? まさか……、
「気づいたみたいだな。そう、アルべリックはお前が尾行していることには気づかなくても、イザベラが尾行していることには簡単に気付ける。特に顔剥ぎの一件があった以上、直属の上司であるアルべリックにアースが疑念を抱いても何も不思議じゃない。そしてそのタイミングで丁度イザベラが特命を受け休暇を取る、普通なら尾行の可能性を疑うだろうな」
イザベラがバレるということは、もっと言えば同じ制服を着ていたバニラの行動も向こうにバレていたということだ。つまり今までの俺たちの苦労は全て無駄だったということか? しかしルドルフは首を横に振り、
「無駄じゃない。まだ三人の中でバレていないやつが一人だけ残っているだろうが」
三人の中でバレていないやつ? 三人の中で唯一バレてない……、
「俺?」
そう言うとルドルフは首肯し、
「その通り。今までの行動の全てはお前を動きやすくするためだけのものといっても過言ではない」
翌日ルドルフに言われた通り俺は一人で警備兵本部前を張っていた。昨日の今日でアルべリックの警戒が解けるとも思っていなかったのだが、
『お前たちが尾行をしている間動きが無かったということは、裏を返せば奴自身が関与する計画には一切の進行が無かったということだ。バニラとイザベラの両名の動きが無くなり次第間違いなく奴は行動を起こす。なんせ慎重な男がわざわざ杜撰な計画に変更しなければならないほど、相手は急いでいるのだろう?』
とのこと。理屈はわかるがそう上手くいくのだろうか。しばらくの間ひたすらいつもと同じように暇を持て余しながら待ち続けていると、不意に入り口の方から人影が出てくるのが見えた。間違いないアルべリックだ。現時刻は12時、奴が普段外出する時間だ。そして彼はそのまま右手の花屋に顔を出し、行きつけのレストランで昼食をとる。ここまでは完全に普段と同じである。
「完全にいつも通りじゃねぇか」
イライラのあまりつい小声で毒づく。このまま奴とは別の所で計画が進んでいると思うと、焦りが収まらない。が、その時だった。
「あれ?」
普段ならアルべリックが次に向かう先はアクセサリーショップか魔晶石店なのだが、どういうことだろうか、今日はその二つとは完全に逆の方向に向かって歩き出した。慌ててついていくと、彼はとあるエステの目の前で足を止めた。どうやらただの美容のようだ。アクセサリーショップといい女みたいなやつである。
だが次の瞬間俺は強烈な違和感に襲われた。アクセサリーショップにエステ? 確かに奴は優男という風貌ではあるが、未だかつてあの男が買ってきたアクセサリーを付けているところを見たことがない。そもそも奴の手は長年の戦いのせいか擦過傷だらけ、エステで肌を維持しているのならそんな事態にはならない。
そこまでで俺は一旦思考をやめ、ルドルフとバニラに連絡をかける。
『どうした? 何かあったか?』
『はぁい! どうしたのぉ?』
二人とも魔晶石の前でスタンバイしていたらしい。5秒も経たないうちにすぐ回線はつながった。だが悠長にしている暇はない。
「詳しい事情は言えないけど二人とも今から本部近くのエステ前まで来てくれ! 近くには他にエステはないからわかるはずだ! 俺は少し先に偵察に入る!!」
『あっ……、ちょっと!?』
バニラが非難の声を上げるが気にしていられない。俺の予想が正しければ事は一刻を争う。一人で行くのは少しためらわれたが覚悟を決め、そのまま俺はアルべリックの後を追うのだった。
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