第13話 作戦

「大丈夫ですかねバニラさん」


「多分大丈夫だろ。第四魔王軍でもあいつの足の速さに追い付ける奴いないし隠密行動には一番長けてたし、それに強いし」


 現時刻は午前6時、イザベラは本来午前8時からの勤務にもかかわらず何故俺と一緒に外にいるのか、その理由は至極簡単で警備兵本部入り口の張り込みである。


「しかし本当に聖十騎士の中に裏切り者がまぎれこんでるんですかね……。説明を聞いて納得はしましたがいまだに信じられない、というより信じたくありません……」


 そりゃイザベラにとってみれば身内に裏切り者がいるなんて考えたくもないだろう。ただルドルフの考えだと、そもそも顔剥ぎが警備兵に成り代わってすぐ周りに溶け込めるはずがないということだった。記憶が引き継がれないのに周囲から怪しく思われないのはおかしいし、何よりそんな状況下では自由に動くことが出来るとは考えにくく、アースの首を取るどころか情報収集すらまともに出来るわけがない。とすれば顔剥ぎの潜伏先の上司か同僚、あるいは部下かもしれないがその辺りにスパイが潜んでいる可能性は高い。


「そりゃ確かに上司部下同僚のうちどれかだったら一番上司の可能性が高いですけど……。上司なら部下の仕事はある程度把握してるでしょうし……」


 しかし厄介なことにアース曰く、顔剥ぎの潜伏先の上司というのはアースと同じ聖十騎士だったのだ。聖十騎士とは我が国の警備兵の中でも最強の10名を指す。当初俺たちは聖十騎士というこの国の顔役がそんなことに加担する意味はないだろうと言ったのだが、ルドルフは


『お前たちさっき自分が言ったことすら覚えていないのか? いいか、彼女の言うことは恐らく当たっている。上層部にいればこの一件を内々で処理することは簡単だ。であれば上層部と警備兵には何らかのパスがあるはずと考えるのが普通だろうが。だがもしも聖十騎士の中にスパイがいるならこれほど単純なことはない、何故なら伝達という過程をスキップできるのだからな。単純であるということはすなわちバレるリスクも減るということに他ならない』


 こういわれてしまうと反論のしようがない。よって俺たちはルドルフの言う通り、聖十騎士にして顔剥ぎが成りすましていた警備兵の直属の上司であるアルべリックを張り込むことにした。


 本来ならアース一人でいいのではと思うかもしれないが、アースは自由に動ける身ではないし、何より有事の際に聖十騎士をたった一人で相手にするのは危険ということで俺が付いている。無論アースも聖十騎士の一人ではあるのだが、奴は確か10人中6位、そしてアルべリックという男は3位らしい。ちなみにそれ尾行とかしている最中に戦うことになった場合俺一人でやる羽目になるんじゃないかと聞いたところ、お前なら一人でも勝てるだろとのこと。奴は確信をもって断言していたが、正直俺にはその自信が一体どこから来るのか分からない。


 またバニラはどこにいるのかというと、あの女は既に本部に侵入済みである。ちなみにそれこそが今イザベラが俺と一緒にいる理由である。バニラが潜入する際一番困ったのは服の問題であった。潜入自体はアースのつてでどうとでもなるが、警備兵固有の制服だけは誤魔化すことが出来ない。しかし全員が再び手詰まりの空気を感じ始めたその時、空気を打破してくれたのは予想外にもイザベラだった。


『あの、それなら私の制服を着ればいいんじゃないでしょうか。私がアース様か特命を受けているということにすれば、多少怪しまれはしても上手く誤魔化すことが出来ますし、私と背格好の似たバニラさんであれば私の制服を着ることも可能ですよね?』


 ルドルフはその提案を即採用し、バニラは無事侵入することが出来た。暇になったイザベラは勿論屋敷で休んでいてもよかったのだが、ルドルフはイザベラに俺の補佐をするよう指示していた。理由を聞くと手掛かりがあるとリスクを無視してすぐ突っ込んでいく奴には手綱を取れるやつが必要とのこと。イノシシか何かか俺は。


 なお、この時ネリアがイザベラと俺を二人きりにさせられないから自分も連れて行けと言い出し、狙われてる奴が前線に参加してどうするということでその場にいた全員で説得。最終的にことが終わり次第、ネリアに一日だけ俺を独り占めできる権利を与えることでなんとか事態の収束を図った。目論見は成功したものの当の本人である俺は今から胃に穴が開きそうである。


「そういえばルドルフさんはまだ屋敷ですよね? 連絡とか来てます?」


 俺が今までの経緯を思い出して軽く鬱になっていると、イザベラがそんなことを聞いてきた。


「ん、ああ、来てないな。まぁ屋敷の方は特に心配する必要はねぇだろ」


 屋敷の方には俺の代わりの一時的な護衛としてルドルフが残っているし、何よりあそこには俺なんかよりもはるかに強い爺さんが残っている。現状あの屋敷は一種の要塞と化していると言っても過言ではないだろう。イザベラも同じ感想のようで、


「ですね。私たちは安心してこちらに集中しましょう」


 そう言うと再び視線を入り口に戻す。アース曰くアルべリックは聖十騎士固有の紋章のうち、不死鳥の紋章を胸に付けているらしいが、それらしき人物は未だに見えない。そして待つこと15分、まだかまだかと思っていると、


「あれです! あの人がアルべリック様です!」


 イザベラが小声で囁いてきた。どれだろうと思い彼女の指がさす方向を見てみると、


「え!? あれなの!?」


 あまりの驚きに開いた口がふさがらなくなった。確かに不死鳥の紋章を付けているが本当にあれなのか?


「いや、あれじゃただの優男じゃねぇか!」


 小声でイザベラに返す。アースが6位でアルべリックが3位という話を聞いていたため相当ヤバいレベルの武人、或いは術師を想定していた。が、現れたのはなんとただの優男。いや勿論優男の風貌をしていても強いやつは世の中に大勢いる。アースなんかはその代表例だし別段不思議なことでもない。だがあの男はどこからどう見ても強者とは見えない、というより間違いなく強者ではない。例えば歩き方、普通強いと言われる人間は体軸がまっすぐで一切ぶれることはない。しかし目の前の男は体軸がぶれぶれな上に足の出し方が乱雑という有り様、これが演技ならば脱帽である。少なくとも俺にはイザベラの方がまだコイツに比べればマシな気すらしてしまう。


「ええ……。私もそう思うのですがアース様含め聖十騎士は彼を化け物だと称してまして……」


 アースが言っているのか。だとすると信憑性が高い。なんだろう、俺にはまるで強さが感じることが出来ないけれど、強さのベクトルが違うのだろうか。人の実力を測るのには少し自信があっただけに結構悔しい。


「あ! 中に入りましたよ!」


「OK!!」


 俺は即魔晶石を取り出し、本部にいるバニラにコンタクトを取る。


「バニラ! 聞こえるか!?」


「聞こえてるよー! そろそろ動けばいい感じ?」


 さすがのレスポンスの速さだ。この辺り隠密部隊上がりの十八番ともいえる。


「ああ、頼む。またあいつが外に出そうなときは言ってくれ」


「まっかされたー!!!」


  そう言うと通信が切れた。後は一旦バニラに任せればいい。俺とイザベラはとりあえず出てくるまでやることもないのでつかの間の休息をとるのだった。

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