第11話 ルドルフとバニラ
「えーっと、こっちがルドルフ、無愛想だけど単に会話が苦手ってだけで悪い奴じゃないから安心してくれ。んでこっちがバニラ、こちらは非常に社交的だけど計算高い女狐だからあんまりコイツの言葉を真に受けないように」
はーいと言いながら手を振るバニラ。いや俺が紹介してるのお前なんだけど……。
意外な来客の襲来により、俺は国盗りの話を一時置いておく羽目になった。この二人が来るということはつまり、元第四魔王軍の大半が俺の現状を相当憂いているということに他ならない。いや勿論失踪した第四魔王が見つかった、などの可能性もあったが、仮にそうならばここまで落ち着いているわけがない。
そして案の定俺の予想は当たり、二人は住んでいるところを見てみたいと言い出し、挙句俺が世話になっている礼をしたいと言ってきたため、屋敷中の人を全員居間に集め簡易的な自己紹介をすることになり、現在に至るというわけである。
「それでなんだけどぉ、ミストの婚約者さんってのはあなたでいいのかしら?」
そう言いながらバニラはネリアの方に目をやる。
「ああ、そうだが」
ん? ネリアが普段に比べてそっけない。というか心なしか少し不機嫌に見える。原因を考えるもまるで思い当たらない。と、そんな時視界の端の方でバニラが俯き体を震わせているのが見えた。ネリアの方も彼女の様子に気が付き、失礼な態度を取ってしまったとでも思っているのかあたふたしている。
だがそうではない。バニラは失礼な態度に怒っているわけでもショックを受けているわけでもない。そんなやわなメンタルの持ち主ではないのだ。まずいと思った俺とルドルフは即止めに入ろうとしたが時すでに遅し、
「か、可愛いいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
絶叫しながらネリアに飛び掛かるバニラ。質の悪いことにバニラは神速の異名を持つほどの速度自慢、そんな奴の動きに素人のネリアが反応できるわけもない。ネリアは突然のラリアット(?)に耐えることが出来ず二人はそのままもつれ込むように倒れた。しかしバニラの猛攻はその程度では止まらない。彼女はそのままネリアに抱き着き、
「あぁ最高!! 癒されるぅ!! ミストが取られちゃうとか思って嫉妬しちゃったんだよね!? 大好きな男の子だもんね!? ほんっとに健気すぎるわこの子!! 食べちゃいたいくらい可愛い!!!!!」
バニラが恍惚とした表情を浮かべる一方で、ネリアの表情は恐怖に染まっており、
「ミ、ミスト……、たすけ……」
が、バニラはさらに何か思いついたような顔をし、
「ミストも羨ましそうな顔してないでこっち混ざればいいのに」
『いい加減にしろ馬鹿!!!』
俺とルドルフの声が重なった瞬間だった。
「ちょっと人のお楽しみ邪魔するの酷くない? 折角若い女の子の肌楽しんでたのに」
俺とルドルフは必死の攻防の末なんとか引きはがすことに成功したが、引きはがされたバニラはかなり不満そうだった。
「ありがとう……ありがとう……ありがとう……」
一方ネリアは俺の後ろに隠れて震えながら虚ろな目でひたすら礼をぼそぼそ繰り返している。これはこれで怖すぎるからやめて欲しい、というかあなた地が出てますよ?
なおメイドたちはバニラの奇行に完全に引いており、何故だか分からないがそんな中爺さんだけは微笑ましげにこちらを見ているが、この惨状のどこに微笑ましい要素があるのがさっぱり分からない。
「あ、あの! 私当屋敷でメイド長を務めておりますアイシアと申します! よろしくお願いします!!」
微妙な空気を何とか打破しようと自己紹介を無理矢理続けようとするアイシア。本当に出来たメイドである。そして他の面々も好機とばかりに彼女に便乗し、
「当屋敷の水回り担当、イリアと申します。以後お見知りおきを」
「ども、屋敷内の清掃を担当してるアンリエッタっス。よろしくお願いするっスよ」
「あ、えっと……。か、花壇担当のシエルです……。ひぅっ……!」
どうやらバニラはシエルがお気に召したらしく目を爛々と輝かせているが、頼むからネリアよりはるかに気の弱いシエルを怯えさせるのはやめていただきたい。図太いネリアでもあの状態だったのだ、シエルの場合真面目にショック死しかねない。
「ほっほっほ、若いとはいいですなぁ」
と、まるで他人事のように言い出す老人が一名。しかしすぐにルドルフやバニラの視線に気づいたらしい、
「おっと、申し遅れましたな。私は執事を担当しております爺です。私のことは気軽に爺と呼んでくださって構いませんぞ?」
「あんた客人相手にも爺で通すつもりか!?」
驚愕の事実である。だがよくよく考えてみると爺さんの名前を知っているのはネリアとアイシアくらいだと聞いた記憶があるし、確かに客人に名乗っていたら他のメイドたちが知らないのはおかしい。
「ねぇねぇ、あのお爺さん何者?」
いつの間にかルドルフの拘束を抜けたらしく、バニラにわき腹を突かれ小声でそんなことを聞かれた。素行に難ありとはいえ流石は腐っても元幹部クラス、爺さんから強者のにおいを感じ取ったらしい。密かに臨戦態勢に入ったその姿は、先程まで奇行を繰り返していた女の物とは思えない。バニラがこの様子だとと思いルドルフに目をやると、奴もまたバニラと同じようにいつでも動ける態勢に入っていた。
「いやいやそう身構えなさんな。今の私はただの老いぼれですぞ」
「元魔王で俺を軽くボコれるような奴をただの老いぼれとはさすがに言わせねぇぞ!?」
世界中がこんな爺さんで溢れてるとか想像するだけで身震いする。
「元魔王……、通りで……。てかミストがボロ負けって……」
バニラは勿論のことルドルフも声には出していないものの唖然としていた。
「ねぇ、ミストってそんなに強いの?」
と、今度はネリアの方から突かれた。そういえば幹部ということは言ったが正確な位置は言っていなかったか。
「とりあえず口調が地に戻ってるから直しとけ? んでまぁ俺が強さがどれくらいかというとだ……。ええっとそうだな……」
正直どう説明しても自慢になるからあまりしたくない。なんというか自分から強さをひけらかすのは情けないというかみっともない。
「ミストは幹部の中でも戦闘を得意とする武闘派だ。単純な戦闘能力だけで言えば12人の幹部の中で最強と謳われている。今日ここに来た俺とバニラでは二人掛かりでも勝てるかどうか怪しい」
俺が説明しあぐねていると意外なことにルドルフの援護が入った。ありがたい話だが人から言われても恥ずかしいのでこういうのは本人がいないところでやってほしい。というかこの二人を同時に相手取って勝つのは流石に無理です。
「そうか。ふむ、まぁ私のご主人様なのだから当然だな」
ネリアは努めて冷静に装っていたが、顔が思いっきりにやけている辺り可愛い。
「あぁ……、ネリアたん可愛い……」
しまったコイツがいることを忘れていた。が、ネリアを後ろに隠そうとしたときには既にルドルフが即首根っこをつかまえていた。相変わらず油断も隙も無い女だ。
と、自己紹介がちょうど終わったタイミングで今度は呼び鈴が鳴った。時間を見ると丁度午前10時、となると恐らく奴か。相変わらず律儀時間には正確だ。
「あ、少々お出迎えしなければなりませんので私は……」
アイシアが言いづらそうに席を立つ。
「いやこっちこそいきなり悪かったな、むしろ付き合ってくれてありがとう。シエル達もありがとな」
そう言うとメイドたちはそれぞれ自分たちの持ち場に戻って行った。部屋に残ったのは俺とネリアと来客二人と爺さん。そういやこの爺さん何の仕事をしているのか謎である。たまに外へ出かけに行っているがその際どこに行っているのかも分からない。
しばらくすると三種類の足音が聞こえてきた。ん? あれ? 三人?
「失礼します」
少し足音の数に疑問を抱いたが、考える間もなくアイシアの声が聞こえ、次の瞬間ドアが開いた。そして同時に部屋の中に一人の男が入ってきた。
「やぁおはよう、って随分と懐かしい顔ぶれだね」
男はのんびりとした声でそんなことを言い出したが、反対にバニラの方は余程驚いたのか目を丸くし、
「あんたアース!? こんなところで何やってんの!?」
そう、ルドルフとバニラという急な来客があったせいで少し頭から離れていたが、俺は昨日アースに今日の午前10時に屋敷に来て欲しいと言ってあった。理由は勿論先日の顔剥ぎの一件、俺としては少し気になるところがあったからだ。
ちなみに警備兵本部では厳しく振舞っていたアースだが、今の挨拶からもわかる通り本来は非常にのんびりとした性格だったりする。それが理由で最初ローゼンベルグ警備隊のまとめ役を辞退しようとした過去があるがそれはまた別の話。
「まぁそれも含めて話すからちょっと待ってて。というかとりあえずイザベラも来なよ。いつまでもそんなところにいても仕方ないでしょ」
バニラの追及を適当にいなしたアースは廊下の方に向かって何やら話しかけていた。どうやら足音が三人分というのは聞き間違いではなかったらしい。
「……はい」
イザベラと呼ばれた人物はしばらく逡巡していたようだが、覚悟を決めたのか返事をし、そして部屋に入ってきた。が、
「お、お前は……!」
俺はそいつに見覚えがあった。というか忘れられるわけがない。何故なら、
「あの時の塩対応女!」
「流石にその覚え方は失礼過ぎませんか!?」
塩対応オブ塩対応、取り付く島もない不動要塞、俺と激しい舌戦を繰り広げたライバル、正直忘れろという方が難しい。しかしアースはそんな俺たちの因縁などまるで意にも介さず、
「よし! じゃあメンバーも揃ったことだし話を始めようか!」
バニラとルドルフは本来無関係なのだが、アースの頭の中では既にメンバーに勘定されているらしい。こうなったアースはもう止まらない。二人もそのことを知っているためかお互い顔を合わせため息をついていた。
かくして元魔王軍幹部三名に警備兵二名というあまりにカオスな状況下で顔剥ぎに関する考察会が始まるのであった。
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