第8話 顔剥ぎの目的
目を覚ますと私は暗い部屋の中にいた。部屋を見渡すとしばらくの間掃除されていないのか、ところどころに埃が積もっていた。ただ荷物がちらほら見えるところから、ここ倉庫のような役割を果たしていることは予想出来る。そこでようやく私は自分の体に違和感を覚えた。視線を下に向けると体が縄で椅子に縛り付けられているのが見えた。手足までは見えないが、それらから伝わってくる感覚から同じ状態になっていることが分かる。
「やぁ、お目覚めかい? お嬢ちゃん」
不意に人の声が聞こえた。声のする方向を見ると、そこにいたのは見知らぬ男、しかしその表情を見てようやく自分の身に何があったか思い出した。
「成る程、お連れの警備兵を殺し私をここまで運んできたのはお前か。その場ですぐに殺さずにわざわざこんなところまで連れてきて、一体何が目的だ? 身代金の要求? 何者かへの引き渡し? それとも性的欲求のはけ口か? もしも最後が理由だとすれば、わざわざ椅子に縛り付けた時点で頭が悪いとしか言えないが」
しかし私の挑発など意にも介さず男はただ薄く笑うだけ。まくしたてられても下手に脅したり逆上しないところを見ると間違いなくこの男はその道のプロだろう。この時点で身代金要求と性目的の二つはもうあり得ない、考えられるのは想定しうる限り最悪ともいえる引き渡しか殺しの依頼だ。
「随分気の強い嬢ちゃんだなぁ。いや、単にこういう状況を経験したことがあるのかな?」
男は間延びしたような声で淡々と話しを続ける。
「嬢ちゃんの度胸に敬意を表して冥土の土産に少しだけ話をしてやろうか。あ、ただ話を伸ばして助かろうなんて考えるなよ? 話が途中だろうがなんだろうがお前さんはその火が消えたその瞬間死ぬんだからな?」
男が指をさす場所に目を向けると、そこには確かにオレンジ色の炎がゆらゆらと揺れてていた。何の意味があるのかは分からないが、それが魔術的意味を持っているということだけは理解できた。
「さて話を始めようか。まずお前さんは顔剥ぎという殺人鬼を知っているかい?」
顔剥ぎ、聞いたこともない。政治だの経済だのについての情報は常に耳に入ってきているが、町の治安などは全てアースに一任していたためさっぱり分からない。
「お嬢ちゃん随分と世間知らずだなぁ……。名家の令嬢ってのはどいつもこいつもこんなんばっかなんかねぇ」
余計なお世話だ。いや、そうではないか。世間知らずだからこそこのような状況に陥っているのだから。
「まぁそんなことはどうでもいいか。んで俺はその顔剥ぎって殺人鬼でその名の通りここに来て既に七人の顔を剥いでる。ただ実を言うと俺は別にそこまで殺しが好きってわけじゃねぇんだわ。ひところして楽しいとも思わんし後処理とかもめんどくせぇしな。殺さなきゃ殺さないでそれが一番いい」
まぁだろうな。この手のタイプは今までに何度か見たことがあるからわかる。本当に人殺しが好きなタイプは殺す前に会話などしない。何らかの準備があり待たなければならないとしても、待っている間対象を痛めつける事しか脳にない、少なくとも殺す相手に話しかけるなんて選択肢は確実にとらない。
「ではなんでか。それは俺の魔術にある。もうお前さんは気付いているんじゃないか?」
「成る程、お前は顔を剥いだ人間の容姿を真似ることが出来るというわけか」
ここに連れてこられる前、私はまるで容姿、体格の違う男に連れ去られた記憶がある。しかし今目の前にいる男は確かに別人にしか見えないが、雰囲気や表情から察するに間違いなく同一人物。となるとここから導き出される答えは一つ、男は何らかの手段を用いて自分の容姿を変えることが出来るということ。そしてそこに男が何らかの意味を持って顔を剥いでいるという事実を照らし合わせれば、自ずと正解は見えてくる。
「正解。だが顔を剥いだだけじゃ無理だ。顔を剥ぐ前に儀式を行わなくちゃならねぇ、それも先に死なれちまったらアウトだ」
だからこの炎が消えるまでということか。理にかなっている。
「にしてもそこまで理にかなった行動しかしないくせに随分と杜撰な計画を立てたものだ」
すると男は自嘲気味に笑い、
「本来ならアースの顔を奪う予定だったんだ。お前さんと最もつながりの深い警備兵であれば、簡単に会うことが出来ると思っていたからねぇ。事実俺は警備兵の中に潜り込むことはできた。だがな、あの男は無理だ。普通に戦っても勝てるかどうかわからんのに顔を剥ぎ取るなんて出来るわけもねぇ。故に俺は当初の計画を変更せざるを得なくなった」
そこで男はいったん言葉を区切る。そしてにやりと笑い、
「だから今日の出来事は俺にとって渡りに船だったのさ。なんせ依頼主はせっかちだからねぇ、今回ばかりは早く仕事を終える必要があった」
依頼主、私の顔を剥ぐ必要がある人間など限られる。そしてそんなことに踏み切ろうとするやつは一人しかいない。
「成る程、お前の依頼主はシープレスの影の王か。大方自分の飼い犬に化けさせてこの国を乗っ取ることが目的なんだろう?」
しかし流石プロと言うべきか男は表情を崩さず、
「悪いが守秘義務だ。そんなことよりお前さんは何か言い残すことは無いか? もうそろそろ時間だが」
見ればもう炎は消えかける寸前、まさに風前の灯火と言えるほどに小さくなっていた。この炎が消えると同時に私の天命も尽きる、もはや完全に手詰まり。私は何もできずに殺される。
死に対する恐怖を感じないと言えば嘘になる。けれどそれよりも何よりも悲しかった。旦那様を一時の感情で屋敷から追い出し、挙句親身になって相談に乗ってくれたアイシアを最後の最後で信じ切れず、その結果がこれだ。私はその愚かさ故にここで命を落とす、最後まで私を信じてくれた人達を裏切るという最悪の形で。そのことが私は何よりもどうしようもなく悔しかった。
けれど、もしこんな愚かな私でも何かを願っていいのなら、最期くらいは素直になろう。たとえかなわない願いだとわかっていても、それはきっと私から出来る彼らへの最後の償いだから。だから私が紡ぐのはたった一言だけ。
「私は10年前からずっと、あなたのことが大好きでした」
「最初っからそう言えバーカ」
直後ドアの向こう側から男めがけて暴風が放たれた。男は突然の攻撃に耐えられず、そのまま吹き飛ばされ壁に激突した。そしてそのまま声の主はずかずかと躊躇いもせず部屋の中に入ってくる。
私には信じられなかった。だってその人はこんなところに来るはずなんてないと思ってたから。助けに来てくれるはずなんてないと。
けれど彼は来てくれた。あの時と全く同じように。
「やってくれるじゃねぇの」
だがまだ終わってはいなかった。吹き飛ばされ壁にたたきつけられてなお男はほぼダメージを受けていないようだ。
「早く逃げろ! その男は間違いなく強い!」
しかし彼は逃げるどころか一歩前に進んだ。そこで彼はこちらを振り返ると不敵に笑い、
「俺は負けねぇから安心しとけ。何、すぐ終わるさ」
そう言うと再び彼は視線を男に向け、そのまま拳を握る。今度はもう振り返らない。そして私のヒーローは男に向かって駆け出した、ただこの悪夢を終わらせるためだけに。
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