第7話 再会と罠

 屋敷を出た私は早速後悔していた。探しに来たことにではない、どうやって探すかを考えずに出てきてしまったことにだ。ただでさえ広い街なのだ、ピンポイントで一人を見つけるのはどう考えても難しい。


 一応そうはいってもどうにかしようと通行人に見かけなかったか聞きまわっていたのだが、


『いやぁ、悪いけど知らないなぁ』


『うーん、そんな特徴だけじゃいくらでもいるからねぇ……』


『君可愛いねぇ、ちょっとうちの店寄って行かない?』


等々碌な情報がなく、まるで手掛かりが見つからなかった。彼と私に知人でもいればよかったのだが、そもそも魔王軍に在籍していた彼に一般人の知り合いが多くいるとは思えない。って、待てよ?


 そこまで考えて私は思い出した。彼が警備兵に近寄ろうとしたとき見つかると面倒だからと拒否したことを。本来秘匿されている存在にもかかわらず見つかると面倒なことになると言ったということは、警備兵の中に彼の容姿を知っている者が存在するということに他ならない。


 となれば後は警備隊本部に向かうだけだ。幸い私自身も彼らにある程度影響を及ぼせる以上人一人の捜索願位簡単にできるはず。私は先ほどよりもはるかに軽くなった足で目的地へと向かった。



「やっても構いませんが多分あの男相当嫌がりますよ?」


 運のいいことに本部につくと、私にとって最もなじみの深い警備兵、アースにすぐ出会うことが出来た。フロントで誰に取り次がせるのがこの男を呼び出すのに一番早いか考える必要が無くなったのは僥倖以外の何物でもない。


 また、更に幸運なのは彼自身も旦那様のことをかなりよく知っていたということだった。まぁ警備兵の顔役と魔王軍の幹部なのだからよくよく考えてみれば顔見知りくらいの関係はあるに決まっている。が、不思議なことに警備兵に会いたくないと拒否した旦那様とは対照的に、アースはそこまで彼のことを苦手としてはいないようだ。


 と、そんな考えは私の顔に出てしまっていたのか、アースは苦笑して、


「私の場合あくまで個人の付き合いとして良好な関係にあるというだけですよ。事実私は彼によく依頼を持ち込んでいますしね。ただ警備兵の中には商売敵である魔王軍を目の敵にしている輩も当然おりますので」


 警備兵側も一枚岩と言うわけではないらしい。っと違う。今はこんなところで油を売っている暇はないのだ。


「今は彼に会うことが優先だ。最悪私は嫌われても構わない」


 すると彼は肩をすくめ、


「アレがその程度で人を嫌うとは思えませんがね。まぁいいでしょう、まずはうちのものでで見かけた奴がいないか聞いてみます。何、仮にもあの最年少幹部はうちでもかなり有名ですし皆一目見ればすぐにわかると思いますよ」


 そう言うと胸ポケットから魔晶石を取り出し耳に当てた。連絡用に用いられる魔晶石は基本的には一対一でしか使えないが、警備兵が持つものはその限りではない。また、魔晶石は形状が100%同じものが出来ないため、形状登録を用いる現行のやり方ならば魔晶石経由で会話が傍受される心配もない。


「何? 本当か? ああ、分かった。それじゃあすぐに警備兵二人と一緒にそっちに連れて行くからちょっと待ってろ」


 連れていく? まさか……、


「たった今うちのものから5分ほど前にお探しの方を目撃した、との報告がありました。場所はクレイトス三番街、私は現在手が離せないため行くというのであれば一応護衛を二名付けますが、廃墟の町と言われている場所です。何があるかわかりませんのでくれぐれもお気を付けください」






「これからどうすっかなぁ……」


 ネリア邸を追い出された俺はふらふろと当てもなく街をさまよっていた。とりあえず住居と仕事を探さなければならないと考え、適当な情報誌を買ったが、最近巷を騒がせているらしい顔剥ぎ事件とかいう猟奇連続殺人事件で全ページ埋め尽くされていた。全くはた迷惑なやつである、とりあえず出くわしたらボコボコにして警備兵共に突き出してやろうと心に誓った。


 というかこの事件警備兵も犠牲になったりと、もうかなり大事になっているにもかかわらず屋敷にいた頃はそんな話一度も聞かなかった。確かにあそこには爺さんがいるから並大抵の使い手なら確殺出来るだろうし、危険な犯罪者が街を出歩いていると伝達する必要などないのかもしれないが、かといって危機感がないのもそれはそれでいかがなものだろうか。割と社会に出られるのか心配である。


「ってアレ? これチャンスじゃね」


 そうだ、今まで芸を身に付けるかとか余計なことばかり考えていたが、よく考えればそんなことするまでもない。自分の得意分野の実力を一番簡単かつはっきりと示す方法なんて一つしかない。凶悪で強力な犯罪者共をそれこそボコボコにして警備兵に突き出せばいいのである。


 そうと決まれば行く場所は決まったも同然である。俺は目的地に向かって駆け出した




「申し訳ございませんが、現在アースは多忙により対応することが出来ないとのことです。またの機会をお待ちしております」


 見事な塩対応である。受付嬢の表情からはどう見てもお待ちしているなんて感情は見られない、むしろ二度と来ないでくれと言っているようにしか見えない。まぁ俺がここの連中の多くから目の敵にされていることくらいわかってはいたので気落ちすることはない。それにこの程度で凹んでいては目的達成なんてとてもじゃないが出来ない。だから俺は彼女の冷たい視線にもめげずに立ち向かう。


「頼むよ! ちょっとだけでいいんだ! 先っちょだけでいいから!!」


「無理なものは無理です! てかなんか言い方が卑猥になってませんか!?」


 しかし相手もやはり簡単には折れてくれない。お互い必死の攻防を続ける事約5分、いい加減周りの目が冷たくなってきたがそんなものは気にしない。


「はぁ……、はぁ……。や、やるなあんた」


「ぜぇ……、ぜぇ……。あ、あなたこそ。す、少しは見直してあげてもいいですよ?」


 5分もの間根性で戦い続けた俺らにはなぜか奇妙な連帯感が生まれていた。しかしこの戦い、情にほだされて負けるわけにはいかないのだ。


「さて、そろそろ決着をつけようか。あんたとはもっと別の形で出会いたかったよ」


 彼女も俺の雰囲気が変化したのを察したのか、再び臨戦態勢に入る。


「私もですよ。では終わらせましょう」


 空気が張り詰める。こんな感覚を味わったのはいつ以来だろうか。今俺は久々の強敵の出現に悦び打ち震えている。だからここは絶対に勝って見せる! そして俺たちが同時に口を開いた瞬間に、






「何してるんですか旦那様!?」







 聞き覚えのある声がした。てかその声と全く同じ声を今朝聞いたばかりである。


「え、お前なんでここに!?」


 そこに立っていたのは俺が二度と会うことはないと思っていた少女、ネリア邸に勤めるメイド、アイシアだった。先ほどまで俺と舌戦を繰り広げていた受付嬢はアイシアの突然の襲来に頭がついていけていないのか口をぽかんと開けていた。


「ちょうどよかったです! 旦那様はお嬢様とお会いしませんでしたか!?」


 しかしそんな受付嬢の様子など目に入っていないのか、更に俺に詰め寄ってくるアイシア。彼女がこんなに取り乱すなんて並のことではない。


「どうしたんだよ一体。ネリアの奴がなんかやらかしたのか?」


 先の発言を聞く限りネリアは家出でもしたのか。俺としては彼女の場合、こういう時は家出みたいな幼稚な行動をとるより、屋敷の人に迷惑をかけないよう自室にこもるタイプだとばかり思っていたのだが意外とそうでもないのだろうか。が、アイシアが次に言ったのは俺の予想をはるかに裏切るものだった。


「お嬢様は多分あなたを探しにお一人で屋敷から出て行ったんです! これ以上私たちに迷惑をかけたくないと思って!」


 それを聞いて真っ先に俺の頭に浮かんだのは疑問でも安堵でもなく怒りだった。全く馬鹿かあの女は。何が迷惑かけないようにだ? よりによって一番迷惑のかかる方法取ってんじゃねぇよ。周りが見えていないにもほどがある。


「おい、これは一体なんの騒ぎだ?」


 丁度そんな時、先程まで探していた男が現れた。だが、今はアースにかまっている暇はない。


「わりぃ、ちょっと用事が出来たから出かけてくる! また後で来るからちょっと待っててくれ!」


 俺はそのまま入り口まで駆け出とうとしたが、その直後、後ろから襟首を思い切り引っ張られた。首が絞まり息が出来ない。


「げほっこほっ。いきなり何すんだ……」


 アースの暴挙に抗議するため恨みがましい視線を送ったが、彼の表情は真剣そのものだった。


「さっきお前を探しにネリア様が来たんだが、その時にうちの警備兵から5分ほど前にお前をクレイトス三番街で目撃したという報告があった。にもかかわらず何故お前はここにいる? 報告を受けてからまだ15分も経っていないんだぞ?」


 クレイトス三番街からここまでは走っても20分近くはかかる。勿論風属性魔法または肉体強化を使えばもっと短縮は出来るだろうが、俺にはそれをやる意味がない。


「やられた! 最初に報告を寄越した警備兵はおろか、ネリア様の護衛として付けた二人のどちらとも連絡がつかん!」


 ネリアが何らかの事件に巻き込まれたのはもう誰の目から見ても明らかだった。現にアースは未だかつて見たことがないほど焦燥感にかられており、アイシアに至っては重度のパニックに陥り、最早泣く寸前と言った様子だった。


 だが俺は焦りよりも何よりも、アースの話を聞いてからあることがずっと気になっていた。何故ネリアが事件に巻き込まれる直前に俺にわざわざ化けたやつが現れたのか。俺が屋敷を出たのは今朝、たかだか数時間で俺が出て行ったという情報をつかみ、その後クレイトス三番街に移動し俺の幻覚を警備兵に見せる、随分と手間がかかるうえ出来る人間が限られてしまう以上あまりに愚策だ。


 いや違う。そうじゃない。犯人は多分この状況を本来想定していなかった。計画と言うにはあまりに杜撰過ぎるやり口がそれを物語っている。


「顔剥ぎ」


 アースは今その言葉が出るとは思っていなかったらしい、怪訝そうな顔でこちらを見てきた。けれどもし俺の考えが当たっていたなら時は一刻を争う。


「なぁ、顔剥ぎは今までの事件で一体どんな職業の人間を殺してる?」


「あ、ああ。ちょっと待て。えっと、あった。奴は三週間前から犯行をはじめ、現時点で7名の魔術専攻の学者を殺している。だが何故か一週間前にエリアル街で警備兵を一人殺害してからは何故か現れていない、がそれがどうかしたか?」


 悪い予感は必ず的中する。そしてエリアル街、やはりあの時感じた背筋の凍るような殺気は気のせいではなかったのだ。


「アース、至急報告を受けたという男の現在地を割り出してくれ。今ならまだネリアを助けられる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る