第4話 お使いに行きます

「いやぁ、なんていい天気なんだ! これは外に出ない方がもったいない、そうは思わないか旦那様?」


「ああ、そうだな。すでに外に出てるじゃないかと言う突っ込みを置いとけばの話だけどな!」


 ネリアの婚約者になってから早くも2週間が経とうとしていた。相変わらずネリアのからかい癖は治らないものの、周囲との信頼関係はある程度構築できつつあり、また必死に爺さんに頼み込んだおかげか多少仕事を任されるようにはなってきた。


 ちなみに今日もその一環で一人で町まで買い出しに来たはずだったのに、なぜか家にいるようにと言っておいたはずのネリアが横にいるという奇妙な事態に陥っている。


「全く水臭いじゃないか。外に出るというなら遠慮などせず私に案内役を頼めばいい」


「いや遠慮じゃなくて拒否だから! だってお前絶対まともに案内する気ないもん!」


 普段の行いから考えれば俺の判断は間違いなく妥当なはずなのだが、ネリアは俺の評価が不服だったのか頬を膨らませ、


「私とて仕事の邪魔をする気はない。ちょっと旦那様と寄り道しようと思っていただけだ」


「思いっきり邪魔する気じゃねぇか!! 頼むから大人しくしててくれ!」


 良くも悪くもぶれない女である。彼女はなおも妥当な扱われ方に不満げにしていたが、今度どこかに遊びに行くと約束を取り付けたことで渋々折れてくれた。


「いきなり五分も無駄にした……」


 何故仕事をする前から既に疲弊しなければならないのか。理不尽な現実にそっとため息をつき隣を見てみると、


「あ、あれ?」


 先ほどまでそこにいたはずのネリアの姿が無かった。急いで辺りを見回すと、


「おーい旦那様~! こっちに大魔導士ソクラテスの曰くつきっていう魔晶石が売ってるよ~!」


 声のした方を見てみると、100mほど離れた如何にも怪しげな出店の真ん前でネリアが手を振っていたのが見えた。


「早速勝手な行動してんじゃねぇか!」


 ネリア相手に話し合いは意味をなさないということだけはわかった。が、当の本人は全く悪びれた様子もなく、出店に置かれている商品に目を輝かせていた。


「ほら見てくれ! これはかつてとある大悪魔を倒したという剣らしくてな!」


「騙されてるから! お前人で遊ぶくせに猜疑心というものが皆無なのか!?」


 ネリアは由緒正しき剣みたいな言い方をしているが、彼女の手にあるのはどこからどう見ても普通の木剣である。というかそもそも大悪魔ってなんだ。せめて名前を言え名前を。


「全く、遊んでないでとっとといくぞ」


 店の前から動く気配がなかったのでとりあえずネリアを無理やり引っ張っていくことにした。


「ちょっとくらいいいじゃないか! ケチ! ケチ!」


 後ろで何か言っているがまともに付き合うと不毛な問答になるため無視。俺はネリアを無理やり引きずりながら目的地へと向かうのだった。






「もうだめ……。疲れた……」


 あの後どうにか買い物を終わらせた俺は疲労のあまり涼みに入ったカフェの机に突っ伏していた。あの後ネリアを無理やり引きずって行ったはいいものの、隙を見ては他の店を回ろうとするわリストに載ってないものまで勝手に買おうとするわで手綱を取るだけで一苦労だった。


「情けないなぁ君は。私としてはもっといろいろ遊びたかったのだけれどね」


「頼むから勘弁してくれ……」


 これ以上付き合わされるとなると流石に体力が持たない。というかむしろ何故こいつはまだこんなに体力が有り余ってるんだろう。はなはだ疑問である。


「ん? なぁ旦那様、あれって警備兵じゃないか?」


 しばらく疲労で突っ伏しているとネリアが窓の外を見ながらそんなことを聞いてきた。何かと思い彼女の視線の先に目をやると人だかりができており、人だかりの隙間から警備兵が倒れているのが見えた。


「旦那さ……」


「行ってみたいとか言うなよ?」


 彼女の目が爛々と輝いていたため先回りして釘を刺しておいた。わざわざ見に行くのがめんどいというのもあるが、それ以上に警備兵に見つかりたくない。


「ふむ、昔馴染みに会うと面倒というわけか。元自警団と王家直属の警備兵ともなると確かに関係性はよく無さそうだしね」


 完全に見通されていた。ぐうの音も出ない。


「まぁいいや。これ以上我が儘言うと嫌われそうだし帰ろうか」


 今回ばかりは俺が本気で嫌がっているのが分かったのか、ネリアはそのまま引いてくれた。このあたりのギリギリのラインを見極めるのが彼女は非常にうまい。ある意味それが厄介ともいえるが。


「それでは帰りもエスコートを頼もうか。家に帰るまでがデートだからね」


 そういって席を立ち左手を差し出してくるネリア。


「今日はデートじゃなくて買い出しのはずだったんだけどな……」


 彼女の本日最後の要求に応えるためため息をつきながら手を取ろうとした瞬間、


「ッッッッッッ!!!!!!????????」


 俺の体中に悪寒が走った。脳に響く警鐘はいつまで経っても鳴りやまない。間違いない、この近くに何かがいる。それもかなりヤバいやつが。どこだ、どこにいる。


 しかし周りを見渡してものんきに食事をとりながら談笑しているだけ、警戒すべき人間などどこにもいない。


「どうかしたかい?」


「え? あ、いやなんでもない。それじゃ帰るか」


 そういって強引に手を取り、俺たちは足早に店から出た。そのころには既に先ほど感じた異様な気配はなくなっていたが、いつまでもネリアを連れてあの場所にとどまり続けるのは躊躇われた。帰り道を歩いている時もずっと周囲を警戒していたが、その日は特に何も起こらず普段と変わらぬ一日を過ごし、そして次第にカフェで感じたあの感覚は俺の中で薄れていった。



 今思い返してみればこの時俺は二つのミスをしていた。


 一つはカフェで感じた異様な感覚を放置してしまったこと。あの時の俺は長い間ブランクがあったせいで完全に平和ボケていたとしか考えられない。本来ならばその感覚は無視してはならないものだったにもかかわらず、あろうことかカフェでの一件を完全に忘れてしまっていたのだから。


 そしてもう一つはネリアが野次馬に行こうとしたときに止めてしまったこと。もしこの段階で俺たちが倒れていた警備兵を見ていれば、恐らく未来はもっと別のものになっていただろう。


 しかしどれだけ過去を嘆こうが時間が止まることはない。後悔は先に立ってはくれないのだ。







        回り始めた運命の歯車はもうだれにも止めることは出来ないのだから

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