第3話 ニートからヒモになりました

 魔王軍の皆様へ。第四魔王軍が解散してからはや半年が過ぎようとしてますが皆様はどのようにお過ごしでしょうか。本来であれば私は元気にやっています、と書きたいところですが、つい先日まで私は職が見つからずニートのような生活を送っておりました。職に就こうと思ってもどこも年齢制限によって足を切られる毎日、このまま野垂れ死にしてしまうのではないかという不安を抱いたこともあります。しかしそんな私もついに職に就くことが出来ました。諦めずバイト雑誌を漁り続ける毎日がようやく実を結んだのです。そう、私ミストは努力の末、


「ヒモになれましたってこんなの書けるかァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 思わず俺は机にペンを叩きつけた。最近魔王軍の同僚や部下がぱたりと連絡が途絶えた俺を心配しているのか頻繁に手紙が来るようになり、さすがにこれ以上ほったらかしにしておいたら捜索活動を始めそうな勢いだったので、一応なんとかなっていることを伝えるため、とりあえず近況報告をしようと思ってこちらも手紙を書こうとした。しかし、しかしだ。文字に起こしてみてようやく気が付いたが今の俺の状況は予想以上に悲惨だったのだ。


 面接の後俺は婚約者の件を承諾し、晴れて念願の職に就くことが出来た。また、依頼自体が住み込みのものであるため、俺は嬉々としてその日中に今まで暮らしていたアパートを引き払い、荷物をまとめてこの豪邸に来たのだ。そこまではよかった、本当にそこまではよかったのだ。


 だがいざ仕事を頑張ろうと意気込んでいた俺にとある問題が発生する。いつまでも仕事が来ないのだ。おさらいしよう。このバイトは住み込みのもの、衣食住は予めすべて保証されている。さて、仕事が来ない、やることがない、飯食って風呂入って寝るだけの生活、傍から見たらヒモ以外の何物にも見えないというか事実ヒモである。


 一応魔術の鍛錬などは毎日欠かさずに行っているが、仕事もしていなければ家事をしているわけでもない。これでは立つ瀬がないと、この屋敷の事実上のトップである元魔王の爺さんに直談判し唯一貰った仕事も、お嬢様の見張りと言う仕事と呼べるのかすら怪しいものである。しかも俺を困らせるのが好きだと明言してくれやがったお嬢様はあの手この手で屋敷を脱走し、宣言通り全力で俺をからかおうとする始末。こんなこと書いて奴らに送ったら間違いなく更に不安をあおるだけだ。


「随分と苛立っているようだがどうかしたかい? 空腹なら今からアイシアに言って何か作らせても構わないけれど」


 そんなふざけたことを後ろから囁いてくるのがすべての元凶となっているお嬢様もといコーネリア・アマルフィ、通称ネリアである。初対面ではその綺麗な容姿に目を奪われたため、婚約者になってくれと言われた時もかなり戸惑ったもののそのまま引き受けてしまったのだが、間に合うならあの時の俺を殴り飛ばして目を覚まさせてやりたい。性格のいい美人が会ってすぐに求婚申し込むなんてうまい話にうらがないわけないのである。


「いや、それは流石にアイシアが可哀想だろうが! アイツただでさえ朝早くから働いてるんだからな!?」


 アイシアと言うのは俺が面接の日ここにきて最初に会ったメイドさんのことである。初対面の時はとにかくおっとりしたというか抜けているというかそういった印象を受けていたのだが、その実態はこの屋敷に勤めている総勢15名のメイドを束ねる役割、要はメイド長という大役を預かる敏腕メイドだった。ただ相変わらずその雰囲気は初対面の時に感じたものと同じため、彼女に会うために人は本当に見かけによらないものなんだなと思わされる。


「冗談だよ。彼女に疲労で倒れられては私も困るからね」


 ならなんでそんなこと言ったんだとは聞かない。何故なら彼女から返ってくる答えは決まっているから。


「何故って? そりゃ君をからかうのが楽しいからに決まっているだろう!」


「うるせぇ! その返しはわかってたからあえて聞かなかったんだよ! てかそんなセリフをいい笑顔で言ってんじゃねぇ!!」


 頼むから人の頭の中まで読まないで欲しい。というか満面の笑みを浮かべているのが非常に腹立たしい。なまじ容姿がいいだけに余計に。


「しかし君の仲間は魔王軍と言うだけあって皆優秀みたいだな。国王直近の護衛などなかなかになれるものではないだろうに」


「ん? ああ。なんだかんだ言って俺たちの魔王軍は16あるうちの4番目、トップとは言えないまでも上位には位置していたからな。そりゃそこら辺の護衛程度には負けねえよ」


 魔王、それは魔術の道を究めようとした人間であれば必ず一度は憧れるであろう存在。魔術を究めた先にある玉座、そこに到達したものを人々は畏怖と畏敬の念を込めて魔王と呼ぶ。


 現在その位置に君臨しているのは16名だが、魔王になったものにはそれぞれ魔王軍と呼ばれる自警団を作る義務が生じる。魔王軍に入るための条件は実に様々で魔王が勝手に決めていいことになっている。年齢制限は勿論のこと、女人禁制にしていた魔王もいれば、逆に男子禁制にしている魔王もいた。


 しかしたった一つだけ、魔王軍には暗黙のルールが存在する。一体何か。その答えは至極簡単、強いことである。故に魔王軍はルール内において完全実力主義制であり、所属しているというだけで人々の尊敬の対象になる。


「メンバー完全秘匿なら尊敬されようがなくないか?」


「いいの! 役職にあこがれてるんだから!」


 全く痛いところを突いてくる。ネリアの言う通り自警団の特性上逆恨みされやすいということから、魔王軍のメンバーは基本的に魔王以外完全秘匿されている。安全性の面から見て確かに仕方のないことではあるのだが、まさかこの仕組みで逆に苦しむ日がこようとは思いもしなかった。


「まぁでも私はその仕組みに感謝しなければならないかな」


「ん?」


 どういうことだろう。魔王軍にいたわけでもない彼女がこの仕組みによって得をすることなどないはずだが……。


「なに、簡単なことだよ。だって君の実力が周りの者に知れ渡っていたら、きっと私は君に会えなかっただろう?」


 全く本当に美人はずるい。そう言って笑いかけられるだけで俺は何も言えなくなるのだから。


「私は君をからかって遊んでいるが、これだけは信じてもらいたい。私は他の誰よりも君が好きだ。この言葉に何一つ嘘はない」


 ああ、知っている。どうしてかは分からないが彼女は俺に疑いようのない好意を抱いている。特に何かした覚えもなければ過去にどこかで会った記憶もないのに。



「ふふっ、だから何度も言っているだろう? 私は君に一目ぼれしたのだよ」

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