第2話 元魔王と雇用主

 現時刻11時35分、俺の眼前には家なのかどうかすら怪しく感じるほどに馬鹿でかい家が建っていた。グリム三番通りに住んでいる人間はどいつもこいつも貴族だの財界のトップクラスだの常人とは程遠い肩書を持っているため、家の大きさ等も一般人のものとは比べ物にならないレベルのはずなのだが、目の前の豪邸と比較してしまうとすべてそこら辺にある一軒家のようにしか見えなかった。


「やっべぇ住む世界が違う……。こんなとこにだれが住んでんだよ……」


 匿名だったためてっきり裏取引でもさせるつもりかと思っていたが、こんな大豪邸で面接を行う時点でその線はかなり薄いだろう。


「あら? どちら様でしょうか」


 目の前の大豪邸に圧倒させられていると、不意に誰かの声が聞こえた。声のした方向を見てみるとそこには一人のメイドが箒を持ってたたずんでいた。緑色の髪をリボンで一つに束ね、少したれ目のあどけない顔立ちは背が高くスレンダーな容姿とミスマッチしており、そこが逆にとても可愛らしい、というか俺のドストライクであった。いやこれから面接と言うのに何を考えているんだ俺は。


「あ、えっとあの! 俺は……じゃなかった! 私はこちらのバイトの面接を受けに来た者ですが場所はここであっているでしょうか!?」


 容姿に見とれ……ではなく緊張してやや声が大きくなってしまったが変に思われていないだろうか。そう思い彼女の表情を伺ったところ彼女は何とも言えない表情をしていた。しかしそれは俺の態度が変だからとかそういった感じのものではなく、むしろバイトの面接という言葉の方に反応したかのように見える。


「あー……。まぁ確かにそうなんですが……。ええっとぉ……」


 俺の予想は正しかったらしく、彼女はなんだかとても歯切れが悪そうにしていた。ひょっとしてもう締め切ってしまっていたのだろうか。


「あの、もしかして既にバイトは決まっていた、ということでしょうか?」


 しかし彼女は首を横に振り、


「いえ、まだ決まっていません。というよりいまだに決まっていないというのが正しいのでしょうか……」


 いまだに決まっていない? あまりに不自然すぎる言い回しに話が全く見えず首をひねっていると、


「実はあなたで372人目なんですよ。それも今までの371名は全員例外なく落ちています」


 あ、終わった。明日から新しいバイトを探さなければ。今彼女の言葉を聞いた瞬間に俺は決意した。  はっきり言おう、371人中371人が落ちる面接に今までどこにも受からなかった俺が受かるわけない。まだ年齢制限の壁を越える方が楽だろう。


 いや、もしかしたらこれは悪い夢なのかもしれない。あるいはメイドさんが冗談で言っていることかもしれない。本当はまだ二人しか受けていなくてどっちも落ちてしまったというだけで俺がそれを371名落ちと勘違いしてしまったのかもしれない。しかし目の前の少女は俺の無理やりな現実逃避を壊したいのか、なおも悪夢のような話を続ける。


「面接には主に実技試験と一般的な面接試験の二つがあるのですが、未だかつて後者までこぎつけた人間はいません。なぜだかわかりますか?」


 何故だろう、大した実力者がいなかったのだろうか。それとも仕事にあった魔術を使える人間が誰もいなかったのだろうか。いや、多分そういうことではない。さっきから嫌な予感がビンビンしている。俺のこういう予感は大抵当たるのだ。そして彼女はさらなる悪夢を口にした。






    「本面接における実技試験の担当者は300年以上も生きる元魔王の一人だからです」









「これより実技試験を始める。希望者は前へ」


 前へ出ろも何も一人しかいねぇじゃねぇか。勿論そんなことをこの老人のに真正面から言えるほどの度胸はなかったため、心の中で毒づきながら俺は素直に前に出た。


 あの後メイドに案内されて俺は豪邸の中に招き入れられ、そのまま地下室のようなところに案内された。彼女が地下室の扉を開けるとそこには予想を裏切り開けた空間と、椅子がいくつかならべてあるだけで他には何もなかった。


はっきり言ってこれだけ何もないと逆に何をしろと言われているかある程度の予想は立ってしまう。去り際に彼女からご武運をと言われたものの、実技試験と魔王と言うワードに頭を埋め尽くされそれどころではない。


 そして俺が心の中で冷や汗をだらだら流していると、いつの間にか30分経ったのか目の前の男がこの部屋に入ってきたというわけだ。


 しかしクソ、この爺さん間違いなく強い。多分魔王軍にいた頃の俺よりもはるかに強い。もうかなりの老体のくせに異常に鋭い眼光に、体全体から発せられる見るものすべてを委縮させるような威圧感。元魔王と言うのはどうやら本当らしい。


「ふむ。なるほどな」


 爺さんも爺さんで一瞬こちらを値踏みするような眼差しを向けてきたが、次の瞬間目の前の男から威圧感が一切なくなった。面接が終わった? いや、違う。今この瞬間から奴は臨戦態勢に入った!


「試験開始だ。ベールウィンド」


 そういうと男はこちらに人差し指を向けた。

 ベールウィンド、風系統の中では最弱クラスの魔術の一つ。その効果はそよ風程度のものであり使用用途は主に涼むため、戦場で使われることなどまずないだろう。あくまで通常であれば。


「チッ! アイスウォール!」


 男から放たれたのはまるですべてを飲み込まんとするほどの暴風、まともに食らえば間違いなく負傷は免れないだろう。この際下級魔術程度に中級防御魔術を切りたくないなどという下手なプライドは死に直結すると言っても過言ではない。しかし目の前の老人は防ぐのでやっとの俺にさらなる猛攻を加えてくる。


「マクロ多重展開。ではこれはどう防ぐ?」


 何とか暴風を防ぎ切ったと思ったら今度は何十、何百もの魔方陣が眼前に広がっていた。一つ一つがどんな効果を持っているか分からない以上、一方向からの攻撃のみに特化したアイスウォールでは防ぎきれない。ならば、


「だったら意趣返しさせてもらおうか!」


 こちらの選択は先ほど奴自身が使用したベールウィンド。無論奴ほどではないが、俺とて元魔王軍の幹部クラス、強風を全範囲に広げることくらいはできる。

しかし当然あの魔術をこんな風程度で防ぎきれるわけもない。だから最初から俺の狙いはただ一つ。


「魔方陣であることを逆手にとったか!」


そう、魔方陣はその性質上必ず現実の物質を介在する必要がある。それがたとえ粉末状であれ液体状であれ。よって魔方陣が起動する前であれば強風程度でもキャンセルさせることができる。


 これでいったん戦況を白紙に戻せたが次は一体何が来るか。俺が焦る心を落ち着けようと、手を握り締めたまさにその時、


「もういいだろう! そこまで!」


急に室内に澄んだ声が響き渡った。明らかに目の前の男から発せられたものではない。何事かと思い入り口付近に目を向けるとそこには一人の少女が腕を組んで立っていた。


何故こんな危険なところに来たのだろうかとか、彼女はいったい何者なのかとか、山ほど疑問はあったはずなのに、彼女を人目見た瞬間それらはすべて頭から消え去ってしまった。綺麗、彼女ほどその言葉がぴったりあてはまる人間はいないだろう。先ほどのメイドもかなりレベルが高かったがあちらは可愛らしいという容姿に対して、この少女は完成された芸術のような印象を受ける。銀色の長い髪に赤い瞳、そして背はあのメイドほどではなくとも比較的高く、スタイルの方も均整の取れた体というものを見事に体現しているようにさえ感じる。


「お嬢様……」


「お嬢様!?」


 俺が彼女から目を離せずにいると、爺さんもまた唖然としたように彼女を見ていた。というかお嬢様? まさかこのバイトの依頼主と言うのは……、


「爺ご苦労だったね。毎度毎度こんなことを頼んですまない」


「は! ありがたきお言葉!」


 間違いない、今の口ぶりや爺さんの態度からして彼女が本件の依頼主なのだろう。しかし何を頼むつもりだ? 普通に考えれば護衛かあるいは専属の家庭教師か。ただ正直なところどちらも俺なんかに頼らずとも、この男一人ですべてこなせてしまいそうな気配すらある。


「ところで爺、面接の件だけれど彼の実力の程は? 私見では合格ラインには達していると思うのだが」


 そうだった。彼女が依頼主とかそんなことを気にしている場合ではない。そもそもこの試験を通らなければ全く意味がないのだ。しかし、


「合格ラインと言うより最早彼を不合格にしてしまった場合、恐らくこれより先合格者は誰一人現れることはないでしょう。間違いなく彼は魔術という観点から見た場合歴代でも稀にみる逸材です」


 俺の心配は全くの杞憂だったらしい。というかあれだけ押されていたのにその評価だったことに驚きだ。てっきり合格ラインぎりぎり程度かあるいは普通に不合格だと思っていたのだが。だが少女の方はその回答に満足したのか微笑み、


「そうかそうか。では君、今日からよろしく頼むよ」


 そう言って彼女は俺の肩に手を置いた。


「え!?」


「なぁ!?」


 これには俺だけでなく爺さんの方も驚愕していた。メイドから聞いていた話によれば実技試験のほかにもう一つ面接試験があったはずなのだが……、


「お待ちくださいお嬢様! 確かにこの男の実力は確かですがまだ人間性などは全くと言っていいほど把握しておりませんぞ!?」


 ド正論もいいところである。しかし少女はそんな苦言に鬱陶しそうに手をひらひらと振ると、


「構わないさ。これでも私は人を見る目はあるつもりだ。それに爺、これより先あなたのお眼鏡にかなうほどの魔術師が現れる保証はあるか? 少なくとも私は彼ほどの実力者をほとんど見たことがないが」


「うぐっ、そ、それは……」


 痛いところを突かれたのか急に言葉に詰まり始める爺さん。ただはっきり言ってこのままでは爺さんがあまりに可哀想すぎるので、


「あの、俺としても面接が何もないようなバイトって信用できないんですが……」


 予想外の方向からの援護に爺さんがよくやってくれたみたいな表情でこちらを見てきたが、なぜ採用されなければならない側の俺がこんな提案をする羽目になっているのかはなはだ疑問ではある。が、この意見は流石に無視できなかったのか少女は何やら考えるそぶりを見せ、


「ふむそうだな、君の言うことにも一理ある。ではこうしよう、私の容姿を見てどう思う」


 これが面接なのだろうか。彼女の容姿を見てどう思うか、比喩? ひたすら褒めたたえる? どうすればいいのか。残念ながら語彙力のない俺にはそんな高尚なテクニックは使えない。なので、


「い、や、えっとき、綺麗だと思いますが……」


 一瞬場が固まった。まさかそういうことを聞いていたのではないのだろうか。俺は完全にミスったのだろうか。だとすると俺は勝手に自爆して公開処刑されたことになる。穴があったら入りたいとはこういう時のための言葉なのだろう。


 やってしまった感に苛まれ、恥ずかしさに耐えられなくなった俺が顔をあげるとそこには笑いをこらえる少女の姿があった。


「き、綺麗っ……! ふふっ……、ハハハハハハハハハ!!!!!! 爺! 見ろ! やっぱり彼ほど的確な人間はいない!!」


 すると爺さんは少しあきれたような表情をしながら、


「ええ……。今度は別の意味で心配ではありますがまぁ大丈夫かと……。後必要なのは彼自身の承諾ですかね」


 俺の承諾? どういうことだろう。俺はあくまで雇用される側であり俺に仕事を選ぶ権利は通常ないはずなのだが。しかしそんな全く話についていけてない俺をよそに話はどんどん進んでいく。


「問題はないさ。なんせ彼は私を綺麗……ふふっ、すまない思い出しただけで笑いが……」


 恥ずかしすぎてこの場からさっさと逃げ出してしまいたい。後悔先に立たずとはよく言ったものである。


「悪かった悪かった。それじゃあ仕事内容の発表といこうか」


 笑いが収まったらしくようやく仕事内容の方に触れてきた。とはいえ大きすぎる豪邸に元魔王との戦闘試験、これだけインパクトの強い出来事が立て続けに起こったのだ、さすがにもう何が来ても驚くことはないだろうと、この時の俺はおろかにもそんなことを思っていた。


「では発表だ」


 彼女はそこで一息つき、そして、









              「君には私の婚約者になってほしい」











 再び場が凍った。いや凍ったのは場ではなく俺の思考か。婚約者? え? 結婚? 俺が彼女と? それがバイト? 次第に俺の思考が現実に追い付き始め、次の瞬間





「いや……、ええええええええええええええええええ!!!!!!!!!??????????」





 屋敷中に俺の絶叫が響き渡るのだった。

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