じゅうに
月が出ている。
月が出ているだけ、良かったなと思った。
久しぶりに姿を見た。
この間五年ぶりに会ったばかりだというのに、そんな風に感じる。あたしの感覚はどれだけ馬鹿になったのだろう。
一緒に裏口から出た吾妻は自転車をカラカラ引きながら、あたしの方をちらちらと窺っていた。
「話があるんたけど」
静河は目線を地面に向けて尋ねる。
「本当に話すだけだから。心配なら吾妻さんも一緒にで良いし」
振り向いて吾妻を見る。目をパチクリさせてから、一度頷いた。もう話はついているということらしい。
「ううん、あたし一人で行く」
「じゃあ先輩、お疲れ様です」
「気をつけてね、お疲れ様」
「大丈夫です。轢いてやる勢いで漕ぐんで」
にこりと笑い自転車を漕いでいく吾妻の後ろ姿を見送った。なんて爽やかな女子大生なのだろう。
残された二人で歩き出す。静河は前に見た時とあまり外見は変わっていない。あたしもそうだと思う。今はもう酒の匂いはしないし、たぶん。
「ファミレス、とかで良い?」
「ああ、うん」
ぎこちない会話。中学生の初デートかって頭の中でツッコミをいれるけれど、全然笑えないなこれ。
駅前のファミレスに入って、アメリカンコーヒーを注文した。
「……話って?」
コーヒーが来る前に話を振った。静河はテーブルを見たまま口を開く。
「俺、両親は病死したって言われてて」
深夜のファミレスは静かで、BGMも小さく聴こえた。店内の隅で眠っている子がいる。終電を逃したのだろうか。
「葵に言われて、初めて知った。それからずっとその事故の記事とか報道、探してた。だから、来るのが遅くなってすみません」
「……来ると思ってなかったよ」
「全部知ったうえで、改めて、ごめんなさい」
頭を下げた。
今日、一度も視線があってないし、一度も静河がへらへら笑ってない。この状況で笑えっていうのは鬼かもしれないけれど、あたしは静河の笑顔が好きだ。
「自分がどれだけ良い環境で育ってきたのか分かったし、葵がどんな気持ちで俺と一緒に居たのか、計り知れないと思った」
「別に良いよ」
「え」
店員がコーヒーを持ってきた。温かいコーヒーにミルクを入れる。
「あたしはあんたに謝って欲しいわけでも、あたしの生きてきた環境を知って欲しいわけでもない」
「……でも」
「だからこれ以上あんたが何かを言っても、それは自己満足で自分の気が済むようにしたいだけだと思う。そんなのはまあ、別に良いんだけどさ」
マーブルを作っていく。
静河の方を見た。
「昔は呑気なあんたのことを見つけて、滅茶苦茶苛立ったときもあったけど」
「うん」
「同じように両親がいないのに、荒んでない静河のことがさ、羨ましかったんだよ。たぶんそれって、環境だけじゃないと思う」
環境が人格を作るとは思う。
でも、静河が荒んでいないのは、今もそうであるように、きっと根本からそうなんだろうなと思う。静河があたしと同じ環境にいても、静河は静河のままかもしれない。
ただそれは、理想論でしかないけれど。
「平凡で幸せそうだったから、傷付けてやりたかった。同じところまで落ちてきて欲しかったのかもね。でも、静河はいつもそこにいた。それを見て、悲しくて、でも、安心した」
救われていた。あたしは、静河に会う度。月明かりの下を二人で歩ける度。あたしは静河に出会えたことに、救われていた。
だから、逃げ出したんだ。
「葵が居なくなって、第三中だって知って。俺、葵のこと何も知らないんだなって思った。だからさ、図書館で葵のこと見つけて、運命だって」
運命、どこかで聞いたな。
へら、と静河が笑った。同時にあたしの目から涙が落ちた。
「え、泣いてんの、葵」
「うるさい、うざい」
「大丈夫? これで拭いて」
紙ナプキンを差し出してくる。なんでこんな話、深夜のファミレスでしているのだろう。
「あー、なんか、肉食べよう」
「葵さ、雰囲気変わったね、やっぱり」
またその話すんのか、とメニューを開きながら、静河を見る。なんか肩を震わせて笑ってるんだけど。
「なに?」
「どっちの葵も好きだなって」
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