じゅういち


両親が亡くなって、親戚中をたらい回しにされた。

うちの両親はとても仲が良かったけれど、駆け落ちをしたらしく、あまり評判は良くなかったらしい。前の家でおばさんが話しているのを聞いた。

早く大人になりたかった。バイトでも何でもして、一人で生きていきたい。他人の家に肩身の狭い思いをしながら、息を殺すようにして過ごすのがとてもストレスだった。

だから、中学が荒れていたのが、少し自分の中の救いだった。

世界を斜めから見ると、大人になった気がした。それと同時に虚しくなった。

学校が終わって友人の家に行って帰る途中で、小学校が同じだった同級生に会った。あたしの中学の制服を見ても、前と変わらず話しかけてきた。


「今すごい葵に会いたいと思ってたら、会えちゃった」


運命かもね、なんてナンパみたいな台詞を吐いて、隣に並んだ。


「夜遅くない? 部活?」

「まさか、もう九時だよ。塾、もう三年だからね」

「ああ、なるほど」

「そうそう、葵に言いたいことがあって。北原静河ってひと、いたよ。名前も同じ」


あたしは静河がいた、ということよりも、その話を覚えていたことの方に驚いていた。


「小学校のとき、この名前の人捜してるって言ってなかった?」

「言ってた……けど、まさか覚えてるとは」

「私の記憶力を侮るなかれ」

「恐れ入った」


あははは、と友人は笑った。

あたしはあの時から、何も変わっていない。






静河から連絡は来なかった。

だって考えてもみてよ、好きだと思ってた相手が自分の親と事故を起こした人を親に持つ女だよ。あたしなら怖くて仕方ないわ。

正社員採用の記事を捲っていると、一度金森が家に帰ってきた。


「え、出戻り?」

「違う。……って、酒くさ。ゴミくらいちゃんと出せよ」

「まだ空き缶の日じゃないしー」

「濯ぐくらいしろ……。なに、何かあった?」


シンクに放られたビール缶をきちんと濯いで行く金森。


「失恋したの?」

「金森と一緒にしないでくれる」

「俺は違うっつの。あーそうだ、こんなことしてる場合じゃない。仕事の資料取りに来たんだった」

「金森、あたしさ、カラオケバイト辞めたよ」


自分の部屋に行く途中の金森がこちらを振り向いた。


「偉いね、一歩前進じゃん」



一週間、二週間と過ぎた。一番長く働いていたドラッグストアのバイトを辞めようかと考えていたところ、店長から「正社員にならない?」と声がかかった。世の中にはブラック企業という言葉があるらしいけれど、まあやってみるのみということで、それを受けることにした。


「本当に辞めるんですか?」

「副業は駄目らしいし」

「一緒に辞めようかな」

「社員さん聞いてるよ」

「冗談ですよ。いらっしゃいませー」


入り口が開く音がして、吾妻のスイッチが入る。さくさくとテーブルへ案内していく姿を見て、なんだか寂しく感じた。


「あの子、葵が居なくなるの寂しいんだろうね。一番懐いてたし」

「そうですか? 確かに、教育係だったんで長く一緒には居ましたけど」


このバイトもドラッグストアの次に長くやっている。あたしが新人に仕事を教えることも珍しくはない。


「葵と休憩被ると、いつも葵のこと探しに行ってたし」

「え、そうなんですか? いつも携帯弄ってるだけですけど」

「照れ隠しなんじゃないー?」


そんなテキトーな感じに予想して良いのか。

吾妻が戻ってきて、ドリンクの注文を言っていく。社員さんは厨房に戻っていった。

ないな、それは。吾妻を見て考える。百歩譲ってあたしに懐いているのは肯定するとして、照れ隠しなんてする性格には見えない。あたしに平気で毒を浴びせてくる女だし。


「先輩、来てましたよ」

「誰が?」

「静河さん」


え、と口を開ける前に吾妻は続けた。


「今日、また裏口で待ってるみたいです」


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