じゅう


話を聞いている間、あたしは空の月を探していることが多かった。


「今日、満月だね」


そうすると、欠かさずあんたはあたしの視線の先を見た。自分の話を途中で止めて、にこにこと顔を覗いてくる。


「葵はいつも月を探してるよね」

「静河の話も聞いてる。それで、学校の男子はなんて?」

「あ、本当に聞いてる」


ちょっと嬉しそうにはにかむので、あたしに移った。








吾妻を飲みに誘ったけれど、未成年だったことに、吾妻がレモンサワーを飲む寸前に思い出した。


「えー、どうせ先輩だって高校生くらいで酒煙草してたんでしょう? 家出てますし、もう成人と言ったっておかしくないですよ」

「なに法に触れるようなことをぺらぺら喋ってんの。してたってしてたなんて言わないでしょう」

「それ半分以上認めてません?」

「取り敢えずあんたはジンジャーエール」


近くを通った店員にジンジャーエールを注文する。あたしはカウンターテーブルに肘をついた。

隣に座る吾妻は姿勢正しくテーブルに手を置いている。

ジンジャーエールが届いて、正式に乾杯をする。いや、何に乾杯だろう。


「……先輩、大丈夫ですか?」

「吾妻ってなんで家出たの?」


パーカーのポケットから煙草を出そうとして、思い留まる。止めておこう。

吾妻はジンジャーエールのグラスを置いて、心配げにこちらを見た。


「それは、帰る家があるから家出が出来るんだとかいう話ですか? それとも自分には帰る家がなくて可哀想っていう自慰ですか?」

「単純に聞いただけだけど、答えたくないなら答えなくて良いよ」

「自分のことは、自分で賄いたいって思ったんです」


吾妻には全てを話した。あたしの家族のこと、静河との関係、そしてその末路。

そのうえでこの毒舌。さっきから気付かないふりをしているけれど、心にぐさぐさ刺さっている。吾妻は分かってやっているんだろうけれど。


「賄う……検索する」

「自分のことは自分で面倒みるって意味ですよ」

「大人だな」

「まだ酒も煙草も駄目ですけど」

「あたしなんて、高校出て大学行く金も頭も無くて、結局フリーター。人の家に居候して自分を食べるものに困らなきゃ良いって思ってて」


ビールを飲み干して、レモンサワーを手に取る。


「いつから飲んでるんですか?」

「……いつだろ?」

「カラオケのバイトは?」

「やっと辞められたー」

「じゃあ居酒屋バイトも辞めるんですか?」

「どっかに就職出来たらね」


カラオケバイトは、前に辞めると言ったら引き止められて続けていた。高校生や大学生の新卒と一緒に就活する気力はないけれど、自分の拘束時間は少ない方が良いという金森からの助言だ。「辞めにくいバイトは先に切っとけ」というのも付け加えられた。

焼き鳥を串からとって、もぐもぐと食べる吾妻。大学までいく人間としては、高校卒業で就職なんてできるのかと思うかもしれないけれど、できる奴は普通に出来てる世の中だ。


「先輩いなくなったら、寂しくなるなー」

「全然気持ちこもってない」

「その静河さんでしたっけ、話も聞けなくなっちゃいますし」

「……もう話すことなんてないし」


白状しよう。あたしは一昨日からずっと飲んでいる。静河を置いて横断歩道を渡って、家に帰って冷蔵庫にあった金森の置いて行ったビールを飲み、頭を痛くしながら外に出て酒を買って家で飲み、眠っては起きて飲んで、気持ち悪くなって吐いた。

肝臓が可愛そうだと自分でも思う。

そして今日、一人で飲むのに飽きて吾妻を誘った。


「全然連絡来てないんですか?」

「来てたら驚くわ。どんなM体質だよって」

「まあ、うん、まあ……。でも、あのときだって裏口で待ってたくらいじゃないですか。先輩に断られても」

「何にしろ、あたしが静河に声をかけた理由も過去にあった事実も変わらないし」


レモンサワーが空になって、氷がからんと音をたてた。



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