はち


その店は、穴場の方だった。

このカルボナーラ、美味しい。きちんとパスタとソースが絡み合っているし、クリームの味がさっぱりしている。重たくないのでぺろりと食べられる。


「美味しい?」

「うん、すごく」

「葵って食べ物のことには嘘吐かないね」

「え、そう?」

「うん」


確かに、実際、その通りかも。

ミートソースをくるくると綺麗に巻いて食べていく。食べ方に気品があるなあ、とそれを見ていると、パスタの巻かれたフォークがこちらに差し出された。


「食べる? 美味しいよ」

「た、食べない。やめてよ、そういうの恥ずかしい」

「誰も見てない」

「そういう問題じゃない」


あたしはサラダにフォークを突き刺す。きゅうりを口に運んでパリパリと咀嚼をした。

周りの客はこちらを見ていないし、あたし達が入店するよりも減っているような気もする。静河はそのフォークを自分の口に運んで、もぐもぐと食べて行く。

特にするような話もない。

それは語弊で、するべき話はあるのだけれど、あたしと静河の間に雑談というか、世間話のようなものは殆ど存在しないようにも思う。いつだって核心をつくような話しかしていない。他愛もない話をするときは、だいたい静河が何かを話して、あたしが聞いていた。

そして何より、あたし達には共通の知人がいない。


「そういえば、五年前遊びに誘ったとき、制服着てたよね」

「……昔の話だし」

「あのとき、葵は俺にプライベートな自分を見せたくないんだと思った」


静河がテーブルを見ている。その通りだ、と言ってやりたいのに、そんな顔をされたら躊躇する。

あたしも大概甘いのだ。


「か、めちゃくちゃ私服がださいか」

「ダサくなかったでしょう」

「本当、感動した」


その割にはけろっと笑顔を見せてくる。そんな所に振り回されているのはあたしだ。

それからお会計であたしの分まで普通に払おうとする静河に千円札を押し付け、何故かお釣りがあたしに帰ってきた。あれ、これって計算あってんの? と思ったり思わなかったり。とりあえず財布にそれをしまって店を出た。


「行きたいところある?」


尋ねる静河に、首を振る。


「静河は行きたいところないの?」

「特に……あ」


コンビニの内面に貼ってあるポスターに目を止めた。同じようにそれを見ると、ここの近くの美術館でやっている写真家の個展のようだった。


「行ってみる?」

「うん」


素直に頷いたのを見て、昔を思い出す。

静河は、名前の通り、とても静かな男子だなと思っていた。あたしの周りにいる男子が馬鹿なのが多いからか、とても優しい青年に見えた。良く言えば静か、悪くいえば退屈。








やはりここも平日なだけあって、人が少ない。

有名な写真家らしいけれど、あたしは全然知らなかった。というか、こういう芸術作家についてあたしが知っているものの方が少ないと思う。

静河はとても興味があるようで、写真を見ている。あたしも同じように写真を見るけれど、あー空だなとかあー人だなくらいにしか思えない。これが教養の差だろうか。

そのうち、熱心に見ている静河にも飽きて、途中で抜けた。グッズ販売店の前のベンチでコーヒーを飲んで落ち着く。一緒に遊びに来た人間としてこれはどうなんだ、と問う自分もいるけれど、帰らないだけマシだと思うことにした。

あ、夕日が綺麗だ。

丁度差し込んだ光の方を向くと、静河がやって来るのが見えた。立ち上がって缶コーヒーを捨てる。


「退屈だった? ごめん」

「別に、馬鹿なあたしにはよく分からなかっただけの話」

「葵は馬鹿じゃない」

「馬鹿だよ、何のフォロー?」

「中学のとき、隣のクラスにいたんだからさ」


出口に向かって歩く。そうか、そういえばそこからだった。

あたしがあんたに嘘を吐いていたのは。

そして、今日の目的をすっかり忘れていたことに気付く。


「あれ、嘘だから」


あたしはあんたに嫌われに来たのだ。


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