ろく


葵は携帯持たないの? と、邪気のない顔であんたは聞いた。あたしはてきとうに誤魔化した。嘘に嘘を重ねて、あんたの思うあたしの身の回りは嘘だらけになった。

同級生が携帯を持っているのを見て、羨ましく思わなかったわけじゃない。居候の分際でそんなことも言えないし、金を稼げるようになってからだと自然に思っていた。


「これ、俺の携帯番号。なんかあったらかけて」

「なんかあったら?」

「なくてもかけて。葵の声、聞きたい」


ああ、幸せだなと思った。

こんな出会いじゃなかったら、あたしは静河と恋に落ちていた。携帯を簡単に持てない理由も、制服でデートに来る理由も、全部話せたかもしれない。

だって、この世の誰が、あたしの声を聞きたいと思ってくれるだろう。








こういうの、誰に相談すれば良いのか。

金森は恋人との同棲でいちゃついているだろうし、カラオケバイトの社員さんとはバイト辞めたいという話をしてからきまずいし。


「吾妻って彼氏いる?」

「いますよ」

「吾妻が知らない男と二人で遊ぶの嫌がる?」

「嫌がんないと思いますよ。向こうもこっちが知らない女とご飯行ってるし」

「じゃあ、その知らない男が吾妻と彼氏の三人で遊びたいとか言ってきたら?」

「先輩、あのストーカー彼氏と何かあったんですか?」


だるそうに、携帯から顔を上げた。

休憩室には出勤前の後輩と先輩が賑やかに話していたので、非常階段に出て煙草を吸っていると、後に吾妻もやってきた。「お疲れ様です」と言ったきり、携帯を弄っていた。現代っ子ってこんな感じなのか、とさして歳の違わない女子を見て思う。


「……仮の話だっつの」

「あー友達の友達みたいなひとの話ですね。普通はあり得ないんじゃないですか? だって想像してみてくださいよ、彼氏しか知らない女と彼氏と三人で遊べます? キモくないですか」

「確かに」


やっぱり現役大学生は頭の回転が違う。隣に座っている吾妻は、アッシュブラウンの髪を背中の方へ払って膝を抱いた。


「誰なんですか、あのひと」


その瞳を見たら、もう逃げられない。

吾妻は見透かしたようにこちらを見ている。金持ちの威厳なのか、自信なのか。金森と同じようなオーラを感じた。


「昔の男。って言っても、中学のときのね」

「再熱って感じですかね」

「いや……、別れ方が良くなかったんだよね。あたしが急に会いに行かなくなって、自然消滅させたから」

「中学生でしょう? 向こうが会いに来ようと思えば来れたんじゃないですか?」


煙を吸って、吐き出す。随分楽だ。楽になった。あたしは悪友の誰にも、制服を貸してくれた友人にすら話せなかったことを、いつか誰かに話したかったのかもしれない。


「向こうはあたしの居場所を知らなかった。教えなかったし」

「何かきっかけがあったんですか?」

「あたしが当時住んでた家に住めなくなったから。結構遠くに引っ越すことになって、そっちの高校行って卒業して、ここに来た」


煙草の火を消した。吾妻は携帯のストラップを触っている。ちりめんで作られたウサギのような形をした小さなぬいぐるみ。携帯にストラップをつけているのを見るのも珍しいけれど、それが結構年季の入っているものだからもっと珍しく思える。


「ここで再会したんですね」

「うん」

「意味が全く分からないですけど」


言いながら、吾妻が立ち上がる。そして大きく伸びをした。


「引っ越しが原因で別れたなら、今拒否する理由がないです。好きじゃないなら本当にちゃんと突き放した方が良いですよ。ストーカーになる前に」

「……好きじゃなくは、いや……」

「大体において、先輩」

「あ、はい」

「彼氏いるんですか?」


ごめん、いちから話すことにする。


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