に
雨が降っている。
秋雨かな、と思いながら店の看板を出した。ここら辺では客入りの良い居酒屋。あたしのバイト先そのいち。
「雨止まないねえ」
ただ、雨の時はどこも客入りが悪くなる。社員さんが溜息を吐きながらテレビのチャンネルをまわしている。
後輩の吾妻は暇そうに携帯をいじっていた。あたしもテーブルに寄りかかって時計を見る。ラストまで入って、帰って眠って、明日は12時からバイトだから10時起きれば間に合うかな。
そんな計算が終わった頃、入口が開く音がした。吾妻がぴょんと跳ねたように立ち上がる。
「いらっしゃいませー、何名様ですかー?」
「15人なんですけど、入れますか?」
「余裕です! こちらへどうぞ、足元お気を付けください」
接客しているときはイキイキとしている。それって若さパワーなのか。
あたしは人数分のおしぼりをお盆に乗せて持って行く。
「お待たせしました、おしぼりです!」
吾妻と半分にして一人ずつに渡していく。
「葵?」
「はい」
名札に「あおい」と入っているので、名前を呼んでくる人がいないわけじゃない。いつものように反射的に返事をすると、視線がばっちり合った。
神様、あんたって人は。いや、人じゃないか。
「知り合い?」
「え、北原の?」
「メニューもうひとつ貰って良いですかー?」
静河の隣に清楚系も座っていた。大学の仲間らしい。
「今お持ちしますね」と吾妻が立ち上がるのに便乗して、あたしも立ち上がる。
「先輩の知り合いですか?」
「まーそんなとこ……まかせた」
「はーい」
だるそうな返事。この子のオンオフのスイッチってどこについているのだろう。
社員さんが言っていたのを聞いたところ、吾妻は金持ちと金持ちの間に産まれたサラブレッドらしい。それも大変だろうなと軽く感じた。
入り口が開く音に「いらっしゃいませー」と声が聞こえる。吾妻にはあの大学生たちを任せて、他の客にあたしは回った。居酒屋の時給は結構良い。
『てか、金持ちならバイトしなくて良くない?』
吾妻のいないところでされた会話。あたしは知らないふりをして煙草を吸っていた。ブラックコーヒーの苦さに、目が覚めるのが先か舌が麻痺するのが先か。
『家出中らしいよ。色々あんだね』
紫煙を吐き出す。眠い。
「おつかれさまです」
裏口から出て、吾妻が駐めていた自転車に鍵を差し込む。小雨がまだ降っている。携帯を出して待っていると、大通りに出るところに傘を持つ人が見えた。
「先輩の知り合いじゃないですか?」
「そんなわけ……」
自転車をひく吾妻と並んで歩いて、人物に近付く。
そんなわけ、あった。
「静河、何やってんの?」
「葵のこと、待ってた」
へら、と笑う。言いたいことが有り過ぎて言葉を失った。
吾妻はあたしたちを見比べて、その間で手を上下に振る。
「先輩のストーカーですか?」
「ストーカー、ではないんだけど」
「彼氏です」
「彼氏じゃないでしょう」
静河のおちゃらけた発言を窘める。吾妻は首を少し傾げて、自転車に跨った。
「なるほど、私はお邪魔虫ですね」
「いや、危ないから一緒に」
「大丈夫です。轢いてやる勢いで漕ぎますから」
「もっと危ない」
「じゃあ先輩、さよなら」
静河の言葉に耳を貸さず、自転車を漕ぎ始める吾妻。誰か、誰でも良いからあたしの話を聞いてくれ。
「何か用?」
「会いたかったから」
「うざい……」
「本当、雰囲気というか、キャラクターが変わった」
「わかってると思うけど、こっちが"素"だよ」
あたしは静河を見る。携帯をポケットにしまった。
もうここに、あんたが好きだった葵はいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます