ペンテシレイアとの出会い その7
ペンテシレイアがギルドの建物の扉を蹴りながら開けた。その音で、中にいた傭兵たちが一斉にこちらを見る。
ペンテシレイアはそんな視線を気にも留めず、偉そうにズンズンと中を歩く。半日前にあんな騒ぎを越しておきながらここまで堂々とできるこいつの強心臓を、少しばかり見習った方がいいかもしれない。ペンテシレイアの半歩後ろを歩きながらそう思った。
受付の前まで来ると、カウンターにドサリと、モリユラシの首を置いた。
この光景、置かれた首は違えど半日前にも同じようなものを見た気がする。
「おい、狂霊憑きを討伐してきたぞ」
「……依頼の内容を確認したいのですが、依頼書は?」
「そんなもんねえ」
受付の男性がペンテシレイアをジッと見つめた後、その後ろにいる俺に目を向けた。生憎と俺も持っていないので肩をすくめるしかない。
「……依頼書を持っていないとなりますと……」
「ああ、俺が持ってるぜ」
受付とペンテシレイアの間に顔に入れ墨を入れた人間種が割り込んできた。例のペンテシレイアに仕事を投げていた傭兵だ。たまたまこのギルドに居合わせていたらしい。
入れ墨の男が依頼書をギルドに渡した。
「さあ、報酬をくれ」
「……その前に一点確認が」
「なんだ?」
「こちらのオークのあなたの傭兵団の団員ですか?」
「違えよ、そんなわけねえだろ」
「ペンテシレイアはうちの団の傭兵だ」
「あん?」
今度は俺が受付と入れ墨の男の間に割って入った。
「うちの傭兵団は依頼を受けていないが、ギルドにあった依頼を完遂したのはうちの団だ、そこにいるペンテシレイアがほぼ一人でやり遂げた」
「そういうことだ、さあ、俺に報酬よこせ」
ペンテシレイアが受付の男性をすごむ。しかし、男性は涼しい顔でそれを無視し、引き出しから書類を一枚取り出した。
「では、報酬受取りの手続きをしますので、こちらを書類にサインを」
「わかった……」
「おい! 待て」
入れ墨の男がその書類を叩いた。
「何勝手に話を進めてやがる! こいつの仕事の報酬は俺が受け取るんだぞ!」
「そっちこそ何言ってるんだ、俺の団の傭兵が依頼を成し遂げた、だから俺の団が報酬を受け取る、それだけだろう?」
「なんでてめえの傭兵団なんだよ! こいつがいつからてめえの傭兵団の団員になったんだ!」
話を飲み込めていない入れ墨の男がペンテシレイアを指差す。
「いつからって、今日からだよ、大衆食堂であんたの話を聞いた後、傭兵団を作って俺の団にペンテシレイアを入れたんだ、そうなだよな?」
受付に目を向けると、受付も頷いた。
「はい、傭兵団『マーベリックス』は本日承認されています、構成メンバーは団長の『アイアアヤト』人間種男性と団員『ペンテシレイア』オーク種女性となっていますね」
「俺がアイアアヤトで、こっちがペンテシレイアだ、これでわかってもらえたか?」
「……て、てめえ……」
入れ墨の男がギリギリと奥歯を噛みしめている。
「それでも、依頼書を持っているのは俺なんだから俺が報酬を受け取るべきだろうが!」
「そうじゃないよな、受付さん?」
「はい、今回のケース……依頼を受注した傭兵団と依頼を達成した傭兵団が異なる場合ですが、報酬の受け取りの権利は『依頼を達成した傭兵団が優越する』という原則があります」
この辺りの詳しいことは依頼の話を聞く段階で説明を受けた。わりとこういうトラブルはよくあるらしい。
「な、なんだと……」
「これはギルド規則第三条『依頼の斡旋』の項目において、報酬を『依頼達成者に与えられるべき金銭や物品』と定義しているためです、依頼の受注と達成の傭兵団が別々の場合、依頼貢献度の度合いによっては報酬の折半等の可能性も考慮されますが、今回のケースでは依頼内容のほとんどを依頼達成の傭兵団が行っているため……」
「……ああ、その辺でいいから」
受付の男性の解説を止める。この話は長くなりそうだし、入れ墨の男にも充分伝わっただろうからもういいだろう。
「ふ、ふざんけんじゃねえ! てめえどういうつもりだ!?」
入れ墨の男が俺の胸ぐらを掴む。
「俺達の報酬を横取りしやがって!」
「俺達の報酬? 違うだろう? これは彼女の正当な報酬だ、アンタたちが横から取っていただけで……」
入れ墨の男が俺の頬を殴りつけた。
俺はその衝撃で床に倒れこんだ。
「うぐ……」
「舐めたこと抜かしてんじゃねえよ……クソ野郎が、ぶっ殺してやろうか? ああん?」
入れ墨の男は額に青筋を立てながらすごむ。
どうやら、手に入りそうだった報酬が零れ落ちたことと、俺にやり込められたことがよほど頭に来たようだ。逆切れもここまでだと清々しい。
だが、こいつはバカな選択をした。ギルド内でもめ事はご法度だ。間もなく受付がこの男を排除する命令を下すだろう。
「覚悟しやがれ……」
入れ墨の男が倒れる俺の胸ぐらをつかもうとする。
まあ、排除されるまでは数発殴られるかもな……と入れ墨の男の言うとおり覚悟しかけたその時、
「……覚悟するのはてめえだ」
ペンテシレイアが入れ墨の男の腕を掴んだ。
「な、何にすんだガキ……」
「ガキ? 俺はガキなんて名前じゃねえよ……」
「うぐ!? い、いててて……は、放してくれ……!」
ペンテシレイアに掴まれた腕の先の手が不自然なほどに震えている。
恐らくペンテシレイアが相当な力を込めているに違いない。
「俺の名前は……ペンテシレイアだ、二度と間違えるな」
「いてえ! いてえ……放して……」
「そんなに放してほしいのなら、放してやるよ」
ペンテシレイアは入れ墨の男を投げた。入れ墨の男は勢いよくギルドの壁に叩きつけられ、もんどりをうって倒れる。
大人の男を腕だけ掴んでブン投げる……クマと殴り合いができるオーク種の筋力ならばこれくらいできて当たり前なのだろうけど、実際にその様子を目の当たりにするとやはり驚いてしまう。
ペンテシレイアがつかつかと悶絶している男に向かって歩み寄ると、入れ墨の男を蹴り上げた。
「うごぉっ!」
男が一瞬宙に浮き、すぐに床にたたきつけられる。
「おい……お前、アヤトのことぶっ殺すらしいな?」
「……ま、待って……許し、てく……」
男は絞り上げるような声を出して命乞いをした。
「俺はな……前々からお前のことをぶっ殺したいと思ってんだよ」
「ひっ……」
入れ墨の男は身体全体を震わせながら亀のように身を縮こませた。
容易に自分の命を踏み潰すことができる存在が、自分を殺すと脅迫してきたのだ。哀れなほど怯えるのも無理からぬことだろう。
「……ペンテシレイア、もうその辺でいいだろう」
俺は立ち上がり、ペンテシレイアに声をかける。ペンテシレイアが俺の事を助けてくれたのは素直に嬉しかったが、これ以上やると俺たちが排除の対象になりかねない。
ペンテシレイアがこちらを振り向く。その顔は不満げだ。
いいからこい、と手でジェスチャーすると、しぶしぶと受付の前まで戻ってきた。
「今の向こうから絡んできたからこうなったんだ、分かってくれるよな?」
念のために言い訳をしておこうと受付の方を見ると、彼はなぜか口をポカンと開けていた。
「どうしたんだ?」
「……オーク種が『殺し』を止めることがあるんですね」
「どういう意味だ……?」
「……いえ、何でも……先ほどのトラブルはあなた方の正当防衛として処理します、それよりも報酬の受け取りのサインをお願いします」
「わかった」
俺は書類に自分の名前と傭兵団の名前を書く。
「はい、確かに……それではこちらが報酬になります」
「ありがとう」
報酬として、封筒が渡された。
何はともあれ、俺たちの傭兵団の初仕事はこうして無事終了した。
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