ペンテシレイアとの出会い その8
大衆食堂『ドラゴンの前足亭』
受け取った報酬の使い道について聞いてみたところ、「美味い物を食いたい」とペンテシレイアが言うので、この食堂に連れてきた。
意外にもペンテシレイアはこの食堂を知っていた。何度か利用したことがあるらしい。
まあどういう利用の仕方をしていたのかは、ペンテシレイアの顔を見た瞬間にひきつった顔をした従業員を見て推して知るべしだったが。
席に案内され、注文した肉の盛り合わせが届く。
「まあ、こんなもんだが……祝賀会だ」
「……食っていいのか?」
「勿論だ、今日は腹いっぱい食べてくれ」
俺の言葉が合図になったのか、ペンテシレイアは肉を手づかみで食べ始める。
「……お前も手で食うのかよ」
この世界では箸とかフォークとかそういうのを使わない文化でもあるのかと疑いたくなったが、俺の手元にはしっかりとフォークが用意されていた。
俺はフォークを使ってお上品に食べよう……と思った矢先、肉がほぼなくなっていることに気が付いた。
「……え?」
ペンテシレイアがまるで両手にはみ出すほどの肉を掴み、さらにはハムスターのように頬を膨らませて食べていたのだ。
「お、おい、ペンテシレイア……」
俺が話しかけてもペンテシレイアは食べるのに夢中でこちらの方を見ようとすらしない。やがて彼女は片手の肉を食べ、咀嚼したのちに、さらにもう片方の肉も頬張った。
驚くべきことに、大人二人分ほどはあった肉が、わずか1分ほどで少女の腹の中に消えてしまった。
「……そんなに腹減ってたのか?」
名残惜しそうに自分の指についてる肉汁を舐めっているペンテシレイア。余程腹が減っていたらしい。
「おかわり、注文するか?」
まだお腹いっぱいにはなっていないようだし……というか、俺は一口も食べていないわけだし。
しかし、ペンテシレイアは悲壮な顔をしながら首を横に振った。
「え、もう腹いっぱいなのか?」
確かに量の面ではたくさん食べただろう。だが、いろいろと規格外なオーク種だ。人間種の数倍食べたとしても不思議じゃない。
案の定、ペンテシレイアは首を横に振った。
「それならもっと食えばいいじゃないか」
「一品頼んだら、もう頼めない……」
「……?」
どういうことかわからない。皿まで舐めまわしはじめたペンテシレイアをそのままにするわけにもいかず、俺は店員を呼んだ。
「はい、どうしました?」
対応に来たのはあのピンクのツインテールのウエイトレスだ。
「追加の注文いいか?」
「……えーと、追加ですか」
快活だったウエイトレスの歯切れが途端に悪くなった。それにさっきからチラチラとペンテシレイアの方を見ている
「……ちょっといいか」
「はい……」
俺は席を立ち、ペンテシレイアに声が聞こえない場所までウエイトレスを連れて移動した。
「どういうことだ、なんで追加の注文が出来ない?」
「あの……お客さんはあっちのお客さんのお連れさん……ですよね?」
「そうだけど」
「あのオークの女の子、ここで以前に食い逃げをしまして……」
「あー……そういうことか」
ここの店員のぎこちない対応の原因はやはり、以前にペンテシレイアがやらかしたからだ。
というか、この店は無銭飲食をした客を出禁にせずに受け入れているのか。かなりの温情のあるお店だ。
「お客さんやっぱり何も知らない感じですか?」
「今日、この街に来たばかりだ」
「そうなんですね……まあ、最近はちゃんとお金を払ってくれてるんですけど」
「そうか、それなら……」
「ただ毎回、料理一品のお金しか持ってなくて……だから、いつも一品食べたら帰るんです、それで今日は追加の注文されるので、お金はあるのかな……的な、ね?」
ウエイトレスがぎこちない笑顔を張り付けながら言う。
「一品分のお金……あの料理、一品でいくらだ?」
「500エルです」
エルというのはこの世界の通貨単位だ。
俺は今日貰った報酬を確認する。一品どころか100品は注文できる。
だいたい事情が読めてきた。
あの傭兵団、かなりえげつなく報酬をピンハネしていたようだ。
ペンテシレイアがお代わりをしようとしないのは、「いつもと同じく依頼を一件終えた分」しか報酬をもらっていない、と思っているからだろう。
「これ……」
俺は報酬から紙幣を数枚だしてウエイトレスに押し付けた。
「え?」
「あれと同じ料理、あと3枚追加で、お金は足りるよな?」
「あ、はい、充分です……というか、お釣りを……」
「釣りはいらない、受け取ってほしい」
「え、でも……これかなり余分に……」
「これからここを利用するだろうからさ、昔アイツがしたことを水に流せとは言わないけど……まあ、仲直り代金というか迷惑料みたいなものだ、受け取ってくれ」
「……あ、はい! そういうことですね、わかりました!」
「じゃあ注文よろしくな」
「了解です!」
ピンクのツインテールのウエイトレスが元気よく返事をすると、厨房に駆け込んでいく。
もしかしたらアイツと組んだことで、これからこんな感じの謝罪行脚をしなくてはいけなくなるかもしれない。
……まあそれもいいか。アイツと俺は運命共同体なんだし。
テーブルに戻ると、ペンテシレイアは皿をピカピカにさせて暗い表情をしていた。
「ペンテシレイア」
「……アヤト、帰るぞ」
「なんでだ?」
「……もう食い終わっちまった」
「そうか、残念だな」
「……残念だ」
「これからまたお代わりくるのに」
「……え?」
「食べないで帰るのか?」
「……で、でもだって……」
「ペンテシレイア、これからは腹いっぱい食っていいからな」
「……マジか? 追い出されないか?」
「マジだ、追い出されない、ちゃんとお代わりの分の金を払ったからな」
「……アヤト!!」
ペンテシレイアが大声を上げた。
店の喧騒をはるかに凌駕する声量で耳がおかしくなりそうだ。他の客も何事かと一斉にこちらを見ている。
「お前、偉いぞ!!」
ペンテシレイアが立ち上がると、俺の肩をバシバシと叩く。
かなり痛い。こいつはもしかしたら人間種が熊と殴り合い出来ないひ弱な存在であることを知らないのかもしれない。
「分かった、分かったから止めろ」
「ふふん、たくさん食うぞ、たくさん食ってやる!」
だがまあ、肩の痛みも、ここまで上機嫌なペンテシレイアを見れば多少は和らぐというものだ。
「いやがったな!」
静まりかえっている店内に、ペンテシレイアとは違う大声が響いた。
何事だとそちらを見ると、見知らぬリザードマン種と見知ったエルフ種がこちらに歩いてくる。あのエルフは……あの顔に入れ墨を入れた人間種の仲間だったな。
「てめえ、キーロをよくもやってくれたな!」
「キーロ? ああ、あの人間種はそんな名前だったか……」
「ブレスト、あのガキと男だ、やっちまってくれ!」
「……わかった」
エルフ種はリザードマン種……ブレストに顎をしゃくって指示をした。
「何だてめえら……」
ペンテシレイアが剣呑な気配を察知し、ドスの効いた声で応戦する。
「クソガキが、てめえは自分が強いと思ってるかもしれねえがな、このブレストはオーク種だって殺したことがあるんだぜ」
エルフ種がブレストの影に隠れながら言う。まさに虎の威を借る狐だ。
「おうそうか、じゃあ今すぐやってみろよ」
ペンテシレイアも負けていない。この喧嘩を買うつもりだ。
ペンテシレイアとブレスト、両者の距離は1mもない。まさに一触即発。どちらが先に手を出すか、という状況だ。
周りの客たちも、喧嘩だ、喧嘩だ、と囃し立てはじめる。これはもう止められない状況だ。
マズイな、せっかくこのお店を贔屓にしようと思っていたのに、下手に騒ぎを起こされてはそれもかなわない。かといってあの2人の間に割って入れるほどの腕っ節はないし……
どうしようかと思ったが、その悩みはいきなり現れた恰幅の良い人間種の女性によって吹き飛んだ。
「あんた達! 何やってんだい!」
その女性はフライパンでペンテシレイアとブレストの頭を叩いた。
かなり勢いよく叩いたのだろう。二人とも膝をついた。
「ここで騒ぎを起こしたら承知しないよ!」
「な、何だてめえは……」
「あんたらが食ってる飯を作ってる女だよ!」
凄まじい気迫だ。
傍若無人のペンテシレイアも、荒事をしてきたであろうブレストも、ついでにブレストの後ろに隠れていたエルフ種も、あと当然俺も、この勢いにはたじろく他なかった。
「喧嘩がしたいのなら店の外でやりな!」
「……ペンテシレイア、店の外に行こう、アンタたちもやり合うっていうのなら、外にしとこうぜ」
3人とも顔を見合わせて頷いた。どうやら異存はないようだ。
ペンテシレイアは俺に向かって手を伸ばした。
「……おい、俺の剣を取れ」
「使うな」
「あん?」
「剣を使ったら殺し合いになるだろう、これは喧嘩だ、使う必要はない」
むやみやたらと殺し合いをされては困る。
謝罪行脚なんてなるべくは御免こうむりたいし、ペンテシレイアにこの社会に適応してもらわなければ。
「だが……」
「ペンテシレイア」
「……ちっ」
ペンテシレイアは唇を尖らせるが、恰幅の良い女性……この店のおかみさんにギロリと睨まれると、首をすくめてビビりながら早足で外に出ていく。
ブレストたちもそれに続いた。
俺も一緒に出ようとした時、
「待ちな」
おかみさんに呼び止められた。
「……騒ぎを起こしたことはすみません、こちらで決着つけますから……」
「そうじゃない」
「え?」
「あんた、あの子の何だい?」
「あの子ってのは……ペンテシレイアのことですか?」
「ペンテシレイア……あのオークの子はそういう名前なのかい」
「はい、俺が今日つけました」
「あんたが……つけた?」
「ええ、名前がないと傭兵団として認められませんから」
「傭兵団……あの子が……あんたが団長かい?」
「はい、といっても俺とペンテシレイアの二人だけの団ですけどね」
おかみさんはこちらを値踏みするように見た後、ポツリとつぶやくように言った。
「……あの子はね、何も知らない子だよ」
「そのようですね、このお店にも迷惑をかけたとか」
「迷惑なんていろんな客が毎日かけてるよ、あの子の迷惑なんて物の数じゃない……そんなことよりもいいかい? あの子は何も知らない子だ、それこそ獣みたいな子さ」
獣という表現は言い得て妙かもしれない。何にでもかみつく狂犬。もしくは猛獣。
「だけどね、決して悪い子じゃないんだ」
驚いた。ペンテシレイアを「悪い子ではない」と表現するとは。この街で多くの悪評が立っているはずなのに。
「知らないだけなんだよ、いろいろなことを……この街のルールとか、それ以前に他人とのやりとりの仕方とか、そういうのを」
「……多分そうだと思います」
誰かが教えてやらなくてはいけなかったが、誰も教えなかった。それがゆえに自分ルールでやってきたのがペンテシレイアだ。
「あたしはね、ああいう子をたくさん見てきた、大抵は悪い道に行くか、それとも野垂れ死にするかのどっちかだ」
「……」
「助けたいとは思うけど、あたしはあたしで手いっぱいだ、やってやれる事といえば、飯を食わせてやることくらいさ、でもね、あの子だけ特別扱いだとかなんてそんなことは出来ない」
なるほど、食い逃げをしても出禁にならなかったのはそういうことか。
この人も、リチャードと同じく、ペンテシレイアのことを見て、哀れんで、助けようとした人の一人なのだろう。
「……アンタ、あの子をどうするつもりだい?」
「どうって……とりあえず、一緒に傭兵団やっていきますよ、まあでも近々の予定はアイツが迷惑かけたところへの謝罪行脚になりそうですけど」
「……ああいう子はね、悪い道に行ったり野垂れ死にするのが普通だけど、極稀に良い道に行くことがあるのさ、誰かが手を差し伸べてね」
「……はい」
「アンタがあの子をどうするか、見させてもらうよ……もしあの子を見捨てるような事をすれば……」
「……すれば?」
「アンタにこの店の敷居はまたがせないよ」
……なるほど、このお店にとっての「出禁」とはつまり、おかみさんが執りうる最大の罰なわけか。
「……おかみさん、実をいうと俺、この街に知り合いとかいないんです」
「流れ者かい?」
「ええ、まあそんなところで……だから、俺にとってペンテシレイアは適当に使い捨てる道具じゃないんです」
「……」
「一緒にこの街で生きていく仲間……まあアイツにも言ったんですが、運命共同体ってやつなんですよ、だからまあ……俺が見捨てるというか、俺が見捨てられないように頑張るというか……」
俺は頭をかいた。
実際、俺は戦闘なんて出来ない。傭兵として仕事をしていくうえで、そこら辺はペンテシレイアに任せきりになるだろう。当然、俺が何もしなければただ飯ぐらいの寄生野郎になってしまうわけで、あの顔入れ墨の連中と同類になってしまう。
俺は俺の出来る事をしていかなくてはいけない。リチャードが言っていたが、傭兵というのは荒事以外にもやること色々あるらしいので、それらで頑張っていくしかあるまい。
「そんなわけで、見捨てるってそんな選択肢は初めからないです」
「……そうかい」
おかみさんは頷いた。
「まあ、あたしに出来ることは、さっきも言ったけど、飯を食わせてやることだけだ、腹が減ったのなら、いつでもうちにきな」
「ありがとうございます……あ」
「どうした?」
「いえ、喧嘩どうなったかなって」
外に出ていったペンテシレイアたちのことをすっかり忘れていた。
まあ、あまり心配はしていないが。
俺が外に出てみると、俺の想像の斜め上の光景が広がっていた。
「どうした! オークを殺したんじゃなかったのか?」
エルフ種の男は身体をくの字にして気を失っており、リザードマン種のブレストはペンテシレイアに馬乗りにされながら、顔面をボコボコに殴られていた。
まさかここまで圧勝していたとは。
「おい、ペンテシレイア、そのあたりでいいだろう」
「うるせえ、コイツはムカつくからこのまま殴り殺してやる!」
「待て待て、殺しちゃ困るぞ」
「うるせえって言ってんだろ! 俺に指図するんじゃねえよ!」
すっかり興奮しているペンテシレイアは俺の言葉に聞く耳を持たない。
さて、困ったどうするか……
「ペンテシレイア、そいつ殺したら、多分捕まるぞ」
「だからなんだよ」
「捕まったらこの店の料理食えなくなるぞ」
「えっ」
ペンテシレイアが殴る手を止めた。
「牢屋にぶち込まれるわけだしな、それでもいいのならそのまま殴り殺せよ」
「……」
「まだこの店の料理を食べたいんなら、とっとと戻ってこい、追加で注文した料理が出来上がるころだろうし」
ペンテシレイアは俺とのびているリザードマン種を交互に見ると、すくっと立ち上がった。
「……こいつよりも飯の方が大事だ」
「そうだろう、今日は腹いっぱい食っていいんだからな」
「腹いっぱい食うぞ!」
ペンテシレイアが店の中に駆け込んできた。
俺もなんだかペンテシレイアの扱い方が分かってきたかもしれない。
「肉! 肉! 肉はまだか!」
「はい、お待たせしました~」
「肉だ!」
ピンクのツインテールのウエイトレスが、肉の盛り合わせをテーブルまで運んできた。ペンテシレイアは席に座ると、手づかみで豪快に食べ始める。その勢いは先ほどとほとんど変わらない。
「おい、アヤト、お前もそんなところでつっ立てないでこい」
「分かってるよ」
俺が席に着くと、ペンテシレイアが肉を一枚だけ差し出してきた。
「お前もちょっとだけ食べていいぞ」
「これだけかよ」
「当たり前だ、後は全部俺のだからな!」
俺は肉をフォークで……いや、わずらわしくなったので、手で受け取った。
「美味そうだな」
「美味いぞ!」
前途は多難だが、今はそれを考えても仕方ないだろう。
とりあえず、美味そうに肉を貪るペンテシレイアを、明日以降も見られるように頑張っていこう、俺はそう誓って肉を頬張った。
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