第28話
「本当は貴女、とても優しい人なんでしょう?」
いつの記憶だろう。確か養成所時代に言われた言葉だ。
「過去はお互い知らない、聞かない、探らない、では?」
今喋っているのは私。
そこで気が付いた。ああ、これは夢だ。実際にはこの時私はただただ黙していた。このときの話し相手は私の同期生。沈黙を続ける私に飽きたのか諦めたのか、やがてどこかへ行ってしまったように覚えている。
妙な居心地のよさを感じる一方で、なんだか危機感が募る。うまく言語化出来ない、小さな危機感が研ぎ澄まされた第六感に引っ掛かる。何か、自分に向けられた刃のようなものを感じ取る。
一体、正体は・・・・・・
痛みと、頭に靄がかかったような気怠さを覚えて目を開ける。
「起きたかしら?」
聞き覚えのある声で意識が戻った。
覚醒した意識を集中して、小村は状況分析を始める。視界はややぼんやりとしている。周りを見回すと、眼鏡と、その近くに制服が畳まれて近くの台の上に置いてあるのが見えた。そこで初めて妙な涼しさを感じ、自分が下着だけになっていることに気付く。
「アポ無し訪問なんて、随分大胆なのね、絵里・・・・・・でも、そんな大胆な貴女も好きよ・・・・・・」
なるほど。
おそらく、私は西川紗紀の罠にかかった。
「やぁっと捕まえた」
そして今椅子に固定されて、両手首には手錠がはめられている。
「絵里ってば、すぐどこか行こうとするもの」
よく分からないが、少なくとも生命の危機に瀕していないと言えば嘘になる状況に立たされていることは間違いない。
よく見えないが、おそらく一般家庭には取り揃えられてなさそうな刃物が数種類、別の作業台らしいものに載っていることと、比較的時間が経過しているであろう、黒くやや酸化した血液がその台に付着していることからそれは想像に難くない。
そのすぐ近くに小村の鞄が置かれているのが目に入り、そこで自分の本来の目的を思い出す。中身は、物証は破棄されてないだろうか。
「かと思えば、いつの間にかすぐ近くにいるんだもの」
西川の手が小村の顔をなぞる。
頬に手を添え、そのまま乳房を揉みしだく。
はあっと西川の口から息が漏れた。
ぐっと近付き小村に口付け、太腿を撫で回す。
口内を舌で思う存分蹂躙すると西川は唇を離した。
小村の耳元で、唾液で妖しい艶を帯びた西川の唇が言葉を紡ぐ。
手は相変わらず小村の太腿に置かれている。
「私ね、あの時本当に怖かった。絵里に殺されるんじゃないかって」
喋りながら、小村の耳をそのまま西川は甘噛みする。
「だって殺されたら終わりだもの。貴女の綺麗な顔も見られなくなる。そうでしょ?」
一方の小村は西川の話そっちのけで状況分析を続ける。
「だから、ね?絵里・・・・・・」
小村の身体を撫で回すのをやめると、西川は恍惚とした表情を浮かべたまま、すっと小村から離れる。
そして、刃渡りがゆうに20センチはあろうかという物騒な得物をすらっと抜く。
「私と一緒に、暮らしましょ・・・・・・?」
小村の運命を左右している、銀色に光る物騒な得物が小村のボディラインをなぞる。
搬入を目撃したのは全くの偶然。それも純粋な興味が招いた偶然。そこまで推理が進んだところで、小村は口を開く。
「私の両手首に巻いた手錠、アメリカ製のやつね。頑丈でとても強固な」
「こんな時でもぶれないのね、絵里
は・・・・・・素敵だわ・・・・・・」
はああ、と息を吐き、身悶えする西川に小村は表情ひとつ変えない。
「私に関する情報で一つ訂正、というか知っておいた方がいい情報があるのだけど」
じりじりと小村に刃先を近付ける。
「何かしら?」
「外した」
直後、西川が言葉の意味を理解するより素早く、小村の掌底が西川の下顎部に突き刺さる。
「手錠は手首とのゆとりがなくなるくらいまで締めた方がいいわよ。聞こえてないでしょうけど」
床に倒れ伏した西川の近くに、かしゃんと音を立て、手錠が床に落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます