第16話

「モハメド、どう思う?」

「どうもこうもないさ、率直に言って訳が分からない」

テロ事件の現場となった喫茶店を管内に擁する、所轄警察署の鑑識課の一室。

二人の鑑識課員が証拠鑑定を行っているが、その進捗はお世辞にも良好とは言い難いのが見て取れる。


「状況を整理しよう」

モハメドと呼ばれた鑑識課員が言う。

「まずは死体からだ。被害者は喫茶店の客が3人、いずれも死因はテロリストが放ったロケット弾に巻き込まれたことによる爆死だな」

この被害者たちに関しては一端割愛しよう、とモハメドが言った。

「それから、現場の表通りから銃撃戦の末射殺された2人と、喫茶店奥のスタッフルームから3人。この3人の内2人は至近距離からの頭部銃創による即死」

そしてツァスタバ70とその空弾倉が2丁分

スタッフルームからと、その7.65ミリ弾がその2人の死体の頭から採取されている、と隣の鑑識課員が続けた。

「残った1人はセシル=カヤ。表向きはスレイマン商事に勤務する会社員だが、実態は自由シリアの声の構成員だ」

「後の4人もまだ確認中だが、自由シリアの声の構成員と見て間違いないだろうな」

だが、とモハメドが制する。

「問題はこの3人の状況だ。単なるテロに見えたが、さっきも言った通り、こいつらの死体は全員喫茶店奥のスタッフルームで見つかっている。更に言えば、このスタッフルームを中心に「攻撃」ではなく、「戦闘」が行われた形跡がある」

しかも、と続け、モハメドが写真を何枚か手繰り寄せる。

セシルの解剖写真だ。

「この内セシルだけは身体に拘束された跡と拷問された跡がある。つまり、明らかにここに第三者の存在が考えられる」

3枚ほどの解剖写真を片手にモハメドが言った。

写真にはいずれも、生前に縄で縛られたことにより出来たと見られる痣と、へし折られるか、あるいは平たく潰された手指が映っている。

「その裏付けとして、事実、2人分の謎の指紋と下足痕が採取されている」

「だが、その指紋と下足痕、だよなあ・・・・・・」

証拠は上がっているが、その証拠が矛盾の存在を激しく自己主張している。

「指紋はデータベースによると、以前シリア攻撃に参加し行方不明になったハシム=アスランという軍人のものだが、彼の身体歴によると体重は行方不明当時85キロあったらしい」

「下足痕にかかっていた重量はいくつだった?」

モハメドが更に重量測定記録と書かれた封筒を手繰り寄せ、開く。

「どう多めに見積もっても60キロ。平均したら50キロ程度でしかない」

モハメドの持つ記録票を覗き込みながら、鑑識課員が疑問を挟む。

「そもそもハシムは何故そこにいた?」

「分からない」

かぶりを振ってモハメドが答えた。

参ったな、と鑑識課員は1人呟く。

「シリアの武装勢力に鉄槌を下すべくあの世から舞い戻りました、なんて馬鹿げた話がまかり通るほどこの世界はふざけてない」


それならいっそ全て説明が付いて楽なのにな、と感想を漏らした別の鑑識課員が、現場写真を見ながら、ふと声を上げる。

「なあ、この東アジア系の女は?」

体重はそのくらいじゃないか、と続けるがモハメドが息を吐く。

「馬鹿を言うなよタリム、じゃあ指紋はどう説明つけるんだよ」

それは、と言ったところで、鑑識課員タリムが言葉に詰まった。

更にだな、とモハメドがまくし立てるように続ける。

「これは現場で聞き取りをやった刑事からの話なんだが、どうやらこの女は日本人の旅行客らしくてな。もう1人の日本人の男と揃って予約してこの喫茶店に来ている」

モハメドがタリムに外務省経由で取り寄せたパスポートの写しを二枚手渡した。

それぞれのパスポートの氏名欄にはKomura EriとTakatori Kousukeとある。


一通り目を通してから、タリムが質問する。

「それは女からの聞き取り?」

「女と、その連れの男、そして喫茶店の店員の3人からだ」

つまり、と続けたモハメドにタリムともう1人の鑑識課員の声が重なった。

「裏取りがあるってこと、か?」

「残念ながら」

「客からは?」

「・・・・・・「多分そうだと思うが、覚えていない」ってさ」

だが、と聞き取り記録の写しを読みながら更にモハメドが続ける。

「予約席が店内にあったことは確からしく、来店した時に「予約席」と書かれたプレートが載ったテーブルを見た、とほとんどの客が証言している」


3人が頭を突っつき合わせて唸る。

「ついでに言うと、このスタッフルームの外壁は裏通りから爆破されて風穴が開けられている・・・・・・つまり、全て外から内へ向かっているんだ」

額を押さえながら、モハメドが言った。

「まるでブラックボックスだな。現場報告書1つまともに書けやしねえ、どうなってんだよこれ」

「教えてくれ、こいつらは一体、「何」を攻撃して、「何」に殺された?」

答えの出ない疑問に、現場写真と証拠品を相手に3人が問答を繰り返していた丁度その頃、真実を知る「東アジア系の2人組」は遠く離れた極東の島国にいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る