第15話

吹き飛んだドアの向こうから、7.62ミリの鉛の塊が亜音速で小村たちのいる周辺の空間を切り裂く。

小村と鷹取が、煙で見えなくなっている、ドアの先の闇に拳銃で応射するが、焼け石に水。

一発撃てば十発分くらいになって返ってくる。


先程から傍で倒れるセシルは、瓦礫でも直撃したのか、頭から血を流してぴくりとも動かない。

気を失っているように見えるが、よくよく見ると頭の2割ほどが吹き飛んでしまっている。

多分もう息はない。


ここの喫茶店の経営者が気まぐれで、スタッフルームの机を鋼鉄製の防弾板入り仕様のものにした当初、ここの従業員たちはそんな予算があるなら給料に回せと文句をつけたのだが、その気まぐれが今、小村と鷹取の命を守る唯一の防壁となっている。


「どう思う小村!」

自身の銃声と、勢いよく放たれる銃弾の立てる音に負けないよう、あらん限りの声で鷹取が喋る。

「多分全員素人」

小さいが、不思議と通る声で小村が返す。

鷹取は、同感だと叫びながら拳銃をめくら撃ちする。

銃口から真っ直ぐ飛んで行った7.65ミリ弾が煙の奥に呑み込まれる。

「奴さん、どうやらとんでもねえのを引き当ててたようだな!」

闇の向こうから何かが飛んでくる気配を察知した鷹取は、反射的にそれを蹴り返す。

蹴り返した「それ」が煙の向こうで爆発し、大小無数の金属片が半径15メートルの空間に撒き散らされる。


M26手榴弾。

テロリストごときがぶん投げるにしては少々贅沢が過ぎるオモチャだ。

手榴弾が投げ込まれたということは突入が近い。

さっと二人は低い姿勢のまま、テーブル裏から戸口の方まで移動する。

再び、今度は二人が元いたテーブルの裏に「レモン」が煙の向こうから投げ込まれる。

ごとん、と金属塊の落ちる音と同時に爆発する。

蹴り返したからか、先ほどより爆発までが短くされている。

しかし防弾板入りの机が二人を守る。

二人は一度応射を止め、息を潜める。


数秒後、戸口の向こうから粗末なAK47のコピー品の銃身が探るように現れる。

その持ち主が半身スタッフルームに入ったところで、右側方から小村がカラシニコフのレシーバーを掴み、引き寄せて、肘に一撃を加える。

咄嗟の衝撃に持ち主の力が緩み、カラシニコフの所有者が小村に移る。

小村はそのままカラシニコフを放り投げ、元・カラシニコフの持ち主の右腕に飛びつき、十字固めを極める。


その後ろに続いていたバックアップの男が驚いたようにスタッフルームに駆け込む。

しかし、バックアップが小村に銃を向けるより早く、戸口の左側に控えていた鷹取が即座にバックアップに後ろから組み付き、側頭に銃を押し付ける。


十字固めを極めながら、男に小村が尋ねる。

「貴方達の目的は?」

「死んでも言うかよ」

「そう」

直後、小村が男の頭を撃ち抜く。

小村が今度は無言でバックアップに目を向ける。

「分かった!話す!分かった!」

半狂乱になってバックアップが叫ぶ。

鼻先まで迫った自分の死に、すっかり戦意を喪失している。


「他には?」

「まだ何人か外に控えている」

震えた声でバックアップが、傍の男の死体と小村の間に視線を彷徨わせながら答える。

「目的は?」

「のこのこと社内データを引っさげてやって来るマヌケな日本人をタダで返すと思うか?」

どうやらそのまま拉致して、交渉の材料にして身代金を頂こう、という寸法だったらしい。

「そう、ありがとう」

鷹取の拳銃がバックアップの頭を撃ち抜いた。

「まだ持久戦の流れだな」

戸口の奥を鷹取が見やる。

外で待機しているらしい残りのテロリストは恐らく、偵察員が戻らなければある程度の時間差をおいて攻撃を再開するだろう。

しかし、小村がおもむろにクリプキン社から貰った工作鞄を漁る。

「籠城は趣味じゃない」

黒いリモコンを片手に、小村がテーブルと戸口の間に入るよう鷹取に指示を出す。

「ここだと今攻撃来たら死ぬよね?」

「だから急いで」

無表情で小村が促す。

二人がテーブルに隠れたところで小村がスイッチを押した。

直後、スタッフルームの裏通りに面した壁が派手な爆発音とともに吹き飛ぶ。

テロリストが扉を吹き飛ばしたときの数倍の爆発エネルギーにより宙を舞う大小様々な大きさのコンクリート塊がテーブルに当たり、鈍い音を立てる。

「万が一に備えておいてよかった」

「万が一ってそういう・・・・・・」


脱出しよう、と言って小村が穴の方に向かいながら、空になったツァスタバ・モデル70自動拳銃と弾倉をスタッフルームに投げ捨て、手から薄いゴム手袋のようなものを外す。

今小村が外している手袋は、Aセットの構成品の一つである「指紋付き手袋」だ。

「指紋が全く残らないのは不自然である」とした理由から導入された装備品で、どこからか仕入れた各国の行方不明者の指紋が付けられている。

「きっとそろそろ警察と銃撃戦になる」

終わったらそのまま、しれっとカフェの被害者に交じろう、と続けて小村が穴を抜ける。


「・・・・・・Bセット、今度から俺も頼もうかな」

指紋付き手袋を外し、ポケットに突っ込みながら、壁に空いた穴を眺め鷹取は一人呟いた。

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