第14話

「「準備」ってなんだったんだ?」

セシルを椅子に固縛し、用意を終えたところで丁度裏口から戻ってきた小村に鷹取が質問を飛ばす。

「万が一に備えて」

しかし、小村の回答はどうにも要領を得ない。

まあいいかと鷹取が考えたところで、セシルに意識が戻る。

辺りを見回し、鷹取と小村の姿を認めるが、状況が呑み込めていない。

「・・・・・・あの、ここは?」

先程の喫茶店のスタッフルームなのだが、セシルは知る由もないし、小村も鷹取も教えるつもりは毛頭ない。

「一体何が起きてるですか?」

セシルが困惑した様子で鷹取に尋ねる。

「隠しても無駄だ。素性は割れている」

「・・・・・・分かりやすく教えてほしいです」

「先に断っておくけど、貴方は正規兵じゃない」

ジュネーブ条約がどうとか寝言を言ったら指をへし折るからそのつもりでいて、とセシルを無視して小村が告げる。

「私はただのスレイマン商事の社員!今後の取引が無くなるぞ!まだ許すだから縄を解け!」

セシルが怒声を飛ばすが、小村も鷹取も気に留めることはない。


「あと追加情報だけど、私、軽薄な男って好みじゃないの」

小村の言葉にセシルが何か喚くが、早口のトルコ語で小村も鷹取も聞き取れない。

ひとしきり喚いた後、はあ、と荒い息を吐き諦めたようにセシルがうなだれる。

「本人が来ないと聞いて、とんだ無礼者だと思ったが・・・・・・そういうことか」

「まず君の所属は?」

「・・・・・・スレイマン商事」

間髪入れず、鷹取が左の小指をへし折る。

何が起きたのか理解できない様子だったが、直後、痛覚が感覚に追いついたのかセシルの表情が苦悶に歪む。

それと同時に低く、長い悲鳴が響く。

「うるさい男はモテないわよ」


「早目に洗いざらい吐いた方がいいぞ。そうすれば社会復帰しやすい状態で解放してやる」

現段階で既に五体満足で解放する意思はないことを言外に匂わせる。

感情の消えた目で向き合う二人に対し、痛みに耐え、血走った目でセシルが睨む。

「地獄に堕ちろ」

応力がどの方向にかかれば最も軽い力で指が折れるのかを把握した上で素早く、兆候なく小村が右の薬指をへし折る。

「次は生活に支障をきたす指を覚悟しておいて」

「殺してやる・・・・・・!」

すかさず小村が、いつの間にか左手に握っていた圧着ペンチでセシルの左中指をする。

「強がらない方が楽だぞ」

「ならヒントだ!」

小村が右親指先を圧着する。

「ヒントはいらない」

「分かったよ!教えてやる!」


そのとき、鷹取の鼓膜が甲高く、今いる空間に向かって高速接近する何かの音を聴知した。

「伏せろっ!」

鷹取が咄嗟に小村の襟首を掴み、傍のテーブルに取り付けられた取っ手を引き寄せ、床に伏せる。

派手な音を立てテーブルが倒れるが、それ以上に派手な音を立てて扉が爆発した。


「一体なんだ!」

「奪還かも」

口を開きながら起き上がり、2人揃って傍に置いておいた鞄からGセットを取り出す。


Gセット。

拳銃と予備弾倉のセットだ。

ツァスタバ・モデル70自動拳銃のスライドを引き、薬室に弾薬が入っていることを確認し、2人は低い姿勢で構える。

傍らでセシルが何か叫んでいる。

その時、二発目のロケットが戸口に向かって飛来する音を、今度は小村も聴知した。

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