第11話

「迫害が有るとはいえ、欧州には未だ多くの中央アラブ系難民がいる。対象はそこに紛れ込んで奴と接触しようとしているに違いない。素性の分からん2人だ。気を付けろよ」

そう言って和泉がブリーフィングを締めたのが約15時間前。

そして小村と鷹取の2人は今アタトュルク空港の到着ロビーに降り立ち、現在に至っている。


空港を出てタクシーを拾う。

次の目的地は接触予定地点の喫茶店からかなり離れた位置にあるホテルだ。

「必要な支援は現地のO&W系列のクリプキン社から得られる」と説明を受けてはいるが、あまり根回ししすぎると万が一失敗した場合に背後関係が洗われてしまう。

本音としてはクリプキン社の厄介になりたいところだったが、根回しは最小限に抑えるべく、観光客のフリをして全く関係のないホテルに宿泊することになった。


ホテルにチェックインを済ませた2人は部屋に入ると、まず鷹取が電話機の傍に移動し、ついで小村がベッド周りを改め出した。

電話機は古典的だが、盗聴器を最も仕掛けやすいポイントの一つである。

受話器に盗聴器を仕掛ける方法、次に電話線自体を盗聴する方法。

電話線盗聴を警戒して、和泉がわざわざ遠方のホテルを確保してくれた。

そうこうしているうちに小村が部屋中を動き回る。

そして小村が浴室の天井裏を点検し、天板を戻すのと、鷹取がルームサービスの依頼をする、という試験通信を終えたのは同時だった。

染み付いた習慣は言葉を交わさずとも息の合った分担作業を実施できる。

無言の作業だったのが、小村の「異常なし」の声で終わりを告げる。


ルームサービスで届いたラクを飲みながら鷹取が地図を広げる。

一口飲んだ後で、鷹取がそこに水をスポイトで一滴だけ足す。

ラクは不思議な飲み物で、原液に水を足すと白濁する特性がある。

その白濁したラクを片手に鷹取が指で地図上に線を描く。

証拠が残らないように決してペンの類は使わない。

「どのルートを選定した?」

鷹取がラクを勧めつつ尋ねる。

「一度南に出て、そこから西に伸びる通りを進んでクリプキンの支援を受けてから、元来た道を引き返して指定ポイントまで移動する」

ラクを受け取りながら、計画していたルートを小村がさっと答え、地図上を指が走る。

「まあ、それで問題はないか」

頭に思い浮かべていた状況が共通していたらしく、鷹取は納得したように頷く。


和泉の調整が上手くいっているなら、予定接触時刻は現地時間の15時ごろ。

およそ19時間の余裕がある。

本来なら地形慣熟をするところだが、今回に限っていえば移動中に地図を頭に叩き込んである上に、今は夜である。

実地における照合は後ほど行うことにして、2人とも先に時差ボケを治すことにした。

小村も鷹取も「共通した常識」に基づきさっさと床に就いた。


「一組の男女が一つ屋根の下だな」

鷹取が呟く。

「・・・・・・不能者カタワのくせに?」

鷹取はかつて受けた拷問の後遺症で生殖機能に障害が残っている。おそらく2度と治る見込みはないが、「いつか治る」とは本人の弁。

しかし今まで誰にも、少なくとも小村には「拷問」について語ったことはない。

「つれないよなあ、小村ちゃん」

「そもそもそんなタマでもないくせに」

「何しろタマがないからな」

だからといっていじりようがない自虐を掛けてくるのはズルいと小村は思うが、こうしたくだらない応酬を繰り広げるうちに意識がまどろんでいき、徐々に深みに沈んでいった。

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