第10話

「再度全ての情報を以って状況を確認する」

小村の上司にあたる、舘山がスクリーンの前に立つ。

「ことの発端はこの男だ」

スクリーン上に小村が「尋問」した男の写真と略歴が映し出される。

「このどこにでもいそうな見てくれの兄ちゃんが何をしでかしたんです?」

小村の横に座る鷹取が茶々を入れる。

鷹取の軽口に舘山は特段気にするでもなく続ける。

「この「どこにでもいそうな兄ちゃん」だが、素性はオスカー&ウエスト社の社員だ。厳密にはそこの経理マンだな」

オスカー&ウエスト社はアメリカ資本の外資系企業である。

先の金融危機でも経営体制が揺らぐことなく、被害を最小限に抑えた実績から大学生の就職希望先として頻出する名前である。さらに言えばこの会社を信用する投資家も多く、ここの株は本国は勿論、日本国内でも人気のある銘柄になっている。


「どう控えめに考えてもうちの世話になるような人間には見えませんねえ」

「その通り。だが、この「うちの世話になるような人間でない」彼はある日、不幸にも会社の経理データに不自然な金の流れを見つけてしまう」

まあ、そこまではまだ良かったと舘山。

「少々杜撰すぎませんか?」と鷹取。

「そこはどうでも良いさ。どうせ経理をやっていれば早かれ遅かれいつか不自然な流れには気付く。だが、彼の本当の不幸はこの先だ。彼は誰にも相談することなく、そのデータを無断でコピーしてしまう」

ここで鷹取があちゃあとかぶりを振る。

「そして更に不幸なことに、その資金データは社外秘を通り越して、国家機密に匹敵する代物だった。驚くべきことにO&W社のその資金データを辿っていくとシリアのとある政権派武装組織に資金が流れていることが分かってしまう」


これは小村が聞き出した情報からの推察だが、小村は沈黙を保つ。

一方の鷹取は大袈裟に驚いた表情を作る。

「そんな一介の経理マンにバレるような調子で国税庁を欺けているんですか?」

「それは今本社の危機管理部門が全力で対応している。何故詳細が分かったんだ、と。だが、俺たちの仕事じゃないさ」

舘山が咳払いを挟む。

「表向きはシリアの企業との取引だが、海外事業部に偉い知り合いがいればそんな取引は存在しないことは簡単に分かってしまう」

O&Wが奴を取り入れ損ねたってのが原因だなと舘山は締める。


「この資金援助自体は、実はアメリカ政府の意向に基づいている。しかし、正規軍がシリアでドンパチやってる最中に本国が政権派だろうが反政府側だろうが相手国の武装勢力に資金供与をやっているなんて分かった日にゃ、マッチポンプだと騒ぎになっちまう」

何より、と舘山は説明を補足する。

「アメリカ国民はかつてCIAがフセインに肩入れしていた過去を忘れていない」

「にわかには信じがたい話ですが、要は本国から送金するのは厄介が多そうなんで、日本の支社を緩衝地帯バッファーゾーンに選んだってことですか?」

鷹取の質問に舘山はうんと頷き、続ける。

「さらに、本社がアメリカにあるとはいえ、日本支社から紛争地に金が流れているとなると日米揃って矢面に立たされることになる。それは避けねばならん」

ここでさらに鷹取が質問を飛ばす。

「ところで件のデータをその経理マン殿はどこに持って行くつもりだったんですか?」

「では君ならどこに持って行く?」

数秒考えてから鷹取が口を開く。

「上司を脅すか、マスコミに流して一躍時の人か、とにかく一番金になりそうなところに持っていきます」

その答えに舘山は満足気な表情を浮かべる。

「普通の人はそうする。誰だってそうする。俺だってそうする。だが、彼は普通ではなかったらしい」

舘山が手元の端末を操作すると、スクリーンが切り替わる。

一見してデモか何かの写真だということは分かるが、それ以外が読み取れない。

その意図を察してか舘山が説明を補足する。

「ミスター経理マンが大学生の頃の写真だ」

舘山が再度端末を操作すると写真の端の方に映った、例の男が赤丸で囲われる。

「つまり何が読み取れる?」

「いつぞやの、イスラム教徒と酒を飲み交わして対談します、とか抜かしていた連中のお仲間さん、ですか」

「彼らにとっては金はそこまで優先事項ではない。というか頭が悪いのか金稼ぎに発想が至っていないのだが・・・・・・要は本来の意味での「確信犯」だな」

はあ、と鷹取が溜息をつく。

「最高学府まで行って、何を学んだんでしょうね」

大学全入時代の弊害ですかねと鷹取が愚痴を始めた辺りでたが制す。

「大学での生活を洗い出せなかったO&Wにも非はあるが、まあ、ここから一つの道筋が見えてくるな」

「データを現地に持ち込むなりなんなりしてバカでかい火種を落とせば戦闘が止まるって青写真を描いたってところですか」

鷹取がコーヒーを一口飲んで言う。

インスタントのコーヒーだが、小村が淹れようとしたのを止めて、鷹取が自分で淹れたの一杯だ。

「大方そんなところだな。一体どこの誰に渡すつもりなのだろうかという疑問が沸くが、ここでさらに問題発生だ」

「候補が多すぎた」

ここに至り初めて小村が口を挟む。

その通り、と答えながら舘山が煙草を取り出し、火を点ける。

確か先日、禁煙宣言を出したはずだが・・・・・・

2日目。まだもった方かと小村は密かに考える。


ふうと紫煙を吐き出し、舘山が説明を再開する。

「ここで判明したのが、奴が大概な数の外国人と交流があったという事実だ。そこから中東方面に絞っても、シリア人にトルコ人、パレスチナ人と多岐に渡った」

「O&Wの結論はどこに行き着いたんですか?」

「出なかった」

舘山より早く小村が答える。

何しろ聞き出した張本人である。

「まあ、O&Wも手をこまねいていたわけではないさ。急遽奴にトルコへの海外出張を組むことにした」

「それではっきりさせようと?」

「いや、そこまでO&Wは悠長じゃなかった。O&Wは出張を利用して相手諸共叩いてしまいたい、という思惑があった。急ぎの結果としてシワ寄せは全部うちに来て、出張直前の男を拉致して尋問にかけることになった」

「そしてシリア宛という情報を聞き出した」


「察しが良くて助かる。で、そこから絞り込んだ結果、セシルとハサンなる二人が浮上した」

舘山がまた端末を操作して、スクリーンが今度はアラブ系の男二人の写真に切り替わる。


「この男達の素性は表向きはトルコの商社マンだが、実態は「自由シリアの声」なる武装組織の構成員だ。今回の任務は、例の男とすり替わってこのどちらかと接触し、意図を探り、可能であれば逆スパイとしてO&Wに引き渡すことだ」

「ダメだったら?」

今度は小村が質問を飛ばす。

「最悪消すしかあるまい」

さらりと舘山が答える。


「幸いにも、この2人と繋がりのある、奴のSNSアカウントがある。それを継続利用し、間に会社の部下を挟む旨を伝える。で、その「会社の部下」ってのが・・・・・・」

「俺たちってワケですかい」

腑に落ちない、と言った顔で鷹取が言葉を継ぐ。

「これってCIAの仕事じゃないんですか?」

「表立って動くわけにはいかないからうちに白羽の矢が立った、って寸法さ」

「戦後ってまだ終わってないんすかね」

「いいから聞け。話が進まん」

舘山が面倒くさそうにあしらう。

「しかし怪しまれませんか?急に部下に行かせる、なんて。警戒される可能性も・・・・・・」

「実際かなり危ない橋だが、仕事が忙しくて自分は出向けないから代理人を立てた、という尤もらしいところで柔らかく伝えることにする。ここはワーカーホリックな「日本人」の世界的イメージに賭けよう」

「日本赤軍的イメージで出迎えられなければいいけど」

小村がぼそりと付け加え、「違いない」と鷹取が笑った。

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