第7話
それとなく工作員の対象搬入の訓練について探りを入れつつ、「成果」の報告を終えると、小村はそっと受話器を置いた。
小村としては自分の落ち度もさることながら、工作員の技量が低下してきていることも西川を巻き込んだ一因ではないかと原因を推定していた。
ただ個人的に、自分の素性が割れたこともであるが、西川を巻き込んだことをかなり気に病んでいた。
「お待たせ」とコーヒーを片手に小村が西川の元に戻る。いつの間にか掃除屋は西川の傍を離れていた。
小村の手に握られるコーヒーカップを見るなり、西川が少し顔をしかめるが、小村はそれに気付くことなく、二杯目を勧める。
西川が丁重にその申し出を辞すと、そう、とだけ言ったが少しだけ小村は残念そうな顔をする。
「あの、さ、小村さん・・・・・・」
小村がまた一口コーヒーを飲んだところで、西川はさっきの疑問を直接本人にぶつける。
「何故あの男の人を殺したの・・・・・・?」
そこ疑問を聞くと小村もやはり少し考え込む。
きっかり3秒考えたところで小村が口を開いた。
「依頼があったから」
「・・・・・・それだけ?」
心底驚いたように西川が質問する。
「それだけ」
表情を変えずに小村が続ける。
「それ以上は言わない」
まだ何か聞きたげだったが、小村の態度から訊いても無駄だと悟った西川は、気まずさからカップを口に付け、空であったことを思い出す。
「二杯目?」
小村の目が少し光った。
断る理由が無くなってしまった西川は、それでも精一杯の抵抗として少なめでお願いと伝える。
小村絵里にとっての少なめというのは具体的に何mlくらいだろう。
マグカップの7割近く注がれたコーヒーを前に西川は考え込む。
「何かまだ質問はある?」
そんな西川に気付くでもなく小村は質問を投げかける。
少し考えてから、仕事の話を振るのを諦めて西川は聞いてみる。
「クラスの輪に入らない理由は?」
多少の人付き合いがある方がより自然なのに、と西川は付け加える。
「誰かの印象に残るから。人付き合いがあるとどうしてもそっちを優先させたいという人がこの世には一定数いるもの」
素っ気なく小村は答える。
「私は?」
「秘密を共有してしまったのなら話は別。でも、あまり意識しない方がいいわよ。この世界は
若干の脅しを孕んだ語気だったが、臆するでもなく西川は返す。
「小村さんを意識しないのは無理かな。割と私のことを見てるみたいだし」
先程の小村なりの西川評を受けての発言だった。
実のところ、小村は西川に限らず同じクラスの人間、校内の主要な生徒、教師に関しては人間性を観察していたのだが、流石に言い出せず、言葉に詰まる。
さらに西川は続ける。
「それに、小村さんって笑うと可愛らしいのね。私一人で見るのはなんだか勿体無い気がする」
予想外の西川の言葉に小村は面食らう。
「でも、西川さんの笑顔を私だけが知っているのなら、それはそれでありかな」
西川の真っ直ぐな言葉と視線から目を逸らし、小村はさも興味なさげに、そう、とだけ言ってコーヒーカップに口を付けた。
そして中身が空であることに気付いて、まるでさっきと逆だと複雑な顔を浮かべた。
カップを置き、じゃあ荷物をまとめるからと質問を打ち切って一階の更衣室に向かおうとする小村に、いつの間にか戸口のあたりに立っていた掃除屋が声をかける。
「モテるね、絵里ちゃん」
「・・・・・・うるさい」
ふいとそっぽを向き小村は階段を降りて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます