第6話

「少し席を外すね」と小村が告げ、事務所の電話機の方に移動する。

その様子をぼうと見ていた西川の元にさっきのワゴン車を運転していた掃除屋が近寄った。

「巻き込んじゃって本当にごめんね」と掃除屋は切り出した。

「あの子、貴女に「私の責任」みたいなこと言ってなかった?」

その質問に西川ははいと答える。

その答えを聞き、ああやっぱり、と掃除屋は漏らす。

「あの子ああ見えて人一倍責任感が強いからね」

そこで、ちらりと掃除屋が小村を見やり、釣られて西川も彼女の方を見る。


当の小村は今電話で先ほどの「成果」を報告しているところだった。

距離がある上に、小村がぼそぼそと話すので内容は西川の耳には届かなかった。

視線に気付いた小村が2人の方へ目を移す。

「何か?」と言うように小村が首を傾げたが、やがてどちらともなく視線を外した。


「こんなことになっちゃって本当に申し訳ない、言い訳をするつもりはないけど、巻き込んじゃって本当にごめんね」

実際のところ、掃除屋が巻き込んだわけではなく、謝る道理はないのだが、流石に良心が咎めて、謝罪の言葉を口にする。

小村にも謝られ、掃除屋にも謝られ、西川はいえ、そんな、構わないですと答える。

実際には何一つ構わないどころか、まとめて警察に突き出してもいいぐらいの目に遭っているのだが、完全に場の空気に流されてしまっていることに西川自身は気付いていなかった。


ところで話は変わるんだけど、と掃除屋は切り出す。

「学校でのあの子はどんな感じ?」

単なる場を紛らわせる雑談としての話題を振ったつもりだったが、言ってからこれじゃあまるであの子の親みたいだなと掃除屋は苦笑する。

そんな掃除屋の様子に気付くことなく、西川は答える。

「学校での小村さんは目立たない、地味な感じですね。存在感がないというか、クラスの輪に打ち解けていないのとはまた違った感じがあります」

それを聞いた掃除屋はほうと声を上げる。

「存在感がない割によく見てるじゃないか」と感心したように言う。

すると西川は

「放っておいたらどこかに行ってしまいそうな感じがあって、何かと気になるんです。これは私だけかもしれませんが」と言った。

それを聞いた掃除屋は、へえと感想を漏らすが、存在感を消そうとして失敗してるじゃないかと内心落胆する。

工作員という人種は、疑われたら終わりを意味する。

そのためにはどこでもいそうな、いかにも普通の人間を装わなければならない。

小村は、その意味で行けば西川という人間の前では逆に浮いた存在になってしまっている。


「まあいいや」と掃除屋は話題を切り替える。

「何か聞きたいことある?答えられる範囲で、だけど」

掃除屋の言葉に西川は少し考え、そして言った。

「あなたはなぜこの仕事を?」

「・・・・・・私の話か・・・・・・」

少し困ったような顔をしたが、すぐ掃除屋は

「正直に言うと、食うに困ってね。飛び込んだ先がたまたまここだった」と答えた。

「日本には職業選択の自由があるからね、選択肢が違えば、もしかしたらパンをこねてる私とか、工事現場で誘導棒降ってる私とかがいたかもね」と続け、掃除屋は笑う。

「本当はパン屋さんになりたかったんですか?」と西川は純粋な疑問をぶつける。

あくまで物の例えだよと掃除屋は笑って答え、西川もつられて笑った。


「ところで、あの、その」とひとしきり笑った後で西川が少し言いにくそうに尋ねる。

「小村さんはなぜこんな仕事を?」

電話中の小村を横目で少し見やってから、掃除屋はさあ?と答える。

お互い過去なんか知らないからねとも付け加えた。

「あの、じゃあ・・・・・・さっきの人はなぜ殺されたんですか・・・・・・?」

それを聞いた掃除屋はふむと考え込む。

西川の目にはそれが、真相から言葉を選び、いかに遠回しに伝えるかを考えているように見えたが、掃除屋はあっさりと

「それは分からないね」と答えた。

「何しろ私はただの掃除屋、やったのはあの子だし、あの子はあの子で顧客の1人。事情なんて知る由も無いよ」

両掌を見せるように開き、肩をすくめながら、ややおどけた調子で掃除屋が言った。

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