第8話

「もう遅いから家まで送るよ」

普段の見慣れた制服に身を包んだ「いつもの小村絵里」に戻った彼女が西川に声を掛ける。

西川がお世話になりましたと掃除屋に言い、階段を降りながら腕時計を見やると、もう21時を少し回っていた。

「本当は掃除屋に送らせたいけど、アレは社用車だからね」と一人言のように呟く小村の隣に西川は付く。

「家はこっちだったね」と迷うそぶりを見せず歩き出す小村に西川は疑問を覚える。

「なんで知ってるの?」

「悪いけど貴女がノビている間に生徒手帳を拝借したの」

すっと小村が西川に生徒手帳を差し出す。

胸ポケットに手をやり、ここに至って初めて生徒手帳が無いことに西川は気付く。

「意地悪」

受け取りながら西川はぼそりと呟く。西川としては手帳を持っていかれたこともだが、「ノビている」という表現も少し気に入らなかった。

「悪いとは思ってるわよ勿論」

小村が表情を変えずに、しかし少し言い訳がましく言う。


ところで、と西川は思い出したように口を開く。

「小村さんの家はこっちなの?」

しかし小村は

「教えない」とにべもなく回答する。

「・・・・・・ご両親は?」

「いない」

予想はなんとなくしていたが、特に気にするでもなく自然に回答する小村に、ごめん、と西川は小さく詫びる。

返答はない。

「・・・・・・もしかしてそれでこんな仕事を・・・・・・?」

それまで一定のペースで進んでいた小村の歩みが止まる。

少し先で立ち止まり、振り返った西川に小村は低い声で言う。

「・・・・・・知りたがりは早死にするけど、貴女も深淵を覗きたい?」

ぞくりと背中に冷たいものが走り、西川はまた小さくごめんと呟く。

それを聞いた小村はくすりと笑った。

「さっきから謝ってばかりね、貴女」


「そういえば、さ。話は変わるんだけど」と西川は切り出す。

「ちょっと気になったんだけど、私って気を失ってからどうやって車に運び込まれたの?流石に人を一人運んだら目立つと思うんだけど」

「ノビる」という表現を使わず、西川は尋ねる。

対する小村は、ああそのことか、と言い、それには運搬用のカゴを使ったんだと説明した。

「運搬用のカゴ?」

いぶかしがる西川に小村はさらに説明を続ける。

「掃除用具を運搬する大きなカートを見たことは?」

言われて西川は思い至る。そういえばそんな感じのものを押しながら、そこからモップだのなんだのを取り出して施設清掃をする業者の人間を何度も街中で見たことがあるな、と。

「アレに貴女を入れて、上から掃除用具なりなんなりで覆ってしまえば一丁あがりって寸法かしら」

小村が言うと、西川は自分の制服の裾をすんすんと嗅ぎ始める。おそらく「掃除用具と一緒に運んだ」のくだりから気になったのだろう。

その様子を見て、実はあの死体と一緒に運んだということは伏せておいたほうがよさそうだな、と小村は思う。

普通は死体と一緒に運ぶと、ひどい死臭が移り、掃除用具どころの騒ぎではないレベルの異臭がするのだが、簡単な防腐処理を現地で施したおかげで、気にならない程度まで抑えられている。

一通り臭いを確認できたのか、西川が納得したように嗅ぐのを止めるのと、西川家の前に到着するのはほぼ同時だった。

「それじゃまた学校でね、小村さん」

西川に、ん、とだけ言って小村は手を振る。

ただいまと暗い玄関の向こうに消えた西川の背中を見届けつつ、親は共働きなのだろうか、と小村は考える。

が、すぐに深入りはよそう、と考えるのを止めた。

そして小村もまた家路に付いた。


西川家から10分とかからない内に、近傍のマンションに辿り着く。

さて、と彼女は面倒なことになったなと誰ともなく一人呟く。

どうしようかなと考え、彼女はひとまず、机に向かうと生徒手帳を紐解き、書類作成を始めた。

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