道中での話

 翌日。

 学校を仮病で休んだ千尋は、カルミアとカリュプスに合流し、軽く朝食を摂ってからパラスタンを出発した。



「……あのさチャコちゃん。ちょっと聞きたい事が」

『何? どうかしたの?』

「いやさ……空に浮かんでる眩しいのって、太陽で合ってる?」

『ええ、合ってるわよ?』

「そっか。……いやね、太陽がどうたらって言って、違ったら、ちょっと嫌だったから」

『ふーん』

「まあ……、」


 千尋はそこで会話を区切り、天を仰ぐ。


「こんな森の中だと、太陽なんて見えないんだけどさ」


 枝葉でできた天井に覆われ、太陽は殆ど見えなかった。

 千尋達がいるのは、パラスタンから半日程歩いた場所から始まる、深い森の中だった。細い木や千尋の身長程の太さの幹の木、更には全員で腕を回しても両端の担当の手を繋げない程太い幹を持つ木まであった。陽の光が殆ど地面に届かないために、落ち葉や折れた枝は幾らか散らばっていたが、草は全く生えていなかった。

 暫くその場で立ち止まっていると、斥候として探索していたカルミアが、左手に大弓を持って戻ってきた。


「ただいま。周辺に魔物はいなかったわ。地形も把握出来たし、進みましょう」


 耳を上下に動かし、周囲を警戒しながら、カルミアが言った。


「お、そうか。なら行こうかの」


 巨大な倒木に座っていたカリュプスは、腰に着けていた鞄の口を閉じてから、飛び降りる。着地は、若干尻餅を突くような体勢になっていた。


「…………もうちょっと綺麗に降りられないの?」


 カルミアは呆れて言った。


「これでも手一杯だっちゅうに。……これで雑草でもあって踏んでたら避難ごうごうだろうに」


 カリュプスは立ち上がりながらぼやき、後半ほ小声で毒づいた。


「ちょっと、雑草なんて植物はないわよ!」


 カルミアはカリュプスを睨み付けたが、すぐに目線で周囲を確認し直し、


「……まあ、クマザサすら生えない環境なのは、ちょっとありがたいけど」


 そう言うと、盛大に溜め息をついた。


「ま、まあまあまあまあ。とりあえず、進みましょう? ね?」


 千尋はカルミアを宥めるように言った。



 それから暫くの間、進んでは立ち止まって周囲を探索する事を繰り返し、


「――これ以上進むとマズイわね。今日はここまでにして、夜営の準備をしましょう」


 何度目かの斥候としての役目を終えて戻ってきたカルミアが、枝葉で覆われた空を見上げた。


「えっ、でも、早くないですか?」


 いつもなら、間食を食べるような時間帯だった事もあり、千尋は首を傾げた。


「森の中だから。草原より早く暗くなるのよ」

「へえ……」

「そういう事だから……、流石にここに戻ってこれないと危ないから、三人……じゃない、四人で離れすぎないように行動しましょう。拾うのは、乾いた枝とか、欲を言えば松ぼっくりみたいなのとかね。鉱石人ドワーフ、わかってるわよね?」


 千尋がカルミアの視線を追ってカリュプスを見ると、カリュプスは鞄から宝石を取り出して眺めていた。


「ん? ……おお、聞いとったぞ。なるべく離れないように、それと乾いた枝と松ぼっくりな」

「大事な部分聞いてるならいいわよ、もう……」


 カルミアはガックリと肩を落とした。


「……あの、どうして宝石を?」


 千尋が首を傾げると、カリュプスは片眉を持ち上げる。


「お、嬢ちゃん、気になるか? これは只の宝石だけどな、儂らにとっちゃ魔法の触媒にもなる訳よ」

「触媒……ですか?」

「儂ら鉱石人が使う魔法は他の人種と比べると効果が些か低くての。それに悩んだ先祖様が見つけたのが、宝石を触媒に効果を底上げするという方法よ。詠唱簡略出来んがの」

「はー……。当然だけど、知らない事ばっかだ……」


 カリュプスが歯を見せて笑ったのを見て、千尋は感心した。


「はいはい。もう終わった? なら枯れ枝と松ぼっくり集め始めるわよ」


 カルミアが締め括るように言った。



 日が沈んだ少し後。


「……うん、こんな感じかしらね」


 焚き火にかけた携帯用の鍋の中身をお玉に似た調理器具でかき混ぜていたカルミアは、そう呟いて手を止めた。木の椀を手に取ると、カリュプス、千尋、カルミアの順にスープをお椀によそい、三人は焼きしめたパンとスープのお椀を手に焚き火を囲んで座った。


「じゃ、食べましょうか。――自然の恵みに感謝を」

「鉱石を産み出す母なる大地に」


 カルミアとカリュプスが別々に感謝を述べて、各々スープを飲み、パンを食べ始めた。

 それを見た千尋は、控えめにいただきますと呟き、お椀を置いてパンをちぎろうとしたが、


「!?」


 一度ではちぎれず、力を込めて強引に引き裂くようにして漸くちぎれた。

 口に運んでみると、焼きしめた事もあり、噛み切る事すら難しい程硬いだった。千尋が知っている中では、最も硬い食べ物だった。

 仕方なくそのままスープを流し込むと、パンは漸く噛み切る事が出来る硬さになった。

 パンを引き裂き、口に放り込み、スープを流し込む。

 繰り返している内に、いつしか食事は終わっていた。

 千尋が二人を見ると、既に食べ終えていたらしく、視線を向けていた。


「あ……遅かったですか?」

「ううん、そんな事ないわ。大丈夫よ。じゃあ、寝ましょうか。見張りは、私、鉱石人、貴女の順で交代ね」

「は、はい」「あいわかった」


 三人は一度会話を止め、カルミアは見張りの準備を、残る二人は寝る準備を始めた。

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