一時的にだけど、仲間が出来た!

 千尋が泊まる事になっていた宿屋の一室が、強い光に包まれた。


 光の中からチャコを右肩に乗せた千尋が現れ、直後に光が消えた。服装は、千尋が最初に転移した時の姿だった。左腰には、茶色い鞘に納められた退魔の剣。


「戻ってきた……のはいいけどさ、毎回こんなド派手な光が発生して、バレたりしないの?」


 肩に乗るチャコを見ながら、千尋が聞いた。


『ふっふっふ、問題無いわ。【目逸めそらし】っていう、認識を阻害する魔法があるのよ』


 チャコが薄い胸を張ったその時、部屋の出入り口のドアが猛烈な勢いで叩かれ始めた。



「…………【目逸】が効いていたんじゃなかったの?」


 証票のような物を首にかけた千尋は、チャコを睨んで言った。


『……ごめんなさい、完全に忘れてました……』


 チャコは、平謝りに謝った。


「……もう、女将さんに言い訳するの大変だったんだから。……次はお願いね?」

『……本当に、以降気を付けます……』


 謝り続けるチャコを見て、千尋は溜め息をついた。


「…………それにしても、」


 千尋は腰を浮かせて、体を捻って周囲を見渡した。


「『酒場があるギルド』があるとか、本当に異世界……というか、ファンタジーな世界なのね」

『正確には、冒険者組合、だけどね』


 千尋とチャコは、『冒険者組合』という施設内にある酒場にいた。少し前に夜の帳が降りた事もあって、徐々に騒がしくなりつつあった。千尋は偶々空いていた最奥にある席に座り、チャコは千尋の前にある円卓に直接腰を下ろしていた。


「……チャコちゃんから聞いた感じだと、冒険者組合って、『冒険者を監視する名目で作られて、冒険者側は比較的簡単に仲間を見つけたり、依頼を受けられたり出来る組織』……でいいんだよね?」


 千尋は小声で、確かめるように聞いた。


『物凄くかいつまんで説明するとそんな感じってだけで、実際はもっとずっと複雑らしいけどね。その部分は流石にわからないわ、ごめんなさいね』


 チャコは答え、肩をすくめた。


「うん、まあ、その辺はもっと深く関わるようになってからでいいんだけどね。……で、言われるまま加入しちゃったけど、良かったのかな……?」


 千尋は、首からかけた白い冒険者証明表を見ながら言った。


『まあ、ふらっとやってきた、明らかに一人旅の女の子だなんて、格好の餌みたいな物だから、一応入った方がいいのよ』

「……『一人でも旅出来る位強い』って考える人が多い事を願うわ、うん」

『そうね……。それと、戻ってくる前に教えた文字、役に立ったでしょ?』

「まだ名前しかマトモに書けないけどね……」


 苦笑しながら言って、


「……あ」


 千尋が何かに気付いた。そのまま立ち上がり、何処かに向かおうと歩き出す。


『ちょ、ちょっと?』


 チャコは慌てて飛び立ち、千尋の胸ポケットに入り込んだ。

 千尋が立ち止まったのは、一つの円卓の前だった。円卓を挟んで、二人の人間が座っていた。

 一人は、耳が横に長い、十代後半の少女に見える森人エルフ

 もう一人は、やや背が低く、少し腹が出ている壮年の男性に見える鉱石人ドワーフ

 二人は食事を終えたばかりらしく、何か飲み物を飲んでいた。

 千尋は何度か深呼吸をして、


「……あ、あの、ちょっといいですか?」


 二人に聞こえるように、大声を出した。

 二人は声に反応して、千尋の方を見た。

 先に反応したのは、森人だった。最初は千尋を訝しげに見ていたが、少しして何かを思い出したような表情になって、クスクスと笑いながら話し始める。


「あ、そうだ。昨日ゴブリンと戦ってた、判断が甘い娘じゃない。何? どうかしたの?」

「……お前さんなあ、もちっと何か言い方あるだろうに……」


 鉱石人が呆れながら森人を嗜めた。


「だって、事実それを覚えてたんだし。後覚えてたのはこの辺の只人ヒューマンにしては変わった顔つきって事位かしら?」


 森人はクスクスと笑い続ける。


「すまんの嬢ちゃん、昨日から既に知っとるだろうが、こやつめ、性格でな……」

「え……えっと?」

『歯に衣着せぬ物言いって事。鉱石人の諺』


 困惑する千尋に、チャコが胸ポケットの中から解説した。


「あっ、そ、そうなの……ですか」


 千尋は困惑と納得の中間の表情になった。


「……それで? 私達に何か用があるんでしょ?」


 森人は、打って変わって千尋を品定めするかのような視線を向けた。


「あ、はい。……えっとですね、その……、あ、悪魔退治、手伝っていただけませんか?」

「悪魔退治? あなたがやるの? ゴブリン殺すのに躊躇するのに?」


 森人が目を見開いて言った。


「これ、話は最後まで聞かんかい。……すまんのう」


 鉱石人は頭を掻きながら言った。


「い、いえ……。ゴブリン二体相手にあんな体たらくだったんです。当たり前ですよこんな反応」

「…………ま、話は聞くか。手伝うかどうか決めるのは、その後だわな。ま、そういう事だから、座んな」


 鉱石人はそう言って、空いている席を指した。


「ちょっと、勝手に決めないでよ!」


 森人が両耳を上下させながら抗議した。


「そう言いつつお前さん聞く気マンマンじゃねぇか」


 鉱石人は、森人の耳を見て、半ば呆れた様子になった。


「え、えっと……?」

「あ、座って」「おお、座んな」


 森人と鉱石人の言葉は別々だったが、声は見事に重なっていた。


「…………」「…………」

「し、失礼しますね……」


 森人と鉱石人が睨み合う中、千尋は何とも言えない表情になって、二人が指した席に座った。



 二人が睨み合う事を止めてから、千尋が話を始めようとして、


「あ、ど、どうしよう……。どう話していいんだろう……?」


 説明のしようが殆どない事に気付いた。


「? どうかしたの?」

「あ、いや、えっと……」


 千尋が困惑し始め、


『もう……。しょうがないから私が話すわよ』


 隠れていたチャコが、胸ポケットから飛び出した。物凄く呆れていた。


「あら、妖精ピクシーじゃない。何でこんな町中に……というか人の服の中なんかに?」


 森人が身を少し乗り出して言った。


『いや、うん、まあ……、ちょっとこの娘にしか出来ない事があって、一緒に行動してたの』


 チャコは右手の人指し指で頬を掻きながら答えた。


「この娘にしか出来ない事?」

『ええ。さっき……この娘チヒロって言うんだけど、チヒロが悪魔退治を手伝ってくれって言ったじゃない? それよ、それ』

「…………はい?」


 森人は予想外だったのか、聞き返した。


『最近この町の周辺で、魔物が白昼堂々暴れる事が多くなったでしょ?』


 森人と鉱石人が頷く。


『この町から北に二日歩いた場所に、元は神殿だった遺跡があるの、知ってる?』

「……話の流れからして、そこに魔物に影響を与えるような悪魔でも住み着いたかの?」


 鉱石人の言葉に、今度はチャコが頷いた。


『そういう事よ。悪魔の名前は、ベルゼブア。人間の悪意と蜥蜴の魔物と鼠の魔物の力を司る悪魔よ。私や普通の人間じゃあ絶対に歯が立たないわ。チヒロには、ベルゼブアを倒せる可能性があるの』

「……ん? 妖精なのにそんなに力があるの? 基本妖精って魔法も殆ど使えないわよね?」

「あ、そういえばそうだよね」


 森人と千尋はそう言いながら首を傾げた。


『あ、チヒロには言ってなかったわね。私、元々長い間遺跡に住んでて、魔法がそこそこ使えるのよ』

「ああ、言われてみれば魔法使ってたね」

「……随分珍しいわね」


 森人が関心して言った。


『チヒロを見つけるために、頑張って覚えたのよ。……改めてお願いするわね。チヒロと一緒に、ベルゼブアを退治して。……お願いします』


 チャコはそう言うと、深々と頭を下げた。


「あ、わ、私からもお願いします……!」


 千尋も慌てて頭を下げた。


「あー……まず頭あげとくれ」


 千尋とチャコが頭を上げてから、鉱石人が続ける。


「……あのな、ちぃと気まずいんだがの……、儂ら、住んでた場所の長に言われて、魔物が暴れるようになった理由を探っとったんだわ」


 千尋とチャコが目を見開いた。


「まあ、言ってしまえば、探る手間が省けたって事なのよ」


 森人が苦笑して言った。


「じゃ、じゃあ……?」『じゃ、じゃあ……?』

「手伝うわ」

「同じく」


 森人は微笑み、鉱石人は歯を見せて笑った。


「あ、ありがとうございます! えっと……、じゃあ改めて、孤門こもん千尋ちひろです。千尋って呼んでください」


 頭を下げながら千尋が言った。


「チヒロね。私はカルミア。昨日のゴブリンとの戦いを見ると少し不安だけど、よろしく頼むわ」


 カルミアと名乗った森人は、千尋に左手を差し出した。千尋は右手で握り、しっかりと握手をした。


「儂はカリュプスだ。力抜けそうになる名前だろう? そういう訳だけど、まあ宜しくな、チヒロ」


 カリュプスと名乗った鉱石人は、右手で顎を擦った。


「え、えっと……?」

『右手で顎を擦るのは鉱石人の挨拶よ?』

「へえ、そうなの? えっと……」


 千尋は若干戸惑いながら、右手で顎を擦った。それを見たカリュプスは、少しだけ驚いた。

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