強くなったと思ったらそんな事なかった

 翌日の昼休み。

 千尋は友人の透子とうこ桃子ももこと一緒に、各々持参した昼食を広げて食べていたのだが、


「そういえばさ、ちーちゃん、何かあったの?」


 桃子が唐突に言った。


「え……どうして?」


 千尋は首を傾げた。


「いやさあ、なんていうか、こう、逞しくなったような……」

「何それ、太ったって意味?」

「ち、違う違う! なんていうか……顔つきがシュッとした感じになったっていうか? とにかくそんな感じ」


 桃子は千尋の顔の輪郭をなぞるように手を動かしながら言った。


「あー、言われてみれば……、こういう時って精悍って言えばいいの? とにかくそんな感じになってるよ」


 自分の弁当から卵焼きをつまみ上げながら透子が言った。


「…………いや、でも何もなかったよ? 昨日一昨日って、家で『魔法少女Customs』ってグロゲーやってた位だよ?」


 千尋は、左側に目を逸らしながら言った。


「うげ、あんなのやってるの?」


 透子が嫌そうな表情を作った。


「……『あんなの』って事は、透子、やった事あるでしょ」

「う……。……はい」

「あれ面白いけど、そんな嫌い?」

「あのねえ、キャラクターの戦い方を食事中に話したら大顰蹙間違いなしのゲームを好き好んでやる女子高生とか、どう考えてもヤバイっての」

「……かなあ?」

「だからヤバイって。……って、時間もヤバイ。次体育だよ!」


 透子が箸で指した先には壁掛け時計があり、昼休み終了まで残り十五分を切った事を示していた。

 三人は急いで昼食を食べ終えると、片付けて、各々着替えを始めた。



 十五分後に始まった体育の内容は、剣道だった。

 面、胴、籠手の打ち方の練習をした後、簡単な試合を行う事になったのだが、


「マズったなあ……」


 千尋は相手と組む事が出来ず、見事に余っていた。


「めんどくさい事になったなあ……」


 籠手越しに後頭部を掻きながらぼやいていると、


「孤門さん、余ったの?」


 後ろから声をかけられた千尋が振り向くと、そこにはクラスメートで剣道部の副部長がいた。


「あ、うん、まあ……」

「私もなの。何か、皆避けてるみたいなの……。一人じゃなくて良かったあ……」


 副部長が言った。心底安心した声色だった。


「え、でも、ほら、他に人が」

「数えてみたけど、私達が組めばそれでピッタリ揃うみたいだけど?」

「…………」


 千尋は、天井を見上げた。少しの間そうしてから、ガックリと肩を落とした。


「……わかりました、やりますよ。絶対勝てないけど……」

「ふふ、まあ、よろしくね」


 二人はそう言って、正座になり、礼をした。竹刀の物打ちを左手で持って立ち上がり、右手を上にして、柄を両手で握った。

 先に動いたのは副部長だった。狙いは籠手打ち。そのはやさはまさしく雷閃のそれだったのだが、


「ひっ!?」


 千尋は情けない悲鳴を上げながら、左に体を捻って避けた。紙一重だった。


「っ……!?」


 副部長は驚愕したが、


「……えっ、あれっ?」


 当の千尋本人も困惑していた。

 その隙に向き直った副部長に渾身の面打ちを叩き込まれ、試合はあっさりと終了した。



 放課後。

 帰宅し、自室に入った千尋は、体育の授業の時に起きた一部始終をこっそり見ていたというチャコと話し始めた。


「……まあ、普段なら剣道部じゃない人の攻撃でも避けられないんだけど……」

『そうなの?』

「私が剣の切っ先を持ち上げられないの見たでしょ? あれが証拠」

『…………確かに』

「でしょ? でも、すぐに負けたけど、今日は避けられた。しかも『雷閃』とか妙にカッコいい渾名もらってるらしい副部長さんにだよ? あり得ないって」

『まあ確かに、あの娘の動き疾かったわね』

「もしかしてさ、異世界に行って、まがりなりにもゴブリン一体倒したから……、レベルアップ……強くなった、的な?」


 千尋は期待するような目でチャコを見つめる。


『うーん……』


 チャコは目を細めて千尋に顔を近付け、暫く睨んでいたが、


『違うみたいね』


 返ってきた答えは、否定だった。


「えっ」

『確かに、ジュランは努力を惜しまなければほぼ際限なく強くなれる世界よ。でも、貴女、全然強くなってないわ。たぶんまぐれ。良くて早い動きに目が少し慣れただけね』


 そう言って、チャコは肩をすくめた。


「ええ……?」

『第一、異界生まれ異界育ちの貴女が、ジュランで生まれた人間と同じ条件で強くなれると思う?』


 チャコは呆れたような口調で言って、千尋の鼻先を指した。


「…………ゲームシステムが違ったら、強くなる方法も違う……」

『……ごめん、何言ってるかわからない。とにかく、そんなの無理って事』

「そんな……。じゃあ、尚更私以外の誰か……副部長さんとかにベルゼブアの退治任せればいいんじゃあ……?」


 千尋は悲しげに言った。


『…………』


 それを見たチャコは、


『いい? よく聞いて』


 それまでと打って変わって、幼子を諭すような口調で話しかけた。言葉からは、理性と知性が滲み出ていた。


『最初に会った時、私、異界でも探す限り貴女しかベルゼブアと戦える人間はいないって、言ったでしょ?』

「…………うん」


 千尋が頷いたのを見て、チャコは続ける。


『あのね、貴女にあげた退魔の剣って、本当に限られた人しか使えないの。使えない人が腰に差そうものなら、重過ぎて動けなくなるの』

「……でも、引き抜いても、切っ先を持ち上げられない……」

『それは……まあ、言ってしまえば、貴女が真剣の重さに慣れていないだけよ。大丈夫、暫くすれば慣れる』

「…………」

『……改めて、お願いするわね。退魔の剣の戦士さん、ベルゼブアを退治するのに、力を貸して』


 チャコはそう言うと、床に降りて、頭を下げた。土下座の形になっていた。


「…………」


 千尋は、暫くチャコを見つめ続けた。

 やがて、真剣な表情になって、


「チャコちゃん、頭を上げて」


 千尋の落ち着いた口調の言葉を聞いて、チャコは頭を上げた。千尋と目が合う。


「……ごめん、怖じ気づいてた。ちゃんと戦うよ。えっと……退魔の剣に誓って」


 チャコの瞳を真っ直ぐ見つめ、千尋は、はっきりと言った。


『…………ありがとう』


 チャコは、顔をくしゃくしゃにして涙を流した。


「こちらこそだよ。……ありがとう」


 千尋は、どこか強がりな笑顔になって言った。

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