えっ、行き来出来るの!?

 夜になり、千尋とチャコは宿屋に泊まる事にした。

 大通りから少し離れた場所にある宿屋の一室に通された千尋は、やや古ぼけたベッドになげやりな様子で座り、俯いた。

 見かねたチャコが胸ポケットから出てきて、千尋の目の前まで浮かんだ。


『どうしたの? ゴブリン退治した辺りからずっとそんな調子だけど?』


 チャコは両手を腰に当てて、首を傾げた。


「…………甘かった」


 千尋が絞り出すように答えた。


『何が? ゴブリンの事?』

「……うん」


 千尋は頷き、訥々と続ける。


「異世界転移って言うからさ、もっとこう、サクサクっとモンスター退治とか出来ると思ったのよ……。甘かった、本当に、甘かった。あんなに……怖いだなんて……思わなかった……」


 いつしか千尋の体は震えていた。自分で自分を抱き締める。


「あのエルフのお姉さんが言ってた事は正しいんだよ……。この剣さ、チャコちゃんがくれたんでしょ?」


 千尋はそう言って、左手で剣の柄に触れた。


『う、うん……』

「この剣、重過ぎるんだ……。持ち上げる事も出来ない位に。……悪いけど、もう少し軽い剣を探すよ」

『あ、あのさ……、ベルゼブア、その剣じゃないと倒せないの』


 チャコが申し訳なさそうに続ける。


『どこでも売ってそうな姿形だけど、その剣は退魔の剣なの。……その剣じゃないと、ベルゼブアと戦っても勝ち目がなくなるわ』

「…………そっか」


 千尋は呟くと、俯きかけて、


「あ――――っ!!」


 顔を上げると、突然叫んだ。


『え、何!? どうしたのよ!?』

「課題終わってない! ヤバイ! どうしよう!?」


 千尋は頭を抱え、体を振った。


『か、課題? 何それ?』

「学校から出される勉強! どうしよう、明日学校なのに! こういうのって、基本帰れないんでしょ!? どうしよう、どうしよう……!」

『あ、あのさ……今すぐに帰れるよ?』


 チャコの言葉を聞いて、千尋は固まった。ゆっくり、ぎこちない動きでチャコの方を見る。


「…………ほんとうですか?」

『えっと、うん、はい』

「今すぐ帰らせて」



 千尋の自室が、一瞬だけ蒼白い光に包まれた。

 光が納まると、部屋の中央には、蒼い服に黒いズボン、茶色い革のブーツ姿の千尋がいた。


「良かった……帰ってこれた……!」

『そりゃあ、強引に連れ出したのに帰せないだなんて、いくらなんでもあんまりでしょ。ほら、早く着替えて、勉強だっけ? それやるんでしょ?』

「あ、うん」


 チャコに促され、千尋はパジャマに着替えた。剣を服と一緒にクローゼットに隠そうとして、


 「自衛自衛……」


 考え直して、机の脇に置いた。

 千尋がふと窓の外を見ると、世界は夜闇に包まれていた。


「……あっちとこっちで時間が繋がってるのね……」

『そうみたいね』


 チャコの返事に頷くと、千尋は机に向かった。

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