3雨男とアメフラシ 『ニヒリズム』『ジュブナイル』『メッチェン』【中編】
蒼太朗に少し遅れることをメールしてから、僕はチャリンコの後ろに雨虎を乗っけて全速力で走った。雨虎の重みは全く感じなかったけれど、もっと速くこげとうるさい。せめて海兎ちゃんの方ならやる気も出るのに。
神社に着いたときは全身汗だくで倒れる一歩手前だった。なんだって、僕がこんな目に……。
「おい、がきんちょ。この中を入っていくのか?」
へばってる僕に雨虎はソワソワしながら聞いてきた。目線の先には鳥居と巫女さんらしい女の人が見える。
「そうだよ。正確には脇の散歩道から入って……位置的には神社横に降りられる秘密の道があって、降りたところは小さな入り江みたいになってるんだ。そこが待ち合わせ場所。僕と蒼太が見つけたんだ」
去年から浜辺でのロケット花火が禁止になった。はしゃぎたい僕らは何とかしていい場所はないかと探索してた時に、偶然見つけたのがこの神社下の秘密の入り江。神社は海に面してて、少し高い位置に建っている。ちょうどドラマなんかで出てくる断崖絶壁の上だ。まぁ、かなり低めだけど。
「ふんっ。餓鬼はどの時代も秘密基地が好きだな。お前は先に行ってろ。儂は後で行く」
そう言うと雨虎はふいっと姿を消してしまった。僕は一瞬でも開放されたような気がして、肩の力が抜けるのが分かった。このまま帰ろうかとも思ったけど、後が怖い。僕は頭をブルっと振ると、神社には入らず脇の散歩道へと向かった。
散歩道から柵を超えて、ほんの少し
「遅いぞハル!」
蒼太朗がすぐに僕に気づいて駆け寄ってきた。
「悪い悪い。店番が長引いちゃって」
「でも来れてよかった。晴れ男のお前がいれば雨の心配もないしな」
ニカッと笑顔の蒼太朗には何だか悪くて、曖昧な返事しかできなかった。でも、そういえば今日は外に出ても雨が降ってない。
「嘘じゃ。こやつがなかなか出んからじゃ」
どこから湧いて出たのか、いつの間にか隣に清楚系お嬢様が立っていた。余計なこと言うんじゃないよ物の怪。
「ってか、
蒼太朗の肩越しに見える、バケツの近くから動かない石英は別の学校に通っているもう一人の幼馴染。その隣にもう一人、あれは……。
あれは同じクラスの
同じクラスだけど一度も会話なんてしたこともない。しかもクラスの女子の中でも可愛いグループに属している高嶺の花。
「うん、花火の買い出しに行った時、会ったから誘ったんだ」
簡単に言うけど、どうしてそうするりと女子を花火に誘えるんだよ。僕はぎこちないことこの上なくあいさつを交わし、ついでにミュウミュウも紹介する。相変わらず最後は「ミュウミュウって呼んでね」とウィンクしてる。
「初めまして、
可愛い。はにかむ笑顔がまた可愛い。っつか、蒼太朗、お前は何でそんなに気軽に話せるんだ。
「柚月とは中学で同じクラブだったんだ。まさか同じ高校に行くとはね」
なるほど、帰宅部の僕ではまずありえない。その前に女子と話すなんてことは見た目も性格も冴えない僕には毛頭無理。しかもこんな可愛い子。僕は俯きながらそうなんだ、と気のない返事しかできなかった。あぁ、印象最悪だ。
「早く始めようよっ」
待ちくたびれた石英がバケツの前で叫んでる。眼鏡の秀才はどんなことが起こっても動じないマイペース人間だ。
ロケット花火を最後に取っておき、手持ち花火や小型の打ち上げ花火なんかを楽しんだ。まぁ、僕を除いてだけど。
「ノリが悪いなぁ、ハル」
石英が隣に来てぼそりと呟いた。顔には出さないようにしてたけど、顔にも態度にも出てるみたいだ。そんなことないよ、と言いつつ、憂鬱の原因に目をやる。人の気も知らないでアメフラシは大声ではしゃぎながら手持ち花火をブンブン振り回してる。
「よし、景気づけにネズミ花火に移ろう」
そう言うと石英は手持ち花火で火をつけると、僕の足元へポイっと投げた。うおっ! 何でここに投げる。シュルシュルと足元で回るとパァンっと派手にはじける。
「おまっ! 何すんだよ!!」
足をジタバタさせてるところに、今度はアメフラシが投げてきた。
「いいぞ、のってきた」
石英は笑顔で蒼太朗や柚月さんにネズミ花火をわたしてる。
シュルシュルッ!
「それ、もっと踊れっ」
アメフラシは調子に乗って僕以外の足元へも投げ始めてる。
「こらっ、ネズミ花火は人に向かって投げちゃいけな――」
こうなったら反撃だ。僕は一気に四つのネズミ花火に火をつけ、空に向かってばら撒いた。空中ではじけるやつ、地面に落ちてクルクル回るやつ、皆声を出しながら走り回った。
「このうつけ者がっ!」
「アホハル!危ないだろがっ!」
「もうっ、投げるのは足元だけだよ~」
「ネズミ花火まだあったっけ?」
何だかんだでキャッキャ言いながら楽しかったみたいだ。いつの間にか僕も声を出して笑ってた。
「それじゃここらでロケット花火だな」
蒼太朗がそう言った直後だった。
「へー、楽しそうなことしてんじゃん。俺たちもまぜてくれよ」
後ろから三人連れの見知らぬ男が茂みから現れた。茶髪に金髪、やたら趣味の悪い服装。手には缶ビールとタバコを挟んでるけど、どう見ても年齢は僕達とさして変わらなそうな未成年だ。
咄嗟に柚月さんは蒼太朗の後ろに隠れ、僕はミュウミュウの後ろに隠れた。一歩前にいる石英とお嬢様の冷たい視線を感じる。
「僕らはもう帰るから。行こう」
蒼太朗はそう言うと男たちの横をすり抜けた。柚月さんと石英もそれに続く。
「付き合いの悪いやつらだな」
蒼太朗が二人目の男の横を通り抜けたとき、男が蒼太朗の手からロケット花火の袋をかすめ取った。
「ちょっ。何するんだよっ。返せよ」
向かって行く蒼太朗を僕は慌てて止めに入った。
「花火なんていいよ、帰ろう、蒼太」
でも、と言う蒼太朗の背中を石英と二人で押し、無理やりこの場を離れた。もう、何されるかわかったもんじゃない。蒼太朗の正義漢魂は正しいけど、ややこしい奴らとの面倒はごめんだ。
泣き寝入りの僕達を尻目に、不良達は戦利品を早速消費しだした。かなり大量に買ってあったようで、片っ端から火をつけては飛ばしてる。せっかく楽しみに取ってあったのに。悔しい思いで散歩道までの道を上がってると、不意に柚月さんが立ち止まった。
「ねぇ、海兎ちゃんがいない?」
え?と、振り向くと、不良達の後ろでロケット花火に目を輝かせているミュウミュウがいた。
「大変! 海兎ちゃんがっ」
「あいつらっ」
「石英と柚月は交番所まで行って誰か大人を呼んできてっ」
二人は分かった、というが早いか散歩道まで駆けて行ってしまった。
違う!! そうじゃないっ!! っつか、お前たちの目にはどう映ってんだよっ。
「ちょっと待って、二人共っ」
どう見てもあれは無理やり連れていかれたんじゃなくて、自ら楽しんでるだろっ。僕の声は届かず二人を制止そこねたので、蒼太朗だけでもと思ったが、蒼太朗は男たちの元へとすでに向かっていた。
待って、蒼太朗っ。僕は先回りをするように秘密の道からさらにそれて、深い雑草の中を降りて行った。
罰当たりなことに男たちは目標を見つけたらしく、崖上の神社の鈴目掛けて花火を打ち上げてる。何本かは屋根にささり、何本かはしめ縄に刺さってる。
しめた、こっちに背を向けてるから今のうちだ。浜辺に出たところで蒼太朗を追い越し、アメフラシの服を掴んだ。
「何してんだよお前は!」
「何って、花火じゃ」
声を押し殺して怒ったが、全く気にしてない。
「帰るって言っただろ。早く、気づかれないうちにっ」
「なんでじゃ!これから面白くなってきたのにっ」
あぁもう、声が大きい。僕はアメフラシの手を引っ張って行こうとしたが、すぐに気づかれた。
「おっと、何の用だ? 花火取り返しに来たってか?」
「いえ、全くそんなことは……」
ひきつる笑顔で答える。とりあえずアメフラシをぐいっと引っ張るが、その反対の手を金髪の男がひっぱった。
「おっと、行かせねぇぞ」
男が力をさらに入れたとき、後ろから蒼太朗が男目掛けて猛ダッシュで突進してきた。二人はバランスを崩して砂浜に倒れる。
「蒼太!」
「早く行け! ハルっ!」
こっちに声をかけてるスキに男のパンチが蒼太朗に飛んだ。蒼太朗はうめき声と共にその場にうずくまってしまった。
残りの2人が騒ぎに気付き、近寄ってくる。ダメだ。逃げたいけど……逃げたいけど蒼太朗を置いては行けない。
折しも冷たい追い風が一陣。雨が降りそうな雲まで出てきてる。
僕は意を決して金髪男に体当たりをした。
というか、かわされてそのまま砂浜に顔からこける。どこまで行ってもカッコ悪い。立ち上がろうとしたけど、すぐに駆け付けた茶髪に上から押さえつけられ、再び砂が顔に付く。
このままじゃフルボッコだ。
そうさ、いつもこんな感じだ。臆病者で猫に助けられ、女の子とはまともに会話できず、勇気を出してみれば空振り、挙句の果てにはアメフラシと結婚だよ。――って、アメフラシ!!
「アメフラシっ!!」
こんな奴頼りたくないけど、今はとにかく物の怪の手も借りたい。天気はますます悪くなり、風も強くなってる。
「は~? 何~? よく聞こえな~い」
お前の所為でこうなってんだよっ。という怒りは極力出さずに、奥歯をかみしめたまま叫んだ。
「雨虎!! 手を貸せっ!!!!」
まったく、それが人にモノを頼む態度か、最近の若いモンは、等とまだ愚痴ってる。
「ミュウミュウ!!!!!!」
「はいはい。御意御意」
めんどくさそうに返事をすると、ミュウミュウは手を金髪男に向かってふわりと一撫で、何かを宙で掴む仕草をした。すると途端に男の手が蒼太朗からだらりと離れる。続いて同じ仕草を茶髪の男にすると、僕を押さえつけていた力が急に無くなった。同じ動作をもう一度3人目の男に。
男たちはというと、すこしトロンとした表情を浮かべたまま、
「はぁ、クッソ暑いのに何だってこんなことしてんだ、帰るぞ」
と僕達には目もくれず帰りだした。
これが「気」を奪い取ったって事なのか……。蒼太朗は僕より訳が分からず呆然としている。なんにせよ助かった。
「お前、今、助かったと思ったじゃろ」
ミュウミュウはどんどん濃くなる雨雲を見ながら、手の中にある白い塊を
「とにかく早くここから逃げるぞ」
「逃げるって……」
言葉を打ち消すように突然強烈な風が吹いた。ミュウミュウの白い帽子は飛ばされ、髪が上下左右にあおられる。乱れる髪の間から片角が見え隠れする。やばい、こんなもの蒼太朗たちに見られたら。だけど事態はそれどころじゃなかった。
ビョウビョウという轟音と稲光が頭上で鳴り響き、海が荒れだした。遠くの空は晴れてるのに、ここら辺一帯だけ薄暗い。何だこの異様な感じ。
「待ってよ、これも僕の所為なの?」
「な訳ないだろが。同じにするな、うつけめっ。小雨は儂がずっと抑えとったが、これは」
目線の先を同じように見上げると、そこには真っ黒な渦の中で何か黒くて大きな体が蠢いてた。鋭い牙、赤く大きな口、とんがった背びれ。徐々に全体が見えだす。黒雲から突き出たそれは巨大な鮫の頭に、鮫にしては長く鱗のある体が付いてる。稲光を
「な・に・あ・れ」
「ナニとは失礼な奴じゃな。アレは激オコモードの
お前も「アレ」呼ばわりしてるぞ。
「神社口で見たって、僕が見たのは……巫女さん――」
「だから、それが豊玉じゃ。言っとくがお前、親より霊力があること自覚した方がよいぞ」
まさか! 父さんに霊力なんて全く無いのはわかるけど、僕にだって霊力とかあるわけないじゃん! 心霊スポット行っても何も感じないのに!
頭の中がぐちゃぐちゃになってる状態で、目の前に突然数本の風の渦が発生した。それはみるみるうちに巨大化していく。
「なっ何がどうなって」
動けないでいる僕の襟ぐりをミュウミュウが鷲づかみし、そのまま僕は勢いよくぶん投げられた。
手荒すぎる。
竜巻は僕の元いたところから蒼太朗、男達3人を巻き込み、空高く旋回し4人は海へと投げ出された。
「うそだろっ! 蒼太朗!!」
竜巻は再び海上を練り動き、蒼太朗を吸い上げる。巨大な竜巻だと思っていたものは黒く形を変え、激オコモードの豊玉何とかになった。蛇の体ががっちり蒼太朗をホールドしてる。
「何とかしてっ!このままじゃ蒼太が!」
「何とかしようにも、相手は神ぞ。儂ごときがどうこうできるものではないわ。聞く耳も持っとらんだろうから、怒りが収まるまでほっとくしかないわいな」
「そんなっ。だいたい何で怒ってるのさっ」
「そりゃお前、自分の家に打ち上げ花火投げ込まれたら誰だって怒るじゃろ」
真顔で言うんじゃないよっ。
「だとしたらお前が原因だろっ!!」
「儂の所為にするな。人聞きの悪いっ。あの人間どもの所為であろう」
顎でしゃっくた先には岩場にたどり着いた男たちが見えた。だとしても、お前さえ一緒に帰っていればこんなことにはなってないんだよっ。
「……わかった。どうにかできないなら、お前の角、本ごと燃やしてやるっ」
「!!」
「どうするっアメフラシ! 何か方法があるはずだっ」
「チッ。クソガキめっ」
アメフラシはちょっとの間考えると、神社を指さした。
「二つやることがある。お前の血に賭けるしか方法はなさそうじゃ。一つは境内の池に花火の残骸があるだろうから、それを撤去すること」
「わかった。ってちょっ――」
暴風の中、アメフラシにまた襟ぐりを掴まれ僕は宙を舞った。たたらを踏みながら崖上の地面に着地する。池はすぐ目の前にあった。
確かに何本か残骸が池に浮いてるけど、幸い風のせいで花火はまとまって一か所に集まっていた。
「取り除いたっ。次は?」
崖の上から叫ぶと同時に体が風圧で浮き、アメフラシの前に運ばれた。無重力感が気持ち悪い。
「もう一つは、あの矢を引っこ抜いてこい」
ミュウミュウが指した先には怒り狂っている神様がいた。
「何? 何を引っこ抜けって……」
強風で立っていられないし、聞き取れない。
「エラに突き刺さってる矢を抜くんじゃ! 矢は痛みと
僕の運しだいってどういう事だよ、と言う前に、僕は
ジェットコースター並みのスピードで体は上昇し、回転し、急降下し再び上昇した時、思い切り鮫肌に顔からぶつかった。
ぐはっ。
頬が熱い。かなりすったみたい。でもそんなことにかまってる暇はなかった。慌てて落ちないようにもがいた結果、ミュウミュウのコントロールが抜群なのか、一本の棒を掴んだ。
「これ? これか?」
棒にしがみ付き、すぐさまエラに足をかけて力いっぱい引き抜いた。棒を持つ手が焼けるように熱い。
甲高い悲鳴のような声と咆哮が共鳴する。
ぐあぁぁぁぁ。
耳を抑えたくても手を離せば落ちてしまう。眼下には蒼太朗がまだがっちり巻きつかれてるのが見えた。蒼太朗、もうちょっとのがまんだからなっ。
「ごめんなさい神様っ。全部引っこ抜くからおとなしくしててっ!」
案の定、耳はキーンと何も聞こえない。眩暈と風と痛みと恐怖とに格闘した末、三メートル以上ありそうな矢の全体を引っこ抜くことができた。途端、僕は真っ逆さまに海へと落っこちていった。
「ハルトっ!」
遠くでミュウミュウが叫ぶ声が聞こえたような気がした。
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