2アメフラシの婚礼 『梅雨明け』『転校生』『格子窓』【後編】
それに対する返答が、「えー
いや、ツッコむとこそこじゃない。
「マジ何で伝奇ファンタジーをこの薄暗い蔵の中で読まされてんの??」
「え? ノンフィクションだけど」
「んなわけないだろ」
「ノンフィクションっていうか、
「それはそれで、何で、今、ここで、読まないとダメなのか理解に苦しむんだけど」
「だって父さん、晴音の誕生日が今日だったの忘れててさ。ちなみに母さんも忘れてたんだ」
ごめんごめんと謝る。
「だからって、別にこんな盛大? 盛大っていうの? 古風に祝ってくれなくても。ってか、それとこの伝奇ファンタジーとどういう関係が……」
「いや、だから、十六歳になったから、そこに書いてある『婚礼の儀』をしなきゃいけないの忘れてて、急遽朝からバタバタしてるって訳だ」
何が「って訳だ」、だ。化けモノと結婚式とか、ふざけてるなら僕宿題があるからもう行くよ、と立ち上がりかけたとき、
「だってお前、アレ、見たんだろ?」
といきなり核心をついてきた。僕はピタリと止まってしまい、父さんを睨む。
「とりあえず、日記を要約するとだな……」
僕はその場で突っ立ったまま、父さんの話を黙って最後まで聞いた。
――その後、晴壱ひいじいちゃんが「婚礼の儀」の支度をしてこの祈祷所で待ってると(蔵じゃなくて祈祷所だったんだ)、どこからともなくアメフラシがやってきたらしい。白無垢姿のその顔を見てびっくり、それはあの女学生だったんだ。つまりひいじいちゃんに付きまとってたのは、気があるからじゃなく、出産するために必要な「気」を奪ってたわけ。ひいじいちゃんの傷心察するよ。
で、ひいじいちゃんの読み通り、いくら「気」を取ったと言っても、「契約」=「婚礼の儀」をしていないと、祈祷師からは十分な「気」=「エネルギー」は取れなかったらしい。また契約を結んで初めて受け取れる「対価」=「気」なものだから、アメフラシは仕方なく自分から現れた。
アメフラシは婚礼の儀は結ぶが、封印されることを拒否し、ひいじいちゃんはそれに表向きは応じた。
でも相手は
野放しにすれば人に災いをもたらすのは目にみえてると、儀式が終わると同時に、アメフラシに飛び掛かったらしい。
叔父さんのこともあったから、恨み百倍だったんだろうな。
でも捕まえられたのはアメフラシの角のみ。アメフラシは逃げ延び、ポキッと折れた角は本の中へと封印。片角では大きな力も出ず、契約も結んでるから、悪さもできない。
そして代々片角を人質に、契約を結んで雨と日照りの被害を食い止めてきてるらしい。
何その裏の家業。
その代り、虎視眈々と――特に出産の季節になると――自分の角を取り戻しにここへやって来るって訳。だから子孫達よ、
って、全然めでたくないっ。いまいち呑み込めない顔で突っ立ってると、
「びっくりさせちゃって、悪かったと思ってる。父さんがもうちょっと早くお前に説明しとけば、店にアレを入れることもなかっただろうし」
いつになくしんみりとした感じで父さんが言うもんだから、ちょっと心配になった。そっと、その場に座りなおす。
「父さん……」
「でも大丈夫、儀式は簡単なものだし、片角さえ渡さなければそんな強い力もないから」
つまり父さんもこの儀式をしたってことか。
「いや、でも何かエネルギー吸われちゃうんでしょ?」
「だーいじょうぶ。力を借りるお願いをした時だけだし、ちょっと無気力になるだけだから。たいしたことないない」
いやいやいやいや。怖いわ。
いつもの適当な感じに戻ってちょっと安心したはいいけど、けど……。五月病ってひょっとしなくてもそいつの
「晴壱より頭の固い餓鬼そうだな。それとも物分かりが悪いのか」
急に隣から声がしたので驚いて振り向くと、白無垢姿に角隠しをした女の子が座布団にちょこんと座って、こちらを上目遣いで見上げていた。
黒目の大きな、僕と同い年ぐらいの女の子だ。僕はあまりの突然のことに、息をのんだまま固まってしまった。よくよく見ると、角隠しから燭台の
「来たな、アメフラシ。紹介はいらんか、晴音とは初対面じゃないもんな」
父さんはさっさと終わらせよう、と三々九度の用意を始めた。それを見ながらアメフラシは口を尖らせ、また甘酒か、儂は「春鹿」の辛口がいいと言っているだろ、などと文句を挟んでる。
「ぼ、ぼぼぼ僕は初対面だよっ!!」
理不尽さを吹き飛ばそうと、そう叫ぶのが精一杯だった。しかしアメフラシはそれを聞くやニタリと紅い口を顔いっぱいに広げると、
「これで二度目だわいな」
と言うが早いか、女の子から先日の紫色の血を流した男の顔になった。僕はといえば、その後のことは全く覚えてない。
夏を告げる蝉の声が鳴り響く中、僕は目が覚めた。太陽が眩しい。居間ではテレビ各局で梅雨明けを報じてた。ヘイスティングスは丸まってまだ寝てるし、僕は袴でなくちゃんとTシャツに七分丈ズボンをはいてる。父さんと母さんは朝食を済ませ、のんびりお茶なんか飲んでる。あぁ、なんて素敵で平凡な日常。長い夢だった、と。
こんな感じで僕はまだ認識のないまま、晴れ男から雨男へと変わってしまったんだ。
これが夢じゃないと思い知らされるのは、次の店番の日だけど、それはまた別の話。
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