2アメフラシの婚礼 『梅雨明け』『転校生』『格子窓』【中編】

六月二日 豪雨。

 敬愛してやまない千晴ちはる叔父が天国へと旅立つ。叔父まだ若く、どうにも病弱な人なりき。博学で誰からも愛され、尚且つ誰にでも平等にやさしき人なり。ただただ悲し。


六月三日 雨。

 祖母と母が何やら落ち着かぬ様子。たずねどもはぐらかすばかり。


六月十五日 雨。

梅雨とはいえよく降る。祖母から再度、儀式についての話を聞かされる。叔父が亡くなってからは唯一の男子である私が家を継ぐこととなりき。未だ十五なるが、もう立派な大人なり。


六月廿七日 雨。

 勉学に励みたくも、気力無し。


六月廿九日 大雨。

 通学路で道を聞かれる。転校生らしく、この時期には珍しい。女学院へ案内す。黒目の大きい女学生なり。


七月三日 細雨さいうのち雷雨。

 先日の女学生と通学路で再会す。大切なハンケチを落としてしまったと難儀していたので、共に探す。失せ物すぐ見つかり、大事にならず。


七月六日 雨。

 こうも無気力なのは叔父がいなくなったせいか。それともこの長雨のせいか。


七月七日 雨止まず。

三度みたび通学路で女学生と再会す。どうやら通学時間が同じなり。女学院までは道のりも同じゆえ、少し世間話などしながら登校す。女学生の名は海兎みうというなり。美しき名なり。

 

七月十二日 雨。

 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。ほとほと嫌になってくる。


七月十四日 大雨。

 帰り道、海兎嬢と四辻で会う。街まで出るところだというので、途中まで送る。連日の雨の話や最近の気力の無さについて道々話す。胸の早鐘を隠すのに苦労す。


七月十九日 雨。

 海兎嬢に、古典でわからぬところがあるので、放課後、家を訪ねても良いかと聞かれる。何とも大胆な。良家の婦女子が男子学生の家を訪ねるなど、世間体というものもあるだろうし(この一文は墨で消されてた)。丁寧に断りを入れたうえで、わからぬところは先生に聞くが一番と助言す。束髪崩そくはつくずしの後姿を見送る。それが精一杯なり。

 

七月廿日 雨。

 叔父の満中陰の法要無事終わる。


七月廿一日 連日雨止まず。

まずは頭の整理をせねばならぬ。同時に詳しく書き記すは、同じ境遇に陥るであろう我が子孫達に少しでも警告するためなり。

我が九祈くき家には代々、家長が受け継ぐものあり。これは幼きころより親に散々言ひ聞かされることなれど、戦時ゆえ、後世にしかと残るやう、ここに記するなり。


 我が家は平安の時代から脈々と続く、降雨止雨を司る祈祷師の家系なり。俗にいふ晴れ男晴れ女の家系でもありき。この地は日照りが多く、主に降雨祈願を生業にする民間の祈祷師なり。しかし江戸の時代、憑き物筋「雨降アメフラシ」の家から嫁を取ったことにより、憑き物筋の家系ともなりき。


 先に述べた「代々受け継ぐもの」とは、「祈祷力」と同時に「憑き物」のことなり。男女に関わらず家長、もしくは十六になると「婚礼の儀」を執り行ふ。つまりアメフラシと縁組することにより「雨降」の系列に並ぶこととなる。正確に言うならば婚姻ではなく契約に近く、封印せし物の怪を使役し、その力によって、降雨と止雨を制御する力を得る。代償として家長は己が「気」をアメフラシに与ふ。


 その儀を明後日執り行うを、普通ならば粛々と何代にも渡ってなしえてきたことなれど、問題起きけり。


 中庭にある格子窓付きし蔵にある、憑き物のアメフラシを封ぜし掛け軸に、封ぜしはずのアメフラシが跡形もなく消えさりき。叔父がいなくなってから此の方、雨続きなのが気になっていたが、どうやら叔父が封を解いたらしひ。

叔父の遺言書の一部からそのこと判明。六月ごろに祖母と母の様子がおかしかったのはこの為なり。


アメフラシは言葉巧みなため、純粋な叔父は騙されしか。病弱な叔父の「気」を食べ続けたアレ(アメフラシ)の所為せいで、叔父は寿命を縮めた。

何としても封印しなおさなければならぬ。今は何処に居るのかわからぬが、そのうちアレの方より近づいてくるであろう。アレは子を産むのに大量の人の「気」が必要なり。一般人からは少量しか取れず、大半を代々の……




「家長から摂取……って……ナニコレ???」

 僕は途中から声に出してこの日記を読んでいた。

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