2アメフラシの婚礼 『梅雨明け』『転校生』『格子窓』【前編】

 今日はどうやって平凡な男子学生が、晴れ男から雨男に変わったかって話を聞いてもらおうかと思う。ちょっとでも話せば気が楽になるような気がするんだ。いや、聞いてもらわなくてもいい、とりあえず、吐き出すだけでも一人悶々としてるよりかはきっと幾分かましだ。もちろん衝撃的な昔話も含めてね。



 

 そう、それは長雨続きで、部屋の中はじっとりとしている梅雨の終わりのある一日の出来事。二日目のカレーがあったら腐りそう。


 今年の梅雨は梅雨らしい梅雨で、そこらかしこが湿気ってる。

 僕の家の中庭には蔵、「開かずの間」があって、その日は朝からその中に居たんだ。小さいころからここには入っちゃいけませんって言われ続けてたもんだから、居心地が悪いったら。


 ってゆうか、見た目は蔵だったから、てっきり骨董品とかが入っている一般的な「蔵」だと思ってたのに、なんか……違うんだけど。そういえばもう一つ小さな蔵が前庭にあって、そこには古書が山積みにされてたなぁなんて思い出す。そことは違い、こっちの蔵は閂と錠がかかった重い観音開きの扉で、開けると十二畳ぐらいのフローリングの奥に小さな祭壇があるだけ。中身はがらんとしてる。天井近くの格子窓から、幽かに光が差し込んでる以外は、中は真っ暗。


 あ、僕の家はしがない古書店だけど、土地だけは広いんだよね。ほら、昔ここら辺は一面田んぼと原っぱだったから、土地は余りに余ってたんだと思う。今は近くに駅があったり商店街があったりで土地の値段もかなり高いけど。父さん曰く、「大昔は」名の知れた薬問屋でお金持ちだったんだって。いつの話だか……。


 話がれた。そうそう、その日は朝からすでにおかしな感じだったんだ。僕は母さんに起こされて、とりあえずこれに着替えてと無理やり紋付き袴を着せられた。


 僕の「なぜ? なに?」には一切答えず、馬子にも衣裳よね~なんて言って写真まで撮ったりして。はかまなんて七五三以来だ。その後父さんに促され、開かずの扉へと初めて足を踏み入れたんだ。僕のボディーガード、猫のヘイスティングは一緒に入れず、母さんの腕の中で心配そうにミャオと鳴くのを最後に扉は閉まっちゃった。


 燭台に火が灯され、ぼんやりと周りの様子が見える。フローリングに二つ並べて置かれた座布団はふかふかして肌触りも良く、こんなヨソイキのは見たことがない。いったい何するのか答えてよ、という言葉はスルーされ、とりあえずここから読んで、と父さんに古い和綴じの日記を渡された。僕のひいじいちゃんの日記らしい。

「ほら、これいつもポストに投函してる本。ひいじいさんの匂いもついてるし。封印用の本のダミーにはちょうどいいだろ?角が封印してある本と見せかけて、その本の置き場所をあやふやにする方法。いい考えでしょ」

どや顔で言うけど、年に一回それをしたからって、本当の本の置き場の目くらましになってるのかなぁ。でもまぁ、ポスト物色してたから効果はあるのか?


 仕方ないからとりあえず読んだけど。とにかく、状況を説明してくれないかなぁと思いつつ……。墨で書かれた日記はけっこうブルーな始まりだった。

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