第4話 再会

「さ、それじゃミーティング始めましょうか」

菜々さんの声に、みんなが一斉に仕事の手を止め真ん中に集まる。

毎日開店の30分前、ある程度の準備が済んだころに、1日の予定などを確認すべくミーティングが行われるのだ。

どんな些細なことでも報告しあい、それをもとにそれぞれが行動に移す。

それがこのカフェ・アンダンテの決まりだ。


「店長は商店街の集まりのため、午後2時頃の出勤になります」

「おしぼりとペーパータオル、かなり少なくなってきたのでさっき発注しておきました。明日の9時には入るそうです」

「観葉植物の交換、ちょっと道が混んでいて遅れるそうです。開店15分前には入れるとさっき連絡がありました」

本当に些細な連絡事項から、店の方針に関わる重要なテーマまで、この短時間でたくさんの意見が飛び出てくる。

この活発なところも、私がここを気に入っている理由のひとつだ。

生き生きしている職場は、命に輝きを与えてくれる。

ああ、働いているんだ、と実感できる。

私の人生は、働くことと同義だったから。

働くことは生きること。生き生きした職場で働くことは、私に確かな活力を与えてくれるのだ。


このミーティングは公式な会議とかそういうものではないけれど、後々何か問題があったときのために、交代でノートに記入している。

今日の書記係は私。この書記と言う仕事が私は結構好きだ。

ミーティングは1日を始めるための大事な儀式。

そしてそれを書き留めることは、まるで日記を書いているようだ。

このカフェの歴史を記録として残す役割を担っているような気がして、どことなく気が引き締まる思いがする。

だから、可能な限り私はこの仕事をさせてもらっているのだった。


薄い緑色に、控えめな白とピンクの花があしらわれたノートは、このカフェのイメージに合わせ私が買ってきた。

お気に入りのノートに、大好きな場所の歴史を書き留める。

それが単なる事実となるのか、そこから何かが生み出されるのか。

誰にも分からない未来への出発点。

そんなことを思いながら、今日も私は事実を綴る。


「15分前ってことは、そろそろ業者さん来る頃だね」

「そうですね。あ、トラックの音がしますね」

遠くの角から、トラックのバックする音がかすかに聞こえてくる。

この細い道にわざわざトラックで来る人なんて限られているから、きっと観葉植物を運んでくれるいつもの業者さんの車だろう。


レンタルしている大きい観葉植物は、2週間に1度の間隔で業者の人が交換に訪れる。

ほかの店内の植物は、すべて店長の趣味で買い揃えられているのだけれど、大きいものを買ってくるのはなかなか難しいし、店のイメージをいい意味で定着させたくない、という思いからレンタルでまかなっているのだ。

毎回毎回届く大きな鉢は、店の明るく大らかなイメージにぴったりだ。

バリエーションも豊富で、いい品を揃えてくれているということから、店長も私たちバイトも、ここの業者さんのことを気に入っている。

普段ならもっと早く、お客様の迷惑にならない時間帯に来てもらっているのだが、連絡があったように道路渋滞のため遅れているらしい。

「この分だと、ギリギリ開店には間に合うかな」

「お客様が入ってからだと、何かとバタつきますからね」

店の扉をあけた瞬間から、リラックスできる空間でありたい。それが店長をはじめここで働く従業員の共通の意思だ。

それが損なわれることは、出来るだけ避けたい。

今日の事態は不可抗力とはいえ、気持ちは焦る。早く届いてほしい。


「ごめんくださーい。遅くなって申し訳ありません」

こちらの思惑を汲んだかのようなタイミングで扉が開く音がして、業者さんから声がかかる。

「お待ちしておりました。よろしくお願いします」

間に合った。ほっとした気持ちで、開く扉を見ていた。

ほんの少し冷たい風と共に、扉から大きな鉢を抱えた若い男性が二人入ってくる。

いつもなら慣れたお兄さん一人だけなのに、と珍しく思っていると、お兄さんから声がかかる。

「今日は見習いも一緒に連れてきてます。なるべく手早くさせてもらいますので」

そうか、見習いクンか。

道理で鉢を抱えながら歩く様子がぎこちない。

重そうだもんなぁ、あの鉢。今飾っている観葉植物より、一回りほど大きい。

しっとりとした深い緑色に、抱えている見習いクンの姿は完全に隠されていた。


それにしても、今回の観葉植物も、大きくて瑞々しい葉がたくさんついていて、とても素晴らしい。

少し大きすぎるような気もするけれど、店に置いてしまえばそれはそれできちんと絵になるのだから不思議なものだ。


お兄さんは手早く鉢の交換をし、テキパキと見習いクンに作業行程を説明している。

後ろ姿だけしか見えないけれど、一生懸命頷いて仕事を覚えようとしている見習いクンの様子だけは見てとれた。

なんか、初々しいなあ。

ぎこちない手つきで葉っぱの上のほこりを拭う姿をほほえましく思う。

みんな見習いのときがあって今がある。

もちろん私も、今のカフェでも前の料理屋でも、たくさん失敗して仕事を覚えてきた。

この子も、いつものお兄さんのように、一人で運転し運び整える、そんな行程を楽々こなすようになる日がくるのだろう。


「さ、緑も届いたことだし、仕上げいきますか」

もう開店間近だ。こちらも準備を整えなければならない。

「はいっ」

菜々さんのリーダーシップに従って、テーブルを整えていく。

よし、これで開店できる。

開店準備のラストスパートをかけながら、胸に満ちてくる少しの満足感とこれから始まる、という期待。

そんなことをぼんやり感じていた、そのとき。


ガシャン!!!


突然玄関先から大きな音がして、全員が振り返った。

「す、すみません!!」

見ると、流れる大量の水。

どうやら作業していた見習いクンが、置いていたバケツにつまづき水をぶちまけてしまったらしい。

どんどん水浸しになっていく店内に、見習いクンが焦っているのが分かる。

このままにしていては、開店どころではない。

私は咄嗟に事務所に走り、ありったけの雑巾を持ってきた。

「とりあえずこれで吸えるだけ水吸っちゃって」

オロオロしている見習いクンに雑巾を押し付け、自分でも床を吹いていく。

「は、はい!」

見習いクンはすべきことに気づいたのか、すぐに動き出した。


お兄さんは、突然の出来事に放り出された新しい観葉植物を、見映えがいいように整えてくれている。

優衣ちゃんは状況を見て、さらにスポンジで水を吸い上げ、乾いた雑巾で乾拭きをはじめる。

菜々さんは動じることなく仕込みの最後の行程を仕上げていく。

私と見習いクンは、雑巾を絞っては拭き絞っては拭き、なんとか水浸し状態からは脱することができた。


うん、いい連携だ。

私たち三人だけではなく、業者側の二人とも暗黙の了解で動くことができた。

これだから仕事って楽しい。

血の繋がりなんて一切ない人間と人間が、共通の意識を持って目的を達成させることなんて、仕事以外では早々あることじゃないから。


「ふぅ…」

なんとか目処が立ち、ついため息をついてしまったとき。

「本当にすみませんでした」

目の前には深々と頭を下げている見習いクンの姿。

そうか。床と水ばっかり見たまま雑巾を押し付け、作業していたから、ちゃんと顔を合わせるのは初めてだ。

「いいえ、大丈夫です。間に合ってよかった」

つい微笑んだ私の言葉に、見習いクンはほっとしたようだった。

「ありがとうございました」

そう言って見習いクンが顔を上げた時。

「…ダ、イ?」

「…えっ…キョ、ウ、ちゃん??」

それは、私が夢にまで見るほど会いたくて会いたくて会いたかった、自分の半身。


もう二度と叶うことはないと心のどこかで諦めていた、ダイとの再会だった。



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