遅れて来た切り札
非難の目の集中砲火を浴びて、仕方なく財布を出した。
「こっ…これでっ…みんなのジュース買って来いっ………!!」
「…何故今にも泣きそうな顔をするんだ!何故プルプルと震えているんだ!!」
そりゃ納得できないが、視線が苦痛だからだろが。そう言いたい所だが言えん。
これが頂点に立つ者の葛藤と言うヤツか!!
「仕方ない。金持ちの私がご馳走しようか」
銀髪が財布を出す。
この時の銀髪は、眩しくて眩しくて、直視出来ない程輝いて見えた。
「ドル札しか入ってないぞ。円をくれ」
隈取が銀髪に財布を返して、円を催促した。
「…すみません良人。持ち合わせがありません…」
スゴスゴと財布を引っ込める銀髪。
ふざけんなこの野郎と言いたい所だが、頂点たる者、そんな小さな事で文句は言えない。
「俺の財布にはユーロしか入ってないな」
無表情この野郎!財布すら見てねーじゃねーか!!
ここは怒っていいだろう。
口を開こうとしたその時。
「お客様よ北嶋さん」
ただ一人、残心を崩していなかった神崎が、遠くを見ながら呟いた。
全員が神崎の視線を追った。
「確かに誰か入って来たね…」
銀髪は誰か解ったようで、軽く溜息をついた。
遠いので米粒くらいのその人影は、ゆっくり、ゆっくりと此方に向かって歩いてくる。
「新手か?」
無表情が警戒心バリバリになって剣に手を掛ける。
「いや、イヴの手はこれで全員な筈…」
お母さんからイヴに言い方が変わったツルッパゲ。吹っ切れたのはいいが、少し早いんじゃねーかと突っ込みたくなる。
「結界は途切れていない。つまり、『北嶋さんに文句のある人間』しか、裏山に入って来られない」
早い話が敵だって事だ。
人影は、遂には肉眼で解る程近付いで来ていた。
「ああ、いたな。そう言えば」
一気に脱力する無表情。
入って来たのは、序盤も序盤に俺にぶっ飛ばされて気を失った魔導士…だっけ?
名前なんつったっけなぁ…
うーん、うーん、うーん…
ど忘れして、思い出すのに超苦労する。
「マーリン?魔導士マーリン!」
驚いて後退るツルッパゲ。
そうだ。あの針金頭はマーリンって名前だったな。モヤモヤが晴れてスッキリしたわ。
その針金頭は俺様の前数歩で立ち止まり、めっさガンをくれた。
「どうしたカイン?何故そんなに驚いている?」
針金頭と反して、和やかな銀髪。無表情なんか脱力から抜け出していない。
「マーリン!あなたの魅了は解けていないのですか!?」
言われて一気に緊張する銀髪と無表情。
「確かに…此処に入って来たのならば、、良人の敵だと言う事…」
「死して尚解けないのか!」
バリバリに臨戦態勢を取る。
「…魅了?何を言っているんです?」
鋭い眼光で、ツルッパゲを睨み付けながら、聞き返す針金頭。
「…それよりも、何故君達は敵と和やかなんですか?私のモルガンは何処です?」
目玉だけ動かして、クルンクルンを捜している様子。
「もしかして…初めから魅了に掛かっていない?」
訝しげなツルッパゲだが、同感だ。あんな顔だけの女に惚れる奴なんていないだろ。それこそ魅了を使わなければ、早々に見限って去っていくだろう。
「…先程から何を訳の解らない事を…私のモルガンは何処だと聞いているんですが、まさか…」
徐々に膨れ上がっていく魔力ってヤツ。俺にとっては霊力も魔力も大差ないもんだから、よく解らん。
「おいおい…まさか…?」
「そう言えば…英国国教会最強の魔導士との肩書きだったな…」
銀髪と無表情が、呆れが入り混じりしなからも、驚愕した。この魔力に驚いているのだろう。
「…まさか!!殺したのか!!私のモルガンを!!!」
魔力が火柱のように立ち昇る。さながらスーパーサイヤ人のように。
「本当にさっきぶっ飛ばした奴と同一人物か?」
超ビックリする。それ程までに、先程の針金頭と力が違い過ぎるのを感じたのだ。
「…私のモルガンを殺した罪……貴様等全員の命を以て、償わせてやる……!!」
涙をボロボロ零して、魔力をバリバリ放出させる針金頭。
「ま、待って下さい!!あなたは本当にモルガン様に惹かれていたのですか!?」
やはり信じられんと言った体で、ツルッパゲが確認を取る。
「…そうだ…彼女こそ我が天使…愛の女神……」
今度は目を瞑りながら天を仰いで涙する。本気で惚れていたのかよ?
「お前、あんな女のどこがいいんだよ?身代わり立てたり、利用したりで超クズ女じゃねーか?」
針金頭はゆっくりと顔を俺に向けて目を開いた。
凄まじい憎悪を宿した瞳。
あの女の為に、こんな目をするなんて、本当に惚れていたようだが、あんな最悪な女のどこが良いか、さっぱり解らん。
「…知りたいか、北嶋 勇」
俺も、場の全員も無言で頷く。
「…顔」
「い、今何と言った?」
無表情もツルッパゲも、全員が全員、聞き間違いかと思っただろう。目をパチクリと見開いていた。
「…顔と身体?」
真顔で返事をし、更に追記しやがった。裏山が騒然となったのは言うまでもない。
「最低じゃねぇかマーリン!!」
素に戻ってしまう程の衝撃を受けたツルッパゲ。
「類は類か!処置無しだな!!」
ロリコンも処置なしだと思うぞ無表情。
「男とは、どうしてこんなに愚かな生き物なのか…」
眩暈を堪える様に、眉間に人差し指を当てて、顔を顰めて首を振る銀髪。
「やだ、キモっ!!」
レプリカは自分を抱きしめる様にして身を守る形を取った。
「末期かお前は!!」
さっきまで自分も末期だったぞ隈取。
それは兎も角、全員針金頭に呆れたり、非難したり。
だが、俺は胸が熱くなった。
「よく言った針金頭!!欲望のみでしか見られない事をカミングアウトしたお前は勇者だ!!」
駆け寄って握手するまでした。呼応するように静まり返る裏山。
「……あの、良人?」
恐る恐る手を伸ばしてくる銀髪。そんな銀髪にグルンと顔を向ける。
「あのクルンクルンは容姿以外取り柄が無かっただろが!!そこのみ認めて、身を粉にして尽くして来たんだぞこいつは!!全く報われなかっただろうけど!!」
針金頭の代わりに熱く語る俺。
銀髪もツルッパゲも口をあんぐりと開けて、感動を露わにしている。
「解ったわ北嶋さん。どんな形であれ、それは愛でしょうから。そして愛故に、だよ」
みんなが笑ったり呆けたり怒ったりの忙しい状況の中、一人崩さずに針金頭を見ていた神崎が口を挟んだ。
「…解っているのなら…私が今、どんな気持ちかも解っているだろうなあああ!!!」
俺の握手を払い退け、杖を振り翳す針金頭。
「愛した女を殺した私達。見殺しにしたカイン達。全員殺したい程憎んでいる。でしょ?」
全員神崎の言葉に我に返り、身構えた。
そして殺気と憎悪を宿した瞳で、俺達を見渡す針金頭。
「…私のモルガン!!今直ぐに仇を討ってやる!!」
そして気絶している小娘の所で目が止まった。
「…モルガンは妹の命を所望していたな」
一転、笑う針金頭。そして杖を振り下ろした。
「…先ずはモルガンの望みを叶えさせて貰おうか!!」
杖の先に光の玉が集中する。
――むうう!
当然トカゲは盾になるように前に出た。
「…庇うなら貴様から死ね!!」
でっかくなった光の玉が、杖から発射された。それを目で追いながら振り返り叫ぶ俺。
「タマあ!来いつっっ!!!」
呼ばれたタマが、トカゲと光の玉の間に割って入る。
急停止する光の玉。
――成程…妾でなくば倒せぬか…
毛を逆立てて戦闘態勢を取るタマ。
光の玉、いや、その奥に居る、目だけ真っ赤に燃やしている黒い物体に向かって威嚇していた。
――妖狐よ。モードを狙う輩は俺が殺す。すまないが退いてくれないか
――ワームにやられて満身創痍の貴様がしゃしゃり出る幕は無い。それに、貴様にはもっと大切な用事がある筈だが?
小娘の方に視線を送るタマ。
うむ、流石は我が家の愛玩動物。飼い主の言わんとしている事をちゃんと理解しているな。
満足し頷く俺とトカゲが、目が合う。
――…解った。御言葉に甘えよう…
渋々ながらも小娘に寄り添うトカゲ。もう少しで一緒に居られなくなるんだから、それまではなるべく一緒に居ればいいんだ。
「さて、おいタマ、手加減は無用だ」
――解っておるわ。手加減して勝てる相手では無い
ビリビリと妖気を放出するタマ。既に、敵に意識を集中させている。
「神崎」
「解ってる。最硬様、今一度亀甲の盾をみんなにお願いします」
――心得ましたぞ奥方様
神崎の号令で、裏山の人間全てに盾を出す亀。
取り敢えずこれで何とかなるか。
俺はホッとし、針金頭に意識を向けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
妖狐を呼び、神崎に守らせる良人の慌て方。
最初はワンパンチで退けた相手に、見た事も無い程警戒をしている。
「カイン、良人が私達を巻き添えにしないように柱の結界を張った…それ程までに、マーリンと言う魔導士は強いのか?」
確認と言う訳じゃないが、聞いてみる
「マーリンは確かに強い。だが、まともに戦ったら、勿論私が勝ちますよ」
そうだよな…
確かに凄まじい魔力を持ってはいるが、カインに一歩及ばない。
単純な戦闘力ならカインの方が上な筈だ。
「ただ、それは私が威光や魅了、虚偽を使う場合です。これらの業を使用しない条件ならば、マーリンの方が強い」
冗談を言っているのかと思い、カインを見る。
カインはマーリンの方から視線を外さずに、頬に汗を流していた。
「………根拠は?」
「まぁ…見ていれば解ります」
私に視線を向ける事も無く、マーリンを直視して微動だににしないカイン。
「冗談では無かったのか…」
改めて私もマーリンに目を向ける。
やはり魔力はカインに及ばない。
だが、それを補って余りある物を、奴は持っていると言うのか…
「カインは本当の実力をずっと隠していたのよね…」
いきなりボソッと呟く神崎。
「確かにそうだったようだが、それがどうした?」
歴史の闇で暗躍し、ただイヴを守る為に転生して来たカイン。
その性質上、表立って活動はできなかった。
「アーサーが私に言ったわ。カインが三術同時発動させた時、『噂で同時に術を発動させる事ができる魔導士が居るとは聞いていたが、それがカインだとは』って」
「それかなんだ…はっ!?」
私も漸く気付いた。
カインは表立って活動できない。
そんなカインが噂になる筈も無い。
「私も聞いた時、違和感を覚えた。その違和感がたった今、消えたわ…」
神崎も頬から汗を伝わせた。
「三術同時発動の噂の本人がマーリン!?」
黙って頷く神崎。そして続ける。
「この勝負…かなりヤバい事になるかも…」
「馬鹿言うな!良人が敗れると言うのか!?」
「北嶋さんは思っちゃったようだしね。良くも悪くも、敵の意思を汲む人だから…」
何時になく不安そうな表情の神崎。
その表情が全てを物語っていた……!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
光の玉から覗かせる鼻。
黒い、鼻…
焦げ付く臭い、そして禍々しきオーラ。
その黒い魔獣が光から徐々に身体を現してくる。
「あれは…ブラックドッグか!?」
魔女が引き攣る。
ヘルハウンドとも言われるイギリス伝承の魔犬だ。地獄の悪魔の化身とも使い、または妖精の類とも言われている。主に黄昏時など暗くなった時に出没し、遭遇した者に死をもたらす。
出会った相手は死ぬらしい。
――伝承通り、漆黒の体、目は真っ赤に燃えているか…
口から火を吐き、音も立てずに動き、襲い掛かってくるという俊敏性もある。
「キリスト教圏では珍しく、明確な弱点や対処法が存在しない。つまり力でねじ伏せるしか方法が無い…」
戦慄を以て言う魔女。ふん、それならば、退屈はせんか。
―――望む所よ
牙を剥く妾だが、少し表情が綻んでいる。
――ほう?この俺を目の前にしてその表情。噂に違わぬようだな、白面金毛九尾狐
遂には全身を現し、舌なめずりをしながら笑うブラックドッグ。
妖気全開の妾に対してこの余裕…久々に本気を見せる事ができる相手に間違い無い…!!
「…討伐命令を無視して、わざわざ生かしておいたんだ。せめて私の役に立て」
――忌々しい魔導士が…妖狐を殺したら次は貴様だ!!
魔導士はブラックドッグを力で従わせているのか。
成程、勇が警戒するだけはあるか。
――何とも羨ましくも無い主従関係よな
――主従?残念ながら、俺は魔導士に従っていない。何時でも寝首を掻こうと狙っている
嫌味も通じないブラックドッグ。まぁいい。
――安心せよ。魔導士如き、妾の主人が葬ってくれる。その時こそ、貴様は晴れて自由になれるだろう。尤も!!
尾を翻してブラックドッグに向ける妾。
所謂威嚇だが、それを微動だにしないブラックドッグ。
殺気が無くば動かぬとは感心。
――妾に殺されて自由になるのが先か
挑発的に笑いを向ける妾。
――光の檻から出られたのならば、俺は既に自由さ。だが、せっかく喚び出されたんだ…九尾殺しの余興を楽しむのも悪く無いだろう
一際大きく吼えるブラックドッグ。
奴の口の回りに炎が集まっている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…ブラックドッグである程度殲滅しようと思ったが…白面金毛九尾狐…本気になれば、勝るとも劣らないか…」
当てが外れたとばかりに硬い髪質の髪をバリバリと掻く針金頭。
「タマは絶対に勝つぞ。クルンクルンの仇討ちなんかやめて、家に帰った方が賢いと思うがな」
言いながら草薙を喚ぶ。
「…言葉とは裏腹にやる気だな、北嶋 勇」
バーロー。本当ならやりたくねーわ。面倒だし。
「退くつもりは無いんだろ?」
「…退きますよ…全員殺してからね」
杖を振り翳す針金頭。
「…小手調べは必要無い。いきなりだがもう死ね、北嶋 勇」
針金頭の目が妖しい光を発した。
「…震える風!!」
大気が悲鳴を上げたように、ビリビリと震える。
「ただの台風じゃねぇか」
草薙を中段に構えて一歩前に出る俺。
「んん?」
踏み出した足を止める。
「…どうした?何故踏み込まない?」
超いやらしい笑いを俺に向ける針金頭。
「迂闊に踏み込んだら、身体が分解するからだよ針金頭」
術を見切った俺。察して針金頭が感心したような表情に変わった。
「…大気を超振動させた結界。飛び込んで来たら、身体の組織分解される。よくぞ見切った北嶋 勇」
したり顔の針金頭。なんだそのドヤ顔は?俺が見切る事を見切っていた風だが?
つか、俺も賢者の石でやった事あるし。
「種が解れば恐れる事は無い」
コキコキと肩を鳴らし、賢者の石に願う俺。ブンと俺の周りにも超振動のバリアを張って、躊躇いなく踏み込んだ。
「…相殺したか。まぁ想定内だな」
余裕なツラがムカつくが、構わずに間合いまで一気に突っ込む。
「また一撃で終わらせてやるぜ!!」
振り上げる草薙。
魔法はすげぇみたいだが、剣は素人。どこもかしこも隙だらけだ。
「生まれ変わったら、サラサラヘアーになって来い」
そう言って草薙を振り下ろす。
「…それも想定内だ」
草薙の刃の隙間から針金頭が笑っていたのが見えた。
同時に金属がぶつかる音がし、草薙が止まった。
「うおっ!?」
マジびっくりして、ジャンプして間合いを離れる。
着地したと同時に頬から血が一滴流れた!!
間合いを取って針金頭を見ると、両肩から別の腕がデッカい鎌を持ちながら浮いていた。
あの鎌が俺の頬を掠めたのかよ…
一瞬でも反応が遅れていたら、首が胴体と離れていた。
「…良い反応だ北嶋 勇。だが、これもまた想定内…」
パチパチと拍手までして、余裕をアピールしやがった。
「なんだその腕はっ!なんだ三日月鎌ってよっ!!」
俺は血を腕で拭い去りながら、呼吸を整えた。ちょーっとだけ焦ったからな。ちょーっとだけだぞ?ちょーっとだけ。
「…この腕は、古代ギリシャのクロノスの腕。持っている鎌はクロノスの武器、金剛の鎌」
肩から生えている腕が、鎌を俺に向けて構え直す。
「その鎌があるから、接近戦も不利にならんって訳か」
「…『刈り取る腕』のおかげで接近戦にも死角は無い。最初の一撃は本当に油断していただけと理解したか?北嶋 勇!!」
針金頭の集中力が高まる。
「まだ何か出すつもりかコンチクショウ!!」
「…『震える風』で攻防一体の陣を張り、『接近戦では刈り取る腕』で接近戦を制する…そして、これでとどめを刺す」
針金頭の杖の先に、電流の球体が現れる。
「…正直に言って、炎や振動はさほど難しい術ではない。要は物質の運動を速めれば良いのだからな。そして『熱』には上限は無い。だが、逆ならばどうか?」
「知るか。いずれにしても、迎え撃つだけだからな」
草薙を鞘に収めて、居合いの型を取る。どんな術だろうが、草薙にぶった斬れない物は無い。
「…草薙に斬れぬ物質は無い、か…ならば斬ってみせろ!灰燼の霧い!!」
杖からバスケットボールくらいの雷球が発射された。
「雷かよっ。問題無いいっっっ!?」
突如脳に警戒音が鳴り響く。
万界の鏡が『避けろ』と言っている!!
何かやべー!!!
草薙を抜かずに、真横にびょーんと飛び跳ねて超回避した。
雷球が草薙の間合いでピタッと止まった。
「斬らせるつもりだった?」
「…ち、勘がいいな。いや、万界の鏡か………」
針金頭が残念そうに呟くとほぼ同時に、同時に雷球が破裂し、爆発したような感じで真っ白い霧が飛散した。
その霧が地に触れる。
「んんんっっ?」
一瞬凍結したようになった地面が、抉られたようにクレーター化した。
「爆発?いや、違う!?」
霧に触れた地面が一瞬で風化した?
「…振動すれば熱になる。対して、全く振動しなければ物質の流動は熱がゼロとなる。いわば時が止まった状態となる。つまり斬れる事は無い…!!」
めっさ得意気に言い放つ針金頭。
斬れないだと?草薙に斬れないだと!?
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ動揺した。
嫌な汗が頬を伝い、地面に落ちて小さな小さな水滴となる程度、動揺した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「上級呪文三術同時発動手噂の出所はやはりマーリンの方か…」
「それよりも…北嶋が掠り傷とは言え、一撃を受けた…」
驚愕する二人。
無理も無い。
私が一番驚いているのだから。
「灰燼の霧…凍結呪文の一つだが、物質の動きそのものを止めるまで高めるとは…」
戦慄を以てリリスが唸った。
マーリンが物質の熱をゼロとしたから斬れないと公言した事と、地面に触れた霧が一瞬で飛散した事から、あの術の温度は恐らく絶対零度。
物質における温度の下限で確か -273.15℃だった筈。
温度は、物質の熱振動をもとにして規定されているので、下限が存在する。
つまり、熱振動(原子の振動)が止まった状態だ。
この時に決まる下限温度が絶対零度である。
あの雷球は、絶対零度を封じ込める超電導なのか…
如何に草薙と言えど、動かない物質下の絶対零度は斬れない?
「斬れない………そんな馬鹿な………」
茫然として、北嶋さんを見て呟いた。
あれは宇宙の力な筈。
光子も重子も、絶対零度には及ばない?
「良人は勝つ…よな、神崎?」
不安そうに訊ねてくるリリス。
私は震える足を隠しながら、黙って頷くしか無かった…
「草薙に斬れない物は無い…それに、量子力学上では、絶対零度でも原子の振動は止まっていない筈…」
アーサーは草薙の秘密に接近できた人物。意外と物知りで感心する。
「北嶋さんなら何とかする…絶対に勝つ…」
不安から言葉に出した。
「それよりも、もっと驚く事がありませんか?」
「驚く事?」
口を挟んだカインに聞き返すリリス。
カインはマーリンにゆっくりと指を差す。
「三術同時発動はかなりの精神力を必要とします。発動させたら、その疲労は計り 知れない。だが、彼を見て下さい」
言われてマーリンを見る私達。
「勿論疲れているのでしょうけど、疲労の色を見せてはいない…!」
カインですら、地に手を付けて疲労していた三術同時発動。
だが、マーリンは顔色一つ変わっていない…!!
「あれがマーリンの一番恐ろしい所です。何故か解りませんが、本気のマーリンは一切疲労しないんですよ」
「そんな馬鹿は話があるか!何か絡繰りがあるに違い無い!!」
血相を変えて叫ぶリリス。
と、その時、ブラックドッグの火の玉が私達に向かって飛んで来た。
亀甲の盾で防いだものの、ヒヤリとする私達。
改めてタマの方向を見る。
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