異なる力

 北嶋がイヴに肋骨の一部を返却した時にはどうなるかと思ったが、良く考えたら、魅了対策は既に施していた筈。

 俺達には全く影響は無い。敵の魅了が解けている訳じゃないが。

 ともあれ、俺は腰を低く落として打撃戦に備えた。

 対する狂戦士は、血走った目を俺から逸らさず、期を伺っているようだ。

 先程少し刃を交えた時に思ったが、ただ悪戯にテュルフィングに振り回されている訳じゃない。

 テュルフィングの能力は未知数なれど、恐らくそれを使いこなせる程の技量を持っている。

 腰に抱きついているモードに意識を向ける。

 必死にしがみついた儘だ。

 つまり動きが制限されている状態だ。

 この状態で狂戦士を倒せるのか?

 更に言うのなら、どうやら北嶋は狂戦士と召喚士を殺したく無い様子。殺さずに勝つ事を望んでいるんだ。

 俺に出来るのか?

 嫌な汗ばかりが噴き出てくる…


 ピクリ


 狂戦士の右肩が微かに動いた。

 エクスカリバーを横上段に構えて乱撃に備える。

「…………」

 しかし狂戦士は動かない。

 フェイクか?

 ならば此方から仕掛けるか…

 エクスカリバーを微かに前に出す。

「うおっっ!?」

 いきなり間合い外からテュルフィングが伸びてきた。

 剣を跳ね上げ、いなす。

 刃と刃がぶつかる音。

 防いだ!!

 追撃しようと一歩踏み出す。

「な!?」

 狂戦士は、既にテュルフィングを片腕で、上段から振り下ろす動作に入っていた。

 速い!!

 剣撃のスピードならば俺の方が上な筈だが、その1つ1つの動作が速すぎる!!

「はぁ!ははははは!あぁあああ!!」

 振り下ろされる剣。

「ち!!」

 後ろに飛び跳ね、退避しようとした。

「わああああ!!」

 必死にしがみついているモードによって、その動作が一瞬遅れる。

「あぁあぁああ当たれぇいいああ!!」

 テュルフィングの黒い刀身が、俺の視界いっぱいに入ってきた。

「く!!」

 右手に握られたエクスカリバーを腰の回転で振り、左腕でしがみ付いているモードを抱きかかえ、思い切り後ろに飛び跳ねる。

「ょよよょょええぇええ!!」

 こちらは体制不十分、更に力など入っていない、ただの振り回し。

 対してタイミングを取った一撃の振り。

 刃同士がぶつかった時、俺は容易く弾かれていた。

 結果として後方退避に成功しただけ。刃を向け、構え直すも、この儘では…

 思案している最中、狂戦士は狂気の笑みを浮かべながら、テュルフィングをブラブラ振りながらゆっくりと近付いて来た。

「ち…」

 半身に構え直してモードを隠す。

 互いの剣の間合い半歩前で立ち止まる狂戦士。

「そ、そそそ…そのガキ!どこかにやれ!!」

「何?」

 テュルフィングの切っ先を、隠しているモードに向けた。

「さ、さささ先にガキこここ殺すぞぞぁあ!!」

 目を見開き、モードに強烈な殺気を放った狂戦士。しがみ付いているモードの震えが、より一層強くなった。

 モードに目を向けると、瞳一杯に涙を溜めて、ガチガチと歯を震えさせている。

 そんなモードの肩を強く抱き、更に引き寄せた。

「貴様、モードの命を狙っている筈だな?それを離せとは、どう言う意味だ?」

「ガガガガキ殺すよりおおおめぇと殺しあああ合う方が面白れぇぇえからだあ!!!」

 モードに向けらせた殺気が、次に俺に向けられる。

 狂戦士とは言え戦士。万全の俺と戦いたいと言うのか?

 だが、奴の言う通りにして、モードを離し、遠ざけたとしたら、狂戦士以外の敵に襲われる危険性がある。

 魔女や神崎が他を押さえていたとしても、可能性は残るだろう。

「答えは…モードは俺が守る…だ!!」

 俺は柄を握り締めている右手に力を込めた。

「アーサー…」

 震えが弱まるが、しがみ付いている力を微かに増すモード。

「ばばば!馬鹿な奴だなああぁぁあ!ふふ二人纏めてしししし!死ねよ!!」

 半歩どころか一歩前に踏み出した狂戦士。

「モード!!三歩離れて俺の後ろに居ろ!!傷一つ負わせやしない!!」

「う、うん!!」

 最後に一瞬抱き付いて、俺から離れるモード。

 三歩離れた距離。

 エクスカリバーを振り回しても届かぬ距離。

 そして、何があっても迅速に対処が可能な距離を得た。

「絶対に勝つ!!」

「う、うん!!」

 俺は両脚を広げ、打ち合う形を取った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 魅了に捕らわれていた時の『守る』と、今の『守る』は、まるで意味合いが違う。

 その微妙な差を感じ取った小娘は、ロリコン無表情に全て預けたのだ。

「ロリコン無表情は漸く信用を得たか。そして、お前ん所の隈取りもなかなか見所があるじゃねーか」

 ぺしぺしとハゲ頭を叩く俺。

「魅了に捕らわれているとは言え、クラウスは戦士です。それも常に戦いに身を置く狂戦士。聖騎士と真っ向から戦いたいのは本音でしょうからな」

 叩く手を鬱陶しそうに払いやがったツルッパゲ。

「お前生意気に払ってんじゃねーよツルッパゲ」

「生意気って…あなたより10以上歳が上ですが…」

「うっせーなツルッパゲ!大体お前が仲間連れて来なけりゃ、こんな面倒な事しなくて済んだんだよ!」

 ムカついてハゲ頭を手のひらで擦り捲ってやる。

「摩擦で熱いっ!!」

 ビョィンと仰け反り、摩擦攻撃から逃れた。

「…クラウスもリリムも、自らの罪を滅ぼしたいんですよ」

 ツルッパゲは遠い目になり、聞いてもいないのに語り出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 昔…遥か昔から伝わる、一子相伝の剣技を継承するドイツの家系に、クラウス・トイフェルは産まれた。

 時の権力者の暗殺者として、あるいは守護者として、時代の裏で暗躍していた家系。

 あらゆる敵をその一振りの剣のみで殺し、圧倒的な狂気を以て、敵は愚か、味方まで怯えさせた。

 まさにトイフェル(悪魔)と呼ばれるに相応しい生業を積んで来た家系だ。

 平和になった時代、トイフェル家は時代に逆らえない儘、衰退して行き、やがて闇へと葬り去られていったが、一子相伝の業は、時代に関係無く受け継がれて行く。

 業は剣技のみに非ず。

 寧ろ主には、精神鍛錬に特化していた。

 何故ならば、継承者はトイフェル家の家宝、魔剣テュルフィングを受け継ぎ、それを意の儘に扱えなければならないからだ。

 鉄を紙のように切り裂く強度。

 決して錆びる事も無い、美しくも恐ろしい黒い刀身。

 そして必ず勝利を齎すと言う伝説中の伝説の魔剣、テュルフィング。

 だが、それを所有すると言う事は、凄まじい代償を支払う事を意味する。

 魔剣の魔力によって、所有者は強制的に狂戦士と化する。

 狂戦士と化しても、自我を保たねばならない。

 更に、テュルフィングは、一度鞘から抜かれたら、誰か必ず殺さなければ、再び鞘に収まる事は無い。

 味方を殺さず、敵を必ず殺すと言う決意を必要とする。

 この二つを完全に我が物とする為に、精神訓練に殆どを費やしているのだ。

 そしてテュルフィングは所有者の望みを三つまで叶える。

 その望みの一つに『次の継承者に自らを斬らせて死ななければならない』と掲げなければならない。

 テュルフィングの魔力に呑まれず、一族を守っていく為に必要な『望み』なのだ。

 それはテュルフィングの『呪い』も封じる意味もある。

 テュルフィングは、最後に所有者の命を奪う呪いが掛けられている。

『望み』は、テュルフィングによる『被害』を出さずにする為の策でもある。

 つまり、トイフェル家の継承者は代々『父殺し』もしくは『身内殺し』を行って来たのだ。

 クラウス・トイフェルもその例に漏れず、先代継承者、即ち父をテュルフィングの刃で殺した。

 テュルフィングの継承者だが、トイフェル家は、クラウスを出産してその儘死んだ母、疎遠になってしまった一族などの理由から、必然的にクラウスと決定付けられていた。

 そして父は密かに一つの望みを掲げていた。

 早く楽になりたい。

 平和な時代、魔剣の所有者など苦痛以外何物でも無い。

 加えて、クラウスの父も父を殺して継承者となった。

 今までテュルフィングによって殺された者達の念もあるのか、クラウスの父は生きる事に意味を見出せなかった。

 ただ責任感のみで、トイフェル家を継承していただけだった。

 早く息子に殺されて楽になりたい。

 人殺し、身内殺しの負の螺旋から抜け出したい。

 果たして望みは叶ったのか、父は、まだ幼いクラウスに全て背負わせて死んだ。

 幼かったクラウスに、最後に掛けた言葉にその全てが詰まっている。

「お前も早く死ね」

 父は、幼いクラウスに笑いながら、そして申し訳無さそうに逝った。

 父として、精一杯の愛情を掛けた言葉だと、幼いクラウスは理解した。

 幼いクラウスは漠然ながら、望みを一つ掲げた。

 死ぬ時は魔剣諸共。

 自分の代でテュルフィングの呪いを終わらせる事を、望みとしたのである。

 幸いに財産はあったクラウスは、人目に触れずひっそりと暮らした。

 稀に入る依頼、人殺しの依頼以外は、決して表に出る事は無かった。

 本当は誰も殺したくはない。

 だが、己の身体に流れる狂戦士の血が、それを許してはくれなかった。

 だから依頼を請けた。

 少しでも血を鎮める為に。

 そんな生活を10数年続けたある日、依頼者、もしくはそれの代行以外に訪れる事の無いトイフェル家に、一人の男が現れた。

 極力人と関わりたくないクラウスは、初めて訪ねて来た人間を追い返す事は珍しい事では無い。関わったら殺してしまうかもしれないからだ。

 だが、クラウスはその人物を受け入れた。

 その人物から自分と同じ匂いを感じたからだ。

 血の匂い。そして父を殺した業の匂い。

 その人物は、剃った頭を叩きながら笑ってこう言った。

「クラウス・トイフェル…君を助けに来た」

 いきなり言われたクラウスは、思わず笑ってしまった。

 何を助けてくれるのだ。

 自分は助けを必要とする程弱く無い。

 父を亡くして10数年、父の生業を受け継ぎ、その責務も果たそうとしているのだと。

 その前にお前は何だ?

 名前くらい名乗ったらどうだ?

 訪ねて来た人物は、忘れていたと、目をまん丸くして苦笑いした。

「色々な名前があるが、カインが一番君に名乗るに相応しい名だなぁ」

 カインと言う名に聞き覚えはあったが、どこで聞いたのか、記憶は定かでは無い。

 顧客や敵には無い名だ。

 だが、そんな事はまぁいい。

 戯れ言を聞く為に招き入れたつもりは無い。

 それが用事ならとっとと帰ってくれ。さもなければ命の保証はできない。

「狂戦士の血が騒ぎ出したのか?誰か殺さなければ鎮まら無い血と剣の継承者…辛かったなぁ~」

 言葉とは裏腹に、全く同情を見せていないカインの表情。

 勿論同情はいらないが、初めて出会った者に言われる筋合いでも無い。

 どこで噂を聞きつけたか知らないが、ゴシップなら遠慮はしない。

 腰に下げている魔剣をチラチラ見せながら、クラウスはカインを威圧した。

「だから助けてやると言っているんだ。狂戦士の血や魔剣の呪いからじゃない。同じ境遇の君を放っておけないだけさ」

 カインはやれやれと言った体で肩を竦めて、首を左右に振った。

 同じ境遇とは何だ?お前も狂戦士だと言うのか?

 逆に笑い返したクラウス。

 だが、カインはその笑いを一瞬で鎮めた。

「父殺し…私も弟を殺して呪われた人間だからね」

 今度は見定めるようにカインを見たクラウス。

 明るく振る舞っているように見えるが、感じた同じ匂いは、同じ業を持っていたからだと理解した。

 ならばどうやって助けてくれる?

「テュルフィングの呪いを解く事はできないが、狂戦士の血を鎮める事はできる」

 カインが提示した案は、殺したくなったら自分が魔界の住人を喚び出す。それを殺せばいい。と。

 魔界の住人だって?

 いよいよ以て笑い出したクラウス。

 面白い。是非喚んで貰おうか。テュルフィングを少し満足させてくれ。実を言うと、アンタが現れてからテュルフィングが騒いで騒いで仕方ないんだ。

 カインはニタリと笑い、それならば、と、何か唱え始めた。

 まばたきする間に突如現れた魔物達。骸骨の姿…ガーゴイル。それが、カインの創った魔法陣から無数に湧いて出てくる。

 驚きながらも躊躇い無く、テュルフィングを抜く。

 押さえていた血が騒ぎ出す。

 歓喜に湧く狂戦士の血の定めの儘、ガーゴイルを斬り捨てて行くクラウス。


「満足したかい?クラウス」


 自らが喚び出したガーゴイルの骸の中をゆっくり歩き、その中心で座って笑っていたクラウスの傍に近付いていく。

 一歩踏み出す度、パキンとガーゴイルの身体を踏み砕きながら。

 その音に反応し、其方に振り向いたクラウス。

「…クラウス、君は…」

 肩を叩く事を躊躇ったカイン。

 クラウスは笑っていた。

 笑いながら泣いていた。

「君は…本当は誰も殺したく無いのか」

 カインは俯く。

 狂気を鎮める事はできるが、それ以外は無力だと気付いたのだ。

「私には君の苦しみを救う事はできない。だが、その苦しみを共有する事はできるかもしれない」

 何故なら、自分達は同じ業を背負って、悲しくとも苦しくとも、生きていかねばならないからだ。

「君も私も、恐らく死ぬ。近い内に殺されるだろう。誰が私達を殺すのかまでは解らないが、私にはそれが視える。それまで私と共に居ないか?」

 握手を求めたカインに対し、震える手でそれを取ったクラウス。

 同じ悲しみを共有した同士とは言え、クラウスが初めて自らの意志で取った手は、後にも先にもカインの手のみだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ふーん。話長げーからよく解んねーが、要するにお前等死にたい訳か」

 面倒臭ぇ事考えないで、、勝手に死ねばいいのにとか思う。

「私もクラウスも『呪い』によって生かされています。『呪い』がある限り、私達は死なない。不死に近いと言えば解りますかね」

 なんか、死なない事を自慢しているよーに聞こえるのは気のせいか?

 まぁいいけど。

「そんなに死にてーなら殺してやるよ」

 ツルッパゲの頭をツルツル撫で回して、慰めてやる心優しき俺。

「多分、私が視た、私を殺すのはあなたなんでしょうな。だけど…」

 撫でられながらも話を続けるツルッパゲ。

 なかなか肝が座っている…のか?

「私達もただ死ぬ訳にはいかない。『呪い』を打ち破る力で殺されて、初めて浄化されるのだから」

 撫でられながら俺を睨み付けると言う、荒技までこなすツルッパゲ。

「ワックス塗りたい」

「滑りを良くする必要は無い」

 漸く煩そうに俺の腕を払う。

 俺は密かに、勝った!と、心でガッツポーズを取った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 後ろに控えているモードにエクスカリバーの鞘を投げ渡す。

「持っていろ」

「う、うん!」

 ギュッと鞘を持つモードを確認し、目の前の狂戦士に集中する。

「さささ鞘をわたわたわた渡したいい意味はぁあ?」

「エクスカリバーの鞘には護りの加護がある。エクスカリバーは刃のみでは無い。 鞘にも妖精の力が働いているんだ」

「ふふふぅん…ののの呪いと同じようなももももんかなぁ?だだだだかぁ!!」

 右腕で力強く振り下ろす狂戦士。

 それをエクスカリバーで受ける。

「ぐっ!?」

「ののの呪いで不死になったおおおお俺相手ににに!!!ままま護りの鞘を要らないと言うのののかあああがあ!!!」

 両腕で剣を持ってガードした俺を、遥かに凌駕する力で、無理やり押し切る狂戦士。

「馬鹿な!!片腕だろう!?」

 両足で地を蹴り、踏ん張ってそれを漸く返した。両腕がジンジン痺れている。

「ここここ殺す!!そそそそそして殺してみろ!!」

 再び右腕を掲げる狂戦士。

「させるか!!」

 俺はがら空きの右胸に目掛けて突き入れた。

 入った!!

 俺の剣撃のスピードと、狂戦士の体の流れ。

 全てのタイミングが一体となった一撃!!

 だが、狂戦士は信じられないスピードで一歩踏み込んで来た!!

「な、何!?」

 エクスカリバーの刃は確かに右胸に当たったが、狂戦士の一歩によって、切傷程度の浅い一撃となってしまったのか?

「ああああああ危ねぇええぇぇえ!!」

 狂戦士の声と同時に、俺の右頭上に影が過ぎる。

「なんだと!!」

 左手にテュルフィングを持ち替え、頭上から突きの体勢を取っている狂戦士。

 いつの間に!?

 下がるか?

 いや、下がる事は許されない。モードが直ぐ後ろに居る!!!

 俺を信じて、鞘を握り締めて、微かに震えながら!!

「うおおおおおおおおおお!!!」

 肩を狂戦士にぶち当てて弾き返す。

「おっ?おおおおっっっ?」

 確かに弾き返した。しかし、それは一歩後退させただけ。

 何と言うバランスだ!!

 無理やりエクスカリバーを薙ぐと、ここで狂戦士は漸く退いてくれた。

「はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!」

 エクスカリバーを中段に構え、再び両脚を広げて剣撃に備える。

「お、おおおおお前ぇ~…打ち合うより避ける方が得意だろぉおお?なななななな何でおおおお俺と打ち合おうとするぅぅぅ~?」

 左手に持っていた魔剣を右に持ち替え、不思議そうに訊ねてくる。

「…俺の事情だ。気にするな。それより貴様、両利きなのか?」

 狂戦士はニヤリと笑い、魔剣の切っ先を俺に向けた。

「く、くくく、訓練で左でもああああ扱えるが、み みみみみ右の方が得意だなぁ~…」

 やはりそうか…

「その器用さもさることながら、貴様のスピード、パワーも、俺が出会った事のある剣士の中でも桁が違う。貴様、肉体のポテンシャルを100パーセント引き出せるのか?」

「ひひひひ100パーセントかは解らないがあぁあ…くくく訓練によって普段の力を凌駕する事ができるんだよぉおおぉ~…」

 狂戦士の鍛錬方法を是非聞いてみたくなる。

 それ程迄に、肉体のポテンシャルは、他の人間を圧倒していた。

 俺が勝っているのはスピードくらいか。

 打ち合いなら力負けは必至…

 嫌な汗が背中から流れ落ちる。

「おおおお前、ううう後ろの娘、守ってんだぁろ?おおお前殺した後に娘殺すからさぁああ~…」

 相変わらず笑っているが、どこか懇願しているような節が見える。

 手を出さないから力の限り向かって来いと。

 俺のスタイルで全て見せてくれと。

 おそらくそんな所だろう。

 俺は更に両脚を地に密着させる型を取った。

「貴様の事を信じない訳じゃないが…俺も格好付けたいんだよ」

 愛する少女に見せたい。

 安心して背中に隠れていろと格好付けたいだけだ。

「そそ、そうか~…おおおお前も色々あるんだろうなぁああぁ~…じじじじゃあ、いいや!!」

 一転して落胆したような狂戦士。

 そして目の色が変わった。

 戦うのではなく狩る。

 狂戦士の俺を見る目が、戦士を見る目じゃなく、単なる獲物として変化したのだ。

 来る!

 受けるのでは無く捌く。

 狂戦士の力を逃がしてカウンターを狙う。

 俺は脱力し、剣撃に備えた。

「ち、ちちち力を、なななな流すとかおお思ってるんだろ?んん~?」

 言うな否や、踏み込みで一瞬にして間合いに入って来た狂戦士。

 この初速のスピードが厄介だ。

 振り上げるテュルフィング。

 気持ち身体を引き、間合いを少しだけ広げて迎え撃つ!!

「ままま間合いを広げてなんだって言うんだぁぁあ!!」

 叫びながらテュルフィングを振り下ろしてくる。

 先程引いた分だけ前に出て、テュルフィングの刃の下部分にエクスカリバーをぶつけた。

「すすす少しばかり勢いを付けたからなんだぁぁああ!!」

 力で押される俺だが、想定内だ。

 エクスカリバーを狂戦士の力の儘流し、身体を反転させた。

「おおおおおっっ!?」

 狂戦士の体が流れる。

 そのがら空きの右首に狙いを定めた。

「はぁぁぁあ!!」

「だだだだから遅ぇぇええ!!」

 身体を仰け反らせてエクスカリバーから逃れようとする狂戦士だが、それでもエクスカリバーの間合いから逃れる事は出来ない。

 先程微妙に間合いを詰めた結果、狂戦士の身体はエクスカリバーの間合い内に取り残されたのだ。

 テュルフィングの間合い内でもあるが、身体が流れた状態の儘強引に仰け反った事で、テュルフィングを反撃やガードに充てる隙も無い。

「取った!!」

 エクスカリバーを振り下ろすと、鮮血を顔に浴びた。

「おおおおおおおおおおお!!俺の右腕がぁああぁあああああああああ!!」

 肘から下を失った狂戦士。

 地にはテュルフィングを握り締めた儘の右腕が転がっていた。

「ぁぁあぁあああああああああ!!!」

 叫びながら片膝を付く。

「勝負あったな!!今直ぐに止血すれば命は助かるだろう」

 北嶋に言われた『殺さずに勝つ』をクリアした型となり、モードも守り通した事になった。

 全てギリギリだったが、それでも俺は安心できた。

 俺はエクスカリバーを振り、付着した狂戦士の血を払う。

「あぁぁああ!?なななな何を言ってんだお前ぇええ?まさか勝ったつもりかぁあああ!?」

 落ちた右腕を左腕で拾い上げ、歪んだ笑みを浮かべて俺を見る。

「動くな。血が止まらなくなるぞ」

「だだだだからあああ!!これからだろう!!聖騎士よおおおお!!!」

 狂戦士はテュルフィングを握り締めた右腕を左手に持ち、その切っ先を俺に向けた。

「…貴様、何のつもりだ?」

 背筋が寒くなり、再び腰を落として身構えた。いや、身構えざるを得なかった。

 狂戦士は、歪んだ笑みを絶やさずに呟いた。

「ままままま間合いがすすす少し広がったなぁ?」

 右腕を持った左手を何度か振り、間合いを計っている?

「貴様…まだ続けると言うのか?」

「すすす少し不便だがぁああ…リーチが伸びたとおおお思えばいいかぁああ…」

「その出血で続けるつもりか!!」

 言われた狂戦士は自身の右腕を見る。

 血が止まらずに、地にボタボタと零れている。

「もし続けると言うのなら、俺はただ逃げていればいい。そのうち貴様は勝手に動かなくなるだろうからな」

 あの儘なら狂戦士は大量出血で死ぬ。何よりも殺したくは無い。

「ふっ!ふははははは!!な、ななな何だお前ぇ~?ビビってるのかぁあ?はははははははははははははははは!!」

 高笑いする狂戦士。その間にも、血は止まる事無く流れ続けている。

「やめろ!死にたいのか!」

「ししし死にたいと言えば死にたいかなぁぁぁああ?だが、お前に気を遣われなくてもいいのさぁああ!!」

 狂戦士の言葉が終わったと同時に、テュルフィングが妖しく光った。

 光ったテュルフィングから黒いオーラが放出され、斬った右腕に纏わり付く……

「な!?」

 その黒いオーラは傷口を縛るが如く、圧迫し、締め付け、遂には止血に成功する!!

「お!!おおお俺は不死身!!テュルフィングの呪いによって、限り無く不死に近付いたんだぁああああ!!!」

 呪いで不死に近付いただと?

 いや、確かにその『呪い』も驚異だが、それよりも斬り落とされた右腕を持ち、 それで戦おうと言う狂気!!そして止まらない戦闘意欲!!

 これこそが、狂戦士の真骨頂なのだろう。

 それこそが、俺に巨大な圧力を与えている源なのだ。

「悪いな北嶋…約束を守れるか解らない……!!」

 エクスカリバーを構え直し、再び打撃戦に備えて両脚を踏ん張る。

 次に狙うは左腕だが、上手く落としたとして、退くかどうか…

 もしも退かぬなら、その時は…

 その首を落とし、殺して決着を付ける…!!

 先程までは転じて攻撃していたが、たった今から、俺から仕掛る。

 俺も覚悟を決めた。

 即ち、殺す覚悟を………!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ロリコン無表情の気配が変化した。

 やべーな。ぶっ殺すつもりだな、ありゃあ。

 まぁ、隈取りの引くくらいの戦闘意欲を見ればそうなるか。

「それは正しい。例え残った左腕を斬り落とそうとも、今度は口でテュルフィングを咥えながら向かって来るでしょう。クラウスを助けるのなら、首を落として終わらせてくれた方が…」

 ツルッパゲの発言にイラッとした俺は、胡座をかいて座っているツルッパゲの胸座を掴み、そのまま持ち上げた。

「おいツルッパゲ。助ける為には殺すって何だよ?お前は死地に案内しただけか?」

「…クラウスは望みを二つしか掲げていない。母の命令の遂行と、敵に斬られて死ぬ事。テュルフィングは三つの望みを掲げて初めて死ぬ事ができるんです。二つしか掲げていないクラウスは、生かされているだけ。聖騎士の技量で死ぬ事ができるのなら、それこそ人助けでは無いでしょうか?」

 真顔で意見を述べやがったツルッパゲ。

 こいつはマジでそれが助ける事だと思ってやがるのか?

 イライラが止まらない俺は、ツルッパゲを放り投げて叫んだ。

「おいロリコン無表情!!」

 それは遠く離れて、やり合う所の無表情にも通る声。

 当然反応し、此方をチラ見する無表情。

「お前絶対殺すなよ!!殺したら負けだ!!解ったかロリコン!!」

 無表情が微妙な顔を見せる。

「聖騎士も不可能に近いと思っているようですが…」

 いらんチャチャを入れやがるツルッパゲにムカついた俺は、そのハゲ頭をパーでピシャリと叩いた。

「痛いっ!!」

 頭を押さえて蹲るツルッパゲ。

「勝ちたいなら殺すな!!以上だロリコン!!」

「全く、無茶苦茶言いやがる…」

 聞こえていないと思っているのが、ブチブチ言っていやがる無表情。

「聞こえているぞ!やるのかやらねーのか、どっちだ!!」

 超デッカい溜め息を付き、これまた超デッカい声を挙げる無表情。

「やればいいんだろ!!解ったよ!!」

 俺は思わず満足して笑った。

「約束だそ!!破ったら小娘との交際は認めんからなぁ!!」

 言い終えたと同時に、顔を真っ赤に染めたロリコンと小娘。

 少し、いや、かなぁり引くが、まぁ、年の差は気にしてはいけない。

 小娘の方も満更じゃなさそうだし。

 俺はニカニカ笑いながら、ツルッパゲの隣にどっかと腰を下ろした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 好き勝手な事を言いやがって。殺さずに勝つなんて、技量差が離れていればこその話だと言うのに。

 だが、まぁやるしか無い、か。

 低く構えたエクスカリバーをそのままに、一歩前に出た。

 刹那、狂戦士の魔剣が伸びてくる。

「間合いはもう少し先な筈だが…」

 伸びて来た魔剣を受ける。

「……軽い?」

「リリリ、リーチが伸びた分、力が逃げるなぁ…」

 不満気な狂戦士。右腕の分広がった間合いだが、力が分散しているようだ。初撃のスピードもダウンしている。

 これならば、いけるか…!!

 更に踏み出す。

「ぁぁあぁあああああああああああああ!!!」

 魔剣を乱打する狂戦士。その全てを捌き切る!!

「こ、このっ!!」

「万全ならば解らないが!!」

 強く、激しくぶつける一撃!!

「ううっっうううぅぅぅ!」

 身体が流れる狂戦士。力負けした事を自分でも驚いているのか、その左腕が無防備に晒された。

「うおおおおっっっ!!」

 力を込めた一撃。

 エクスカリバーから炎が吹き荒れる。

「なななな、舐めすぎだろ!!」

 無理やり身体を捻って俺を追撃する。魔剣から禍々しいオーラを噴き出させながら!!

「聖なる炎は冥いオーラとは違う!!」

 エクスカリバーが肉に触れる感触を伝えた。

 再び地に落ちた魔剣。同時に響く絶叫。

「がああああああああああああああああ!!!」

 狂戦士は両膝を地に付け、叫び続けた。

「ごごあああああああああああああああ!!!」

 魔剣から黒いオーラが狂戦士に伸びて行く。

 まだ続けさせるつもりか?

 俺は落ちた左腕にエクスカリバーを突き刺し、地に縫い付けた。

 エクスカリバーに黒いオーラが纏わり付いて来る。

「呪いのオーラなど灼き尽くしてやる!!」

 火柱を上げて、冥いオーラを燃やして行くエクスカリバー。

 だが、『呪い』も負けじと、炎を『巻き込んで』渦を上げて行く。

「があああああああ!!腕!腕いってぇえええ!!!」

 その間にも叫び続ける狂戦士。

 魔剣の呪いがエクスカリバーの聖なる炎に対抗している事で、『宿主』である狂 戦士の肉体の『縛り』が緩んでいるんだ。痛みは尋常じゃない筈。

 更に右腕から再び出血、左腕との出血を合わせると、いつ死んでもおかしくは無い。

「く!!せめて止血だけでも!!」

 エクスカリバーから意識を離すと、炎が弱まり、冥いオーラに飲み込まれそうになる。

 慌てて意識をエクスカリバーに戻す。

 此方も気は抜けない状況か!!

「少し堪えてくれよ狂戦士…!!」

 一刻も早く『呪い』を鎮めなければ!!

 だが、焦りは乱れを生む。

 魔剣の冥いオーラは、俺の焦りと比例して、聖なる炎を浸食し始めた。

「く、くそっ!!」

 どうする?

 止血を先に…いや、魔剣は狂戦士を諦めてはいない。

 再び憑かせる隙を生む訳にはいかない。

 焦り、思案する。

 その時、俺の後ろから人影が飛び出して、狂戦士に向かって走っていった。

 その姿を目で追う。

「モード…?」

 まさかとは思ったがやはり。

 怖がっていた筈。恐れていた筈だ。

 それが息を切らせながら、両腕を失った狂戦士に駆けるとは?

 血溜まりに足を掛けたか、ズルッと滑って尻餅を付くモード。

「いたたたた…」

 服に狂戦士の血が付着した事になる。

 それでも怖がらず、エクスカリバーの鞘を狂戦士の胸に押し付けるモード。

「痛いよね!!これ持っていたら大丈夫だからっ!!」

 仰天した。命を狙っていた狂戦士を助ける為に飛び出したと言うのか?

 次にモードは、着ていた服の袖を噛み裂いて紐を作り、斬られた腕を縛り、止血した。狂戦士の血を浴びながら。

「モード、お前、恐ろしくは無いのか?」

 言われて俺に顔を向け、返り血が付着した顔を腕で拭いながら、ビッと親指を立てたモード。

「こっちは何とかするから!!そっちは何とかして!!」

 再び仰天した。

 そんな俺を無視し、モードは痛みでのた打ち回っている狂戦士を、宥めたり励ましたりしていた…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 まさか、あの娘が敵を助けようとするなど?

 聖騎士が呪いを灼き尽くそうと試みているのをサポートしているような、そんな印象も受けるが、怖く無いのか?

「ふーん…ほぉ。へぇ~っ?」

 驚きを隠せない私や聖騎士とは逆に、何故かニヤニヤと笑っている北嶋。

「…あなたが何かやったのですか?」

 北嶋には三種の神器がある。

 時空を超え、理を超える創造主の神器。娘の性格を弄る事など造作も無い。

「はぁ?何もやってねーよ?つか、何かやる必要あんのかツルッパゲよー?」

 ペシペシと私の頭を気安く叩く北嶋。

 もう叩かれ過ぎて、先程からジンジンと疼いていると言うのに。

 煩いとその手を叩き、睨み付ける。

「ふん、少しだが本性を見せてきたなツルッパゲ。まぁいいや。隈取りの負けでいいだろ?」

 心臓が微かだが高鳴った。

 私は北嶋から目を逸らし、ただ頷くしか無かった。

「そっか。んじゃお前は此処に居ろ。一歩でも動いたら始めちゃうぞ」

 脅しなのか冗談なのか解らない発言をして、北嶋は私から離れてクラウス達の元へ歩き出した。

 北嶋は聖騎士の傍に行き、突き刺した聖剣を無理やり抜く。

「おい!!呪いはまだ…」

 当然文句を言う聖騎士だが、全く聞かずに、握り締められている両腕を、力任せに引き剥がした。

「呪いを灼くっつーのは良い手だが、力が拮抗しているから時間掛かっちまうだろが。退け」

 無理やり腕の力で聖騎士を押し退け、テュルフィングを踏みつける北嶋。

 そして『あの』草薙を喚び出し、テュルフィングの刃に草薙を突き刺した。

「お、おおお…あの硬い魔剣の刃に突き通すとはな…」

 驚くも直ぐに気を取り戻した聖騎士。

 草薙ならば、テュルフィングを斬る事も可能だと思い出したようだ。

 そして草薙をテュルフィングから抜く。

 遠目だからよく見えないが、多分テュルフィングには傷一つ付いていないだろう。

「魔剣の呪いってヤツを穿ったから、ただのすげー剣になったぞ」

 …ただのすげー剣と言う表現はどうかと思うが、草薙で小人の呪いを断ち切ったと言うのは理解できた。

 だが、永きに渡り、宿っている斬られた者達の負の念はその儘のようだ。

 次に北嶋はクラウスの両腕を持ち、その儘クラウスの傍に行き、片膝を付く。

「変なお兄さん、この人助けて!!アーサーが人殺しになっちゃうよ!!」

 北嶋にしがみついて懇願する娘。

 クラウスを助けようとしたのは、聖騎士に殺人を行わせない為か。

 北嶋はポンと娘の頭を叩く。

「人殺しじゃない、仕合で負けたから死ぬだけだ。間違うな小娘」

「解ってる!解ってるけど、アーサーが人殺しするのは嫌だよ!」

 娘も意味は解っているようだ。 

 本当に母と同じ血が流れている姉妹かと疑いたくなる優しさだ。

 恐らくは幼き時に、その片鱗は見せていたのだろう。

 ただの甘ったれなだけならば、ワイバーンは仕えない、か。

「安心しろ小娘。こいつをこの儘死なすのは惜しいからな」

 そう言って落とされた両腕を賢者の石で繋ぐ。

 見事。

 斬られた右腕は暫くの時が経過し、傷口が歪に変化していた。

 それを何の問題も無く、普通に繋げてしまうとは。

「すっごいねぇその石…私の喘息も治したもんねぇ…」

 驚嘆しながら賢者の石をじっと見る娘の頭を、再びポンと叩く北嶋。

「当たり前だ。俺が使っている便利グッズだからな」

 …あの賢者の石を、便利グッズ呼ばわりとは……

 奴にとっては、草薙も、万界の鏡も、賢者の石も、ただの使える道具に過ぎない、と言う事か…

 何故か解らないが、妙に苛々してくる。

「北嶋、狂戦士の命を助けたのは理解出来なくも無い。が、魔剣は呪いしか断ち切っていない。殺された負の念が宿っている儘だ。これでは魔剣はやはり魔剣の儘だぞ?」

 その通りだ。クラウスは呪いによっては死ななくなったが、テュルフィングがその力を失った訳では無い。

 斬り殺された者の負の念が、同じく斬り殺される者を欲する。

 言わば『生者を喚ぶ』のだ。つまり狂戦士化は治まらない。

「どうするつもりだ?」

 テュルフィングを地に刺し、多少憤慨しているような聖騎士。

「…ああ!俺が小娘に格好いい所を見せたから、ムカついてんのかお前!」

 ポンと手を叩き、ゲラゲラ笑う北嶋。

「ば、馬鹿な事を!!」

 両手を振って否定する聖騎士だが、成程そう言う事か。

「大丈夫、アーサーも格好良かったから!」

「そ、そうか?い、いやいや!そうじゃなくてだな!」

 満更でも無い笑みを一瞬浮かべ、直ぐ様否定するも、私も確信する解り易さだ。

 何だろう?何故か聖騎士が小さく見えるのは気のせいだろうか…?

「まぁ、お前のどーでもいいヤキモチは兎も角、ごうは自分で断ち切らなきゃ意味無いって事だ」

「ヤキモチって!…業?」

「こいつの家系は、魔剣に操られていた事を差し引いても殺し過ぎだ。魔剣の呪いは無くしたが、殺された連中の想いまで無くしてやる義理は無い。一生掛けて償えばいいさ」

 そうか!奴はそう言う男だった!!

 罪は罪。だから償えと。

 だから生かしてやるとの意味でもあったのか!!

「な、成程、しかしどうやって供養する?遥か古から紡いだ負の念、どうやって断ち切らせるんだ?」

 そう、その通りだ。

 小人の呪いを差し引いても、テュルフィングは血に塗れ過ぎている。

 何時の時代からテュルフィングを所有していたのかは解らないが、トイフェル家だけでもかなりの死者を出した筈。

 その深過ぎる業を、どうやって?

「そりゃお前、俺の仕事を手伝ったら、報酬で俺が追っ払ってやるんだよ」

「!何を馬鹿な事を!クラウスは私の仲間だぞ!!」

 思わず叫んでしまった。

 そんな私に、北嶋は不敵な笑みを浮かべた顔を向けた。

「そりゃお前、お前ができない事、やれない事を俺がやってやるんだ。お前も俺の下僕にしてやるよツルッパゲ」

 なんだそれは?

 私諸共クラウス達を引き込むと言うのか!!

 何と傲慢な男だ!!

「私があなたの下僕になるなど!!」

 憤り、立ち上がるり、そして一歩踏み出した。

「うっっっ!?」

 踏み出した足の先の地が裂け、それ以上来る事を拒んだ。

「い、何時の間に…うっ!」

 殺気を感じて正面を向くと、北嶋が草薙を振り下ろした状態の儘、私を睨み付けていた。

「動くなっつったよなツルッパゲよ?小娘を狙ったと思われても仕方ねーぞ?」

「き、北嶋…これは斬撃痕か………」

 気付かれないよう踏み出した足を徐々に引っ込める。恐らくバレバレだろうが、そうせざるを得なかった。

「焦んなよツルッパゲ。ちゃんと殺してやっからさ。お前に掛けられた『呪い』をな」

 草薙を鞘に収める北嶋。

「小娘、隈取りは血を大量に失っているから、お前が介抱しとけ。解ったな」

 娘の頭をポンポン叩き、私に向かって歩く北嶋。

 接近するに従い、緊張してくる私がいる……

 そして、遂には私の真正面に立った。

「何構えてんだツルッパゲ?『まだ』やらねーんだろ?」

 そう言って、娘を叩いたよりも遥かに強く、私の頭を叩いた。

「…確かに……『今は』…ね………」

 鬱陶しく思い、その手を払い退けながら返事をした。

 そして何事も無かったように、再びどっかと私の隣に座る。

「…私が娘を殺すと思っているんですか?」

「それがクルンクルンの命令なんだろ?じゃあお前は隙を窺っていると認識されても、仕方無い」

 言葉が出て来ない。

 まさにその通りだからだ。

 私は母を守らなければならない。

 私は母の命令を破る事ができない。

 それが私に掛けられた『呪い』だからだ。

「…私は敗れる訳にはいきません。それが彼との『約束』だから…」

「その約束が呪いなんだろーが。面倒臭ぇが完全敗北を認めさせてやるよ。お前と『彼』にな」

 やはり言葉を詰まらせる。

 思った通り、北嶋は知って、いや、識っている。

 隠し事は無駄だと解っていた。

 だから敢えて言おう。

「私は必ずあなたを殺す」

 北嶋は生欠伸をしながら、特に反応はしなかった。

 やはりこれも識っていたようだ。

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