守るべき者

 勝った…

 全てに安堵し、翼を羽ばたかせる力すら失い、墜ちていく。

 今頃になって、ワームに折られた骨や抉られた肉が痛み出す。

 身体の動くパーツが見当たらない。この儘では受け身すら取れない。

 頭から地に墜ちていく。もう少しで激突する。

 その瞬間、俺の頭に何か触れたと思った直後、俺の身体が回転し、地に尻を付けた。

「おうトカゲ。お前意外と弱いのなー。銀髪の七王に匹敵すっかと思っていたが、一つレベルが下か」

 俺の目の前に、あの男…北嶋 勇が威風堂々と突っ立っていた。

――お前が助けてくれたのか…

 頭に触れたのは、北嶋 勇の手のひら。

 俺の重量を、落下スピードを全く関係無しに、俺の身体を回転させたのだ。

――化け物だな、お前は…

 呆れて笑うしか無い。

「あん?つかお前、あんなミミズに苦戦しやがって、ふざけてんのか?これから先、銀髪を守っていけんのかよ?」

――直ぐに七王レベルに上がるさ。今日の所はこれ位で許してくれ

 勝ったのに小言を言われるとは、流石に思いもよらなかった。

 呆れて笑っていた俺だが、今度は苦笑いに変わった。

「まぁいい。おいツルッパゲ。トカゲの傷直してやれ」

 敵を平然と使う北嶋。

 ………って!!

――はあああああああああああ!!?

 苦笑いから呆けた顔になったのが解った。

「えー!?何故私があ!?」

 更に驚いているのが敵の男だ。

 それはそれはもう、未だかつて無い出来事を経験した表情となっていた。

「代わりにお前の仲間守ってやっから。対価だな」

――た、対価って…?

 最高潮に意味が解らない。

「剣士とレプリカは殺さないようにしてやるっつー意味だ。更にこれもくれてやる」

 北嶋 勇はポケットをゴソゴソ探し、小さな白い石のような物を敵に投げ渡した。

 受け取った敵の表情が青ざめる。

「こ、これはアダムの肋骨の一部!!」

 渡したのはモードから取り除いた肋骨の先!?

――なああああああ!?お前何やってんだあああああ!?

 流石に叫んでしまった。本気で何を考えているのか解らない!!

「し、正気ですかあなた?これを母に渡したら…」

 言ってハッとする敵の男。

「あなたの亜空間からは逃れられない…んでしたね」

 北嶋 勇はニカッと笑って続ける。

「万全の儘、銀髪にやられちまえ。その方がお前も諦めが付くだろ。完璧だったが手も足も出なかったっつってよ」

 男は敵を見つめながら激しく笑った。

 嫌み、挑発を通り越し、本当に愉快だから笑っている感じだった。

「…クラウスとリリムを助けてやると言うのは?」

「あん?奴等はクルンクルンの仲間じゃねーだろ。お前の仲間じゃねーか」

 あっさり、平然と言い放つ北嶋 勇。敵に操られているから、敵にはならない、と言う事か?

「…聖騎士と神崎さんにそれ程余裕がありますかね?」

――そ、そうだ!!奴等の力は決して侮れない!!殺さず勝つ事は至難の業!!

 そうで無くとも、聖騎士はモードを守りながら戦っている。

 実力が拮抗している狂戦士に、殺さず勝つなどの配慮が可能なのか?

 それは敵の男も同じように思っていた事。出来る筈が無い、と冷笑を浮かべて北嶋 勇を見ている。

「出来る、出来ないじゃねーんだよ。やるんだよツルッパゲ。おら、早くトカゲ治せよ。仲間死なせたく無かったらなぁ…」

 北嶋 勇のオーラが凄味を増す。

 味方の俺ですら、思わずたじろいだ程の凄味…

「…クラウスとリリムが勝つ事は全く想定していない…って事ですか」

 やれやれと剃った頭を掻きながら、敵の男が俺に治癒の術を施した。

「どうですか?」

――まだ痛みは残っているが、骨は繋がったようだな…

 体力は無い儘故に、羽ばたく事は出来ないが、傷は確実に塞がっていた。

「そうですか。それは良かった」

 言葉とは裏腹に、どうでも良いと言った表情で立ち上がる男。そして北嶋 勇の方を見る。

「…一部を母に返しますよ?いいですね?」

 例の肋骨の先を、親指と人差し指で掴みながら、それを見せるように言う。

「いーよ。ちゃっちゃと返して銀髪にボコられろよ。大笑いしてやっから」

 言いながら既に笑っている北嶋 勇。全く不安が無いように。

「モルガン様!!」

 遥か遠くで対峙しているイヴにも届く、通った大きな声。

 イヴは愚か、全ての人間が此方を向いた。

 男は北嶋 勇から貰った一部を、イヴに向かって『投げ渡した』。

 それは、ふわりふわりとイヴの胸元に浮遊して行く。

「こ、これは!?」

 さしものイヴも驚愕した。

「肋骨の一部だと!?馬鹿な!良人、気でも触れましたか!!」

 イヴだけではない。対峙している魔女も、いや、敵も味方も、ただ驚いてそれを見ていた。

 そして北嶋 勇は、先程の男よりも遥かに大声で、空間全体に響き渡る大声で言い放った。

「格の違いを見せてやれ銀髪!!」

 勝ちを全く疑っていない、北嶋 勇の清々しい程の自信。

 聖騎士と北嶋 勇の伴侶は、それを見て笑いながら頷いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 銀髪が吹っ切れたように笑い、クルンクルンを待つように一歩引いて腕を組む。

「解りました良人!その期待、私は絶対に裏切る事は無いでしょう!」

 対するクルンクルンは、呆けた後、破顔して笑い転げた。

「は…ははははは!!全く馬鹿な男だ!わざわざ返してくれるとはなぁあ!!」

 ムカッとする俺。馬鹿とは何だ馬鹿とは。

「おい銀髪。二度と転生出来ないように、全てぶっ殺せよ」

「言われずとも」

 銀髪は超余裕の笑みを浮かべて、向こうの出方を、じっと待っている。

「ははははは!!馬鹿な連中だ!一部さえ戻ってくれば、最早此処には用は無い!!」

 浮かんでいる一部をパシッと掴み、一瞬だが姿を消した。

「馬鹿は貴様だ」

 不敵な笑みを止めずに、銀髪が呟く。

「ぐっっっ!」

 何かに押し戻されたように、クルンクルンが『弾かれて』戻ってくる。

「あうっ!」

 そのままベシャッと地に座った形となったクルンクルン。

「ば、馬鹿な!脱出出来ない!?」

 クルンクルンはキョドりながら、周りをグルグルと見渡していた。

「良人の結界から逃れる事など不可能。誰であろうとな」

「結界…亜空間転送結界か!!」

 鳩が豆鉄砲を喰らったようなツラで、アワアワしていやがるクルンクルン。

「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!お前のチンケな魅了と違うんだよ!!この北嶋 勇はなあ!!」

 めっさ愉快全開で笑い転げる俺。そして、更に挑発する銀髪。

「早く一部を戻したらどうだい?見せてくれよ。君の本当の力ってのをね」

 あからさまにムッとするクルンクルン。

「くっ!この!私を!人類の母を!愚弄するな!!!」

 キレたクルンクルンが、一部を下腹部に押し込んだ。

「ん?」

 明らかに空気が変わったクルンクルン。

 身体全体が光ってきたよーな。

「…100パーセントの魅了は父の威光と互角。だから母から奪おうとしていたんですよ。より完全になる為にね」

 遠い目になるツルッパゲ。

 ツルッパゲも多少は自信があるようだが、俺的には、ハゲと互角か。んじゃ大した事ねーじゃん。としか思わなかった。

「は、はははは!!戻った!戻ったぞ!!」

 テンションが上がるクルンクルン。戻ったと言っても、見た目は変わらないから解らないが。

 そして自信満々なツラをして俺の方を向く。

「今までの無礼の礼だ!!貴様を私の下僕にしてやろう!!」

 そー言って一瞬目を光らせたクルンクルン。

 バッチリ目が合って微妙に気色悪い。

 そしてツルッパゲが徐に口を開いた。

「…どうですか?」

「あん?何が?」

「やはりあなたには通じませんか」

 何が通じるのか不明だが、兎に角さっきからクルンクルンが俺をじーっと見て身を捩らせてクネクネしやがって、マジ気色悪い。

「あいつ、何かおかしなモン喰ったのか?」

 恐る恐る指を差す俺。

「肋骨の一部を喰いましたね」

 確かにそーだ。

 逆に悪い事したよーな気分になる。あんなに気色悪くなるとは思わなかったし。

「おいクルンクルン。なんか…ごめんな?」

 哀れになり謝罪する。

 次の瞬間、クルンクルンは微笑んで話しかけてきた。

「勇様…私の一部を返して戴き、ありがとうございます…」

 ぞわっとした。

 プツプツとさぶイボが全身に泡立った。

 ウフ。とか言っているし、ガチで気色悪い。

「お、おお。じゃあ、早くくたばってくれ」

 本音を弱々しく吐く俺。

 クルンクルンは目をジワリとさせ、更に身をくねらせる。

「私は…貴方の全部が欲しい…」

 石化する俺!!

 いきなり何なんだあの女は!?

「はぁ…魅了が効いていないのを気付いていないんですな…あなたを自分の下僕に取り込もうとしているようです」

「何?あんなブリブリのクソ演技に、針金頭やらレプリカが取り込まれた訳?」

 めっさ驚いた。あんなもんに引っ掛かる奴がいるとは!!

「いや、普通は目を合わせたら取り込み完了なんですが、あなたを本気で下僕にしたい心境の表れでしょうな」

 どんな心境だろうと、俺にさぶイボを発現させた罪は万死に値する。

 俺は落ちていた小石を拾い、クルンクルンに投げつけた。

「うわわっっ!!」

 屈んで小石を躱すクルンクルン。超へっぴり腰での回避だったので、とても面白かった。

「魅了に掛かっていないだと!?100パーセントの魅了だぞ!?」

 青ざめながら、やはり俺の方を見る。

「お前気色悪ぃんだよ!!つか、なんだあのウンコ演技は!?」

「気色悪いだとこのクズ野郎が!!こうなれば皆殺しにしてやる!!」

 んだから、最初からそーしたら?って言ってんだろがクルンクルン。

「猿芝居は終わったか?では殺し合おうか」

 これ以上は面倒臭いと言った銀髪が術を唱える。

「はっ!?」

 咄嗟に間合いを遠く取ったクルンクルン。

 同時に、先程までクルンクルンが居た地面から、石の槍が無数に飛び出た。

「もういいだろう。魅了が通じぬ貴様など、私の敵にはなれない。だから大人しく死んでくれ」

「…っ!!私を魅了だけだと思うなよ魔女!!」

 自分もゴニョゴニョと詠唱開始するクルンクルン。

 漸く死ぬ気になったか。と、俺は胸を撫で下ろした。

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