吠える飛竜

 巨人出現により、結果ラムトンのワームをモードから遥か遠ざける事ができた。

 モードは聖騎士が守っているから問題は無いだろう。

 ならば俺は俺の仕事をするまで。

 目の前の敵を殺すだけだ。

 翼を広げて臨戦態勢を作る。

――以前一度戦ってみたいと思った相手だ。その意味ではイヴに感謝しなければな

 同時に飛びかかって来るワーム。

 俺は遥か上空に退避し、攻撃を避けると同時に仕掛けようとした。

――な、何っ!?

 ワームは口を開けながら俺に向かって『登って』来たのだ。

 跳ねたと言った方が正しいが、少なくとも俺にはそう見えた。

 ワームはその牙を俺の腹に突き刺し、そのまま地面に落下した。

――ごはっ!!

 全身を襲う激しい衝撃。

 裂けて血が噴き出る腹の傷。

 こんな上空までは来られまいと言う油断。

 完全に侮っていた敵の力。

 全て俺の慢心が招いた結果。

 悔いた俺だが、もう遅い。

 ワームは牙を更に突き刺し、俺の腹を引き裂こうと力を込めた。

――ぐあああああああああああ!!

 咄嗟に尾の棘をワームに突き刺した俺。

 一瞬緩んだ咬む力を好機とし、素早く身体を反転させて逃れる事に成功した。

――キシャアアアアア!!!

 一際大きく咆哮し、俺の血で赤く染まった口を開くワーム。

 この状況、モードが見ていなくて良かったと、心から安堵する。見ていたら、間違い無く泣き叫んでいただろう。

 またイヴに救われたな、と思いながら、今度は俺からワームに仕掛ける。

 低空から飛び、そのままワームの真正面で炎を吐く。

 一瞬怯んだワームに今度は俺が牙を立てる。

 俺はギリギリと顎の力を増していく。

 ワームは悲鳴のような咆哮を挙げて、身をくねらせている。

――がああああああああ!!!


 ビリィッ


 ワームの肉を引き千切る事に成功した。

 結果、奴は狂ったように暴れた。

 隙だらけだ。

 俺はその『隙』に、容赦しないで爪や棘を浴びせた。

 みるみるうちに血に染まっていく。

 だが、俺を遥かに超える巨躯故に、見た目程ダメージは負っていない。

 だから攻め続ける。

 苦し紛れか、ワームの尾が俺に伸びてきた。

 それを躱したが、途端に目の前が暗くなる。

――ち!!

 ワームがその巨躯を俺に預けようと、覆い被さってきたのだ。

 無防備のその巨躯に棘を打ち込んだが、構わずに倒れ込んでくる。

――流石に喰らうか!!

 身を翻し、巨躯から逃れた途端に、再び全身に衝撃を感じる。

 ワームの尾が俺にヒットしたのだ。

 覆い被さってきたのはフェイク。本命はこっちだったのか。

 たまらずによろける俺。

 その隙に、ワームはその蛇の様な身体で俺を巻き、締め上げた。


 ボキボキボキボキボキボキ


 骨が多数折れる音。

 堪らずに爪や棘、牙を突き刺すも、態勢不十分故に力が伝わらない。

 そんな俺の足掻きを余所に、ワームは締め上げる力を確実に増していく。

 凄まじき圧力。肋骨が肉を突き破って外に飛び出る程だ。

 苦し紛れに炎を吐く。

 しかし分厚い装甲のような身体に通じない。

 いよいよ以て手が無いか。

 魔界に居た時、ラムトンのワームとの戦いを欲していた俺だが、あの時戦っていたら、やはり同じ結果になっていたのだろうか。

 薄れていく意識の中、そんな事を思っていた。

 そんな時、耳に入ってきた言葉…

「あいつ、あんなに弱かったっけ?」

 そんな事を呑気に言う者は、この場でただ一人。俺の傷を治し、モードが懐いた、北嶋 勇。そいつの一言が、薄れていった意識を呼び戻す。

 弱い?

 俺が弱いだと?

――お、俺は魔界では、漆黒の飛竜と呼ばれて、恐れられていた存在…

「んだってお前、そんなミミズに手も足も出ねーじゃん。手も足も無いのはミミズの方だが」

 何かうまい事を言っている用の気がする。俺が結構なピンチなのにも拘らず。

「やべーなら手貸そうか?一撃で終わらせてやるけど?」

 余裕綽々でシレッと言い放つ。

 だが、奴がそう言うのならばそうなのだろう。一撃で終わらせる自信があると言う事だ。

 しかし俺もそれなりに名は売れていた身だ。

 手を借りて得た勝利など、俺のルールでは敗北となる。

――有り難いが、手は借りられない。借りた瞬間、俺の戦いでは無くなるからな…!!

 脚に力を込めて脱出を試みる俺。

 ズキズキと折れた骨で痛みが走る。

 口を開けて、ワームの身体に牙を立てた。

――あああああああああああああ!!!

 全力を超えて、顎と脚に力を伝達させる。

 脚の爪がワームを引き裂き、顎を以てその肉を引き千切る事に成功した。

――ギィシャアアアアア!!

 流石のワームも、瞬間だが締め付けている力が緩んだ。

 だが瞬間でいい。スピードは俺の方が上なのだから。

 隙を逃さず、締め付けから逃れる事など、俺にとっては造作無い事だ。

――はぁあっっつ!!

 上空に、遥か上空に飛んで逃げる。

 ワームも跳ぶも、跳躍だけでは此処には届かない。

――はぁっ!!はぁっ!!危なかった…!!

 難を逃れる事には成功したが、ワームの戦闘力は俺よりも上だ。依然として打つ手が無い事には変わらない。

 変わらないが…

――だから面白い!!勝った方が生き残る!!解りやすい俺のルールだ!!

 この時、俺はあの頃に戻った。

 魔界で暴れていた頃の漆黒の飛竜に………!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「やれやれ。漸く思い出したか。今まで小娘に気を遣って、残虐性は見せていなかったようだからな」

 座っているツルッパゲのハゲ頭を、ピシピシ叩きながら安堵する俺。

「一体いくつ手形を作るつもりですか」

 うるさそうに呟くツルッパゲだが、動いて躱す気配は無い。

「ズルしているペナルティだと思って、我慢しとけツルッパゲ」

 叩いている手を逃れ、俺を見た。

「…どう言う意味ですか?」

「あん?解っているのに惚けんのか?まぁいいさ。タマが言っていたぞ。魅了は人間にしか通じない、とな」

 叩いた頭を除き、顔色が変わった。勿論叩いていた頭は赤いままだ。

「要するに、ミミズの本当の飼い主はお前だっつー事だ。クルンクルンに従わせているように見せているだけ。それだけじゃない。向こうの寝不足と銀髪モドキも、お前の仲間だろ?」

「…それでは悪魔を従えている理由になりませんね。人間にしか通じないのならば、ね」

「人間に近いんなら問題ないんじゃねーの?ま、どうでもいいけど、永~い間ご苦労さんだったな」

 労うように、ツルッパゲのハゲ頭を、つるつる撫でてやる。

 ツルッパゲは何か考えている表情をしながら、俺をじーっと見ていた。

「…私は常にモルガン様…母よりも先、10年から20年早く転生して来ました」

 なんか知らんが、突然身の上話を開始しやがった。

 勿論、超優しい俺は耳を貸してやる。

「私は母が転生する度、ずっと母を守っていました。勿論父からです。母より先に転生するのは、策やら仕掛けやらで何かと都合が良いからです。おかげで父と母は直接殺し合う事は無かった。まぁ、親孝行ですかな」

「ハゲとクルンクルン同時に守ってきた訳だ。ミミズみたいに自分の術で従わせて魅了に掛かったと見せかけて、ハゲにぶつけたりしてか」

 多分ハゲにぶつけた魔物の類は、ハゲより若干弱いレベル。

 間違ってハゲに勝たないように、ハゲのプライドを刺激しないように。

 裏方、縁の下の力持ちみたいな感じだ。

 あくまでも親の前に出ず、親に『勘違い』させていたのだ。

 ずーっと、ずーっと。

 俺は親を知らんから、少し憧れる所はある。

「今回、あなたの出現により、私の永い『嘘』は終わりを告げる事になる」

 感謝の念を込めて頭を下げるツルッパゲ。

 だが、俺は俺の事情で動いているだけなのだ。礼はいらんし、寧ろ後悔して貰うし。

「終わらせる為に仲間を人身御供にした事は、俺の中では許し難い事だ。お前にもケジメはキッチリ取って貰うからな」

 そう。ツルッパゲは仲間の剣士とレプリカをクルンクルンに『差し出した』のだ。この戦争の為に。

「…負け戦とは言え、此方にもプライドはある。聖騎士や魔女と拮抗している仲間を母に差し出した。せめて一人は倒さないとね」

「永い間の親孝行が終わるから、少し欲が出たんだろうが。言っておくが、誰もお前の仲間にはやられねーよ。俺達の方が強いからな」

「確かにあなた達の方が強い。ですが、私はもっと強いのでね」

 一瞬ギラリと鋭い瞳になったツルッパゲ。相当自信があるようだ。

 だが、まあ、確かにそうだ。

 ロリコン無表情も銀髪も、ツルッパゲに及ばない。

 単純な戦闘力なら別だが。

「だけど俺がいるからな。やっぱりお前はケジメ取る事になる」

 ツルッパゲの力なんか関係無い。俺がそんなもん打ち砕いてやるだけだ。

 俺の発言を聞いたツルッパゲは、今度は一瞬ホッとした表情に変わる。

「お願いしますよ。私も終わりたいのでね」

 微かに笑って俺から視線を外し、戦いを観戦するツルッパゲ。

 面倒臭ぇがこれも人助け。

 俺はツルッパゲの『自殺』を叶えてやらなければならない。

 その時、ハゲとの完全決着になるのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 上空から高速でワーム目掛けて突っ込むと、ワームの硬い身体を引き裂く事に漸く成功した。

 吹き出る血をその身に浴びると、徐々に思い出してくる。

――俺を殺してみろ!!出来無いだろう!!俺の方が強い!!!

 戦いに明け暮れた魔界での日々。

 俺が俺である為に、目に入る魔物を全て殺してきた記憶。

 そのギリギリの命のやり取りを、俺は思い出して来たのだ。

 傷付けられたワームの怒りの赤い目が俺を捕らえ、口から毒液を吐いた。

 俺は炎を吐いてそれを相殺。

 見ろ。吐き出した後、間抜けにも口を閉じる事もしないワームを。

 その開いた口に再び炎を吐き出す。

 ワームは俺の炎を飲み込んだ形となる。

――ゴハァアァァア!!

 喉が灼け、苦しみ、身を捩る。

 今度はワームの頭に牙を立てた。

――グラァアアア!!

 頭蓋には届かなかったが、頭の肉を咬み千切った。

 頭を振り回して、痛みを散らす仕草をするワーム。その姿を見て、俺は久しぶりに、本当に久しぶりに愉快になってくる……!!

 ワームが痛みに悶えながらも、その憎悪を宿した赤い目を俺に向ける。

 気に入らねえ。

 恐れ、怯えなら兎も角、俺に敵意を向けるなんて、気に入らねえ…

 俺はワームの喉元に尾の棘をぶっ刺した。

――毒を回してやるよ。苦しみ、悶えろよ!!

 毒を注入後、直ぐ様離れて、ワームの動きが鈍くなるのを待つ。と、思ったが…

――そんなまどろっこしい事は出来ないな!!

 毒が身体に回るのを待てずに超高速でワームの腹に突っ込んだ。

――カッッッ!!!

 腹に魔力を吐いた。大気が震えると同時に、ワームの腹に風穴が開く。

――ギィィシャアアアア!!

 身を捩る。捩る都度、繋がっている肉がミチミチと裂け、血と内臓が飛び散っていく。

 そうこうしている間、ワームの動きが鈍くなってくる。穿った穴と毒によってだ。

 ならばとワームの真正面で留まった。

 ワームはその持ち前の闘争本能からか、俺に向かって口を開き、その牙を見せた。

 そのまま向かって来る。

 俺は上空に飛び、そのまま急降下し、ワームの顎に乗っかる形を取った。

――引き裂かれて死ね!!

 有りっ丈の力を込めて、更に降下する。

 ビリビリビリビリと下顎が裂け、穿った穴の位置まで顎が垂れ下がった。

 ブランブランとだらしなく、皮一枚で繋がっている下顎。

 最早悲鳴を挙げる事すら出来ないだろう。頭を振るのが関の山だ。

 魔界に居たあの頃は、この状態の敵でも、息があるのならなぶり殺しにしていた。

 だが、戻ったとは言え、今はモードのジャバウォック。モードにこれ以上残酷な俺は見せたくは無い。

――今楽にしてやるよ…

 俺は一定の間合いを取った。

 息を吸い、魔力を蓄積させ、それを一気に解き放つ。

――ごらあああああああああ!!!

 俺は吼えた。

 その咆哮で全ての魔力をワームに放つ。

 穿った時よりも遥かに巨大な振動を、ワームに浴びせた。

 ワームの身体が飛散し、肉が周囲に飛び散る。

――はあ!!はあ!!はあ!!はあ!!

 全ての力を解き放った俺の前には、先程までのワームの姿は無い。

 あるのは、周囲の景色。

 ワームの血が霧状になり、俺の目には赤い景色となって見えていた。


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