モードと飛竜

 深夜、超喉が渇いた俺。

 冷蔵庫にコーラとビールがあった筈だが、炭酸って気分では無かった。

 仕方ないので、爆睡しているタマを無理やり起こし、散歩がてらコンビニにお茶を買いに出ている。

――何と言う気分屋じゃ!!妾は眠いのに!!

「こんな深夜に一人じゃ寂しいだろが。それに、暴漢に襲われたらどーすんだ」

――貴様を襲う馬鹿者がこの世に居る訳がないわ

 ブチブチうるせー小動物のリードをグイグイ引っ張り、結構な時間を掛けてコンビニに到着した。

「いらっしゃいませぇ。あれ、北嶋さん?またいきなり喉が渇いたんですか?」

 コンビニの深夜勤で良く見かける店員に声を掛けられる。

 このコンビニ店員の名前は『深井』と言う女だが、長めのストレートの髪を真っ赤に染めている事から、勝手に『深紅』と呼んでいる。

 タマを連れてくれば何かオマケしてくれる、俺にとっては有り難い店員だ。

「喉が渇かないならコンビニに来ないだろうが」

 お茶と煙草をカウンターに置き、財布を開ける俺。深紅はタマに廃棄された稲荷寿司を嬉しそうに与えている。

「おい、深紅、会計」

「深井ですってば…」

 名残惜しそうにタマから離れ、会計をする。

「ありがとうございましたぁ~」

 やはり名残惜しそうにタマを見送る。

 外へ出た俺は、オマケが気になって仕方なかったので、袋を開けて確認した。

 俺へのオマケは廃棄寸前の梅おにぎりだった。

「梅おにぎりか…黒蛇にでもやるか」

 別に食ってもいいのだが、俺より欲しがる奴が身近にいるのだ。くれてやって恩を売るのも悪くない。

――妾の稲荷寿司はちゃんと持ち帰ってくれたであろうな?

「持って来たから心配すんな。ついでに裏山に行くぞ」

 梅おにぎりを黒蛇にやる為に、家に戻らずに裏山を目指す俺。

 裏山の入り口から入ると、海神の池がある。

 そこを通ると、トカゲが隅っこで目を瞑っていた。

「おいトカゲ。そんな隅っこに居ないで、もっとマシな場所で休めばいいだろ」

 何か俺が虐めて隅っこに追いやっているようで、何となくだが気分が良く無い。

 トカゲは目を片方だけ開け、俺を見た。

――休ませて貰えるだけで有り難いんだ。これ以上迷惑は掛けられない

「迷惑ったって、隅っこに居られたらもっと迷惑なんだよ。おら、付いて来い」

 嫌がるトカゲを無理やり引っ張り、裏山の中心の休み場に連れて行く。

「ここならテーブルもあるし、小娘も毎日の掃除の終わりに、ここで一休みするからいいだろ」

――申し訳無い。逆に気を遣わせた

 思い切り恐縮して頭を下げるトカゲ。椅子に座り、稲荷寿司を開けて地面に置き、タマに食わせて、お茶のプルトップを開けた。

「お前さー。何で小娘を守ってんの?ぶっちゃけ捕食対象だろ?」

――確かに、人間は捕食対象だ。勿論、お前も含めてな

 怖くないのか?と暗に聞いてくるトカゲ。

「お前如きにこの俺が倒されるか。だが、小娘は貧弱だ。しかもお前は魅了に掛かっていない」

 梅おにぎりをトカゲに差し出すも、首を横に振って否定される。

――あの娘の術は人間にしか掛からぬ。以前の人類の祖の威光が人間にしか通じないようにな

 稲荷寿司をハグハグと食いながら答えるタマ。

「ふーん。俺には通じなかったけど」

――確かに驚いた。モードの魅了は効果の差があれど、必ず人間に掛かっていた。お前は何者なんだ?

 トカゲが逆に質問をしてきやがった。

 此方の質問には答えなかったっつーのに。

 まぁ、俺は優しいから答えてやるが。

「俺は北嶋。人間だ」

――人間なのは解る。解るが…いや、別に構わないが…

 首を傾げ捲るトカゲ。

「お前の疑問なんか正直どーでもいいんだ。何でお前は小娘を守っている?」

 再び聞き返した俺。

 暫くの沈黙。そしてトカゲは空を見上げて、遠くを見る目つきになった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 周りには数々の魔物の骸。

 鼻に付くのは血と脳漿の匂い。

 動く気配の無い敵に向かって俺は吼えた。

――弱いから負けて死ぬんだ!!カスが!!

 大地が震えたと錯覚する程の怒号を発するも、骸は沈黙するのみ。

――ちっ、つまんねぇな

 俺は一番近い敵の骸の腹に首を突っ込み、腑を貪り喰った。

 敵は今や食い物と化した。

 とは言え、殆どはそのまま放置する事になる。腹いっぱい食ったら、他は残飯だ。適当に腹を空かせている魔獣らが美味しく戴くだろう。

 腹を満たした俺は、苛立ちを思い出した。

 つまらない。

 どいつもこいつも弱過ぎる。

 この頃じゃあ、俺の姿を見ただけで逃げ出す奴も居る始末だ。

――そろそろ此処も飽きたな。別の所へ行くか

 敵が居なければ血が鎮まらない。

 群に属さず縄張りを持たず、ただひたすらに殺す為に、俺は魔界を旅していた。

 敵が居なくなったら捜せばいい。

 そう思い、翼を広げて飛び立った。

 この頃の俺は、ただ戦う為、殺す為に存在していた、ただの獣だった。

 ただ殺し、殺し、殺し捲った俺は、魔界の中でも顔が売れていた。

 俺を殺して名を売ろうとした奴も居たが、当然返り討ちにして殺した。

 悪魔と呼ばれる存在とも戦った。

 勿論、その全てに勝利した。

 だが、苛々は止まらない。

 敵を求めて彷徨う日々が続いた。

 この苛々を止める事が出来る奴を求めて彷徨った。

 そんな時、俺に負けて重傷を負った一匹の魔物が、命を助けてくれる代わりに教えてくれた。

 魔界の辺境、ヘドロの沼に生息する一匹のワームの事を。

 ラムトンのワームと呼ばれるその魔物は、己を釣り上げた者にしか殺せない。

 つまり、釣り上げて居ない俺には殺せない、と言う事だった。

 極稀に殺す為に条件が必要な魔物は居る。

 だが、圧倒的な力の差を以てすれば、その条件は簡単に覆る事を、既に俺は身を持って知っていた。

 このワームもその類だろうと思いながらも、他に宛も無い。

 俺は取り敢えず、そのラムトンのワームを殺しに行く事にした。

 命を助けると言う約束は、当然破棄して。

 辺境に向かって飛んだ。

 魔界は広い。

 其処に辿り着くまで、結構な時間を必要とする。

 だから飛ぶのが飽きたら降りて殺す。

 だが、降り立った先でも、俺の姿を見て、逃げ出す奴等が多くなっていた。

 敵の返り血が乾き、どす黒くなった身体を見て、みんな俺を漆黒の飛竜と呼んでいた。

 その通り名が邪魔をし、俺はなかなか殺す事が出来ないでいたのだ。

 やはり辺境に急いだ方が無難だな。

 そう思い、飛び立とうと翼を広げた瞬間。

 俺の前に凄まじい魔力の塊が壁のように現れた。

 辺境はまだまだ先。だからこの魔力はラムトンのワームでは無い事になる。

 なるが、苛々が治まり、俺は笑った。

――誰だお前?相当強いなぁ…

 俺は翼を飛ぶ以外で使う事はめったに無い。

 だが、この魔力に、俺は飛ぶ以外の用途で翼を広げた。

 即ち威嚇。

 魔力の壁は、徐々に形を成形し、かなり巨大な蛇の立ち姿になった。

 特徴は六本の腕。

 魔界の中でも巨躯な方の俺を見下ろす程、巨大な黒い蛇。

 そいつは俺を一睨みして名乗った。

――貴様が俺の魔界の秩序を乱している漆黒の飛竜か!俺の名はサタン!悪魔王、サタン!!

 魔界の中央に居ると言う、魔界の頂点にして全ての悪魔の王。

 その悪魔王サタンが、わざわざ俺を粛正しようと姿を現したのだ。

――デカいなぁ…そのぐらいデカいのなら、楽しませてくれるんだろうな!

 巨大過ぎる悪魔王目掛けて羽ばたく。

――俺の魔力を感じぬのか?いや、負けた事が無い故に、力の差を計れぬだけか

 六本の腕が俺に向かって伸びて来る。

――捕まるか間抜け!!

 その全てを躱す。

――ふん、小物が…身の程を知れ!

 悪魔王の瞳が光った。

 と、同時に全身に凄まじい痛みを感じ、吐血する。

――ぐはっ!!!な、何だってんだ…う?

 その吐血を目で追って初めて気が付く。

 俺は地面に激突していた。

 かなりの高さまで飛んだ筈だが、一瞬で落とされたのだ。

――何だと………?

 瞬時に後ろを振り返って見ると、悪魔王は遥か高みから俺を見下ろしていた。

――ば、馬鹿な!!

 驚く俺に対して、全く表情を崩す事無く、ただ俺を見下ろしている悪魔王。

――小物。力の差を理解できたか?できたなら…

 悪魔王の視線を受け、俺は全く動けなかった。

 いや、震えていた。

 初めて知った感情。

 これが恐怖か!!

 悪魔王はゆっくりと六本の腕を俺に下ろしてくる。

――死ね

 冷水を全身に浴びたように冷たくなった身体を、俺は強引に動かして腕から逃れた。

 腕が地から離れると、その箇所は抉られ、周りは隆起し、景色が一瞬で変わっていた。

 これが悪魔王!!

 魔界の頂点!!

 初めて敵わぬと感じた。

 多分俺は此処で死ぬ。

 だが、せめて一矢、と、再び翼を羽ばたかせる。

――ほう?諦めたようだが、心は折れていないようだな?

――舐めるな!!殺したかったら本気で来い!!!

 一矢の為に全開で口を広げて牙を剥く。だが、その口の中に悪魔王の指が入った。

――ごっっっ!!

 口の中が鉄の味で充満した。

――牙は折れずか。なかなか頑丈だな

 聞き終わったと同時に先程と全く同じ痛みが全身に走った。

 また地に叩き付けられたのだ。

 二度目故、反応は早い。

 身体を起こす動作も、先程よりも早かった。

 だが、俺は腹を地に付け、仰け反る事になる。

 背中に凄まじい圧迫を掛けられたのだ。

――ぐはあああああああああああ!!!!!

――このまま潰してやろうか。それとも八つ裂きにしようか…

 悪魔王はまだまだ余裕があった。

 歴然とした力の差。せめての一矢も届かない。だが、俺は激しく吼えた。

――クソがあああ!!絶対に殺してやる!!

 背中を圧迫している力が多少緩んだ。

――貴様の気性、遥か昔に封じた俺の七王の部分にそっくりだな

 言っている意味が解らなかった。

 解らなかったが、圧迫している力が微かとは言え、緩んだ事は俺にとってはチャンスだ。

 有りっ丈の力を込め、それから逃れた。

――はぁ、はぁ、これからだ悪魔王…!!

――目が死んでいないな…面白い。なぶり殺しが希望か!!

 俺は再び向かって行く。

 だが、何度向かっても落とされる。

 落とす以外に悪魔王は何もしなくなった。

 向かって行く度ダメージを負う。文字通りなぶり殺しだ。

 何十回も試みたが、全く届く事は無かった。

 そして遂には、俺の身体は動かなくなった。

――限界か。ならばそろそろ死ね

 悪魔王が目を見開いた。

 とどめか。仕方ない。

 強い者が弱い者を殺す。それが俺のルール。

 俺が悪魔王より弱いから殺されるだけだ。

 諦めて目を瞑る。

 その時、俺の近くから泣き声が聞こえ、同時に悪魔王の圧力が無くなった。


「わーん!!うわぁ~ん!!お姉ちゃ~ん!!」


 遠くから聞こえてくる泣き声。

 人間の泣き声。

――魔界に人間が?

 悪魔王も其方に興味を持った。

 その隙に動かぬ身体で這い、泣き声の方に身体を向ける。

――に…人間だ…しかもまだガキ…

 視界に入って来たのは、まだ六歳程度の女の子供だった。

 そのガキは俺の姿を見て、泣きながら走り寄って来た。

「うわぁああ~ん!!助けてよぉ!!ここは暗くて怖いよぉおおお!!」

 そして傷だらけの俺の顔にしがみ付き、泣く。

 驚き、焦る。

 今までも助けてくれと懇願された事はあった。

 だが、それは敵が命だけはと言う意味。

 この少女は、心細いから助けてくれと、暗くて怖いから助けてくれと言っている。

――た、助けてってもよ…お前どこから来た?それにお前、俺が怖く無いのか?

 漸く出た言葉。

「助けてよぉおおお!!わーん!!わーん!!びぃぃぃいいい!!!」

 話になんかならない程、助けだけを要求し、ただ泣く。俺は何故か困って途方に暮れた。

 その時、悪魔王が口を開いた。

――イヴ…?だが、かつての力は無い…お姉ちゃんとか言っていたが、妹に多少力が流れたか…

 力?

 この少女に何かの力があるのか?

 意識を潜らせて探ってみるも、得に感じない。

 強いて言うなら、誰からも好感を持たせる何かがある程度。

 しかし、それは俺達魔獣に届く程では無い。辛うじて人間に届く程度と言った所だ。

 だが、俺には関係無い事だ。

 どうせ今殺されるのだから。

――おいガキ…助けてやりたいが、俺はこれから死ぬ。だからあのデカいのに頼みな

 遥か上から俺達を見下ろす悪魔王に視線を向ける。

 だが少女はしがみ付きながら首を横に振る。

「ヤダヤダヤダヤダ!!助けてよぉ!!びぃぃぃい!!」

 俺の顔は少女の涙と鼻水で、ぐっしょりと濡れていた。

 困るわ汚ないわで、取り敢えず離したいが、いくら言っても離れない。喰うぞと脅しても離れない。

――ふむ、貴様はまだやらならければならない事があるようだ。これも創造主のお決めになった事か

――創造主が決めた?何を言ってんだお前…早く俺をぶっ殺して、このガキを現世に帰してやれよ。どこから迷い込んだか知らねぇが、魔界は人間が生きられる所じゃない。俺の覚悟は決まっているが、ガキは関係無い

 そして俺を頼って泣いている少女を、放置する訳にはいかない。

 死に直面した俺が、初めて他人の為に何かしようと、気紛れに決心したのだ。

――貴様は殺さない。いや、殺せない…その少女は貴様を頼っているのだからな。そしてその少女はいずれ進化の鍵になるかもしれぬ。それまでは貴様を生かしておこう。先ずはその男から少女を見事救い出してみろ

 言いたい事を言い、勝手に姿を消した悪魔王。

 だだっ広い魔界に、ボロボロの俺と少女だけが居た。

――何が何だが訳が解らないが、取り敢えず助かったって訳か…

 そう思うと、この少女が俺の命を救ったとも言える。

 ならばその借りは返さねばならない。

――もう泣くなガキ。俺が助けてやる。だからもう…

 少女は俺にしがみ付きながら、ウンウン頷いた。

――それにしても、なんで魔界に迷い込んだ?そしてお前の名は?

 少女に問う俺だが、別の方向から返事が返ってきた。

「その少女の名はモード。魔界には姉によって捨てられた。だから迷い込んで来たと言うのとは、少し違うんですよ」

 目だけ声の方向に向ける。

 そこには頭を丸めた、一人の男が、困ったように笑いながら立っていた。

 牧師のような服装。聖職者だ。

 俺達魔獣の敵なのは、瞬間に理解できた。

――誰だお前?

 残っている気力を殺気に変えて、男を睨み付ける。

 男は両手を広げて笑いながら口を開いた。

「やめときましょうよ。今のアンタに私は殺せない」

『今の俺』と言ったのは謙遜だと言う事は解った。

 こいつは全力の俺すらも恐れる事は無いだろう。それ程の余裕を見せていた。

「いやね。おか…その子の姉に、魔界で死んでいる筈のその子から、一部を取り返してくれと頼まれたんですがね。まぁ、これも偶然と言う奇跡ですかね」

 言っている意味が解らないが、取り敢えず戦うつもりは無いようだ。

 悪魔王はこいつの存在を知っていた。

 こいつから少女を守ってみろ、と言っていた。

 だから多少なりとも安堵した俺が居た。

 少なくとも、戦う意志は無いのだから。

 男は俺の思考など関係なく話し続ける。

「アンタが行く先行く先の魔獣や悪魔をぶっ殺していたおかげで、この少女は所謂外敵に遭遇しなかった。って事です」

 つまり死んでいないのだから仕事は出来ない。

 男は暗にそう言っていた。

 更に続ける男。

「しっかし…今回は本当に珍しい。いや、初めてか。おと…彼が姉以上に関心を示している、元伴侶が同時期に転生して来た事といい、肋骨が分かれて存在した事といい…今回は何かある。アンタの出現も運命の歯車の一部と言う事でしょうな」

 自分一人で全て納得したように頷く男。

――何が何だかさっぱりだが…用事が無くなったんなら失せろ。俺にはこれから仕事があるんだよ…

 未だに泣きじゃくっている少女を慰めながら言い放つ。

「言われなくとも、ですな。用事はまだ先の事になりましたからな。何だか面白そうになってきましたなぁ…」

 笑う男。

 背筋が寒くなった。

 悪魔王に殺されそうになったから臆病になったのか、それは解らない。

 解らないが、男の笑顔を怖いと思ったのだ。

 そして、解せない事もある。

 なんでこいつは少女を『わざわざここまで護衛して来たのか』。

 俺がぶっ殺しておいたから、敵に遭遇しなかった事は納得できるかもしれない。

 そうだとして、ここに連れて来たとして、なぜ放置しない?

 モードを後ろに下がらせて、身を盾にする俺。

「だから、やらないって。基本面倒臭い事は嫌いなんですよ私は…」

 再びやれやれと言った感じで俺に背を向ける男。

 帰るのか、そう思った矢先、男が顔だけ此方に向ける。

「あ、そうそう。名乗れと言われましたな。色んな呼び名がありますが、カイン、と呼んで下さい。遠くない未来で再び会う時まで忘れんで下さいよ」

 男は再び背を向け、手を上げて左右に振る。

 そして、徐々に俺の視界から消えていった。

 悪魔王とカインと名乗る人間。

 一度に二回、死にそうになったが、この少女が助けてくれた。

 モードに囁く俺。

――おいガキ、いや、モード。何か面倒な目に遭っているようだが、今日から俺がお前を守ってやる。だから安心しろ

 命の恩人たる少女に借りを返す。

 いや、仕える。

 モードは漸く泣き止んで、俺を見上げた。

「ホント?お姉ちゃんから、知らない人達から私を守ってくれるの?」

――俺は約束、いや、自分のルールは守る。本来ならば死んでいた俺は、お前のおかげで生き延びたんだ。だから俺の命はお前のもんだ

 首を動かし、背中に乗るよう促すと、モードは戸惑いながらも、それに従った。

「えへ、えへへ…怪獣さん、私の大好きなお話に出てくる、竜にそっくりな姿だねー」

 背中に乗って緊張がほぐれたか、初めて笑ったモード。

――へぇ?何て名前だ?

「んとねー。鏡の国のアリスってねー。お話のねー。ジャバウォックっていう竜だよー。強くて怖いんだよー」

――ふーん。俺に相応しい名前だなぁ?俺も強くて怖いからよ。さぁて、現世に行くぞモード。しっかり掴まっていろ

 傷付いた翼を、痛みをこらえて羽ばたかせる。

 辛うじて飛ぶ力程度は回復していた。

 そして魔界を出た。

 この日、魔界を出て現世に来た日から…

 俺は漆黒の飛竜をやめて、モードを守る魔獣、ジャバウォックとなった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 懐かしい…懐かしい思い出だ。

 モードと初めて会った日の事。

 あの日から、俺はモードを守る為にのみ存在している。

 まさか、この話を他人にする事など考えてもいなかった。

 いなかったが、この男には、全て話せる。

 魅了が通じず、モードが心から懐いた、ただ一人の男になら…!!

 俺は空を仰ぐのをやめて、男に顔を向けた。

――以上が…俺がモードに仕える理由…って!!

 男を見て愕然とする。

 男は椅子に座って腕を組みながら爆睡していたのだ。

 カー…カー…と、実に心地良さそうに寝ている。

――おおい!!いくら何でもそれは酷いだろう!!

 生まれて初めて突っ込みなる物を入れた。

「…おおっ!悪ぃ悪ぃ…今度はちゃんと聞くから、最初から頼むわ」

――これはデジャヴか?俺が初めて此処に来た時に見た光景だよな!?

「だから悪いってんだろがトカゲ。ウダウダ言わねーで話せっつーの」

 俺は渾身の溜め息を付き、今度は感情を入れる事も無く、淡々と事務的に話した。

――以上が俺が仕える理由だ

「やけにアッサリしてんなー。まぁいいけど」

 アッサリさせたのはお前だろうと、心の中で突っ込みを入れる。

 同時にいきなり立ち上がった男。俺は身を強張らせて、たじろいだ。

 心の中が読めるのか?

 俺が突っ込みを入れた事がバレたのか?

 そう、動揺する。

「おっしゃ。寝るか。いくぞタマ」

 男は寝ていた妖狐を抱き上げ、俺が話した事などに何の関心も示さずに、帰ろうとした。

――待て待て待て待てっ!!ただ聞いただけか!?何か感想とか無いのかっっっ!?

 別に共感して貰いたかった訳じゃない。

 だが、何だ、何か違うじゃないかそれは!!

――何だ貴様?勇に聞いて貰いたかったのか?意外とセンチメンタルな奴だな

 妖狐がニヤァと口元を歪める。

――話せと言ったのは奴だろう!!俺は要望に応えたまでだっ!!

 確かにその通りだが、聞いて貰いたかったのも事実。

 だからこそ余計に腹が立つのに、何か空回りな雰囲気を感じる。

「感想か?まぁ、色々あらぁな。って事だ」

 ゴーン!と俺の中でおかしな鐘の音が響く。

 何という適当な奴だ!!

 こんな奴に俺は心を開いたと言うのか!!

 すっかり疲労し、項垂れた。

――そ、そうか。解った…ゆっくり休むといい…

 最早それしか返答不可能となった。

 おかしな疲労感のみが支配する。

「そうするわ。明日忙しくなるからな。お前も早く寝ろ」

――そうさせて貰う…ん?明日忙しくなるとは?

 聞き返す俺に、男が生欠伸をしながら返事をする。

「クルンクルンが仲間連れて、喧嘩売りに来るからに決まっているからだろうが」

 シレッと言い放つ男。

 故に俺の思考が定まらない…

「ハゲとの確執も終わるし、小娘は自由になるし、お前もお役御免となる。万々歳ってヤツだな」

 未だに思考が定まらない。

 更に続ける男。

「明日はお前にも働いて貰うからな。今日はぐっすり寝ろ。んじゃあな」

 妖狐を抱きながら、帰路に付く男の後ろ姿を、呆然と眺めた。

 明日、全てが終わると言うのか?

 何故奴が解るんだ?

 小さくなって行く男の姿から目を離さずに、ただボンヤリと眺めていた。

 そして、やはり俺は思考が全く定まらなかった………

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