普通の少女

 朝ご飯の時間になっても、まだ北嶋さん達が家に帰って来ない。

 先程からアーサー・クランクが居間と玄関を行ったり来たりとウロウロしている。

「何をそんなにソワソワしているんだ?良人が一緒なんだ。仮に敵が現れても、 モードに指一本触れる事はできないよ」

 ダージリンを啜りながら、リリスがみっともないとたしなめる。

「どんな敵が来ようとも、北嶋なら問題は無い。いや、モードの最大の敵が北嶋かもしれない…」

「何を言っているんだ君は?」

 アーサー・クランクは真面目な、凄ぉく真面目な顔を私達に向けた。そして心無しか青ざめていた。

「もし、もしも、北嶋がモードに欲情していたら?いや、其処まで行かなくても、露天風呂で混浴を強制していたら?」

 一瞬だけ静寂に包まれた居間。

 そして―

「「アアッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」」

 家が壊れんばかりに笑い出す私達。

 アーサー・クランクだけは目を点にし、多少だが驚いていた。

「な、何がおかしい!!」

 驚きながらも憤慨するアーサー・クランク。

「ハハハ!!な、何を言い出すかと思えば…ハハハハハハ!!ゴフッ!!ゴフッ!!」

 リリスは余程お腹が痛いのか、文字通り腹を抱えて笑い、むせている。

「アハハハハハ!!き、北嶋さんが、16歳の少女に…ひー!目が霞むっ!!」

 涙で霞んで前が見えなくなる私。

「き、君達もモードの愛らしさを…」

 何か言いた気なアーサー・クランクだが、可笑しくて可笑しくて、申し訳無いが話を聞く余裕が無い。

――うるさいぞ貴様等!!聖騎士、そんなに心配ならば、裏山に様子を見に行けば良かろう!!

 タマが北嶋さんの部屋から降りて来て、小さな身体で威嚇をする。

「あー、そうだね。朝食の時間でもある。迎えに行こうじゃないか」

「そうね、散歩も兼ねて、タマも行きましょう」

 タマにリードを付け、何故か慌てているアーサー・クランクの背中をグイグイ押して家を出る私達。

 しかし、アーサー・クランクの的外れな心配と来たら…

 私は声を殺して、思い出し笑いを繰り返した。

 裏山の入り口、海神様の池に到着すると、飛竜が翼を休めているのが目に入った。

「おはよう飛竜。傷は…賢者の石で治したから、大丈夫か」

 私達をチラリと見ると、微かに頭を下げた飛龍。

――貴様、客なれど、無礼な態度は許さぬぞ

 挨拶には挨拶で返せと言う事なのだろうか?タマが仄かに殺気立った。

――人間に挨拶をされるのはモード以外に居なかったのでな。慣れていないだけだ。気を悪くしないでくれ

 どう対応したら解らないと。困った表情がそれを物語っている。

――まぁ良い。貴様の主人はどこだ?

――竿を持って歩いていたんだ。池じゃなければ滝だろう

 まぁそりゃそうだ。元々渓流釣りに付いて行ったんだし。

「モードを迎えに行こうと思うんだが、君も来るかい?」

――そう言えば朝食の時間だな…身体が弱いから、ちゃんと食事は取らせなければならない。同行させて貰う

 仕えている、と言うよりは、兄のような感じだ。

 恐らく、タマや葛西の所のロゥ達にも引けを取らない力を持っている筈だが、何故彼女に仕えて、いや、面倒を見ているのか、興味を抱く。

 後で聞いてみようと思い、滝を目指して共に歩き出した。

 リードを引っ張りながら先頭を歩くタマ。だが、その歩みはゆっくりだ。

 タマにとっては散歩だからに他ならないからだが、アーサー・クランクは焦れて苛々しているように、眉尻を釣り上げている。

「そんなに早く行きたいなら遠慮しないで先に行ってもいいのよ?」

「いや、別に焦っている訳じゃない。お構いなく」

 ムスッとして返すアーサー・クランクのその表情に、先程の台詞を思い出して再び声を殺して笑う私。

 逆にリリスは声を上げて笑った。

「ハハハハハハ!!無理しなくていいんだよアーサー・クランク!!心配が徒労に終わる事が、私達よりも早く解るだけだからね!!」

「心配などしていない!!俺は北嶋を信じているからな!!」

 無理だと思って私も声を上げて笑った。

「アハハハハ!!信じているって、その台詞が既に心配している事を物語っているのよ!!!アッハッハハ!!」

 可笑しくて可笑しくて、足を止めて笑う私とリリス。

 その時。

「きゃー!!やめて、変なお兄さん!!」

 滝の方から、モードの叫び声が聞こえてきた。

 同時に笑い止む私達。

「今のは…モードの?」

「だよね…やめて、とか……」

 まさか?と、顔を見合わせる私とリリス。

「うおおおおおおお!!モードおお!!」

――うおおおおおおお!!モードおお!!

 アーサー・クランクと飛竜が同時に飛び出した。

――クワーッ!!速いっ!!

 スピードには自信があるタマも驚く程のダッシュ。

「まさかとは思うが、私達も急ごう…か?」

「一応、急ぎましょう…ね」

 気になった私達もアーサー・クランク達の後を追って駆け出した。

「モード!!モードおおお!!」

――モードおおおおお!!

 絶叫しながら走っているアーサー・クランクと飛竜。

 飛竜は飛べばもっと速いのに、動揺しているのか、アーサー・クランクと並んで走っていた。

「ハァ、ハァ、ヒールはキツい!!」

 遅れるリリスを庇いつつ、滝に到着すると、アーサー・クランクと飛竜が固まりながら滝壺を見ていた。

 そこには、上半身裸の北嶋さんが、嫌がるモードにグイグイと接近している最中だった!!

「北嶋…信じていたのに…っ!!」

――人間にモードを任せるのは避けるべきだった…俺の認識の甘さが…!!

 血の涙を流さんばかりに歯を食いしばっているアーサー・クランクと飛竜。

 そして此方に気が付いたモードが北嶋さんから逃れるように向かって来て、リリスに抱きついた。

「リリスさん!!変なお兄さん、変なお兄さんがあぁぁぁあ~!!」

 明らかに怯えているモード。

 そして北嶋さんが平和な顔で此方に近付いてくる…

「よぉお前等。丁度良かった」

 ニコニコしながら私達に接近してくる北嶋さん。ギリリと右拳に力が入る…

 信じていた。

 いや、思いもしなかった。

 16歳の少女に、嫌がる少女に無理やり…

「お前等もそこで…」

 ポンと私の肩に手を置く。

 プチンと何かが切れた音が聞こえた。

「触るなロリコン!!」

 久し振りに、本気で北嶋さんの鼻っ柱に、右拳を叩き込んだ。

「ぐはあああああああああ!?」

 鼻血を噴射させ、超吹っ飛ぶ北嶋さん。


 ドプン


 滝壺に落ちた北嶋さんは、鼻血で水を朱に染めて下流の方に流れて行った。

「はあ!!はあ!!はあ!!何故犯罪者に堕ちたの北嶋さん!!」

 足元にあった石を投げつける。


 ガイン


 見事に額にヒットし、北嶋さんは反転した。

――尚美さん!!何をしているんですか!?あれでは勇さんが死んでしまいます!!

 慌てて駆け寄る黄金のナーガだが、北嶋さんに触れる事は叶わず、スカスカと身体をすり抜けている。

――流石にマズいな。妾が助けに…


 ドプン


――クワーッ!!水の流れが速いーっ!!

 北嶋さんよりも下流に流されるタマ。

「くっ!モードの件は許せる事では無いが、聖騎士たる俺があの状況を見過ごせる訳が無い!」

 既に浅瀬に流されて、顔だけ水面に付けている北嶋さんを引っ張り上げ、救出するアーサー・クランク。

 タマは自力で陸に這い上がり、身体をブルブル振って水を飛ばしていた。

 その時、モードに抱きつかれて慰めていたリリスの視界に、北嶋さんのシャツが目に入る。

「良人のシャツだが…血が付着しているが…」

 ブワッとざわめくアーサー・クランクと私。

 もしかしたら…手遅れだったのでは…

 既にモードは純潔を奪われた後なのでは………

――血?ああ、魚の血の事ですか

 黄金のナーガが河原をチラリと横目で見る。釣られて其方を見る私達。

 其処には、釣ったと思しきニジマスが1、2、3…7匹。

 上手く石を積み重ねて作った竃に、串で美味しそうに焼かれていた。

 更にその横には、まだ捌いていないヤマメがコロンと横たわっている。

「……ねぇモード。北嶋さんはあなたに何をしようとしたの?」

 いや、聞かなくても解った。

 解ったけど、聞かずにはいられない。

 少しでも言葉を発しないと、罪悪感に押し潰されそうだから…

 モードはリリスから離れようとせずに、グズグズ泣きながら答えた。

「変なお兄さんが、私にお魚捌けって!自分で釣った魚は捌かないといけないって!わああああ!!」

「…そ、そう…やっぱりそうなのね……」

 ガックリと肩を落として、地べたに手を付く。

 要は、魚を捌くのが気持ち悪いから拒否していたのだ。

 超脱力している私もそうだが、アーサー・クランクもリリスも、真っ青になりながら北嶋さんから意識的に視線を反らしていた。

「………なあ、君にさっき言っていたよね…お前等も一緒にとか…」

 それも理解した。

 一緒に焼いた魚を食べようと提案して来たんだ。

「…俺は助けた…溺れ死にする寸前の北嶋の命を救った…」

「卑怯だな聖騎士!!何故自分だけ逃れようとする!?」

――モードに魚を捌かせようなどと!!野蛮な行為を行わせようとは!!

「無理やり理由を付けて怒っても無駄だよ。ちゃんと謝らないと殺される………!!」

 全員俯き、何とも言えない静寂に包まれる場…

 今回は本当に此方が悪い。

 何と言って謝ろうと考えていたその時…砂利を踏み歩く音が耳に付く…

 恐ろしくて音の方向を見る事が出来ない私達。

 やがて私達の直ぐ傍まで音が接近していた…

 居る………

 直ぐ傍に北嶋さんが居る!!

 顔を上げる度胸など私達には無い。

 だからそのまま言った。

「あ、あの、北嶋さん…」

 私の声を無視し、モードに近付いていく北嶋さん。

 全員心臓が尋常じゃない程高鳴っていた。

 顔を上げる事が出来ず、ただ成り行きを見守るのみの私達。


 ゴイン


 突然、モードが頭を押さえてしゃがみ込む。

「いったあああ~!!」

 北嶋さんがモードにゲンコツをくれたのだ。

「おいバカガキ!!お前のせいで俺は散々な目に遭った!!お前はもう知らん!!出て行け!!」

「だってお魚気持ち悪いんだもん!!」

 精一杯反抗するモードだが、北嶋さんに通じる筈は無い。

 しゃがみ込んでいるモードの襟首を掴み、そのまま持ち上げる。

「お前に釣られるまでヤマメは生きていた。お前が引き上げるのが下手くそだったからヤマメは死んだ。だから食わなきゃならん。ただ遊びで魚をぶっ殺しただけになっちまうからな」

 言い聞かせるように真剣な北嶋さんだが、私が投げた石のダメージで大きいタンコブをこしらえていた為、イマイチ決まらない。

 いや、私が全面的に悪いんだけど…

「だから変なお兄さんが捌いてくれてもいいじゃん!!」

 何故やってくれないの?と、眉根を寄せ、眉尻を釣り上げるモード。

 北嶋さんは掴んだ襟首を放し、今後はほっぺたを両手で挟みながら顔を覗き込んだ。

「お前が殺した魚の後始末を、何故俺がやらなきゃならんのだ?やり方は教えてやる。意味も無く生き物を殺すな。それじゃあ、お前がねぇちゃんに狙われているのと大差無いぞ」

 タンコブはアレだが、格好いい説法をする北嶋さん。

 そんな北嶋さんに、私の心が更にズキズキと痛んだ。

「…わかった」

 姉と大差無いと言われて何となく意味が解ったんだろう。素直に転がっているヤマメに向かう。

「あ、あの、北嶋…」

「良人…その…」

 疑った事を謝罪しようとアーサー・クランクとリリスが怖ず怖ずと前に出る。

 そんな二人をギラリと睨み付ける北嶋さん。

「此処に居る間は、ロリコン無表情は裏山の掃除。銀髪は神体の掃除だ」

 意外と軽い罰でホッと胸を撫で下ろし、ウンウン頷く二人。

 そりゃそうだろう。

 二人はただ疑っただけ。

 特に北嶋さんには危害を加えていない。

 危害を加えたのは……

 私だけ!!!

 私は裏山と神体の掃除は毎日行っているから、もっととんでもない罰を与えられると一人怯えていた。

「神崎」

「ひ、ひゃいっ!!」

 思い切り裏返った声で返事をする。

 何を言われるんだろうとドキドキしている。

「小娘に魚の捌き方教えてやれ。あと家事全般な」

「え?そ、それだけ?」

 もっととんでもない要求を言われるかと思ったが、意外と普通で拍子抜けしてしまった。

「小娘は今後独り暮らしする事になるからな。経済観念、生活能力を困らないようにしてやれ」

 黙って頷く私。でも気になった事を聞いてみる。

「独り暮らしする事になるって?」

「四の五の言わずに言われた通りやれ」

 すんごい険しい目つきで突っ張ねられた。やっぱりまだ怒っている。

「解りました。ごめんなさい」

 ここは素直に謝罪して、素直に言う事を聞こう。

 悪戦苦闘しているモードの傍に向かおうとしたその時。

「え?あ、あれっ?」

「あれっ?」

 二人同時に裏返った声を出した。

「な、なんかモードへの気持ちが…」

「確かに…バタバタしていたから見逃す所だったが…」

 何か解らずに様子を見る。

「漸く正気に戻ったか。ロリコン無表情と過保護銀髪が」

 北嶋さんは面白くなさそうに吐き捨てるように言い放った。だが、ちゃんと理由を教えてくれた。

「小娘はクルンクルンの技を意識しないで自然に使えるんだ。クルンクルンの一部を持って生まれてしまったからな」

 ポケットから小さな石の破片を取り出してみんなに見せる。

「なんだこれは?」

 覗き込むアーサー・クランクとリリスだが、私はモードに付きっきりで、魚の捌き方を教えている最中。

 チラチラと横目で見ながら、聞こえてくる会話を聞く事しかできない。

「クルンクルンの肋骨の先っぽだな。力の一部だ。何か相手に好意を持たせる事ができるようだぞ」

「好意を?じゃあ…」

「お前等が必要以上に小娘を構っていたのは、その力って訳だ」

 顔を見合わせるアーサー・クランクとリリス。

 アーサー・クランクは好きと言う好意を、リリスは妹みたいに守らなければならないと言う好意をモードから受けた。

 モード自身はそんな事を考えて行っていた訳ではない。

 周りに集まってくる人々が、『魅了』され、勝手に行っていたのだ。

 アダムの威光は平伏させ、力付くで従わせていたが、イヴの魅了は自らが望んで従う。

 私にはエデンの炎の十字架が宿っているから、モードに魅了されなかったのだ。

「できた!!アーサー見て見て!生まれて初めてお魚捌いたよ!!」

 不格好ではあるが、一生懸命に、命を頂く為に捌いた魚をアーサー・クランクに見せた。

 誉め言葉を期待してか、瞳がキラキラと輝いている。

「あ、ああ。頑張ったな」

 意識的に視線を逸らし、ぎこちなく笑うアーサー・クランク。

「?リリスさん、どう?ちょっとボロボロになっちゃったけど」

 今度はリリスに魚を見せる。

「うん…最初だからね。私よりは上手だよ。多分」

 精一杯優しく受け答えしたつもりのリリスだが、何か素っ気ない感がある。

 魅了が解けたから、心境の変化に戸惑っているんだ。

「…なんか変なの、二人共………」

 さっきまでの反応と微妙に違う事に気付き、少し不機嫌になるモード。

 フォローを入れようとした私よりも先に、北嶋さんが口を開く。

「よし、不格好な開き方だが、最初はこんなもんだ。串に刺して塩を振るぞ。サービスで俺がやってやる」

 そう言うと、北嶋さんはモードから山女魚を預かり、串を刺して竃に突き刺した。

「ほら、お前の魚が焼けるまで、俺が釣ったニジマスを食え」

 焼き上がった魚をモードに渡す北嶋さん。みんなを呼んで一匹づつ配った。

「美味しい!こんなに美味しいの?」

 ニコニコ笑いながらニジマスを頬張るモード。

 アーサー・クランクとリリスはやはり微妙な表情でそれを見ている。

「ねぇねぇ変なお兄さん、ジャバウォックにもあげていい?」

「おー。タマにも一匹やってくれ」

 二匹モードに渡す北嶋さん。タマは普通に貰っていたが、気になるのが飛竜だ。

 モードが幼かった頃から仕えていた飛竜。

 魅了に掛かっていたのか?

 もし掛かっていなかったら、その反応は?

 文字通り固唾を飲んで見守る。

「ジャバウォック、美味しいよ!はい!」

 飛竜は頷き、口元に運ばれたニジマスを普通に咥えてバリバリと食べた。

――む、モードの言った通りだ。次はお前が釣った魚を食わせてくれ

 目を細め、笑顔を作って先程までと同じように接した飛竜。

 モードも嬉しそうに頷いた。

 飛竜は魅了に掛かっていない。

 自らの意思で、ずっとモードに仕えていた事が、決定付けられた事になった。


「ふぅ、お魚食べたらお腹いっぱいになっちゃった」

 河原に座り、お腹をさすって満足気なモード。

「朝ご飯、これでいいの?用意はしてあるけど」

「二匹も食べたからお腹いっぱい」

 北嶋さんのニジマスに自分で捌いたヤマメを食べて、満腹になってしまったんだ。これは仕方無い。

「んじゃ、お前の朝飯は俺が食ってやる。道具を片付けて家戻るぞ」

「はーい」

 素直に釣り竿や道具を片付けるモード。実にテキパキ動いている。

――モード、身体は大丈夫か?

 飛竜がハラハラしながら気遣っている。

「大丈夫。凄い調子いいの!」

 今朝北嶋さんに喘息を治して貰ったモードは、かつて見せていた弱々しさが無くなっている。

 飛竜にその事を告げる私。

――何!?あの男がモードの喘息を………

 驚き、北嶋さんに顔を向けるも、北嶋さんは万界の鏡を使っていないので、知るよしも無い。

 普通にタマのリードを持って家に向かって歩いていた。

 家に着いた私達は、遅めの朝食を取り、北嶋さんに言われた仕事をこなす。

 私はモードに家事全般を教える事になっていた。

 掃除、洗濯はそこそこ出来るみたいだが、疲れたとか言って直ぐに投げ出す。

 今までは誰かが代わりに行ってくれただろうが、これからは違う。

 魅了が使えないモードに、必要以上の善意を与える人が居なくなったのだから。

「ちゃんとやらないと、北嶋さんに叱って貰うよ?」

「う~…変なお兄さんのゲンコツは痛いからな~……」

 渋々ながらも仕事を続けるモード。

 意外と北嶋さんが抑止力(?)になっているのに驚いたが、当の本人はパチンコに行ってしまったと言う、何とも言えないどんより感が私を支配している。

 まぁ、今回は冤罪で石をぶつけて溺死寸前まで追い込んだ手前、何も言えない自分も居るけど…

 そうこうしている間、お昼の時間になり、リリスとアーサー・クランクが戻って来た。

「裏山…広過ぎる…」

「私は敵だったから、微妙に風当たりが強かったような…」

 ぐったりとしている二人。慣れている私でさえ、結構な重労働なのだから無理も無い。

「おかえり!アーサーとリリスさん!」

 笑顔全開で出迎えるモードだが、二人は微かに苦笑いを作って頷くのみ。

「…変だよ二人共……私、何かいけない事したかなぁ…」

 明らかに態度の違う二人に、悲しくなり俯いてしまったモード。

「い、いや、モードは悪くない」

「そうだとも。悪いのは私達の方だ…すまない…」

 モードは何も悪くない。魅了を失っただけだ。

 変わってしまったのは周り。

 アーサーもリリスも、頭では解っているのだが、心が付いて行って無い。戸惑っていると言う表現が一番しっくりくるだろう。

「モード、多分あなたを知っている人達は、今まで通りにあなたに接する事は無くなるわ。だから自活できるように、北嶋さんが私に自炊や家事を教えるように…」

 頷くモード。

「解ってるよ。普通になったって変なお兄さんが言っていたもの。だけど、ちょっと寂しいかなぁ、って」

 周りは兎も角、飛竜が威嚇すらしなかったアーサーやリリスを、多少なりとも信頼していたであろうモード。

 裏切られたような気持ちになるのも無理は無かった。

 そして夜、北嶋さんの帰宅と共に、出迎えるモード。

「おかえりー!変なお兄さん!」

「おー。相変わらずチンチクリンだな小娘」

「相変わらずって…まだ24時間経ってないよっ!」

 憤るモードに、いっぱいお菓子が入っている紙袋を渡す北嶋さん。パチンコで取った景品のようだ。

「うわー!!見た事が無いお菓子ばっかり!!」

 目をキラキラさせて紙袋を抱えるモード。

「おやつは飯食える程度にしとけ。無表情達にも分けるんだぞ」

「うん!あ、ねぇねぇ。ポテトサラダ、初めて作ったんだよ!」

 北嶋さんに纏わり付き、じゃれつくモード。すっかり北嶋さんに懐いたようだ。

 北嶋さんもいつも通りのようだが、微妙に面倒見がいい。

 きっと静さんを思い出しているんだ。

 静さんが亡くなった時と同じ年齢。

 身体が弱いのも同じ。

 多少幼く感じるのも同じ。

 色々と重なる所がある。

 兄弟が居たら、きっと北嶋さんは良いお兄さんとなっていただろう。

 まぁ、今の北嶋さんとモードの年齢では、兄妹と言うよりは、叔父さんと姪と言う所だろうが、見ていると妙に微笑ましい。

「お前、俺達に仕事を押し付けて…」

 色々苦情を言いたいアーサーだが、口を噤む。

 負い目があるのはアーサーだけじゃないから、良ぉぉぉく解る。

「今日だけだからね…」

 ボソッと呟いて北嶋さんにご飯を装う。

「むぅ、1日天下か。明智光秀より短い」

 仕方ないとご飯をかっこむ北嶋さん。

「ねぇねぇ!ポテトサラダ食べてみて!」

 お茶碗を持っている手をグイグイ引っ張ってまで、食べさせようとしている。

「解った解った!鬱陶しいなぁ…」

 ブチブチ言いながら、取り分ける前のお皿に盛っていたポテトサラダを、一口頬張る。

「………お前塩入れた?」

「入れた…筈…」

 自信が無く、少し俯いたモード。

「味薄いわ!神崎、醤油くれ!」

 問答無用とばかりに、ポテトサラダにお醤油をかけた。

「あーっ!ヒドい!」

 確かにヒドいかもしれない。

 だけど多分アーサーもリリスも付き合いで一口程度しか食べない味。

 取り分けると、絶対に残ってしまう。

 結果モードはもっと悲しむ事になるだろう。

「仕方ないから俺が全部食ってやるよ。次は失敗すんな小娘」

 黙々とポテトサラダを口に運ぶ北嶋さん。

 不器用な優しさが、実に彼らしい。


「ポテトサラダのダメージがデカいわ…」

 パンパンに膨らんだお腹をさする北嶋さんは流石に苦しそうだ。

「私も頑張るのに…」

 モードに聞こえないように、北嶋さんに向かってそっと呟いた。

「でも半分は無理だろ?初めてだから仕方ねーしな」

 本当に苦しいようで、お茶を啜るのにも難儀している。

「ははは…何となく事情は察したが、言ってくれたら私も頑張ったよ」

「言わなくとも頑張れ。少なくとも、小娘の肋骨の先っぽを取る前は、絶対に頑張っていた筈だろ」

 表情が曇るリリス。

「私が魅了されていたとは迂闊だった」

「お前は神崎によって、ただの人間になっちゃったからな。仕方ないっちゃー仕方ない」

 リリスにアダムの威光が通じたのには、男尊女卑からの苦手意識が根本に根付いていた為だが、魅了は普通の人間となったから通じた訳だ。

 とは言え、流石に魔女の肩書きは伊達じゃない。

 その力は殆ど衰えていない。

 今、本気でぶつかる事になったら、正直勝てるかどうか解らない。

 友達になって良かった、と、心から思う。

「さぁて、風呂入ってくるか」

 ヨッコイショとソファーから立ち上がる北嶋さん。

「裏山の露天風呂か?俺も行っていいか?」

「お前すっかり温泉好きになっちゃったなぁ。まぁいい。んじゃ来い」

 ワクワクした表情をして、立ち上がるアーサー・クランク。

「神崎、今日は無表情が来るから、混浴はダメだな」

「だから、しないから」

 ハイハイ言いながらお茶を啜ってテレビを点ける。

「でも、後で入ってみたい気はするね」

「じゃ、北嶋さん達が上がったら、私達が入りに行きましょうか」

 実は、露天風呂が完成してから、入るのは初めてだったりする。

 結構ワクワクしている。

 アーサー・クランクの事は笑えないな、と、一人微笑む。

「んじゃ行ってくらぁ」

 北嶋さんとアーサー・クランクが洗面器と着替えを持って外に出た。

 私達は軽く手を振って送り出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 露天風呂に限らず、風呂に入る前は、湯船に浸かる前にちゃんと身体を洗って入るのがマナーだ。

 勿論北嶋の露天風呂でも忠実に実行する。

「ほぉ、お前もなかなか温泉が様になってきたな」

 既に身体を洗い、湯船に広がるように浸かっている北嶋が感心したように話し掛けてきた。

「お前は普段は無茶苦茶なのに、こんな事だけは律儀だからな。よく怒られたから、もう忘れる事は無いのさ」

 北嶋の隣に浸かりながら、裏山の工場の時、銭湯でよく怒られた事を思い出す。

「お前等バカチンは全く物を知らなくて、平気でそのまま湯船に入っていたからな。暑苦しい葛西に怒られていた奴もいたな」

 北嶋も葛西も、普通に俺達の頭を小突いて怒っていた。

 最初は聖騎士の頭を小突くなんて、と憤慨していた連中も居たが、マナー違反だと知ってからは素直に言う事を聞いたものだ。

 懐かしく思えるが、そんなに時は経っていない。

 あれから裏山は更に神秘の空間となった。

 この露天風呂もそうだ。

 どれだけ神の恩恵を受けているのか、この男は理解していないし、柱もそれについては何も言わない。

 全く奇妙な信頼関係だ。

「お前が羨ましいよ」

 お湯を手で掬い、顔に掛けながら呟いた。

「そりゃ俺程ナイスな男はいないから、俺に憧れるのは十二分に理解する」

 ゲラゲラ笑う北嶋。

「いや、そうじゃなくてだ。まぁいいか」

 憧れ。

 確かにそれもあるから、続く言葉を自ら止めた。

 確かに俺はこの男に憧れている。

 圧倒的な力。

 曲げない信念。

 不器用な優しさ。

 普段チャランポランなだけに、より一層映える魅力。

 誰にも公平で、敵には容赦なく、伴侶の拳には適わない男。

 少しでもこの男に追い付きたいと願っている俺がいる。

「…お前、そっちの趣味は無いよな?何かおかしな視線を感じるが……」

 何故か女のように胸を手でクロスさせて隠す北嶋。

「馬鹿言うな。俺はノーマルだ」

 流石に笑って返す俺。

 俺の好みは、可愛くて睫毛が長くて瞳が大きくて、少し心配したくなるような細い身体で…

 ん?

 何故かモードの容姿と重なったが…

 馬鹿な。魅了されていた後遺症だ。

 首を振り、否定する。

「変なお兄さーん!私も入れてー!」

 何!?モード!?

 モードが笑顔全開で露天風呂に駆け込んで来た!!

 白いバスローブに身を包み、息を切らせて露天風呂の前で立ち止まるモード。

 素敵だ………

 じゃなくて!!

 じゃなくて俺!!

 咄嗟にモードに背を向ける。

 今、今一緒に入るとか言っていなかったか?


 ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ…


 心臓の鼓動が凄まじい程高鳴る。

「何だ小娘。一緒に入りたいのか?よく神崎達が許したなぁ」

 しれっと言い放つ北嶋!!

 何という度胸!!

 何という豪胆!!

 俺はこいつのそんな所にも憧れて…

 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!

 そうじゃなくて!!

 モードは年齢より確かに幼い感じがするが、立派な年頃の女性だ。

 そのモードが男と一緒に、ふ、風呂に入るなどは…

 勢い良く立ち上がりモードを制する。

「駄目だモード!!年頃の女性が男と一緒に風呂に入るなど!!」

「きゃ――――――っ!!」

 叫んで手のひらで目を覆い隠しながら、しゃがみ込んだモード。

 だが、指の隙間から微かに何かを見ている事を、俺ははっきりと確信した。

 黙って再び背を向けて湯船に座る俺。

 何故か凄まじい罪悪感と、恥ずかしさを感じ、俯く。

「何をきゃーきゃー騒いでんだ小娘。風呂はすっ裸が基本だ」

 顔を真っ赤にして立ち上がるモード。

 いや、背を向けているから、真っ赤になっているかは解らないが。

「何を言ってんの変なお兄さん?」

 ハラリ

 今!!今まさにバスローブを脱ぎ下ろした音が!!!


 ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ…


 心臓の鼓動で全ての音が遮断される。

 ザッパァ!!

 隣の北嶋が立ち上がり、水しぶきが多少俺に掛かった。

「前っ!!前を隠して!!変なお兄さんっ!!」

 ジャボジャボジャボジャボ…

 どうやら北嶋は、モードの傍まで歩いて行っている様子。

 前を隠してって事は、アレをブラブラさせながら平然と向かっているのか?

 何という度胸!!

 何という豪胆!!

 やはり憧れる存在だ北嶋…

 じゃなくて!!

 じゃなくて俺!!

 ど、どどどどどどどうするつもりだ北嶋?

 ドキドキしながら耳を傾ける。

 ゴキン

「いったあああああいっっっ!!」

 鈍い音と共に、モードが叫んだ。

 流石に振り向いた。

 モードは頭を押さえて蹲っている。

「あ、あれっ?」

 モードの姿は俺が想像した姿では無かった。

 期待…は、していない!!

 していないが、声が裏返ってしまった。

「小娘この野郎!!露天風呂に水着を着て入るとは、ふざけてんのか!!」

 モードは黄色いビキニの水着を着ていたのだ。

 午後に神崎と買い物に出掛けた時に買って貰ったものだろう。

 …まぁ予想通りだ。何故ならば…

「スパは水着の混浴じゃん!!」

 そう。海外のスパは混浴が基本。水着着用が普通。

「スパゲティか何か知らねーが、此処は日本だ!!治療や美容目的の風呂なんか知るか小娘!!」

 知っているじゃないか…

 どうでもいいが、堂々とし過ぎだ北嶋…せめて前くらい隠せよ…

「だいたい小娘如きが俺様と混浴など10年早い!!水着脱げ!!嫌なら失せろ小娘!!」

「嫌だっ!!入るっ!!」

 何故か露天風呂の縁付近で睨み合う北嶋とモード。

 俺の存在など、すっかり忘れ去られている感がある。

「入りたいなら水着脱げ、小娘!!」

「小娘小娘って!変なお兄さんなんかアーサーより小さいくせにっ!」

 ビシィッと、俺を指差すモード。

「ななななななななぁああ!?いいいいいいいきなり何をおおおお!?」

 湯船に浸かりながら、下半身のアレを押さえた。

「馬鹿野郎!!無表情はガイジンだぞ!!ジャパニーズはこれがスタンダードだ!!」

 腰に手を当ててブラブラ揺さぶる北嶋。

「だから隠してってば!!」

 やはり両手で目を覆うも、指の隙間から見ている様子。

 頬がほんのり赤らんでいるのが…

 いい………

 じゃなくてって俺ぇ!!!

 頭を抱えながら苦悶する。

「き、北嶋、もうそこいらで止め」

 流石に止めに入らねばマズいと思って、制しようとした俺に。

「なんだ無表情!!ちょっとばかりデカいからって調子に乗るなよ!!」

 何か涙目になりながらキレる北嶋。

「い、いや、意味が解らないし…」

 俺はどうしたらいいか解らず、オロオロするばかりだった。

 と、その時。

「何をやってんのよ露出狂!!」

 神崎が右ストレートを放った。

「どふぉっ!?」

 目玉を飛び出させて固まる北嶋。

 神崎の右ストレートは、北嶋のアレにモロにヒットした。

「うわぁあ…手応えがグニャッとか…」

 嫌そうな表情をしながら右拳を払う神崎。

 北嶋はそのまま仰向けに倒れ込み、そのまま湯船に沈んで行く。

「北嶋あああ!!!」

 流石にこの攻撃には同情する。

 俺でも、いや、男なら湯船に沈む事は必至だろう。

 抱き上げて北嶋を湯船から引き上げる。

「やはりこうなっていたか」

 リリスが真っ白いビキニの水着を着て、呆れたように現れた。

「な、なんだお前達?」

 よく見ると、神崎も赤い水着を着用している。

「裏山のスパは水着着用が義務と聞いているけどね」

 微笑しながら俺に水着を2枚投げ渡すリリス。

「ちょっと待て。俺は兎も角、北嶋は…」

 絶対に水着なんか着ない筈。

 日本の露天風呂は裸だと豪語していたのだから。

「じゃあ出て。私達が楽しむから」

 しれっと言い放つ神崎。

「馬鹿な!!俺達が最初に入っていたんだぞ!!これは侵略行為か!!」

「ふん、裸の王様ならぬ、無防備の聖騎士が。不満があったら、力付くで来てもいいんだよ」

 リリスと神崎がモードを挟んでニヤリと笑う。

 俺はその時、温泉に浸っている筈なのに、背筋が凄まじい程寒くなった。

 く!俺は文字通り丸裸。

 北嶋は白眼を剥きながら気を失っている。

 対して戦闘では術がメインの神崎とリリス。

 それに、モード…

 モードもニヤリと笑いながら此方を見ていた。

「ち、分が悪い…」

 ここは撤退が利口か…

 俺は北嶋を担ぎ上げ、露天風呂から逃走した。

「水着着用なら入ってもいいのよ?」

 俺は神崎を睨んだ。

「この屈辱…必ず晴らさせて貰う!」

 水着着用など、日本の露天風呂には言語道断!!

 裸の付き合いこそ、古き良き時代の日本!!

 も、モードと裸の付き合いは少し早いが、いや、そうじゃなく……

 兎も角、俺は北嶋に賛同する!!

「お前達、俺を、北嶋を敵に回した事を絶対に悔いて貰うぞ!!」

 俺は負け犬よろしくな捨て台詞を吐き、家に向かって走った。

 道中、女共の笑い声を耳にしながら、無念を思い、歯を食いしばった。

 本当は水着着用でもいい。

 混ざりたかったのは内緒にして欲しい。

 居間のソファーに北嶋を寝かせた瞬間、目を開け、上半身を起こした。

「良かった!気が付いたか北嶋!」

 安堵し、身体を近付ける俺。

「ぎゃあああああ!!」

 いきなり叫んで身体を丸めて後退る。

「ど、どうした北嶋?」

「俺はノーマルだ!!女が好きなんだよ!!来るな!ってか俺も裸っっ!?」

 ソファーには一糸纏わずに寝かせられた北嶋。同じく一糸纏わず北嶋に接近している俺。

「違うっ!断じて違うっ!!お前は露天風呂で神崎に股関を殴られ気絶したんだ!!忘れたのか!!」

 何故か慌てて状況を説明する。しかし、こいつも恐ろしい想像をするものだ…

「そういや小娘にブランブラン攻撃している最中、神崎にぶん殴られたんだよなぁ」

 突如リラックスして胡座で座る。

「だから前を隠せ…」

 俺は取り敢えず風呂場から拝借したバスタオルを腰に巻いた。

「それにしても、小娘が…ふざけやがって!」

 そんなに水着が駄目なのか、と、少し呆れる。

「やい無表情!お前が小娘に甘いからこうなったんだ!全てはお前の責任だ!」

 無茶苦茶な責任転嫁を食らった。

「甘いって、そりゃ少女だからなぁ。少しは配慮を…」

「貴様が小娘に惚れてしまったから悪いんだ!このロリコン無表情!」

 惚れてしまったから?

 俺はモードに惚れたのか?

 確かに胸の高鳴りは覚えたが、それは魅了の後遺症じゃあ…

 ヘナヘナとその場に座り込む。

「俺は…10以上も歳が離れている少女に………」

 項垂れた俺に北嶋が指を差す。

「そうだ!お前はロリコンだ!いや変態だ!だが忘れるな!お前は変態だと言う事を!」

 ロリコンの他に変態を二度も使われるとは…

 やはり俺は変態なのか!!

 ヴァチカン最強の聖騎士が、ロリコンで変態など、教皇に顔向けが出来ない…!!

 そんな俺の肩をポンと叩く北嶋。

「男は皆変態だ。だから気に病む事は無い」

 ニカッと笑う北嶋の顔。気のせいか、歯がキラッと光ったような気がした。

「北嶋…」

 元気付けてくれた礼を言おうとしたその時!!

「だけどロリコンは無いわ。変態よりランク上のド変態だお前」

 ゲラゲラ笑う北嶋に、悲しみを通り越して、殺意を覚えた……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 魅了が消えた事を確かめる為に街へ買い物に連れて行ったのだが、水着をねだられるとは思ってもみなかった。

 成程、この為だったのか、と、理解する。

「はぁ~…気持ちいいね、尚美さん…」

 湯船に浸かっているモードは本当に気持ち良さそうだ。

 私も微笑を浮かべながら頷く。

「だが良人の逆襲が怖いな。風呂覗きは絶対にされそうだ」

 怖い怖いと言いながら、肩まで身体を沈めるリリス。

「またぶん殴ってやるから大丈夫」

 右拳を突き出して笑う。

「変なお兄さんも水着で入れば良かったのになぁ~」

 かなり残念そうなモード。足でお湯をパチャパチャと蹴っている。

「今度ちゃんとお願いしてみたら?北嶋さんは頑固だから、直ぐに首を縦に振らないけどね」

「じゃあアーサーは?」

「彼なら大丈夫だろう。何故なら」

 言葉を途中で止めて笑うリリス。

 リリスも解ったのだろう。

 魅了が解けても、アーサー・クランクの胸にモードが居た事を。

 キョトンとしているモードに、私達はただ笑ってみせた。

 直ぐに解るよ。とだけ言って。

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