クルドハル帝国航空史
えあじぇす
竜の帝国の航空史
1 古代と中世 宗教に基づく翼と気球
クルドハル帝国は南方の大陸にある小国に過ぎなかった。
住まうのは竜民と自らを称する『二本足』であり、南方大陸住民の特徴として爬虫類に属していた。基本的に全身が鱗で覆われ尻尾を生やし、頭或いは背中に角が伸びている。だが共通しているのはその程度であり、鱗の色や角の本数、体型から目の数に至るまで多種多様な外見をしていた。
竜民を一つの共同体となさしめていたのは統一宗教の存在であった。
四つ目教である。
かつて竜民は翼を持ち、天を自由に飛び回る竜であった。太陽の火を喰らい、雲と風と戯れていた。ところがある日、力自慢だった赤竜が天の神を侮辱した。天の神は怒り、全ての竜から翼を奪い去ると天を火で覆い何者も立ち入れなくした。地に落とされた竜たちはかねてより地に住まいし四つ目竜の導きにより平安な土地に辿り着き、そこで直立して歩き知性ある生き物即ち『二本足』として暮らすようになった。やがて天の神は怒りをおさめ天の火も消えてしまったが、もはや『二本足』に成り果てた竜民には帰る術がなかった。
歴代の王朝や宗教家により何度か修正や後付がなされているものの、四つ目教教典創世記はおおむねこういった内容である。この時に竜たちを従えていた紫竜こそがクルドハル竜帝の祖とされる。四つ目竜も竜民の一血族として実在し、クルドハル宗教界で圧倒的な権勢を奮っている。また、天を落とされた原因を作ったとされる赤竜は、差別対象として現代に至るまで迫害されている。
この創世記がいつごろ成立したかは定かでない。だがこうした神話を幼い頃から聞かされて育った竜民たちは、皆おしなべてかつての住処であった天空へ憧れた。あの澄みわたる蒼空を、美しく飛び回る姿を夢想して語り継いだ。いついかなる時代でも竜民たちは天空へ還るべくありとあらゆる手段を講じた。
最初に飛行を試みた記録は北部ロイデニア地方で発掘された千二百年前の石版に刻まれている。曰く、背中に翼の名残がある子供が卵から孵った。太古の血を受け継ぐ者として国中から崇め奉られ、成人になるのを待って聖木を削り出して骨組みとし、獣の皮で膜を張った翼で飛行を試みた。だが前日に不浄な行いをしてしまったために失敗し、崖から落ちて帰らぬ竜となった、という内容である。
この石版は五十年ほど前にロイデニアの農夫が畑仕事中に偶然発見したものの、長い間注目されることはなかった。教会にも宮廷にもこのような記録は一切残っていなかった為である。だが発掘現場付近の崖下から木製の翼と思われる遺物が油紙に包まれた状態で発掘され、にわかに脚光を浴びた。
背中に瘤がある竜民は血族問わず現代においても現れている。肩甲骨が生まれつき変形している故であり、ある種の突然変異とされているがその原因は定かではない。生物学上竜民がかつて本当に空を飛んでいたことはないというのがクルドハル学界の公式見解である。にも関わらずこうした奇形児は卵から孵るたびに持て囃され、聖者として崇拝の対象となる。だが彼ら聖者へ実際に翼をくくりつけ崖から突き落とし、空へ無理矢理に飛ばそうとした記録はこのロイデニア石版以外残されていない。実際は各地で行われていたが、いずれも失敗し聖者の権威が失墜することを恐れて各共同体で隠蔽されたのではないかというのが学者たちの定説である。なお、発見された木製の翼は宗教画にあるような竜の翼を模した形状をしており、航空力学上全く飛べるような物では無かった。
これ以降も、竜民たちはあらゆる方法で飛行を試みている。驚くべきことにロイデニア事例の二百年後には、地方領主バイゼル一角竜伯による飛行成功例が記録されている。バイゼル伯は様々な逸話を持つ伝説的な人物で、数多の年代記にその名を記されている。中でもこの飛行伝説は彼の最も偉大なる業績として語り継がれ、彼の故郷バイゼルデンでは年に一度伯を讃える飛行祭などが行われている程である。
だが、現学界においてはその信ぴょう性を疑う声は大きい。バイゼル伯は確かに英雄として記録されているが、古の血により火を吐くことが出来た、卵からではなく母の胎から直接産まれたなどと現実的でない逸話が多すぎるのである。そもそも伯がどのように飛行したのかと言えば、二百年前と何ら変わらない、木と皮で造られた翼を背負って羽ばたいたというものである。ロイデニア事例を出すまでもなく、これで成功したとは到底思えない。だが当時この『成功』は雷竜帝ゼオ三世により帝国中へ喧伝され、これを皮切りに身分を問わず飛行実験は大流行した。当時帝国は西の鳥民諸侯国と長きに渡る戦乱に明け暮れており、国力は疲弊していた。竜民の士気高揚のためゼオ三世がバイゼル伯を英雄に仕立て上げたのではないかというのがもっぱらの噂である。以降、虚実入り混じった飛行記録が多数残されているが、いずれも神話や伝説を真似たものであり、どれも成功しなかったというのが現在の定説となっている。
信ぴょう性のある飛行記録は、中世初頭、風船領主の異名をとったヴィンディッヒ男爵の事例まで待たねばならない。ヴィンディッヒ男爵は首長竜であり、その奔放な性格は当時から社交界でも有名だったらしい。気に入った令嬢の尻尾に自慢の長い首を絡みつかせて関係を迫ったという醜聞が、ある貴族の日記に残されている。そんなヴィンディッヒ男爵の趣味はご多分に漏れず飛行であった。だが男爵は首長竜、大柄な体格の血族であり、翼を背負って飛ぶには体重が重すぎた。そして男爵には神話や伝承に拘らない思考の柔軟さがあった。
ある日男爵が領内の町を供も連れず歩いていると――この好色な地方領主は時折こうして見初めた町娘をその首に絡めとっていたらしいのだが――男爵に驚いた道行く少女が手にした紙風船を放してしまい、空へ逃がしてしまった。ヴィンディッヒ男爵の領内からは良質な天然ガスが産出され、それを詰めた宙に浮かぶ風船は領地の名物だった。この時男爵の目に留まったのは風船を失い泣きわめく少女ではなく、自分の首よりも屋根よりも遥か高みへ登っていく風船だった。
この時、男爵は天啓を得た。すぐ屋敷に取って返し、家来に命じて薄布を縫い合わせた巨大な風船を造らせた。更に出来上がった家程もある風船へ、自分が入れる程大きな籠をぶら下げさせた。ガス気球を発明したのである。男爵は大喜びだった。これならば、翼を背負わずに自分の巨体を宙へ浮かべることが出来るのだ。しかも翼を使うよりも遥かに長い時間空に飛んでいられる。後に男爵は風や気流を読みある程度気球を操縦する方法と、重りを使用し、更にガスを排出することによって上下動を操作する術をもあみだした。男爵が造らせた気球は数十に及び、そのほとんどが帝立博物館で展示されている。
しかし、喜ぶ男爵を尻目に世間の反応は冷ややかだったという。竜が翼を用いずに、風船で空を飛ぶなど邪道だというのが当時の風潮だった。男爵は『風船領主』と揶揄されて、彼の創り出した飛行技術は当時ほとんど注目されなかった。だがそんな世間の目も気にせず、男爵はのんびり空を飛び、たまに目についた娘を首にからめていたのだという。真実、風に舞う風船のように自由な竜民であったのだろう。
だが、いかに竜民社会が翼に拘ろうともそれは相変わらず伝承に依った物でしかなかった。たまに成功例はあれど、精々がグライダーのように滞空出来たという程度でそれも数分間でしかなかった。中世も半ばに差し掛かるとバイゼル伯の飛行譚なども単なる伝説に過ぎないとされるようになった。もっとも帝室と教会の手前、表だって巷間で噂されるようなことはなかったが。
クルドハル帝国は既に鳥民族を西海の群島へ追い払っており、この頃は南方の海竜族を恭順させようとしていた。海竜族も竜民には違いなかったが、亀竜族や鮫竜族、更には蛇竜族といった文化も言葉も違ういわゆるまつろわぬ民がその大半を占めていた。戦は大型帆船を使った海戦となり、帝国は苦戦を強いられた。黒鱗竜を中心とした騎士団が往時の帝国軍主力であったのだが、彼らは陸戦にこそ長け海戦は全くの不得手だった。現地で雇った水軍や海賊の運用にも限界があった。これに対し海竜族の軍艦は外洋での戦闘にも耐え得る強靭なもので、その連合海軍は無敵艦隊として南大洋に君臨していた。帝国は幾度か海戦にて敗北、その後陸戦にて挽回を繰り返し、いつしか戦いは膠着状態に陥りそのまま中世末期へもつれ込んだ。
停滞した現状を打破せんと、海軍提督ザバロッキはあらゆる措置を講じた。戦略戦術を一から見直し、未だ近代化されているとは言い難い海軍の再編にも精力的だった。ザバロッキは帝国内外に渡り情報を収集して、何とか海竜無敵艦隊に対抗する術を編み出そうと試みた。そんな中で発見したのが、既に没後三百年を経過していたヴィンディッヒ男爵の気球であった。
ザバロッキはどちらかといえば保守型の髭竜で、理知的な軍人であったとされる。しかし長引く戦に戦費がかさみ、貴族連中や軍上層部から責め立てられて当時の彼は半ば自暴自棄に陥っていた。彼は気球を軍艦に乗せて、高高度から敵艦隊を索敵させようとしたのである。現代で言う、艦載偵察機である。当然、軍内部からの反発は激しかった。宗教的文化的理由もさることながら、気球の安全性を危惧しての反対意見も多々あった。当時の技術ではガス気球の浮力源である可燃性天然ガスは取り扱いが極めて難しく、玩具用の手乗り気球ですら度々火災事故の原因となっていたのだ。現に、ヴィンディッヒ男爵は後年気球の中でうっかり煙草を吸ってしまったため命を落としていた。
ザバロッキも気球の安全性については心得ており、様々な改良を施した。燃えにくい樹脂を塗った海獣の皮で気嚢を造らせ、籠には薄い鉄板を貼り付けさせた。更には脱出用の簡易翼を気球に積み込ませた。これは背負い式の木造グライダーであり、普段は折り畳まれて籠に収納されていた。当然飛行能力はほとんど無いに等しかったが、当時の海軍兵士たちは気球よりもむしろこの簡易翼に全幅の信頼を寄せたと言われている。
斯様な紆余曲折を経て、そしてザバロッキのいつになく強引な手腕によって海軍工廠で偵察気球は完成してしまった。気球は早速フリゲート艦ラ級アゾルバ号に搭載され、実戦投入された。ザバロッキはアゾルバ号に自ら乗船し、偵察気球の初陣を見守った。彼の日記に、その様子が詳しく記述されている。以下にその内容を抜粋する。
――アゾルバ号の船長は自らの船におかしな物を積み込まされてすこぶる不機嫌だったが、私は満足だった。金属索に繋がれているとはいえ、朝日を浴び青白い空へ舞い上がる気球は、ここが戦場であることを忘れさせるほどに美しいものだった。操縦士のバンマス伍長は船乗りの勘で極めて的確に気球を操作し、見事海風にあのじゃじゃ馬を乗せてみせた。(軍務省発行 海軍諸提督備忘録第三十八巻より抜粋)
この気球はビ式偵察気球と名付けられ、運用三日目に海竜艦隊を捕捉、クルドハル艦隊はこれに先制攻撃を仕掛け後世に残る大勝利を収めた。数か月後海竜族諸国はクルドハル帝国に降伏し、帝国は南方大陸を統一した。
ザバロッキには白銀竜翼勲章が授与され、戦乱を終結させた英雄として広く竜民に愛されている。だが当の海軍においてはその限りでない。戦後、気球による航空作戦の有用性に目を付けた帝国軍務省は、海軍から関係者を分離させて空軍を設立し積極的に投資した。結果、クルドハル帝国は世界最強の空中艦隊を擁する覇権国家となったのだが、その分海軍は著しく弱体化したのである。その為ザバロッキは海軍からは空軍にその地位を明け渡した『売軍提督』と恨まれ、陸空軍ではそんな彼を憐れみ『不憫提督』の愛称をつけたと言われている。
そして、時代は近代を迎え急速な工業化は天に憧れし竜たちにまた新たな翼を授けていく。
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