失業したら溺れた上に雷に当たったので異世界で頑張る事にした

トカゲ

溺れながら雷に打たれたら異世界に行けるようになった


 俺の名前は山田 正仁 32歳。2日前まではサラリーマンをやっていて、理由が分からないままに仕事をクビになった中年男性だ。


 さて、32歳という中年に両足を突っ込んだ男が無職になったらどうなるか?

 まず正社員での仕事は難しいだろう。ブラック社員ルート入りますってやつだ。

 数か月分の貯蓄はあるからしばらくは大丈夫だが、直ぐに地獄はやってくると思う。


 絶望していても仕方がないので、落ち着くために俺は趣味である釣りをしに行く事にした。

 通いなれた近場の釣りスポットに向かう。少し曇り空なのが気になるが、多少の雨ならば釣りとしてはプラスに働くときもあるから気にしない。


 堤防に着いて釣りの準備をしているとポツポツと雨が降ってきた。雨合羽を着て準備万端、さて釣りを始めようとした瞬間、俺は足を踏み外して海に落ちた。

 今日は風も強く波があれている。海に落ちた時に頭を打ってしまった俺は波に流されてしまった。


 運が悪い事に近くで雷も鳴り始めた。稲光と轟音が辺りを照らす。

 早く逃げないといけないのに、頭を打ったせいなのか体が思うように動かない。

 体が冷たい。頭が働かない。 

 上を見上げてみると、ゆっくりと白い光が俺に落ちてくるのが見えた。


 「これ、やばっ―――」


 次の瞬間凄い音と光が俺を襲った。俺は雷の直撃を受けて意識を失ったのだ。


・・・


 目を覚ますと俺は病室にいた。

 看護師の人が言うには1ヵ月くらい俺は眠り続けていたらしい。

 自分でもよく生きていたと思う。何でも浜辺に瀕死の状態で流れ着いていたんだそうだ。助けてくれた人には感謝しないといけないが、その人は名前は言っていかなかったようで、探しようがない。

 まぁ、分かっててもお礼を言うくらいしかできないのだけど。


 その後、更に1ヵ月のリハビリで問題なく動ける程度まで回復した俺は退院することになるが、その時に出された入院費の支払い表を見て愕然とした。

 「32万……?」

 その金額は俺の貯蓄のほぼ全てと言っていい。

 全額は直ぐに支払わなくても良いらしいが、これはきつい。

 最近薄くなってきた頭髪が更に薄くなりそうだ。

 「これは早急に何とかしないといけないな」

 俺は取り合えず半額だけを支払って病院を後にする事にした。


 翌日の早朝、俺は家の近くの公園にいた。

 実は病院で目覚めたら俺はとある能力を手に入れていた。

 雷に打たれたせいなのか、溺れ死にしそうになったせいなのかは分からないが、俺は超能力の様な物に目覚めているようなのだ。


 その力は簡単に言うと世界を渡る力だ。俺はこの世界とは別の世界に行ける力を手に入れたらしい。まだ使ったことはないけれど、どうすれば良いのかは何となく分かる。

 「こうかな?」

 右手を前に出して念じると、目の前に木の扉が現れた。

 この扉を通ればそこは異世界のはずだ。


・・・


 扉をくぐるとそこは草原だった。

 地平線が見えるほどに広い草原だ。まるでモンゴルにいるかのようだ。

 俺がいる場所は他の所と違って草は生えておらず歩きやすいように踏み固められている。多分だけどこの道を進んでいけば町か村に辿り着くんだろう。

 「向こうに何かあるな」 

 遠くの方に壁のような物が見えたので取り合えず向かってみることにした。


 この能力の悪い所は渡った先の世界がどんな世界か全くわからない処だろう。

 異世界に渡ったとしても俺は髪が薄くなってきた中年でしかない。

 高校の時に陸上をやっていたおかげで同年代よりは引き締まった体をしているが、それでも前日まで入院していた中年が出来る事は少ない。

 異世界に行けるのは魅力的だが、この世界がモンスターのいる危険な世界だったとしたら何もできずに死にそうで怖いんだよな。


 長時間歩くと次第に足の裏が痛くなってくる。

 次に膝、腿と痛くなる。壁に辿り着いた時には俺の体は満身創痍になっていた。

 しっかり舗装されていない道というのは、例え平坦な道だったとしてもキツイものがある。小さな小石とかが地味に効いてくるのだ。


 「やっと着いた」

 壁だと思っていたものは町を守るための防護壁だったようだ。

 門の前には2人の兵士らしき人が立っている。

 「おい、そこのお前、止まれ」

 「怪しいやつだな。通行証は持っているのか?」

 兵士らしき人は兵士だった。そのまんまだな。

 何か普通に槍とか持ってて怖い。

 言葉が通じるのは不思議な力でも働いているんだろうか? 

 よく分からないが言葉が通じるのはありがたい。

 さっきこの世界に来たばかりで通行証なんて持っているはずないんだが、せっかく人のいる所に辿り着いたのに入ることが出来ないのは悲しすぎる。

 何とか中に入れてもらえないだろうか? 交渉してみる事にしよう。

 「通行証は持っていません」

 「じゃあ通行料で金貨10枚だ。」

 この兵士さんは冗談でも言っているのだろうか?

 冗談じゃないと言うならば何というぼったくり価格だろうか。銀貨じゃなくて金貨とは。街に入れる気ないだろ、この兵士野郎。

 「金貨なんて持ってないです」

 「お前、金貨10枚も出せないのか? どんな辺境から来たんだ?」

 「えっと、実は覚えてないんです。記憶がないというか」

 「記憶がないのか? それは災難だがお金がないなら町に入れる訳にはいかんな」

 兵士は同情してくれているみたいだが町には入れてもらえないらしい。

 まぁ、いざとなったら地球に帰れるし別に良いんだけど、レンガ造りの街とか普通に歩きたかったんだが。

 「おや?どうかしましたかな?」

 どうやっても入れなさそうなので帰ろうとしたら後ろから声を掛けられた。

 振り向いてみると小太りのおじさんが立っている。

 「おや、ボンダさん。何かこいつ無一文の記憶喪失らしくてですね」

 「それは大変だね。………おや? キミの服はどこのだい? 珍しいね」

 ボンダと呼ばれたおじさんは同情したような目をしていたが、俺の服を見ると目つきが変わった。

 「少し触らせてもらってもいいかな?」

 「良いですよ」

 俺は着ていたジャケットを脱いでボンダさんに渡す。

 この2500円で安売りされていたブランドもどきのジャケットは着心地が良くて気に入っていたものだ。

 ボンダさんはそのジャケットを手に持って何やら考えているようだった。

 肌触りを確かめたり、ジャケットの伸び縮みを確かめている。何より時間をかけていたのはジッパーの部分だ。珍しいのか食い入るようにしてみている。

 「キミ、この銀色の部分は何だね?」

 「はい? これはジッパーって言って、こうやって上にあげると前を閉じれるんですよ」

 「こ、これは凄い! 凄い技術だ! キミ、これを売ってくれないか?」

 「良いですけど」

 「ミスリル銀貨5枚でどうだい?」

 「ミスリル銀貨ですか? えっと……」

 「あぁ、記憶が抜けているんだったか。そうだな、金貨5万枚と言えば分かるかね? 1ヵ月は遊べると思うぞ?」

 「え、あぁ。じゃあそれでお願いします!」

 渡されたメダルは光に当てると虹色に輝く銀貨だった。

 なんとなくオモチャみたいで不安だけど、2500円のジャケットが金貨5万枚になるなら笑いが止まらないな。

 何時でも帰れるし、この金で一通り遊んだらまた服を仕入れて売りに来ても良いかもしれない。

 「通行料はサービスでワシが払おう。ところでキミが着ている服は全部珍しいねぇ。良かったらそれも売ってもらえんか? 服は安いので良いならサービスしよう」

 「喜んで!」


・・・


 このバウリンとかいう町に来てから3日が過ぎた。

 記憶喪失の俺を不憫に思ったのか、それとも俺の着ていた服の情報を欲したのかは分からないが、ボンダさんが家に泊めてくれると言うので俺はこの3日間ボンダさんの屋敷でお世話になっている。

 ボンダさんは結構な豪商のようで、彼の屋敷には様々な人で溢れていた。

 おかげで俺も色々な人と話してこの世界についての情報を集めることが出来ている。


 色々な人に話を聞いてみて分かった事だけど、この世界では当たり前の事でも俺には当たり前じゃない事が多いみたいだ。

 例えばこっちの世界での金の価値だ。驚くほどに低い。

 この世界では魔法が当たり前のように存在していて、魔法を通しやすい金属の方が価値が高くなっているらしい。

 金は魔法を通しにくい上に、強度もあまり出ない事から価値は低いんだそうだ。

 そして錬金術とかいう謎技術のおかげで市場に出回る鉱石は不純物が混じっていない状態の物が多い。つまり純金が鉄以下の値段で買えるらしい。

 残念ながら金貨を溶かすことは禁止されているが、金鉱石はダンジョンで無尽蔵に採掘できるようで、望めばいつでも純度100%の金塊を鉄以下の安値で買えるみたいだ。

 「最高やないか。これは地球に金を流してぼろ儲け間違いなしだな!」

 それを聞いた俺は笑いが止まらなかった。この世界で金を仕入れて地球で売る仕事をすれば左うちわ間違いなしだろう。


 もう1つ忘れちゃいけないのはモンスターの事だ。

 この世界には巨人や妖精、それにドラゴンがいる。

 人は能力的に最底辺の種族で、外に出たら死ぬのは日常茶飯事らしい。

 それを聞いた俺は外には出ない事に決めた。もし出るときは絶対に護衛を付ける。何故なら俺はただの中年オッサンだからだ。


 幸いな事にこの世界には冒険者というモンスターを殺すことに特化した人達がいるようなので、荒事はそちらに任せるとしよう。


 この3日間で最低限の情報は手に入ったと思う。

 もうそろそろ、ボンダさんから離れるべきなのかもしれない。


・・・


 「他の町に行く?」

 「はい。自分の過去を探してみようと思いまして」

 色々考えた結果、俺は街を出ることにした。

 着ていた服を全てボンダさんに売ったおかげでお金はあるし、何よりこの街にいたのでは地球から商品を持ってきて売る事が難しそうだからだ。

 ボンダさんは俺が何も持っていない状態だった事を知っているから、地球から商品を持ってきて売ることが出来ない。そんな事をしたら俺の能力に気付くかもしれないからな。


 3日間も俺を家に泊めてくれているのは俺の着ていた服が何処で作られているかを知るためだろう。記憶喪失って事になっているから、記憶が戻るまで世話をして恩を売ろうとしているんだと思う。

 「危険じゃないかね? 君は記憶喪失で、武芸の心得もなく魔法も使えないし」

 「危険は承知しています。それでも私は記憶を取り戻したいのです」

 ボンダさんは服の出所が分かるまで俺を軟禁したいんだろうが、それは流石に勘弁してもらいたい。ここでの生活は楽なんだが、何時も誰かに見られている気がして気が休まらないし、何より自由に行動が出来ないのが嫌だ。

 「それに危険な場所に行く予定はありませんから。他の町に行くと言っても護衛付きの乗合馬車を使いますし、基本は町から出ないようにするつもりです」

 「そうなのか。お前さんは行く当てもないようだったしワシの店で雇おうと思っていたんだが」

 「それはどうしようもなくなったらお願いしますよ。何にせよ記憶が戻ったら1度はお礼をしに寄らせてもらうつもりですし、今生の別れという訳でもありません」

 「そうか。残念だが決意は固いようだね。それならせめてコレを持っていくと良い」

 諦めたように溜息を吐いたボンダさんから選別として旅道具一式と短剣を渡された。もしかしたらボンダさんは俺が町を出ようとしていた事を知っていたのかもしれない。

 「ありがとうございます」

 「気にしなくてもいいよ。ピンチになったら何時でも私を頼ると良い」

 ボンダさんはそう言うと静かに部屋を出て行っていった。

 

・・・


 翌朝、俺は町を出る事をボンダさんに告げた。

 少し早すぎる気がしないでもないが、のんびりしていたら決意が揺らぎそうなので早めに出発することにしたのだ。

 乗合馬車で近くの村や町に着いたら地球に戻って商品を仕入れることにしよう。しばらくはお金には困らないだろうし、何とかなると思う。


 考えてみれば買ったものは地球で保管すれば重量の心配をしなくていいし、旅商人としては俺の能力って破格なんだよな。

 地球の方の家には冷蔵庫があるから保管もばっちりだし、何だったら漁港が家から近いから新鮮な魚が何時でも手に入る。

 こっちでは作るのに時間がかかる衣服だって1時間も掛からずに仕入れられるのは大きいだろう。

 それに盗賊やモンスターに襲われても俺だけだったら安全な地球に逃げられるんだよな。

 「外は危険が多いから、早めに信頼できる仲間を作るといいぞ」 

 ボンダさんは心配そうな顔で俺の手を握ってくる。

 彼のいう事はもっともだ。しかし、能力を万全に使うためには仲間とか邪魔なんだよな。物語の主人公みたいに心から信頼できる人と出会えれば別だけどさ。

 「ありがとうございます。名残惜しいですがもう馬車の時間なので行きますね。ボンダさんもお元気で」

 「あぁ、ヤマダくんも元気でな。時間が出来たら手紙でもくれると嬉しいよ」

 誰が手紙なんか書くか。アンタから離れたくて町を出るのにそれをやったら本末転倒だろうが。俺はそんな本音を押し殺して笑顔で頷いた。

 「分かりました。落ち付いたら必ず手紙を書きますね」

 「そうしてくれ。せっかく知り合ったのだし、キミには頑張ってもらいたいからね」

 俺はボンダさんに見送られて馬車の乗合所に向かう。


 これからが俺の人生の本番だ。

 異世界で成り上がって面白おかしく生きてやるぜ!



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