第2話 リーヴァント協会

森の中で狼型の魔獣に襲われているところをグレアさんに助けられたあと、俺はグレアさんと一緒に近くにあるカスターという街を目指して歩いていた。


今歩いている街道はグレアさん曰く、人の往来があり騎士団も時折巡回しているために比較的魔獣と遭遇しにくいらしく、そういう意味では多少は安全だという。


そんな街道を歩きながら、俺はグレアさんにこの世界のことを色々聞いてみた。グレアさんも記憶が戻るきっかけになるかもしれないと嫌な顔をせずに教えてくれた。あっ、また心がチクっとした。






グレアさんの話によると、この世界は主に4つの大陸と1つの大きな島から成り立っているらしい。


世界の真ん中にあるのがレントラル島という島で、貿易の中心地であるチェスターという街や世界最大級の大きさを持つ旧文明の遺跡などがあるという。


そのレントラル島を中心とした東西南北に大陸があるらしい。元の世界で言うところのアメリカ大陸・ユーラシア大陸・アフリカ大陸・南極大陸みたいな感じと思っておこう。


俺が今いるのは東にあるギースト大陸の中央部にあるロンブス共和国という国の東側らしい。この国はヒュームやエルフ、ドワーフといった様々な種族がそれなりに仲良く暮らしている国だという。アメリカみたいな感じかね?


ちなみに、ヒュームは見た目・能力・寿命が完全に人間な種族らしい。俺も分類上はヒュームということになるのか。


それから、この世界にはヒューム・エルフ・ドワーフ以外にも様々な種族がいるようだが、国によっては一部の種族が差別的な扱いを受けているようで。例えばヒュームが大多数を占めている国では他の種族が差別されているとかそういうのがあるらしい。そういう意味では今いるロンブス共和国はとても平和的な国なんだという。






この世界のことについて学んでいると、向こうに石造りの大きな壁が見えてきた。10メートルほどの大きさの城壁が街の周囲を囲んでいるみたいだ。


近づいていくと、前方に3メートルぐらいの大きさの門が見えてきた。両側には兜を被った軽装の兵士が仁王立ちしている。




「む、グレア殿か」




右側にいる兵士が近づいてくる俺たちに気づいた。グレアさんの知り合い?




「どうも。どうやら街に異常はないみたいだな」


「おかげさまで。いつも通りだ」




そう答える兵士はチラリと俺の方を一瞥して言った。




「ところで、その子供は?」


「ああ、帰る途中で拾ってね。ちょっと支部まで連れて行かなきゃ行けないんだ。というわけで、構わないね?」


「…問題ない。どうぞ」




一瞬だけ警戒されたように見えたが、何事もなく門を抜けて街の中に入った。直後、視界にファンタジックな光景が広がった。


白い壁にオレンジ色の屋根の建物が連なり、石畳の道をエルフの男性やネコ耳の女性、ヒゲの生えたとても背の小さいおじさんなどが歩いている。そしてその中に混じって武器を腰に付けたり背負ったりしている人を見かける。元の世界ではまず見かけない光景だ。


時折馬車が通る大通りを歩きながらさっきふと気になったことをある程度の予想をしつつグレアさんに訊ねた。




「あの、先ほど支部へ連れて行くと言ってたけど、その支部というのはどういう場所なんですか?」


「ん?ああ。リーヴァント協会の支部のことさ」




訊いたところでさっぱり分からなかった。リーヴァント協会ってなに?某ゲームに出てくるあれの親戚?


分かってないことを表情から察したようで、グレアさんが分かりやすく説明してくれた。




「リーヴァント協会ってのは、お金を貰う代わりに作業を代行するリーヴァントたちの組合みたいなものさ」




その後も色々と教えてくれた。リーヴァントというのは要するに便利屋みたいな職業で、それの互助組織がリーヴァント協会らしい。


元々は冒険者が活動資金を稼ぐためにやっていたものらしく、それが時が経つにつれて組織化されていったもののようだ。今でも活動資金のために冒険者がリーヴァントとしてバイトみたいな感じで働くこともあるという。


元の世界で読んだ異世界系の小説に冒険者ギルドとかが出てきてたけど、要はそれに近い組織ってことか。






しばらく歩いていると、大通り沿いにある大きめの建物が見えてきた。そばには長いポールがあり、先端には狼がモチーフと思われる紋章が描かれた旗がなびいている。しかし狼か……今はあまり見たくないな。軽くトラウマだわあれ。


グレアさんが両開きの扉を開けて中へと入り、俺も後を追うように入る。中には武器をもった人たちが立ち話をしていたり壁に貼られている紙を見つめていたりしていた。あの紙に依頼とかが書かれてるのかね?


周りからの奇異な視線を浴びつつ、グレアさんはまっすぐ受付へと向かって行く。




「グレアさんおかえりなさい。依頼の方は終わりましたか?」


「ああ。これが戦利品だ」




そう言うと、グレアさんは腰のポシェットから何かの角らしきモノを取り出して受付の女性に渡した。




「お預かりします。では、鑑定が終わるまでお待ちください」


「分かった。その間にちょっと支部長に話したいことがあるから話を通してくれないか?」


「支部長にですか?」




受付の女性はチラリと俺の方を見た。グレアさんが支部長と話したいという理由は多分、俺な気がする。依頼の報告なら今ので終わったっぽいし。




「分かりました。少しお待ちください」




受付の女性は奥にいるメガネの職員に何かの角を渡すと、左側にある階段の奥へと消えていった。


相変わらず周りの視線を集める中、グレアさんに訊いてみた。




「あの、支部長に話があるみたいでしたけど、もしかして俺絡みですか?」


「その通りだ。君の素性のことでちょっと相談したいと思ってね」




素性か……もしかして協会のネットワークを使って俺のことを調べるつもりか?一応、バレた時のために覚悟はしておくか。




「お待たせしました。どうぞこちらへ」




受付の女性が降りてきて、俺たちを上の階へと案内してくれた。











「……ふむ。森の中で記憶喪失ですか」




二階の奥の方にあった支部長室。そこの部屋の主である支部長がソファに座り、グレアさんから俺を助けた時のことを伝えられていた。


メガネをかけた中年ほどのおじさんといった感じの支部長に対し、グレアさんはさらに言葉を続ける。




「そのことで確認したいんだが、ここ数日街の近くで何かしらの異変などはあったか?」


「いえ。そのような報告は受けていませんね」




どうやら俺が召喚された時のことを見ていた人はいないっぽい。まぁ街道からずれた森の奥だものな。誰も見てなくて当たり前か。




「そうか………」


「とりあえず、彼がいたという森の調査を依頼として出しておきましょう」


「分かった。あと、私名義で本部に協力申請を頼みたい。各地の支部と協力して、この子のことを調べてほしい」


「分かりました。しかし、重大性のない案件ですから却下されるかと思いますが」


「ダメで元々さ。それに、却下されたら本部に直接出向くまでだ」




なんかスケールの大きい話になってきているが……きちんとウソをつかずにホントのことを言った方が良かったかな?


まぁとりあえず、話が一旦途切れたところで俺は支部長にさっきから訊きたかったことを訊いてみた。




「あの、支部長さん。ちょっといいですか?」


「なんでしょう?」


「ここに来る途中でグレアさんからリーヴァントという職業について簡単に教えてもらったんですけど、具体的にはどういったお仕事なんですか?」


「………どうやらリーヴァントに興味があるご様子ですね」




メガネが一瞬キランと光った気がするが、気にせず話を続ける。




「興味があるかないかで言えばありますけど、それ以上に今後のことを考えるとお話を伺っておいた方がいいと思いまして」


「今後のことですか」


「はい。今は生活する上で重要な衣・食・住をどうにかするのが最優先なので」




元いた世界からこっちの世界へと飛ばされた今の俺には住む家がないし服も今着ている制服だけだし食べ物だって……いや、食べ物はどうにかなりそうな気がするな。でもまぁとりあえず、生活する上で大事な要素が欠けてしまっている現状だ。


そして、その要素をどうにかするにはお金が必要になってくる。衣服も食べ物も住む家もお金がなければ手に入らない。だから結果的にお金をどうするかがもっとも重要になってくる。


無一文でお金を稼ぐ手段がない今の俺にとって、リーヴァント協会の支部長と対面しているこの時間は大きなチャンスといえる。これを可能な限り活かさねば………




「分かりました。では、リーヴァントについて詳しく説明しましょう」




そして、支部長によるリーヴァント講座初級編が始まった。


さっきグレアさんからも訊いたが、リーヴァントは一言で言えば便利屋みたいな職業で、お金をもらう代わりに庭の草むしりから魔獣の討伐まで、頼まれたことをこなすというお仕事。


そんなリーヴァントは能力と実績でランク付けされており、ランクが上であればあるほど報酬額も危険度も高い依頼をこなすことができる。逆に言えば、ランクが低ければ報酬額も低いが危険度も低い仕事ができるということだ。ただし、当たり前だが報酬額は依頼の内容でも上下するので低ランクの依頼でもそれなりのやつがあったりするという。


ランクはE〜Aまであり、Eの場合は家事代行や迷い猫探しなど、危険性の低い街中での依頼がメインになるという。これがDランクになると薬草探しなど街の外での依頼が増えるとか。


ランクは昇格試験をクリアすれば上がるらしいが、試験を受けるにはある程度の実績の積み重ねが必要だという。


また、リーヴァントの証であるバッジや証明書を見せると協会が経営している宿酒場や道具屋で割引サービスが受けれたり、それ以外の店でもリーヴァントということでいろいろ優遇してくれたりするらしい。さらに、協会経営の宿酒場への宿泊はリーヴァントになって最初の一週間はなんと無料でお金がかからないという。


話をそこまで訊いたところで、俺の気持ちは固まった。




「支部長さん、これから宜しくお願いします」


「こちらこそ。ようこそリーヴァント協会へ。協会の一員として、君を歓迎しよう」




俺と支部長がガッシリと手を繋いだところで契約成立。実際は登録用紙にいろいろ書いて提出し、簡単な審査を経て証明証とバッチがもらえるらしい。


しっかりと手を握り合った後、支部長は立ち上がると壁掛けタイプの電話機に近寄りどこかに電話をかけ始める。多分、受付に連絡しているんだろう。


その間、俺は小声でグレアさんにランクのことについて訊いてみた。




「あの、リーヴァントがランク付けされているのはさっき聞きましたけど、グレアさんはどのランクなんですか?」


「ん?Aだがそれがどうした?」


「いやどうしたというわけじゃないんですけど………てっ、え?」




ちょっと待って。グレアさんは今「A」って言ったな。で、たしかリーヴァントのランクで一番高いのが「A」だったよな。


………もしかして、グレアさんってとんでもない大物だったり?

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