巻き込まれ系男子の異世界道中記

鈴井ロキ

序章

第1話 森の中での出逢い

深い深い森の中。鳥が鳴き、風が吹き、木々がしなる。上を見ると木の枝が空を覆い、いい感じに陽の光を大人しくさせている。


そんなマイナスイオン出まくってそうな場所、枝の隙間から陽の光が漏れて草が生えているところに座り込み、を考える。






一旦、記憶を遡ってみよう。






朝、いつも通り目が覚めた俺は顔を洗って飯を食って制服に着替えて学校へ向かった。教室に入り、友人と適当に駄弁ってると先生が入ってきて朝のHRが始まった。


それから授業を真面目に受けて、昼休みに飯食ってから友人たちとドッジやったりした後また授業を受けて、最後に終わりのHRをしている最中にが起こったんだよな。






最初は誰かがポツリと言った一言だった。






「ねぇ。なんか陽が落ちるの早くない?」






それに導かれるように窓の向こうを見ると、空が黄昏色に染まってた。時間は午後3時前。陽が落ちるにはたしかに早い時間だった。


教室内が少し騒つく中、今度はどこからかゴーンゴーンという鐘の音みたいなのが聞こえてきた。


その時点で異様なことが起きてることに全員気づいたはずだ。


この学校には鐘なんてないし、周りにもお寺とか教会とか、鐘が置いてありそうな場所がない。音的に校内スピーカーから流れているわけでもない。


男子は戸惑い、女子は怖がり、先生が場を落ち着かせようとする中、今度は頭の中に直接響くような感じで声が聞こえてきた。











幾千の世界を導く王よフィーリ・ドゥヴィット・ブライル・グニシュ


幾億の運命を見守る王よフィーリ・シルザック・オンズ・グニシュ


契約者アーフネーマー白銀の氷花の名において境界の扉を開きギルヴァ・スヴーメン・ネーヴ・バフィール・ツィアー・ツァメン


異界の勇者を我らが庭へ招き給えアンヴィル・タヴォーマン・ヴィアー・ガーン・アイヴ




……クシュン











きれいな女性の声で呪文と可愛いくしゃみが聞こえたかと思うと、視界が途方もなく濃い霧に覆われるような感覚になり、ふと気がつくとーーー






この森の中にいた。






記憶を振り返っても訳が分からないが、とりあえずそれを手掛かりに考えてみよう。


ここで重要なのは頭の中に響いたあの女性の声とその内容だろう。


まるで魔法の呪文のような感じで、違う世界にいる誰かを自分のいる世界へ呼ぶような感じだった。


それが唱えられた直後、視界が霧みたいな何かに覆われて気がついたらここにいる。


そこまで考えたところで、すごく非現実的なとある予想が導き出された。






もしかしたら俺は、異世界モノの小説でありがちな召喚をされたのかもしれない。しかも、俺だけではなくクラス単位で。






本当に非現実的過ぎるが流れ的にそうとしか思えない。そもそも、今起きていることを常識という尺度で計ることは不可能だろう。


俺以外の奴が周りにいないのが気になるが、何かしらの原因で俺だけ離れた場所に召喚されたのか、それとも全員がバラバラになる形で召喚されたのか………


多分前者だな。絶対あのくしゃみのせいだ。




この場にいる原因についてある程度の予測ができたところで、次に考えるべきは「これからどうすればいいのか」だな。元の世界へ帰るにしても諦めてこの世界で暮らすにしても、まずは現状をどうにかしないと。




(……というか、俺のこの状況って結構やばくないか?)




俺が今いるのは街の中ではなく森の中。そして、恐らくこの世界にはいわゆるモンスターかそれに匹敵する何かがいるはず。まぁ元の世界でも森の中ではクマに遭遇する危険性があるけど、この世界にいるであろうモンスターはクマ以上に危険なはず。




(今すべきはあれだな。この森を抜けて街を目指すか。しかしこの薄暗い森の中を闇雲に歩くと遭難の危険性が……いやそもそもすでに遭難しているようなものか。現状、この場所に居続けても助けが来る可能性はほぼないし自分から助けを求める手段もない。だからこそとりあえずは動くべきか)




そう結論付けた俺はこの場から移動すべく歩き出そうとする。しかし、背の高い草むらがガサガサと音を立てたことで足が止まった。嫌な予感がしつつ、音がした方に視線を向ける。


1秒、2秒、3秒と時間が過ぎ、7秒ほど過ぎた時ーーー






大型の黒い狼が3匹、姿を現した。






その姿を見た瞬間、反対方向に全力ダッシュ!文字通り死に物狂いで走り出した。前を向いているから目には見えないが、あの狼たちが猛然と後を追いかけているのが感覚的に分かる。




(てかアレなに!?狼なの!?狼なのか!?狼にしては大の大人が背中に乗れるサイズなんですけど!?)




頭が混乱しつつも警鐘の音が本能的メカニズムで脳内に響き続け、それに連動するかのように足が動き続ける。


しかし、所詮は人の足だ。一応運動部だから体力には自信があるが、10秒以上全力疾走できるだけの力はない。


体力の限界が猛スピードで迫ってくるのを感じて反射的に死を覚悟した。その時ーーー











「伏せろッ!」











そんな力強い声が聞こえた。誰の声なのかとかそんな疑問を抱くよりも早く体が動いた。勢いのままスライディングするかのように頭を伏せて、死の恐怖に怯えながらも時は過ぎる。


とても長い時間が過ぎたような感覚を覚えつつ、流れに身を任せているとーーー




「よし、もう大丈夫だ」




先ほどとは違った、どこか勇ましくも優しい声が聞こえた。


その声に起こされるようにゆっくりと目を開けて頭を上げると、数百センチはありそうな太刀を持った、褐色の女性がいた。


身長は190はあると思われるその女性は、白く長い髪と先の尖ったいわゆるエルフ耳が特徴的だった。


彼女の周りには、大きく斬られた箇所から紫色の血のようなものをとめどなく流しているあの大きな狼が3匹、地に倒れている。




「やれやれ。仕事帰りになんか森の奥が騒がしいと思って来てみたら……何のための森に入ったのかは知らないが、武器も持たずに入るのは軽率すぎるぞ」




いわゆるダークエルフと呼ばれるやつかもしれないとかそんなことを考えていると、そのダークエルフと思われる女性に軽く怒られた。


たしかに何の装備も無しに森の中に入るのは元の世界でも危険な行為だし怒られるのも仕方ない。




「すみません」


「しかし、この辺りでは見ない格好だな。お前、どこから来た?」




女性にそう訊ねられた直後、割と大きな問題が目の前に転がって来た。


状況証拠からこの世界に召喚されて来たのは間違いないが、あくまで状況からそう判断しているだけで確証はない。それに、召喚されたということを伝えたところでこの女性が信じてくれない場合がある。というか、多分信じてくれそうにない。


信じてもらえなかった場合、そのあとはどうなるか………


あの太刀で斬られる?いやそれはない。怪しい人物相手でもそんなすぐに斬りかかる人には見えない。


このまま何事もなかったかのように放置される?ありえそうだけど一度助けた相手をそのままスルーする人にも見えない。


一旦、街かそこまで通じる道まで案内してくれる?うまい話にはなんとやらというが、これが一番ありえそう。しかし、街道に出るか街に着いた時点でそのままさようならということになるだろう。


俺的にはまず生きる為にこの世界に関する情報が欲しい。優先して知るべきはお金のことと仕事のことだろう。そして、俺が求める情報を持っているであろう人が今まさに目の前にいる。なら、俺が取るべき選択はーーー






「えっと……分かりません」


「むっ?分からない?」


「はい。気づいたら森の中にいて、それ以前のことが思い出せなくて………」


「なに!?」




一目見たらだけで驚いていると分かるほどの反応を見せるダークエルフと思われる女性。その反応を見て、心が罪悪感でチクリと痛む。助けてもらった相手に対して打算的な思惑の結果、こうしてウソを付いている……正義感の強い中村がこの場にいたらぶん殴られてそうだな。




「そうか………」




口元に手を当てて少し考え込んだ後、女性はもう一度訊ねてくる。




「本当に何も思い出せないか?自分の名前とか、故郷のこととか」




名前か……故郷のことは言えないが、名前ぐらいなら大丈夫か。




「……アキ……ラ………アキラ……多分、それが自分の名前な気がします」


「アキラか。まぁ、名前が思い出せただけでも良かったか。よし、それじゃぁアキラ。私は今から街に戻るからお前も一緒に来い」


「えっ。いいんですか?」


「当然だ。武器を持たない人間をこのまま森の中に放置するわけにもいかんしな。ほら、歩けるか?」




そう言って手を差し伸べる女性。その手を握っていいものか少し悩むが、拒むわけにのいかないから握ることにした。




「はい。おかげさまで」


「よし。ここから少し歩けば街道に出る。そこから20分歩けばカスターという小さな街がある。そこまで行くぞ」


「はい!」




斬り倒された狼たちはそのままに、ダークエルフらしき女性は歩き出そうとするが、何かを思い出してこちらを振り返った。




「っと、そういえば名乗ってなかったな。私はグレア・ウォーランドだ。よろしくな」


「こちらこそ。よろしくお願いします」




ダークエルフらしき女性改めグレアさんは軽く名乗ったあと、今度こそ森を抜けるために歩き出す。俺は現状から抜け出し、状況が好転しそうな感じに少しだけ安心しつつ、グレアさんの後を追った。

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